第28話 一馬くんが、いない・・・

私は首都高を走りながらそう思った時、急に言い切れない寂しさと真っ暗な孤独感に包まれて、また涙が溢れてきた。今の私には一馬クンがいるから、もう寂しい思いや牢獄のような孤独感なんてもう無縁のものだと思っていたけど、ずっとみんなは私の「仲間」だったんだよね?2年半しか在籍してなかったけど、不安な思い、怖い思いもたくさんしてきたけれど、いつもスタッフのみんながそばにいてくれて私を元気づけてきてくれた。

かけがえのない「仲間」・・・ちがう!「家族」だったんだよね!だから、みんなと会えなくなることがこんなにも寂しいんだよね?悲しいんだよね?あの日突然スカウトされた日から、今日までの出来事が車のウィンドウに映っては景色と一緒に流れていく・・・

私のかけがえのない時間、みんなとの時間は私を成長させてくれた。念願の1位になったことで、みなさんに恩返しができたかと思ったけど、それだけじゃまだ足りない気がした。私はもっと大事なものをみんなから貰ったんだから・・・

一馬クンには申し訳ないけど、今だけは一馬クンのことを忘れて、みんなと過ごして頑張ってきた2年半と言う思い出に浸っていたい・・・ウチまでのほんの少しの時間だから、いいよね?一馬クン・・・


車内には、社長さんから頂いた花束が私を祝福するように爽やかな香りをはなっていた。次第に重く黒い雲が月を飲み込んでいくのがみえると、ぽつぽつとフロントウィンドーを叩き始めた。雨が降ってきた。私は一馬クンのことが急に心配になってきた。とてもイヤな胸騒ぎがする・・・

雨がさらに強く降ってきた。同時に風も強くなってきた。今夜の天気予報では雨が降るなんて言ってなかったのに・・・

早めたワイパーのルーティーンな動きが私の鼓動とシンクロする。今さっき私は「家族」とサヨナラをしたばかりだからかもしれないけど、一刻も早く一馬クンの顔をみて安心したい。あの子まで失ってしまったら私は何にすがって生きて行けばいいのかわからない。 

またあの独房のように暗くて怖い「孤独感」に身を縛られながら生きていかなければならないなんてとてもじゃないけど耐えられない!

突然のゲリラ豪雨が私を不安にさせていく!私はそんな不安をかき消すようにラジオのボリュームを豪雨に負けないほど上げると、アクセルを踏み込んで一直線に横浜へと向かった。


マンションの前に着くと、部屋にはいつものように灯りがともっているのがみえた。それはあの子がいることを私に教えてくれて、ホッと安心させてくれた。私のことを待っていてくれる人がいる。なんて幸せなことなんだろう!


私は「幸せ者」だ!産まれて初めてそう思えた。早く一馬クンに会いたい!はやく会いに行かなくっちゃ!


部屋に灯りがついているだけで、こんなにも安心することができるなんて不思議。早く一馬クンに会いたい!そして、今日の出来事と「引退」のことをすぐにでも伝えたい!一馬クンはきっと喜んでくれるに違いない!これから2人でお花屋さんをやろうって約束したんだもん!灯りがともるウチってこんなにも素敵なものだったのね!「ただいま!」って言えば「お帰り!」って言ってくれる大切な人がいるんだから!   

私はこれからも独りじゃない!一馬クンと一緒に、小さなお花屋さんを横浜の片隅でやっていくんだから。「大事な人」と「大事な夢」を持ちながら・・・

「幸せすぎて怖い!」なんていうことを聞いたことがあるけど、今の私にぴったりな言葉!私はこれから新しい人生を大好きな彼と一緒に過ごしていくんだ!

エレベーターを降りて、浮かれた気分で玄関の扉をあけると、思いっきり、


「一馬クン!ただいまっ!」


 私は飛び跳ねていくような声で彼の名前を呼んだ!だけど・・・

「紗和、おかえり!」と、私が期待していた彼の声は返ってこなかった。いつもと違って、シーンとした静寂の中で私の声がこだましただけだった・・・

状況が飲み込めずにいた私は、もう一度、「一馬クン、ただいま!どこにいるの?」と声をだしたけど、人がいる気配すらないことに私は気がついた。嫌な予感が私を突き動かす!私はヒールも脱ぎ忘れて、いつも彼がくつろいでいるリビングのソファーへと走っていったけど、彼の姿が見当たらない・・・

テーブルの上には、灰皿の中の吸い殻と、投げ捨てられていた私のDVDケースだけが残っていた。部屋にはただ虚しくDVDプレイヤーの微かな音が聞こえるだけだった。私はその投げ捨てられたDVDのケースを手に取ると、


一馬クン・・・これを観たのね・・・


それは、私が一番つらかった作品で、ファンからも「山咲みどり」らしさがまったく出ていない!と言うクレームがたくさんあったヒドイ内容の作品だった。私が怯え震えているシーンばかりの駄作的な作品。すぐにでも「仕事」を終わらせてしまいたいと初めて思った最低な作品・・・後悔だらけの完全失敗作・・・売り上げが最も少なかったクズ作品・・・

私は大きなミスを犯してしまった。これだけは隠しておくべきだった!私は取り返しのつかない大きなミスをしてしまった!彼はこれを観て、ショックを受けたに違いない!


「一馬クンっ!一馬クンっ!どこにいるのっ?返事してっ!」


私は誰もいないウチの中を土足で走り回り、泣き叫びながら彼を探したけど、彼の姿はどこにも見つけることはできなかった・・・

私のことをキライになって出て行ってしまったに違いない!私はふと、彼が出ていく時の「儀式」を思い出した!それならどこかに例の「置手紙」があるはず・・・

私はリビングをはじめ、寝室、浴室、そして私の部屋・・・でも、どこを探しても、サヨナラの「置手紙」は見つからなかった。もしかしたら、そんな手紙すら書きたくないほど私を「汚いオンナ」とみて、出て行ってしまったのかもしれない・・・


・・・私のこと・・・キライになったの・・・?


マリオネットの糸がブチッと切られたように、私の身体中からチカラが抜けて彼がいつも座っているソファーに崩れ落ちると、誰もいないこの部屋で独り大声をあげて泣き叫んだ・・・


そうだ!きっとコンビニに煙草を買いに行ってるのかも!テーブルの上にある煙草の箱は案の定カラ箱だった!それどころか、テーブルの上には彼のスマホまであるじゃない! 

私は自分に希望をもたせるために叫んだ!


そうよ!彼はきっとコンビニで買い物をしているだけよ!


彼がウチを出ていったと言う疑惑は、寝室にある彼の大事なパソコンもまだあったことで完全否定された。もしかして、スマホもパソコンも投げ出してまで私のことがキライになったってことはなさそうね?いてもたってもいられなかった私は土砂降りの雨の中、傘を片手に隣のコンビニに行き涙で崩れたメイクのまま彼を探したけどコンビニには彼の姿はなかった。マンションのロビーから10メートルも離れていないコンビニに傘をさしてきただけで、もう傘がさせないほど夜中の豪雨がどんどんひどくなっていた。横殴りの暴風雨が傘の骨を一気にへし折った。私は一瞬で全身びしょ濡れになって、この暴風雨に叩きつけられている。前すら見えない。それが私をさらに焦らせ不安にさせていく!


いったいどこへ行ったの?何も言わないで、どこに行ってしまったの?


不安だけが加速してゆく・・・焦りが胸を絞めつける・・・絶望が私を引きちぎる・・・

私はたまらずコンビニに戻ると、いつもの店員さんにあの子がこなかったか聞いてみた。

一心不乱になった私をみて店員さんはかなり引いていたけど、今の私にはそんなことはどうでもいいことだった。店員さんは彼が1時間ほど前に煙草を買いに来たことだけ教えてくれた。その後、彼はてっきり私のウチに戻ったものだと思ったと言った。普通ならそう思うのが当然よね・・・こんなカタチでサヨナラなんてイヤだよ!

やっぱりあの時ちゃんと釘を刺しておくべきだった・・・

部屋中探しまわったけれど、彼の別れ方、つまり、サヨナラの「置き手紙」はなかったけど、きっと彼はもう戻ってはこないのかもしれない・・・

そんな喪失感が私の胸を締めつけて息ができなくなるほど私を苦しめる・・・


私は一馬クンのことを諦めたくなかった。直接会ってウチから出ていった理由を聞きたかった!私は前がまともに見えないほどの暴風雨の中を全速力で走った。もしかしたらこの暴風雨だからまだそんなに遠くにはいってないんじゃないか?そう微かな希望を胸に抱きしめて・・・私はひたすら走ったけれど、この暴風雨が私を前に進ませないとしているようだ。私の胸はどんどん苦しくなっていく・・・


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