第20話 小さく白い可憐な花・・・

もし僕が「山咲みどり」のDVDをみたら紗和に対してどんな気持ちになるだろう?

今はまだ想像すらつかなかった。だって、紗和をみていると「純粋無垢なバージン」と言った方がしっくりと感じられるほどだったから。だから、紗和の「仕事」を知った時には、ウソだろ~!と思ったほどだった。もちろん今でも信じられないけど・・・

とにかくウソかホントかはDVDを観ればわかることだ。僕の頭で、「好奇心」と「不安感」が戦いを繰り広げていて、爆弾がドカンドカンと爆発する音が頭中に鳴り響いてうるさくてしかたなかった。でもそれは幻聴でも何でもなく、この僕の心臓の鼓動の音だった。それは慢性的な僕の頭痛を加速的にひどくさせていくようだ。自分でも自分の感情がまったくわからないなんてことがあるのか・・・「好奇心」なのか?それとも「不安感」なのか?頭の痛みがますますひどくなってきた。今はそれよりも早く薬が飲みたい・・・


紗和が玄関のドアを開けると、僕はまっすぐに薬を飲みにいった。即効性のある薬ではないけれど、飲めば気の持ちようでかなりラクになる。僕は紗和に断りもなく、冷蔵庫の水で薬を一気に飲み干した。薬を飲んだという安堵感が僕を頭痛から解放してくれる。こんな状態が一生続くのか・・・そう考えると嫌でも気が遠くなる。

「一馬クン、大丈夫?」

僕の異変に気づいた紗和が心配そうな顔で僕の顔を覗き込んだ。僕は大きく息を吸って、そしてゆっくりと吐き出した。心配そうに僕の背中をさすりながら、僕をみつめる紗和に笑顔でこたえた。紗和に心配かけちゃいけない・・・薬を飲んで気がラクになった僕は、


「うん、もう大丈夫だよ。ちょうど薬が切れてきたところだったからね」

「顔色悪いね・・・長い時間、お買い物つきあわせちゃってごめんね・・・」

「大丈夫だよ、決まった時間に薬を飲めば平気だからさ」

「ご飯・・・食べられそう?」

「ちょっとだけなら・・・それより・・・疲れた・・・もうベッドに行っていい?」

「うん、ゆっくり休んで」


紗和は看護婦のように僕の肩を抱いて寝室へと向かった。紗和の真っ黒なロングヘアが少し乱れている。僕と紗和とでは体格差がまったく違うのに、紗和は必死で額に汗をにじませながら僕をベッドまで運んでくれた。いくら紗和が元気いっぱいの女の子だとは言え余計な負担はもうかけたくなかったから、僕は1日分の薬を財布の中に入れておくようにしていた。今まで「独り」だったから、気分が悪くなったらいつでも薬を飲むことができたけど、これからは紗和と一緒に行動することが増えるだろうから、毎回こんな調子じゃ紗和に迷惑と心配をかけてしまう。それはどうしても避けたい。薬を常備しておけば相当なことがない限り、紗和に負担をかけるリスクは少なくなる。僕は安心してベッドにもぐりこんだ。僕は紗和に薬を飲んでいる事と理由を告げた。

「そうだったんだ?早く言ってくれればよかったのに・・・今お水持ってくるね?」

「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」

薬を飲んだことで落ち着いたせいか、僕はタバコに火を点けた。まだ紗和が心配そうな顔で僕を見つめていることに気がついた。僕は紗和に安心して欲しかったから、


「紗和、ありがとう、もう大丈夫だよ」

「ほんとに?無理してない?」

「うん、薬飲んだから、ラクになってきたよ。ありがとう」

「今度から具合悪くなったらすぐ言ってね?」

「うん、心配かけてごめん」

「気にしないで・・・気づかなかった私が悪かったの、ごめんね・・・」


紗和は今にも泣きだしそうだったので、僕は紗和の頭をなでながら微笑んだ。紗和のこんな表情を見るのは一生かけても完治しないと言われた頭痛と同じくらい苦痛だったから。 

今の僕が紗和にしてあげられることは、いつも紗和が笑顔でいられるようにすることだけだから。少なくとも僕のせいで紗和を悲しませたりして、その笑顔を消してしまうことは絶対にしちゃいけないんだ!と僕はそう誓った。そんなことしか今の僕にはできないから。やっと薬も効いてきたから僕は素直な笑顔で紗和に、


「ありがとう、紗和のおかげでずいぶんラクになってきたよ」

「ほんと、ほんとに無理だけはしないでね?」

「うん、もちろん。もう大丈夫だから」

僕が紗和の小さな頭をくしゃくしゃと撫でまわすと、紗和は、

「きゃぁ~!いやぁ~!」


と笑って、恋人にちょっかいをだされて喜んでいるような、僕の大好きないつもの紗和の笑顔になった。雲の切れ間から光が差し込んだように、紗和に僕の大好きな笑顔が戻った。 

この紗和の優しさに満ち溢れた笑顔があれば、僕は投げ出しかけていた真っ暗な人生を明るい絵の具で塗りなおして、一からやり直すことができると思った。紗和の笑顔があれば何もいらない。紗和の笑顔を失ったら、僕はまた真っ暗な牢獄で独り膝を抱えながら、生きているのか死んでいるのかわからない人生に戻ってしまうだろう。もう、あんな辛い思いなんて2度としたくない。紗和を失いたくない!僕の中で紗和という小さく白い可憐な花の存在が一気に花開いた瞬間だった。僕たちはこの小さな花を2人で大事に育てていかなければならない。今は草原に咲いたたった一輪の花かもしれないけれど、大事に育てていけば、いつかこの小さく名もなき白い花は、枯れることのない強いこの小さな白い花はやがて種を撒きこの草原を色彩豊かな花々で埋め尽くしていくだろう。僕の荒廃した心のように、荒れ果てていて何もなかった草原が多彩な花々でいっぱいになるまで頑張っていこう!僕と紗和ならきっと草原をこの花々でいっぱいにできると信じて。僕はそう思いながら紗和の頬に手をあてて、野に咲く花のようにみえる紗和の笑顔をみて微笑んだ。

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