第27話 仲間との別れ、紗和の引退・・・

せめてどの作品も紗和の魅力あふれる作品であれば、僕も紗和の「仕事」、AV界のトップになる「夢」を応援できたのに・・・またいつか紗和がこんな作品に出演しなければならない日が来ることを想像しただけで、僕は心臓に鋭く尖った、決して自分で抜くことが許されない呪いのナイフをぶち込まれたかのように息もできないほど苦しんでいる・・・

僕がみたかったのは、僕が知っている「純粋無垢な紗和」だったのに・・・「山咲みどり」だったのに・・・紗和のことを「汚れた女」だなんて僕は決して思っていないけれど、僕が知っているあの「純粋無垢な紗和」がどこか遠くへ行ってしまったような・・・もう二度と会えなくなってしまったような、そんな埋めることのできない喪失感だけが残った・・・


・・・もう・・・紗和はどこにもいない・・・紗和・・・どこへいったの・・・?


夜になれば、紗和が笑顔で帰ってくるだろう。その時、僕はどんな顔をして紗和を迎えればいいのかわからなかった。僕は無意識に煙草に手を伸ばした。だけど、いつの間にか煙草の箱がカラになっていた。僕の心をあらわすように空っぽだった。


 ・・・煙草・・・ないや・・・


僕は夢遊病者のように、フラフラとマンションの下にあるコンビニで煙草を買うと、マンションの隣にある公園のベンチに座り煙草に火を着けようとした。だけど何度ジッポをこすっても火がつかなかった。僕の代わりに、夜空がいっぱい泣いてくれていたから・・・



今日の新作発売の握手会も楽しかったぁ~!ファンのみんなの笑顔を見ると元気が出てくるって感じ!これからも頑張らなくっちゃ!でも、どうしたんだろ?帰る時にマネージャーから、帰りは事務所に寄るように!なんて珍しく電話がきたけど・・・とにかく行ってみないと。私は都内にある事務所へと向かった。早く一馬クンに会いたいのになぁ~、ま、しかたないか。

都内の某ビル7階にある事務所に入ると、社長をはじめ、スタッフのみんながそろっていて、

「みどり!念願の『2018年人気AV女優No・1』獲得おめでとう!」

キャッ!みんながそう叫びながらクラッカーを鳴らした!私は驚いてつい耳をふさいでしまった。だって、ドアを入っていきなりなんだもん!って!


えっ!私が総合サイトで人気女優1位って今言ったよねっ?


社長が近寄ってきて、私の手を握りしめながら、


「みどり、今までよく頑張ったな!お前の『夢』が叶ったぞ!」

「えっ?ほ、本当に私、1位になったんですか?」

「ほら、これを見てごらんよ」


私はマネージャーが持ってきたノートパソコンに目を移すと、サイトのトップ画面全体が私の画面になっている!発売されたばかりの私のDVDが思いっきり宣伝されている!こうなると、今までの私のファンだけでなく、私のことを知らなかった多くのAVファンの人たちが私のDVDを買ってくれる!私は有名女優としての証を手に入れただけでなく、私のDVDがデビュー作から今回の新作まで、今まで以上に買ってくれる人が増えるから会社の売り上げにも貢献できる!会社の名前もAV業界でさらに有名になる!これが私の会社への、社長やスタッフみんなへの恩返しになると思っていたからそれを見た瞬間、嬉しくて涙が止まらなかった。AV界を「引退」する時のみんなへのお礼と、私自身の「ケジメ」となると思っていたから。だから私はこのサイトで1位になることだけを目指して、どんな「仕事」も笑顔でやってこれた。それが今、やっと実ったんだ・・・

「夢」は頑張れば叶うものなのね!

「夢」は諦めちゃいけないものだね!私は目標にしていた1位になった。ほんとなら、みんなでどんちゃん騒ぎしたいんだけど・・・不思議とそんな気分にはなれなかった。目標を果たしたことで、私の「AV界」に対するモチベーションが、どこかに落とし物でもしたかのようになくなってしまっていたことに気がついたから・・・そう、まるでAV女優としての「魂」が抜けて腑抜けになってしまったかのように・・・

「AV女優 山崎みどり」は燃え尽きて真っ白な灰になってしまっていた・・・


(私はやっとこの世界で夢を叶えたAV女優なんだ!)


そんな言葉が胸の中に響いた。悔いもなければ後悔もない。私はこの「夢」を叶えるためにたくさんのものを犠牲にしてきたんだから・・・ひとり泣く夜も星の数ほどあった。私は今ここで「AV女優」としての幕を自らの手で降ろす。そう、「引退」をすることにした。ひとつのことをやり遂げるって、なんて清々しい気分なんだろう!「山咲みどり」は今この瞬間、「AV界」という舞台から立ち去って行った。

ツイッターでもたくさんのファンのみんなから喜びとお祝いのメッセージが届いている!私はその全部に目を通してファンの人たちにお礼を言いたかったけど、涙が溢れ出てきてぜんぜん見えない・・・田舎者の私が、2年半かけてやっと日本のAV界で念願だった人気AV女優1位の座に就くことができたなんて・・・

どこかの国のお姫様にでもなった気分だわ!でも、1位になれたのは、私の実力なんかじゃない。これだけははっきりと言える!ここにいるスタッフのみなさんや私を応援してくれたファンの皆さんのおかげだ!と今さらながらに尽きることのない感謝をした。この気持ちを大事にしていきたい。

私はこの先の「一期一会」を大事にして生きていこうと決めた。すると社長がゆっくりと口を開いた。


「ところで・・・みどり・・・」

「はい、なんでしょう?」

「『例の件』だが・・・」


 そう。社長が言う「例の件」。それはこの総合サイトで1位になったら私はこの世界、つまり「AV女優」を引退すると言うことをずっと前から社長さんに話していた。AV女優の「旬」はとても短い。花の命が短いように。「引退」の潮時を見極められないで枯れて惨めになる前に、綺麗な花のまま私は「引退」したかった。私は頂点に立つことができたら、あとは転がり堕ちていく前に潔くこの世界から身を引こう、と、そう思ってた。私も来年には大学4年生になっていろいろと忙しくなるし、3年生とは21歳になることを意味する。18からAV女優を始めた私にとって、もうじゅうぶん頑張ってきたし、今回の件で「夢」も叶ったし、何と言ってもAV女優にとって21歳という年齢はまだ花盛りの年齢だけど、私はあえてここで身を引くことにした。もう私のAV女優生命に「幕を下ろす」ためのすべてのお膳立てができている。そう考えたら、プツリと緊張の糸がきれて、前から決めていた通り潔く「引退」することにした。気力が抜けて、もうAV界に未練もなくなっていた。  

普通は人気女優たちが引退するときには、応援してくれたファンのために「引退作品」を作るんだけど・・・もう私の心の中でAV界への整理がついてしまったから社長さんには申し訳ないけど、「引退作品」の撮影はあとで話し合って断ろうと思う。「引退作品」として私の今まで販売された作品をベスト盤として出してもらおう!そう思っていたら社長が深刻な顔をしてもう一度、一呼吸おいて言ってきた。


「あのな、みどり・・・『例の件』なんだがな・・・」

「・・・はい・・・」

「今やみどりはウチの看板と言うだけでなく、日本一の人気AV女優になったんだぞ?それでも気持ちは『引退』を撤回する気持ちはないのか?みどりさえよければ、もちろんこの件は『反故』にしてもいいんだぞ?」

みんなから驚きの声の大合唱が聞こえた!

「えぇっ!みどりちゃん、AVやめちゃうのっ?なんで?」

「みどりちゃんなら来年も絶対1位だよ!初の2年連続1位目指そうよっ!」

「そうだよ!みどりちゃんならあと2年はいけるよ!今辞めたらもったいないよ!」

「これからもっとガンガンいこうぜっ!なっ、みどり!」

嬉しいスタッフたちの声が響く・・・なんか、みんなの期待を裏切る気がして私は下を向いてしまった。『引退』を隠していた罪悪感のせいで、みんなの顔がまともにみられない。

きっとみんなの顔を見たら、また泣いてしまいそうだったから・・・

これは私と社長だけの「約束」。「仕事」を本気でするのなら、総合サイトで1位になると言う目標に少しでも早く辿り着くために、自分に発破をかけて必死にやってきた。それが今、私の胸の中で鮮やかな彩の花で咲き乱れている!


「社長、みなさん・・・2年半の間、本当にお世話になりました・・・」


私はみんなに心を込めて深々とお辞儀をした。その後、社長と2人で社長室に向かい、「引退作品」について話し合った。社長は私の意見を尊重してくれて、私の「引退作品」はさっき思いついた私のベスト盤として販売してもらうことになった。フロアの一番奥にある社長室の中で社長と2人きりで話すことになった。一流企業の社長室とは程遠い「事務所」を小奇麗にした感じ。真ん中にガラス張りのテーブルがあって、その上に今にも零れ落ちそうな吸い殻で山となっている大きな灰皿がある。私と社長は今、テーブル越しで向き合っている。私の突然の「引退」を責めるようにはみえなかった。社長は煙草の煙を深呼吸するように大きく吸って、吐いていた。1本の煙草を吸い終えると、

「もう・・・気持ちは固まっているみたいだな?」

いつも大きな口を開けて笑っている社長の顔が残念そうな面持ちで、どこかとても寂しそうに見えた。もうすでに決心を岩のように固めていた私は、「はい、今まで大変お世話になりました。私が1位になれたのは社長やスタッフさん達のおかげです。本当に2年半もの間、ありがとうございました!」と感謝を込めてお辞儀をした。

「そうか・・・みどりにはいろんなDVDに出て貰ったからな・・・それに、みどりが自分で決めたことなら『引退』した方がいいかもな。これに目を通してサインしてくれるか?」

 そう言うと社長はテーブルの上に会社を退社する時の書類をテーブルの上に出してくれた。私は、ちょっとだけ、この書類にサインするのを躊躇った・・・ペンを持つ指先が、震えてる・・・これにサインをした瞬間、私は社長やスタッフのみんなと別れることになる。2年半しか在籍してなかったけれど、私にとってこの2年半はいい意味でも悪い意味でも、とても濃密な時間だったから・・・私は、社長やスタッフのみんなとお別れすることがとてもつらく悲しくなってきた・・・そう思うと、どうしてもペン先が震えてしまう・・・

「どうしたみどり?その書類にサインするだけだぞ?もちろん今月分の給料も払うし、引退後の印税もきちんと今まで通りみどりの口座に振り込むから心配することはないからな?お前には新しい『夢』があるんだろ?新しい目標があるのなら躊躇うことはないぞ?」

そんな優しい社長の声が胸に温かくじわっと染みてくる・・・涙で書類の文字が見えない。とうとう私は書類の上に涙を零してしまった。社長がゆっくりと席を立って私の肩を抱きしめてくれる・・・私はそんな社長やスタッフのみんなを、これから裏切ることをするような罪悪感に駆られた・・・涙だけじゃなく、鼻水まで垂れてきた・・・

「おいおい、みどり・・・どうしたんだ?オレはお前の気持ちを尊重するから何も遠慮することないんだぞ?ん?」

「だって・・・だって社長!」

「もしまたAVに復帰しようと思ったら、ライバル会社じゃなくて、また「ウチ」にきてく

れよな!いつでもオレたちはお前のこと待ってるからな!」そう微笑んで私の頭をその大

きな手で、まるで父親が娘を送り出すようなとても温かい大きな手で私の頭を撫でてくれ

た。私はたまらず社長に飛びついて泣きながら今までの感謝の言葉を言ったつもりだった

けれど、涙と鼻水で言葉にならなかった。ただ泣きじゃくるだけの私を抱きしめたまま社

長は、うんうん、と頷いてくれていた。とても、嬉しかった!

その後、私の「引退」への気持ちが強いことと、もうAV女優としてのモチベーションが

無くなってしまったことを理由に、社長が特別に今日づけで私の「引退」、つまり会社との契約解消の書類を受理してくれた。こうして正式に「引退」の手続きを済ませて社長室を出ると、私はもう一度みんなに深々とお辞儀をした。すると小さな事務所の中にいる3人のスタッフのみんなと、あの日渋谷で私に声をかけてくれたマネージャーが、私に温かい拍手で、


「みどりちゃん!2年半、お疲れ様でした!」

「これからも頑張ってね!たまには事務所に遊びにおいで!」

「送別会決まったら連絡すっからな~!」

「いつでも戻って来いよ?みどり!」


2年半共に頑張ってきた「仲間たち」が私を見送ってくれた。もうこの事務所のドアノブに手をかけることはないだろう・・・

私はもっとみんなと最後のお話をしたかったけれど、このままだと、大事な「仲間たち」から離れられなくなりそうで・・・

私はロングヘア―をバッサリ切って大胆なショートカットにする覚悟で、愛すべき「仲間たち」に背を向けると、今までの「仲間たち」との思い出を噛みしめるように、2年半お世話になった事務所のドアを、私のAV女優生命にピリオドを打つつもりでゆっくりと静かに閉めた。そのドアの音が、まさに私のAV女優としての最後の「ケジメ」だった。


私・・・みんなにこんなに愛されていたんだ・・・


もう、みんなに会うこともないんだ・・・


ただがむしゃらに突っ走ってきた2年半に、今、幕が下りていった・・・

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