第33話 紗和の「すまいる」

あの紗和が刺された事件から2週間近くの日々が過ぎていた。紗和は刺されて1週間ほどで元気に退院することができた。気になっていた紗和の傷口は、刺された場所を教えて貰えなければわからないほど綺麗に縫合されていた。

その翌週には開店日である12月24日を無事に迎えることができた。紗和と一緒に店の裏口から入っていった。店内に入ると紗和が点燈を点けた。

クリスマスイルミネーションと紗和が選んできたたくさん綺麗な花々が煌めいている。そんな花々の甘くて優しい香りが店中に広まっている。まだ9時開店前の8時半。時間はあと30分しかなかったから僕が慌てていると、

「もう私がやることはまとめて全部やっておいたから一馬クンは緊張することないよ?」

それを聞いて安心した僕はまだ日の当たらない店内の様子を見渡した。本当に小さなお花屋さんだ。お客さんが3人も入れば満員になるだろう。


僕の仕事場になるであろうと思われる店内のレジ周りは木目を活かしたテーブルになっていて、あとは壁や床までが純白で染められている。壁も床も真っ白なデコボコのブロックの素材を活かしたままで、敢えて他の絵や写真など飾っていないシンプルで上品なものになっている。そんな真っ白なキャンパスに色を染めているように赤、黄、水色の花々が所狭しと並んでいて、どの花々も綺麗な緑色の葉をつけている。僕はまるで「夢の国」にでも連れてこられたような錯覚をした。紗和が初めての開店時間までに店内のあちこちをチェックして回っているみたいだ。備品の整理でもしているのだろうか?店の前面と左右の側面には紗和が探し出してきた花々が飾られていて、店の奥側の壁にはレジから見て右側が植物の種子や栄養剤、枯葉剤、栄養土などが並べられている。左側は小さなスコップや片手で使えるような鍬、鎌、プラスチックや陶器の植木鉢が並んでいる。まだ名もなき小さな2人の「お花屋さん」。僕は紗和に「このお店の名前は?」と聞いたら、

「『すまいる』だよ!かわいい名前でしょ?」と紗和は花がパァっと咲いたような明るい笑顔で答えてくれた。ありきたりな名前だけど、紗和らしい素敵な名前だ。実は僕は紗和に内緒で開店前からパソコンでチラシを作っていた。でも、まだ紗和には見せていないんだ。僕からの紗和へのプレゼントだから。紗和が喜んでくれるといいな!僕はこのチラシを紗和が寝ている時に徹夜で2千枚ほどつくった。そして僕はひとり西口の周辺でその手作りのチラシを行き交う人々に配って歩いた。特に地図は場所がわかりにくいだけに、お年寄りでもわかりやすいように神経を使って書いた。後日談になるけど、僕がそんなことをしなくても紗和はとっくにチラシを業者に発注と発送を依頼していて、さらに「すまいる」のホームページの作成も他の業者に依頼していたそうだ。やっぱり紗和には勝てないな・・・

「一馬クン、もう準備OKだよ!シャッターを上げて!」頭には綺麗な柄のバンダナ、上半身には真っ白な下ろしたてのシャツ、腰には真っ赤なエプロンを巻き付け、細いデニムを履いて腕まくりをしながら気合をいれる紗和がいた。

「じゃ、開けるよ!」

「うん!」

紗和のひと言に合わせて僕は店のシャッターをゆっくりと開けていった。ちょうど午前9時だ!だが、僕は拍子抜けしてしまった・・・だって通りにはまだ誰もいないから・・・

そんな僕の心配をよそに、紗和がせっせと店の外に花々を置いていく。


「一馬クンも手伝って!」

「あぁ、ごめん、ごめん」


「夢の国」から引き戻された僕は、外に出て、この「スマイル」をもう一度見上げてみた。

「すまいる」の外装も店内同様いたってシンプル。全体的には清潔感溢れる真っ白さで、こちらもデコボコしたブロックの素材をそのまま活かしていた。そして屋根は目印にもなりそうなほど真っ赤に塗られている小さい店だけど、明るくて豊富な花々で満ち溢れていた。紗和の制服(?)と店の外観が見事にマッチしていた!そんな紗和は花々に負けないような明るい笑顔で第一声をあげた!

「いらっしゃいませ!『すまいる』本日開店です!」と連呼しはじめた。その紗和の心地よい声の響きに、通り過ぎる人々が一瞬立ち止まるほどだ!僕も紗和に倣って客寄せの声をあげた。するとさっそく第一号のお客さんがきた!初老の紳士的な男性客だった。その男性客は店内をきょろきょろと見渡しながら恥ずかしそうに店の外から店内を見渡していたので、気がついた紗和が微笑みながらその老紳士に近づくと、


「いらっしゃいませ!どんなお花をお探しですか?」

「あの・・・今日は、結婚記念日でして・・・妻に花束を贈りたいのですが・・・」

「そうなんですか!それはおめでとうございます!奥様もきっとお喜びになりますよ!」

「しかし私は花に疎くてねぇ・・・どんな花がいいものやら、迷っているんですよ」

「わかりました!それなら私が奥様のために花束をおつくりしましょうか?」

「お願い、できますか・・・?」

「はい!少々お待ちください!」


 紗和は店内をちらっと見渡すと、さっと花を選んで奥に入ってきた。紗和の見事な手さばきに僕は目を奪われた。素人の僕からみてもまったく無駄のない動きで、時々ちょっと考えながら、余計な部分を切り落として、流れるような手さばきでラッピングしていく。その表情はお客様のためにこしらえている、紗和らしい真剣な表情だ。その額には早くも汗が滲んでいる。思い出したくはないけれど、前の「仕事」で流していた汗とは比べ物にならないほど美しく輝く汗だ。


「お客様、お待たせしました!こんな感じでいかがでしょうか?」


紗和が自信に満ちた顔で、桃色と白を基調とした花束をその男性客に見せると、


「おぉ~、とても綺麗な花束ですね!これなら妻も喜んでくれるでしょう!あなたにお願いしてよかった。ありがとうございます!」

さっきまで恥ずかしがっていた初老の男性客の顔が満面の笑顔になった!紗和はお代を受け取ると、お釣りを手渡して、

「ありがとうございました!またいらしてくださいね!」

と、お辞儀をすると、その初老の男性客は、

「また来年もぜひお願いしますね」

と言って、花束を抱えて笑顔で帰っていった。すごい!紗和の理想通りの接客ができている!驚いている暇はなかった。次々と新しいお客さんが「すまいる」にやってきて、さっきの初老の男性客のように花束を紗和に注文していく。

そしてどのお客さんも、狭い店の中に彩とりどりに咲いている花をみて嬉しそうな笑顔になっている。そんなお客さんを相手に紗和はいっさい手を抜くことなく、誰をも魅了する笑顔で明るく接している。そんな紗和の誠心誠意の姿勢が評判を呼び、これまで誰も見向きもしなかった横浜の裏路地に、ぱぁっと明るい花が咲いた!

「すまいる」は紗和が夢見た通り、どのお客さんも笑顔で溢れるほどのお店になっていった。

紗和と僕の「夢」が理想通りのカタチとなっていった。

人を笑顔にする「夢」のような魔法を紗和は持っている。誰に教わったわけでもないその「夢の魔法」は、紗和が「孤独」と言う恐怖心に直面し、寂しさに圧し潰され、悲しみを味わってきたことでおのずと手に入れたものだろう。人の痛み、苦しみ、悲しみの気持ちがよくわかる、そんな紗和ならではの優しさから生まれた「純粋無垢な笑顔」なのだろう。だから紗和は僕だけでなく、誰に対しても思いやりのある優しい女の子なんだ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます