第71話 両面オッパイとステーキ

金正恩襲撃によって拉致被害者解放に成功し、舞鶴から市ヶ谷に戻ったのは深夜の2時だった。

 自宅のマンションに戻る途中で、弓香との約束を忘れていた事に気が付いた。休みを2日間、棒に振らせてしまったかもしれない。

 日本海上では普通の携帯では電波が入らない。自分の携帯のスイッチを入れる。着信の知らせがショットメールで届く。同じ番号から何回も電話が掛かってきている・・・弓香。時間も遅いのでショートメールを送る。

「中本です。急な仕事で海外に出ていました。連絡できずに済みません。明日、改めて連絡します」・・・送信。

 すぐに弓香から電話が掛かってきた。

「今晩は・・・心配してたんですよ」

「本当にごめん。二日間何してた?」

「今日は仕事してました。月曜日にも火曜日の朝にも連絡付かないから」

「来週は?」

「大丈夫です。火曜日と水曜日ですよね」

「今度はちゃんと約束守るから」

「ホントですよ。無理な時は忘れずに連絡下さいね」

「分かった。それじゃ、お休み」

 電話をしている時には弓香の身体が頭に浮かんでいたのに、もう、娘達の事が頭に浮かぶ。

 G63のアクセルを踏み込み、娘達の居るマンションに向かう。


 玄関のドアをそっと開けると、ゲームの音が耳に飛び込む。ドアを閉める音を聞きつけ、娘達が走って来る。2人が俺に抱き着く。押し付けられるオッパイの感触・・・たまらない。身体を離し、おもむろに2人のオッパイを触る。

 キャーっと歓声を上げながら再び抱き着く。

「お帰りなさい」

 2人の声がハモる。

 3人で風呂に入った。前と同じポジション。俺の前に背中を向けたマキ。俺の後ろに綾香。綾香に寄り掛かると、柔らかな感触。

 綾香が俺の背中に抱き着く。

「仕事、上手くいったの?」

「まあな」

 マキが聞く。

「いくら貰ったの?」

「たくさん・・・3人で余裕で暮らせる位」

「100万円?」

 百万円。ヒャクマンエン。響きがいいんだな。大金だって聞こえる。そのヒャクバイ稼いだとは言えない。

「そんなもんだ」

 2人が叫ぶ。『スッゴーイ!』

 綾香が言う。

「この前のさ、ステーキの肉、買いに行こうよ。あれ、スッゴク美味しかった。ねえ、マキも好きでしょ?」

「大好き。あの肉、特別だよね。100グラム1000円以上する肉なんて食べた事なかったもん」

「オジサン。明日買いにいこ!」

はいはい、分かりました。マキが俺の方を向いてしまった。俺に抱き着く。マキのオッパイが俺の顔に近い。綾香も俺の背中に抱き着く。両面オッパイ!  


ついさっきの、ミサイルの音が嘘のようだ・・・幸せ。


6月13日

起きたら12時だ。ベッドに入ったのが明け方の4時だから仕方ない。

コーヒーを煎れて、リビングのテレビをつける。画面がデカすぎて疲れるので、ソファーの位置を少し離す。

 ニュースでは、自衛隊艦船が北朝鮮からミサイル攻撃を受けた事で大賑わいだ。高齢者の事故を取り上げる必要が無い。軍事評論家も大忙しで、ミサイルの性能比較まで始める。

 北朝鮮のロシアに近い『ムスダンリ』で大爆発があり、各国政府は北朝鮮側に事の真相を確かめていると言う。衛星写真から現地の様子を見る限り、核ミサイルによる被害の規模だと評論家は言った。 

 名前を変えようかな・・・『中本 核』『カク中本』何でもいいや。

 北朝鮮から帰ってきた拉致被害者にお決まりのインタビュー

『今のお気持ちは・・・』

 んなもんマイク向けられて『そうですね~・・・』なんて答えられる人も居ない。いきなりさらわれて、20年以上も言葉も分からない場所に置かれてたって事を、よく理解してからインタビューしなさいと言いたい。

 拉致被害者が飛行機から降りてくる映像が流れる。政府の指示だろう。機体をゲートに着けないで、タラップを使って階段を下りさせた方が、世界に与えるインパクトが大きい。

 飛行機から出て、タラップの上で左右を見回す人、タラップから降り立って、泣きながら家族で抱き合う人、手を振りながら降りてくる人・・・・不安げな顔の人。

 帰国者716人、245家族は千代田区紀尾井町のホテル・ニューオータニに宿泊した。

 12日の午後4時に、一行はホテルに到着し、245家族の内の10人が代表となり、午後6時からの記者会見に現れた。

 ニューオータニの記者会見場所には取材陣が大挙して押し掛けるが海外のメディアには優先して場所を確保させていた。

 テレビ東京以外の各局は放送予定を替えて、記者会見の生中継だ。


菅義偉(スガヨシヒデ)・内閣官房長官が記者会見で質問に答えている。

多数の拉致被害者の帰国に関しては『長年の交渉の成果』

北朝鮮のミサイル発射問題については『拉致被害者達を解放して、国交回復に向かうのかと確信してしたのに、訳が分からない。誠に遺憾です』



 陸上自衛隊幕僚長、田村は機嫌が悪かった。北朝鮮工作員による再度の拉致を警戒して、日本海沿岸一帯、北海道から九州までの警備に陸上自衛隊が当たらなくてはならない。

 海上自衛隊の活躍はいつも派手だが、陸自は災害の時以外は目立たない。【隊員数は海上の約42000人に対して陸上は約135000人と圧倒している。どちらも定員割れで募集を掛けている】しかも、対北朝鮮で警備にあたっても、相手が発砲するまでは自衛隊側からは発砲できないという、自殺的な法律が隊員を危険に晒す。又、自衛隊員が迷彩服を着て銃を持って警備にあたると、日本中何処でも必ず『戦争反対』等というヤカラが騒ぎ立てる。日本の北から南までの沿岸に隊員を配置すると、どれだけの反対運動が起こるか分からない。

 過去には、過激派によって怪我を負わされた隊員もいる。ただし、今回は北朝鮮による拉致を防ぐというキャンペーンをマスコミを使って行い、警備の様子や隊員のプライベートな生活まで紹介して、警備にあたる自衛隊員に親しみを持ってもらおうという企画の上での事だ。マスコミの力を信じよう・・・田村は祈るような思いだった。



 記者会見が終わり、テレビでは憲法9条を振りかざす反戦評論家が熱弁している。特に海上自衛隊艦船『いずも』の航空母艦への転用を、守るのが仕事という『専守防衛』を基本とする自衛隊の本分から逸脱していると言い攻撃する。空母を持つと言う事は、侵略への第一歩になると唾を飛ばす。 司会者は『難しい問題ですね』と、自分の意見は無い。


 あの時、『あたご』からトマホークミサイルを撃っていたら・・・・。

 金は貰ったが、河野には大きな貸しだ。 金・・・まだ確かめていない。

口座をネットで確認する。残高・・・約43億500万円。12億円の入金が確認できた。


ステーキ肉を死ぬほど食っても屁でもない。


 北朝鮮から持ち帰ったバックを寝室から持ってくる。娘達はまだ寝ている。毎日10時間近くは寝る。

 リビングで開いたバックには、1kgの金のインゴット16個。100ドルの束が16個入っている。平壌から『あたご』に帰る箱の中で、SBU隊員がジェーンにコレを預かって欲しいと言い、ジェーンが俺に預けると、彼らに説明し、着艦後、俺が持ち帰った。隊員たちは基地に戻ると、装備全部を点検されるらしい。弾丸の数まで全て数えられる。その状況で、金を4kgと札束4個を隠し持って帰るのは無理だと判断したのだろう。

 俺の許可を取って、ジェーンは俺の電話番号を彼らに教えた。

 金のインゴット4個と札束を4個取り出し、残りはバックに入れたままにする。

 寝室に持ち帰り、俺の分の金4個と札束4個を金庫に入れる。バックは金庫の横に置いた。彼らはすぐに取りに来るだろう。

 娘達が物音で目を覚ます。ベッドからは出ずに携帯をチェックする。俺が寝室に居るのを知って手を伸ばす。娘達の間に飛び込んだ。くすぐり合いの後、ようやくベッドから出た。


冷凍パスタが昼飯だ。量が少ないのですぐに腹が減るが、又食べればいい。


 食べ終わるのを見計らったように電話が掛かって来る。SBU隊員の加島だと言う。一番年上の隊員だろう。同僚の小田とココに来ると言う。ブツを取りに来るのだ。場所を教え、午後6時を指定する。今は2時だ。


 娘達と『マルエツ・プチ』に買い物に出かける。真っ先に肉売り場だ。前回買ったステーキ肉が無い。娘達の失望の顔がおかしい。俺が店員に聞いてやった。

「山形牛サーロインだったかな。あれは今日は無いですか?」

 中年の男。精肉売り場の主任と名札に書いてある。

「すみません。まだ出してないんです。すぐにお出しできますが・・・」

夕食時の買い物に合わせて出すのか。早くから出しておくと、肉のパッケージを押してみるような客にダメージを与えられてしまうからだろう。

「お願いします」

 娘達の笑顔。店員は中に入ると、トレーに乗せた肉の塊を持ってきた。綺麗なサシが入った肉だ。

「この肉ですが・・・宜しいですか?」

「いいですね・・・一枚300グラム位で3枚お願いします」

マキが俺の服を引っ張る。何か言いたそうだ。マキを見る。

「もっと食べたい」

綾香も頷く。

「300じゃなくて、500グラム位を3枚でお願いします」

「畏まりました。今日の値段が100グラム1280円なんですが・・・」

値段は気にしない。焼く時の油の『牛脂』も和牛の物を付けてもらう。

 大きめの発砲スチロールのトレーにステーキ肉が3枚入った物を店員が持ってくる。

「少しだけ大きくなってしまいましたが・・・」

「構いませんよ」

受け取ってラベルを見る。確かに1500グラムを少しだけオーバーしている。値段は19600円だ。娘達は肉を見てはしゃぐ。

 SBU隊員の事を思いだした。同じ店員を呼ぶ。

「悪いけど、さっきのと同じのを、更に2枚切ってもらえるかな」

 店員は奥に消えて行った。3分後に約500グラム2枚が入ったトレーを持ってくる。

 あいつらに食わせてやろう。値段は13200円。


 出来合いの野菜サラダのパックを5個。缶入りのコンソメスープも5缶。パンよりもご飯だな。丁度、米が無くなりそうだとマキが言う。5kg入りと10kg入りの、数種類の米が、低い位置に積み上げてある。旨そうな米は・・・・棚に目が行く。小さな米の袋が並んでいる。『特A地区、南魚沼産こしひかり』。あるじゃん。旨そうなのが。1kg1000円。きりがいい。取りあえず3キロをカゴに入れる。精米してから時間が経つと味が落ちるので小まめに買った方がいい。米の袋には精米した日にちが記入されているので、数日でも新しい物を選ぶ。

 シュークリーム、牛乳、ヨーグルト、冷凍パスタ。合計約4万円。気持ちのいい買い物だ。

 ちょっと前までは、5kgで2000円前後の米しか買ったことが無かった。和牛ステーキ肉などは手にも取らなかった。


力を与えてくれた神に感謝する・・・あれは神様なのか?



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