第142話 勇者ノ事情

 俺達のパーティーは一人の欠員を出してしまったことにより、俺と会長、そして刀矢の三人しかいない。だからこそ、俺達の馬車には聖十字の団長が乗り合わせ、給仕の人が二人もついている。

 他の馬車では以前お世話になった黒鉄の二人が御者をしているようだ。

 マキナの都まではここから馬車でも10日以上の長い旅路になる。当然その中で魔物との戦いにもなるだろうが、力をつけ始めた俺達であればそこまで苦戦することもないだろうと思う。


 馬車に揺られる事数時間ほどで整備された道は終わり、馬車の刻み込んだ轍が作る街道になった。

 道中は冒険者なんかも休憩していたりと、人も多いので魔物の被害もそこまではないのだと団長から説明を受けた。

 日が傾き始めたころに馬車を降り、テントを張って野営の準備を行う。

 こちらに転移してきた当初のことを思い出すとかなり大変だった記憶がある。特に女性陣のストレスはすごかった。

 化粧品は肌の手入れをする道具が未発達、あるいは貴族の道楽程度にしか思われていないこの世界では、彼女たちの普通は全く当てはまらず、化粧なんかも、時折道具を借りてくる生徒がいたが、訓練で出た汗や魔物の体液なんかですぐにダメになってしまう。そう言うのがかなりストレスだったようで、一度男女間で大きな喧嘩が起こったほどだ。

 それに野営だってそうだ。風呂に入る習慣のあった俺達は体を拭いただけでは満足できず、中には風呂に入らせろと暴れる者も存在した。

 まあ、今ではそう言った連中は王都に残されているんだけど。

 今回の3パーティー合同の遠征だって、残りの2パーティーは王都で留守番と訓練になっている。遠征を許してもらえるレベルに達していないことがその原因だと思っている。


「友綱、申し訳ないんだけど、薪を拾ってきてくれないか?」


「あぁ、分かったよ」


 薪を拾いに行くように頼まれたので、背負子を馬車から取り出し、背負うと、何故か隣に坂下がやって来て、一緒に拾いに行こうと言い出した。

 本来であればこういう仕事は給仕に任せるのがいいんだろうけど、俺達はあいつの言葉通り、あまりこの国を信用していないというのもあり、できることは自分でやる様にしているのだ。


「いいよ。行こうか」


 坂下と二人で森の中に入ると、直ぐに彼女の方から声をかけてきた。丁度いい。俺も話しを聞きたかったところなのだ。


「ねえ、最近の刀矢どうしたの?なんか少し前とは別人みたい」


「あぁ、前回の遠征で少しやらかしてな………」


「………虎太郎が………死んじゃった奴だよね………」


 少し俯きながらそう言ってきた坂下。もともと俺達のグループで一緒にいることも多かった坂下だからこそ、虎太郎のことを思い出して悲しんでいるのだろう。


「あいつは……欲に飲み込まれたんだ。俺達はあいつと同じ失敗を絶対にしちゃいけない」


「うん。そうだよね……もう、誰も死なないで欲しいしね……」


 誰かが死ぬなんてもうこりごりだ。俺も刀矢もそう思っている。だけど、俺達が直面したあの自体は、話しでしか聞かなかったその事件は、とてもではないが今の俺達ではどうにもできないだろう。ましてや、虎太郎の体が乗っ取られたとなれば、今の俺達に成す術はない。


「今の刀矢はさ……その、そんなに怖くないんだよね………」


「それならよかったよ」


 坂下は……刀矢のことが好きなんだろう。あいつは主人公だし、こいつは間違いなくヒロインだ。脇役の俺から見てもお似合いの二人だよ。

 まあ、その刀矢は会長のことが好きみたいだけどな。


「もし、もしだよ?アタシがさ、刀矢を好きって言ったらさ……友綱はどう思う……かな?」


「ん?そりゃ応援するよ。坂下と刀矢はお似合いだしな」


「………そっか。そうだよね………えへへ、なんか変な感じになってごめん………今の忘れていいから」


 そう言って坂下は一人で薪を拾い始めてしまった。

 ………一体何だったんだろうか。


 その後は食事もつつがなく終わり、特に問題なく夜を過ごすことができた。

 しかし、翌朝の出発して間もない時に俺達は魔物の集団に襲われてしまった。

 もともと覚悟はしていたが、ここまで早いなんてな。


「前衛は俺と団長、それと会長がやります!」


 そう言って魔物の集団の前に飛び出していった刀矢。相手は討伐ランクでは20そこそこのトロルという魔物だが、王都で教えられた魔物の特徴的に群れを形成するような相手ではなかったと記憶している。

 そのことを会長も団長もわかっているのか周囲を警戒しつつ、魔物と相対していた。

 俺も坂下と二人で遊撃に回り、後衛の護衛には坂下パーティーの二人と、ジムさん。後衛には須鴨さんとトリスさんが入ることとなった。

 お互いの手の内を知っているからこその連携だが、そこで予想外なことが起こった。

 見妃パーティーは馬車の護衛を任せたはずなのに、それをほっぽりだし、俺達とh全く別方向に陣形を組み始めているのだ。

 唯一の男子生徒以外が前衛という珍しい構成だが、そんなことよりも彼女たちが一体何に警戒しているのか分からない。


 そう思いつつも、前方から迫ってくる12体のトロルを見やれば、既に団長は前線から離れ、見妃パーティーの方に向かって走っていた。


「こちらは私と神崎君が相手をしよう。君たちは見妃君のパーティーの援護を頼む」


 会長がそう言って来るが、一体向こうには何が来てるってんだよ……


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