第6刻:小波%《サザナミパーセント》の感応なり
実は、誰にも言わなかったエピソードがある。
何気ない日常のヒトコマで、それでもすごいと思ったエピソード。
俺、
俺らの代の入学式式典において新入生代表挨拶をしていた生徒、入学式の日に偶然教室で二人きりとなった。当時、新入生代表は頭脳明晰な人間の役割と思っていて、頭脳で負けたくなかった俺は新入生代表がどんな人柄なのか気になっていたので、彼女に声をかけてみた。
「ねぇねぇ、
ちなみに、綾黒の本性を知るまで、俺の口調は普通に威圧感を出さない喋り方だった。
「…………何?
当時、俺は自己紹介の時に何をしでかしたやら、クラスの大体の人間に名前を覚えられたりもしてた。
だから相手が初対面の俺の名前を知っていても特に驚きはなかった。
「あのさ、小波さんって入学式で新入生代表挨拶してたじゃん?」
「うん、してたよ。…………でも、
「……………質問の先読みすんなよ!! 折角前置きしたのに!」
「………(クスクス)」
俺の憤慨に合わせて、彼女は笑いを堪えようとして堪えきれなかったらしく、口元を緩め、微笑する。
それが
ここから、一時期、急速に仲良くなるのだが、ある時からは疎遠となる。
それまでの間、小波さんについて知ったことは、
・学年トップレベルで文武両道なこと
・競争心が芽生えてないこと
・自分を過小評価や謙遜をする癖があること
・自己主張がそこまで多くないこと
・優しいが、適当な場面もあったりすること
…………そして
・俺とあまり仲良くしようとしてくれなかったことだ。
***
どうして、いきなりこんな話を? と思った読者に説明しよう。
急用で街を駆けていた俺が偶然にも遭遇した彼女こそが、
黒髪で、ポニーテールになることもあればストレートロングになることもあるが、髪型のバリエーションは基本的にその2つだけ。顔立ちはかなり整ってる方だとは思う。
基本的に優しいが、人間関係において誰かに深入りすることがなく、関わるうえでは淡泊な関係となる。美少女の部類に入るのだが、とにかく印象が弱い。
せいぜい特徴をあげるとすれば、
――胸がない。つまり、ペッタンだということだ。
「どうしよう。紅智の視線だけで紅智が何を言いたいのか分かったんだけど」
「………! 何か知らないけど、それは都合が良かった!」
息が切れ気味だったので、察してくれたのは助かる。説明とかマジでキツイ。
「うん。相変わらず私の胸がないことに驚いてるんじゃない? いくら声がカラッカラになるほどに疲れてたとしても私、怒るよ」
「とんでもない言いがかりだな! 違ぇよ!」
「違ったのね」
憤慨する俺に対して、小波さんはキョトンとして切り返す。さっきのやり取りの中、彼女の表情は一切変化なしだ。
そして、息が段々と整ってきたので、俺は勘違い野郎に呆れ半分で具体的に説明することにした。
「合コン! 合コンの女子メンバーあと一人探しに来たの!」
「合コン?」
「そ。良ければ参加してくれない?」
「………………う~ん、個人的には参加したくないの一言かな」
ですよね~。
少し考え込むような仕草をしても結局、返事は予想の範疇を出ない。
「了解。時間取ってごめん」
「あ、ちょっと待って」
「…………あ?」
落胆を隠しながら
「その合コンって、誰が参加するの?」
? どうして参加しないのに人員を知る必要があるのかどうか。まぁ、いいか。
…………んと、確か
右手指を立てながら数えて――、
「あ、もう分かった」
「へ?」
――いると、小波さんはメンバーを把握したとか馬鹿みたいなことを言い出した。
俺、まだ水戸しか名前挙げてないよな? …………いや待て、名前すら挙げてないぞ。
それなのにメンバー分かったとかこいつ、エスパーか?
「いやいや、違うよ」
「うん。取り敢えず聞くがその「違うよ」は何を指してるんだ?」
「
「よし、断言してやる。お前はエスパーだ」
俺はエスパーだなんて口に出してない。つまり心を読んだ小波萌奏はエスパーだということ。
「いや、だから違うって。紅智の表情がバカみたいに分かりやす…………くしてくれてるだけだって。紅智の機転だよ」
「今、失礼なこと言ったよな。まぁ、そのことは後で言及する………かもしれないとして本題に戻るけど――」
どうしてこいつが水戸の名前を聞いただけでメンバー把握できたのか。そこだけが気がかりだ。
そしていよいよ、その謎が解かれ――、
「だって、紅智が誘ってくる前に水戸が誘ってきてたんだもん」
「………え!? 水戸の心当たりって、お前のことだったの!? ………あ、でもよくよく考えてみれば確かに小波さん俺を避けてる雰囲気あったし………」
「いや、そっちが一方的に避けてただけじゃん。ついでに仲良くしようとしなかったわけでもないし。無関心の
みんな知ってるかい? 『好き』の反対は『無関心』なんだぜ?
もし好きな人に嫌われてるとしても、『無関心』でいられるよりはいいことなんだぜ?
「誰でも知ってるよ、そんなこと」
まぁ、『好き』の反対は『無関心』ってこと自体は関係ないけどな。
つーか、小波さん相手なら心の声で会話できるんじゃ。
「それは、面倒くさいから口頭にしてくれる?」
「だと思ったし冗談。それと小波さんは小波さんで
「冗談ならいいんだけど。あと私は故意で紅智の心を読んでる訳じゃない。紅智の表情がバカみたいに分かりやすいだけ」
「たった数分前に見逃してあげた罵倒をもう一度ぶり返すなよ! このプライバシー侵害者が!!」
「何か嫌だなぁその扱い。私はそんなつもり全然ないのに」
じゃあ心を読むなよ! とは突っ込まない。口に出かけてギリギリ止まった、けど意味はないだろう。
そんなことよりも水戸だ。あの野郎、デマ吐きやがって………小波さんが俺を避けてるとか嘘じゃねぇか。俺は水戸へ一途な憎しみを抱くことで自分の焦燥感と憎悪を煽る。
「うーん、そろそろ俺は他を当たるんでそんじゃ」
さっさと合コンメンバー見つけて水戸をボコボコにしなければ。
「待って」
「今度は何!?」
二度も呼び止められるとは誰も思うまい。それも、急いでる最中にだ。
「流石に生徒会が合コンに誘う絵面はまずいと萌奏は思うんだけど………」
「分かってるよ! でも―――」
「しょうがないから私が参加してあげる」
「―――!」
突如として、救いの女神が舞い降りた。
「いや、掌返しでそんな大層な扱いされても………」
「まあまあ、とにかくありがとう」
「…………はぁ」
どうも釈然としない様子の小波さんだが、俺が彼女に感動したのもまた事実。
「それで、合コン会場はどこ?」
「あ、えっとね………」
俺の感動を無視して問いかけを投げ掛けて、空気感を元に戻した小波さんに、我に返った俺は慌てふためきながらも何とか応じる。
こうして合コンメンバーが揃った。
とても喜ばしいけど、少し落ち着いてからは俺は小波さんに顔を見られないように気をつけてとあることを考えていた。
「……完璧に忘れてるかな、ここまで清々しいと」
彼女の声が風に紛れ、俺の思考が途切れる。
「………小波さん?」
「………何でもないよ。何でもない」
「……そっか」
何を言っていたのか聞こえなかったけど、まぁ、考えても分からないことに気を割くつもりはない。
それにしても、ここまでの人とどうして距離を置いていたんだろ、俺。
そんな小波さんへの自分の評価に気付き、どうやら、俺の人間不信は緩和されつつあるようだ、とも実感するのであった。
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