第126話 2台目のAMG-E63S

7月26日午前10時。セブ・バランバンのホテル『セーラーズ・キャビン』から飛び立つ。高度12000メートルで25分の飛行が出来るようになった。

 一度目の休憩は沖縄の那覇だ。距離から計算すると最高速で時速4400キロは出ている。マッハ3.6だ。離着陸時の人目に気を付け、市内の88ステーキで腹を膨らませる。食後10分の休憩で飛び立つ。東京まで一直線だ。 

 12時前に自宅のマンションに到着した。ベランダのサッシの鍵を念力で開ける。流石に疲れた。飛行服を脱ぎ、ソファーに横たわる。綾香とマキがゲーム部屋から出て来て抱き着く。

 空腹だ。マキが冷凍パスタを電子レンジで温める。生パスタで、下手なレストランより旨い。1時間寝ると言い、ベッドに横になる。まるでバッテリーを充電しているようだ。1時間後に起き上がり、シャワーを浴びて出かける準備をする。役所に行くのだ。中央区役所の月島出張所に行って戸籍謄本を取る。住所を移した時に戸籍も移動しておいた。イザベルとの結婚の為に必要なのだ。 


 役所で戸籍謄本を取り、G63で浅草のマンションに向かった。ユカとの思い出の場所を清算する。ユカにはお墓に行けば会えると自分に言い聞かせる。

 マンションを買った『日本不動産』に行き、部屋を売りたいと言う。専任で買い手を探しますと言うので任せた。値段は3000万円で頼んだ。


 一旦自宅に帰る。綾香とマキがお寿司を食べたいと言う。いつもの『すしざんまい』に連れて行く。俺も腹いっぱい食べた。3人で25000円。

 マンションに帰ってベランダでビールを飲む。午後4時。西日が暑い。部屋に逃げ込む。娘2人と風呂に入る。


風呂から上がってベッドで寝る。娘達も俺を挟んで横になる。俺はパンツ一枚。娘達はパンティとTシャツだけだ、抱き合いキスしあい。ふざけながら眠った。


午後9時半。銀座へタクシーで向かう。今日でアンが店を辞める。金曜の夜なので車が多い。ポルシェビルに着いたのは10時になり店も混みあっていた。ボックスが空いていなかったのでカウンターに座る。最後の日だけあって、アンの客も2組来ている。アンがすぐに挨拶に来て耳元で話す。

「ごめんね。席が空いて無くて。多分11時になれば私の客も帰ると思う」

「俺の事はいいから。頑張って働け」

冗談めかして言ったが、立ち去る後姿がセクシーだ。

 前にいる顔見知りのバーテンが『水割りでいいですけか?』と聞く。

「ロックがいいや。丸氷ある?」

背の低い、太いグラスに球体の氷が入って来る。グラスと氷の隙間が狭いので、ダブルの量でグラスの8分目までウィスキーが来る。氷が少しずつ解けるのを楽しみながら『響17年』を味わう。

 バーテンが言う。

「きょうでアンさん最後ですね」

「そうだね。彼女なら何処に行っても大丈夫だろ」

「そうでしょうね。実は私も、アンさんに連れてって欲しいって言ったんですけど」

「それで?」

「今のところ、男のスタッフは決まってしまったからって。もし、空きが出たら呼んでくれるって言ってくれました」

「アンは、ここでは何番目くらいなんだ?」

「ベスト3には毎月入ってます。大体1位か2位ですけど」

悪くない。女の子が20人もいる中で頑張っているのだ。

 11時を過ぎてアンにボックス席に呼ばれた。客が帰ったようだ。最後の日なのでベル・エポックを1本空ける。ママとヘルプが乾杯に参加し、飲み終わると2人になった。

 ママの顔が不安げだ。アンがどれだけの客を持って行ってしまうかで勝ち負けが決まる。

「用意は」

「バッチリ・・・って言いたいけど不安で不安で」

「もう、3日後だろ」

「そう、来週の月曜日から2週間がプレオープンで、お盆休みの後がグランドオープン」

「プレオープンの初日に胡蝶蘭送ろうか?」

「その日は他のお客さんがくれるから、グランドオープンの時がいいな」

「OK」


 閉店後は帝国ホテルだ、アンを抱いていてイザベルが妊娠したことを思い出した。アンは大丈夫だろうか・・・馬鹿じゃないからピルを飲んでいる筈だ。ベッドで見下ろす姿が美しい。アンがふとした時に上体に力をいれると腹筋が浮き出て見える。最高にセクシーだ。


7月27日 午前10時。アンを本郷までタクシーで送り、自宅に帰った。

ソファーに座りテレビを点けた時に電話がなる。メルセデス・ジャパンの佐伯だ。E63Sを持って来ると言う。相変わらず早い。


11時半に佐伯が来た。受領証にサインをして終わりだ。政府からの指示で俺に2回も車を収めているので固くなっている。綾香に言わせれば、ただのスケベジジイなのに。

 E63Sに乗ってみる。違和感が無い。アルファに有った癖が無い。ただ、足回りにアタリがついたジュリアと比べるとE63Sの方が乗り心地が固い。四駆なのでスタートダッシュでアクセルを踏みつけても後輪駆動ほどはパワーが絞られないのがいい。ジュリアでスタート時にアクセルを踏みつけると、タイヤの空転を防ぐためにパワーが自動で絞られるのを、よく感じた。E63Sはロケットの様に走り出す。停止から100キロに到達するまでが3.4秒というスーパーカー並みのダッシュ力だ。本当は一回り小さなAMGのC63Sも候補になっていたが、後輪駆動のスタートでのロスを考えて止めた。

 同じ車を買ったと言い、娘達は呆れた。さえ子とゆうかのアパートに遊びに行きたいと言うので、E63Sで出かける。娘達はG63が好みなのは知っているが、新しい車にアタリを付けるのに乗らなくてはならない。

 途中で綾香がさえ子に電話する。2人とも部屋にいるらしい。途中でケーキを買う。

 2人のアパートは女の子らしく小奇麗に飾り付けられていた。賑やかにケーキを食べる。2人とも、近くのセブンイレブンで働いていると言う。今日は、ゆうかが午後3時から11時、さえ子が11時から朝7時までの勤務だと言う。人手の足りないコンビニは大助かりだろう。ケーキを食べ終わってアパートを出て来る。綾香に仕事をしたいかと聞くと『私たちはオジサンのメイドをしてるからいいの』と、アッサリと答える。まあ、いいか。

 帰る途中で見つけた和食レストラン『藍屋』で遅い昼食を食べる。懐石料理もどきという感じだった。ファミレスなので仕方ない。

 自宅に帰ったのは午後4時だった。俺は昼寝。娘達はゲームだ。夜8時に起こされる。腹が減ったと言うので『マルエツ・プチ』に買い物に行く。神戸牛を買った。いつものように500グラムを3枚。それだけで3万円。コンビニの時給で何時間働けば、この肉を買えるか。さえ子の顔を思い出す。野菜や米、デザート等も買い込む。約4万円だ。

 綾香とマキで夕食の用意をする。ミニスカートのマキの足に目が行く。無意識に後ろから近寄り内腿に手を差し込んだ。マキが『キャッ』と言い、綾香に頭を叩かれた。


 満腹でソファーに座りテレビニュースを見る。アメリカでの車の売れ行きが落ち込んだ韓国経済の陰りが伝えられる。ふいにE63Sを走らせたくなる。娘達には仕事だと言い。部屋を出る。今となっては高級服とは感じないアルマーニを着る。ネクタイは無し。


 首都高速ではE63Sは眠っているのと同じだ。2500回転から86.7キロのトルクを出すエンジンは3000回転以下でも十分に早い。中央高速に向かい、70キロから120キロの間で加減速を繰り返しながら走る。瞬時にキックダウンするミッションは頭脳を持っているようだ。

 八王子を過ぎてからの上り坂でも、まるで平坦な道の様に走る。たまに5000回転まで回す。速度は200キロを軽く超える。大月で左にそれ山中湖に向かう。時刻は深夜0時。他に走っている車もいない。山中湖の周りを走る。1周約13キロだ。湖の西から南側は街の様相だが、東から北側は山道のようになり適度に楽しめる。数周を走って、湖畔の駐車場に停める。

 エンジンが冷えて行く音がする。10分程休み車に乗り込む。御殿場方面に走り、東名高速を使ってマンションに帰った。E63Sのオドメーターは約300キロと表示している。


7月28日 午前10時。

メルセデス・ジャパンの佐伯に電話する。E63Sを持って行き、オイルを交換した。ガレージを覗き、E63Sの廃油に指を付けて見る。かなりの金属粉が混じっている。初回のオイル交換は早めがいい。この後は気兼ねなくエンジンを回せる。本当は5000キロ位までは控えめに走った方がいいのは分かっているが気にしない。初回のオイル交換はサービスだった。

 セブで買う車は何がいいか考える。やはりピックアップトラックがいいのか。道が悪い所が多いのでAMG等は問題外だ。


赤ん坊を抱いている自分を想像する。



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