第144話 戦イ慣レ
隣で見妃も俺と同じ状況ながら何か悪態をついているようだが、その声は俺の破れた鼓膜では受け取ることもできなかった。
「二人ともよくやった」
完全に理性を飛ばしたハングブッチャーの前に団長が何かをこちらに言いながら立ち、再びあの気配を放った。俺の予想ではあの気配はゲームで言うところの挑発系の効果がある。つまり、団長はあのハングブッチャーの攻撃を再び一人で耐えるつもりだ。
無理だ……最初は確かに打ち合えたようだけど、こんな化け物が、それも理性を飛ばすまで怒り狂った化け物の攻撃を人間がどうこうできるはずがない………。
「団長―――っ!」
振り下ろされた棍棒に剣をぶつけ、何とか耐えたようだけど、それでも最初とは違い、団長がその場に膝をついてしまった。
マズい、そう思った時に須鴨さんの魔法がハングブッチャーの顔面に直撃し、バチバチと音を立てて燃え上がった。
「だめだ………ほとんど効いてない………」
今の攻撃を食らっても、ハングブッチャーはまるでハエでも払うかのように顔の前で手を振るい、その手の起こした風だけで炎を簡単に消滅させてしまった。
更に最悪なことにハングブッチャーは今度は須鴨さんに視線を向け始めた。今の攻撃でダメージこそ無かったが、気に食わなかったのか、それとも何か他に理由があったのか……
「いい目くらましだな」
その前に団長がハングブッチャーの顔の前に飛び出すが、野性的な反応をしたハングブッチャーは、団長が剣を振り下ろすよりも早く、その腕に噛み付き、団長の体を宙に晒してしまった。
どうするんだよコレ………討伐ランクが50以上ってのはこんなに化け物なのかよ………じゃあ、アイツが倒したって言う要塞龍ってのは………どれだけの化け物だったんだよ………
「腕くらいくれてやるさ。前途ある若者を死なせるくらいなら、私の腕くらい安い物だ」
表情さえ全く変えない団長は自身の腕を残された方の腕で引きちぎり、地面に両足を下ろした。それと同時に膝を曲げ、再びハングブッチャーの顔の高さまで飛び上がると、手にした盾に膨大な加護を集め始めた。
「それに、私は剣は苦手でな。本職は
まるで、思い切り叩かれた太鼓の裏にいる様な、それの数十倍の衝撃を全身に感じ、それと同時に団長が倒れ行くハングブッチャーから飛び降りた。
腕を食い千切られても臆する事なく、俺の刺した刀を押し込むため様に正確な角度で攻撃を打ち込んだんだ……そんな事とても今の俺には出来そうにない………
「大丈夫か………と言いたいところだが、鼓膜が破れていては聞こえないか」
何かを言って来る団長だが、言うのを諦めたようだけど、俺と見妃のことを案じていることだけはわかった。
そんなことより自分の身を心配………そう思いかけた時には既に団長の腕は生えており、手を開いたり閉じたりしながら感覚を確かめている。
「アヤコ。この者たちを治療してやってくれ」
「任されよう」
いつの間にか戦闘を終えていた会長が俺達の元に来て個性を発動させたことが分かった。隣で驚いた顔を浮かべている見妃の様子を見てみれば、耳から滴った血が消滅していくのが見える。そしてその光景を見ていた俺の耳も聞こえる様になっていた。
恐らく見妃ももう回復してしまったんだと思う。これが会長の………過去に世界を救った勇者の個性か………
「さて、まさかこんなところでハングブッチャー程の魔物に出くわすとは思わなかったが、死者もいないことだし良しとしようか」
笑みを浮かべながら腰に手を当てる団長の横で、会長が小さく溜め息を吐いたのが見える。
この人の強さは副団長と比べても相当上に感じてしまう。団長と副団長の間にこれだけの差があるなんて思ってもみなかった。
「反省はまたあとでだ。今は一刻も早くこのエリアを抜けるとしよう。どうにも魔物どもが活発になっているらしいしな」
団長の一言で、返り血まみれの俺と刀矢は馬車の荷台に投げ込まれ、他の者たちは馬車の中に戻っていった。
なんでこんな扱いなんだ俺………。
「そっちはどうだった?」
隣で体育座りをしている刀矢が話しかけてきた。どうだったって言われても、俺の未熟さと甘さが目立っちまったくらいしかないんだよな。
「準備の大切さを知ったよ」
「あはは、俺も全く同じ。トロルは殆ど会長がバラバラにして、その後友綱たちの戦いを見てたんだからね」
「お前なぁ………見てたんなら助けろよ………」
「最初はそうしようと思ったんだけどさ、会長に止められたんだ。これも成長には必要なことだって」
確かに………そうかもしれないな。今回のことで、話しには聞いていた英雄の回復力も知れたし。それに武器選びの大切さも本当の意味でわかった。
収納袋の中に入っている物をいくらか取り出して装備を入れるか、新しい収納袋の購入を検討しないといけないな。
「それにしても、会長はさすがだよ。俺達と1
いや、何年も戦い続けた戦士ってか、世界を救った勇者なんだよあの人。
だけどそれをバラしたら間違いなく俺の体がバラされるから言わないけど。
「まあ、会長だからな」
「そうだね、会長だしね。俺も早く会長みたいな本物になりたいよ………」
今の俺はどう頑張っても偽物でしかないからね。そう締めくくった刀矢の横顔には、以前の邪悪さは感じられなくなっていた。
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