第96話 カナダからホワイトハウスへ
6月30日
機内食を食べ終え、JALのファーストクラスのシートを倒して寝転がる。シートと言うよりも小さな部屋と言う感じだ。昨日、一昨日と、ユカ、綾香、マキにいろいろな注意を与えた。アンにもそれとなく気を付けろと言っておいた。今は午後8時半。バンクーバー着くと、同じ日の午前11時45分になる。考えると頭が痛くなるので、睡眠薬を飲んで眠る。
CAに起こされる。食事だ。魚かローストビーフ。ローストビーフを選ぶ。目の前のワゴンでローストビーフの塊を切ってくれる。2枚切って、宜しいですかと聞くので、あと2枚追加した。赤ワインも貰う。トイレに行き、再び眠る。CAがブランケットを掛けてくれる。到着まで起こさないでくれと頼んだ。
バンクーバーに到着。乗り継ぎのファーストクラスラウンジの窓から外を見る。広大な景色が広がっている。ビーフシチューの様な煮込み料理にパンを浸して食べる。赤ワインを一杯飲み、バーカウンターに行きジントニックを飲む。荷物の事が気になり、ラウンジの受付に預けたボストンバッグを受け取ってソファーに座り、中を確認する。黒と水色の飛行服、下着類、洗面用具、スニーカー、カロリーメイト。セカンドバッグに、GPS、スマホ、衛星携帯電話、オリンパスのカメラ、金庫から持ってきた1万ドル。セカンドバッグは手元に置いておかなくては。
スマホでオタワからワシントン迄の距離を確認。南に800km強。30分で十分だ。
オタワ行の搭乗案内が始まっている。ラウンジの係りが俺に声を掛けてくれる。
バンクーバーからオタワへの機内は、国際線のファーストクラス程は豪華ではない。しかし、十分なスペースが取って有り、シートも電動で殆どフラットになり、熟睡できる。
離陸して少しすると、CAは食事はどうすると聞いてくる。スモークサーモンとエビを選び、今度はウィスキーを注文する。自分でも呆れるほど食べられる。
14時発で到着が21時半過ぎとなっていたので、飛行時間は7時間半位掛かると思っていたが、僅か4時間半とCAが言う。国内での時差。スケールがデカイ。
ひと眠りすると着陸のアナウンスが有り、起こされる。CAが、預けていたジャケットを持ってきてくれる。濃いグリーンのアルマーニ。
オタワの空港ロビー。ツーリストインフォメーションでホテルを尋ねる。『クラスは』と聞かれるので、『5スター』と答える。街中の『フェアモント・シャトー・ローリエ』というホテルを勧められる。電話を掛けて確認している。ジュニアスイートが空いていると言うのでそれにする。7月2日までの2泊を頼む。一泊500USドルだ。インフォメーションの男に、カナダドルに両替が必要かと聞くと、よほどローカルな店でなければ問題なく米ドルが使えると言う。
男は、俺をタクシー乗り場まで案内して、運転手にホテル名を告げてくれる。
道路はガラガラだ。運転手はしきりに話しかけて来る。観光するなら自分が案内すると売り込んでくる。30分も掛からずにホテルに到着する。100ドル札を渡して釣りは要らないと言う。運転手は名刺を渡してきた。
シャトーと名が付くホテルだけに、外観は城だ。周りはライトアップされディズニーランドかと見間違えるようだ。
チェックインの際、パスポートとクレジットカードを求められるが、CIAを意識して、カードは忘れてしまったと嘘をつく。現金で1000ドルと保証金の500ドルを渡す。
ボーイが俺のボストンバッグを持ち、部屋に案内してくれる。案内が無ければ、部屋にたどり着けなかっただろう。部屋のサイズは50平米位で、調度品は落ち着いた雰囲気だ。
まだ夜は早い。10時半だ。ホテルのバーに行く。ウィスキーと言うと、『アルバカータ』でいいかと聞かれる。ロックで注文する。旨くない。サントリー響が恋しい。一杯だけ飲んで退散する。勘定は部屋に付けた。
浴槽に湯を溜める。日本のホテルと違い、お湯の出が悪い。時間が掛かるが急ぐわけでもない。ミニバーの冷蔵庫にバーボンの小瓶を見つける。グラスに移し、風呂に浸かりながら飲む。飛行機の機内では食べて寝ての繰り返しだったので疲れが無い。エコノミークラスだったら地獄だろう。
風呂から上がり、冷蔵庫からバーボンの小瓶をもう一本出しソファーで飲む。テレビを点けると、アメリカの古いコメディ映画が流れる。見るともなく眺めながら明日の事を考える。『ドント・デスターブ』の札をドアノブに掛け、部屋の窓から飛び出るのが一番簡単だ。
ホワイトハウスにトランプ大統領は一日中いるのか・・・まあ、どうにかなるさ。
酔いが回り、ベッドに這いあがる。そのまま寝た。
7月1日
朝7時に目が覚める。レストランに下りて朝食だ。サーロインステーキを1ポンド注文する。450グラムだ。ご飯が無いと言われガッカリする。サラダとスープとパン。食後にコーヒーを飲む。満足だ。肉質はA4ランクと言ったところだろうか。悪くはない。
部屋に戻る。8時半。30分でワシントンに着ける。9時に出る事にしよう。窓を開けて外を確認する。川の向こう側にも城のような建物が有るが人目は多くない。
ドアの外側のノブに札を掛ける。『邪魔するな』ドントディスターブ。俺はトランプ大統領と話をしに行くんだ。沖縄の為、日本の為に。
水色の飛行服に着替える。顔を隠すマスク、GPS、衛星携帯、カロリーメイト、財布、カメラをポケットに入れる。ポケットが膨らむ。
午前9時、窓から飛び立つ。目指すワシントンは南だ。高度を上げながら南へ。右下にはオンタリオ湖が見える。スピードを上げる。20分程、1万メートルで飛行して高度を下げる。大きな街が見える。ボルチモアだ。進路を南西に取る。5分も掛からずにワシントンだ。ポトマック川の東側に広い緑地が見える。細長い池。リンカーン記念堂リフレクティングプールだ。ワシントン記念塔の北側にホワイトハウス。初めて見た気がしない。映画で何度も見ているからか。真ん中の建物から左右に腕を伸ばしたように通路が伸び、その先にも建物。警備が厳重だ。
ホワイトハウスから約1200メートル離れた『ワシントン記念塔』の上に降り立つ。高さが169メートル有るので、じっとしていれば、地上からは双眼鏡でも無ければ見つからない。ホワイトハウス中央部を見つめる。高倍率のズームレンズでズームアップするように、視界にホワイトハウスが大きくなってくる。更に透視。多くの人が動いている。ベッド等の家具類が見える。左、西側に視線を動かす。ウェストウィング。木が建物を隠しているが、コンクリートを透視するのに比べれば簡単だ。大統領執務室、通称オーバルルームが簡単に見つかる。ソファーに座る3人。壁際に2人立っている。ドアの外に1人。大きなデスクは無人。更にズームアップ。ソファーに2人と1人が相対している。その1人がトランプ大統領だ。5分ほど待つ。3人が立ち上がり、2人は部屋を出ていく。壁際に立っていた1人も部屋を出ていく。残った壁際の1人がトランプ氏に近づく。トランプ氏はデスクへ歩く。チャンスだ。
目だけが出ているマスクを被り、ワシントン記念塔を離れる。高度を500メートルまで上げホワイトハウス・ウェストウィングへ一直線に飛ぶ。オーバルルームの窓ガラス・・・防弾、関係ない。光の玉。
オーバルルームに飛び込む。トランプ大統領と補佐官らしき男が化石の様に動かず、俺を見ている。声を掛ける。
「話をしに来た。危害は加えない」
補佐官が叫ぶ。
「なんだお前は!」
ドアが開き、銃を構えた男が入って来る。俺に叫ぶ。
「動くな!」
念力・・・男は銃を構えたまま天井まで浮き上がり、直後、床に叩きつけられる。気絶。ドアを閉じる。
「ここに座ってくれ」
2人にソファーを指差す。2人が警戒しながら歩いてくる。ドアの外に人が駆けつける気配。
ドアが開けられる。3人の銃を構えた男。銃に向けて光の玉。3人の銃がそれぞれの顔に当たる。気絶。背中に軽い衝撃が2回。振り向くと補佐官が銃を構えている。背中を手で触ると、飛行服に小さな穴がふたつ。光の玉・・・ちょっと強かった。銃は補佐官の顔に飛び、彼の右手から指が無くなった。気絶している。
5人が部屋の中で倒れている。トランプ大統領に着席を促す。
「CIAから、基地の件で、話は聞いてると思うが」
赤鬼のようになっていたトランプ氏の顔が青白くなっている。
「何の事だ?」
「US-JAPAN Status of Forces Agreement( 日米地位協定)の事だよ。聞いてるだろ?」
「分かった・・・話し合おう」
「話し合いは要らない。こっちが要求したように変えればいい。在日の軍関係者も犯罪を犯した場合は観光客と同じに扱われる。日本の米軍基地内全てに日本の警察の捜査権と逮捕権を与える・・・それだけだ」
トランプ氏は少し落ち着いてきた。
「ひとつ聞きたいんだが・・・北朝鮮の核開発施設をやってくれたのは、ユーか?」
「あんたの頼みだっただろ・・・俺がやったよ」
ドアが乱暴に開けられ、マシンガンを持った兵士が5人駆け込んで来る。
トランプ氏が立ち上がり、彼らを制止して言う。
「大丈夫だ・・・話し合っているだけだ。この5人を連れて行って手当てしてやってくれ。誰もここに近づけるな」
倒れている5人を指差す。兵士の内4人が倒れている5人を運び出す。1人は銃を俺に向けたままだ。俺が言う。
「銃をこっちに向けるな・・・気分が悪い」
言われた兵士は腹が立ったのだろう。銃を構え直す。そりゃ、水色の全身タイツを着たオッサンに指図されれば腹も立つかもしれない。
念力でライフルを顔に打ち付けてやる。運ばれる人間が一人増えた。
怪我人の搬送が終わり、トランプ氏と2人だけになった。トランプ氏が他の補佐官を1人だけ立ち会わせたいと言う。俺は要求を正確に伝えるために通訳を呼んでもらう事にした。
10分後、ソファーに4人が向かい合う。俺の正面にトランプ氏。その隣に補佐官。
俺の横には日系人の女性通訳。30代半ば・・・ちょっと知的でセクシー。
トランプ氏が切り出す。
「要求は日米地位協定の改正。軍属の特別扱いをやめて、基地内に警察の捜査権を与える・・・と言う事か?」
「そうだ。簡単なことだろ。シンプルに言えば基地の中はアメリカではなくなる。日本の法律が適応されるって事だ」
「分かった。約束しよう。今月中には実現する」
「ダメだ。3日以内だ。あんたの一存で出来ない事では無い筈だ。今日、決定し、日本の全基地に通達する。3日以内に、管轄の日本の警察に基地内部の視察をさせる」
「分かった・・・ひとつ条件が有る」
「待てよ。これは不動産取引じゃない。要求だ」
「悪かった。条件ではなくお願いだ」
「アメリカ大統領からのお願いか・・・・何だ?」
「あんたの力が必要な時は、協力してくれるか?」
「この前の北朝鮮のような事ならOKだ。日本の為と俺の収入にもなる」
「日本と関係のない、アメリカ自身の事でも協力してくれるか?」
「内容次第ではね。アメリカ・ファーストはいいけど、日本もファーストの中に入っていれば喜んで」
「あんたの事はなんて呼べばいい?」
「トールでいいよ。背丈はショートだけど。あんたの事は」
「ドナルドと呼んでくれ」
ドナルド・トランプは手を差し出した。握手する。
最後にトランプ氏に言う。
「俺は、いつでもあんたのいる所に来られる。どんな警備も無駄だ・・・言ってる事は分かるよな? もし、俺の周りの人間に不幸なことが有ったら、あんたの家族にも不幸がやって来る」
トランプ氏は俺の手を握ったままツバを飲み込み、頷いた。
部屋を見渡す。監視カメラが4台。全部念力で潰す。
マスクを脱ぎ、補佐官にオリンパスのカメラを渡し、トランプ氏と一緒の写真を数枚撮らせる。肩を組んだ写真も撮る。記念写真。娘達に見せたら驚くだろう。
女性通訳とも2ショットで撮ってもらう。後ろに廻した手で、スカートの上から尻を触る。瞬間、ビクッとするが、引きつった顔で写真に収まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます