第12話 涙の理由・・・

僕はゆりかごの中で眠る赤子になっている夢をみている。優しい母親のような微笑みがみえる(いったい、誰だろう?)そして僕の頭をなでながら、僕の唇にあたたかいキスをしてくれた。すると僕の頬に何か生温かい水滴のようなものが零れ落ちてきたのを感じた。

(・・・ん?雨・・・?)

僕はずいぶん眠り込んでいたようだ。いったい今何時だろう?僕はもうすっかり「元カノ」のことは頭の片隅にもなかった。眠い目をこすり、雫がこぼたれた頬にそっと手をあててみた。すると視界がだんだんはっきりしてきて、すぐ横に昨日出会った女の子がいた。

僕はすぐに彼女の様子がおかしいことに気がついた。心配になった僕はすぐにベッドから起きて彼女の目の前に座って彼女の両頬に手をそえると、

「どうしたの?なぜ泣いてるの?」

「ううん、何にもないってば。あくびしたら涙がでちゃった」

彼女はそう微笑んで、もう一度口を片手で塞ぎながらあくびをしたけれど、僕はその時の彼女の微笑みが微かに引きつっていたのを見逃さなかった。

「・・・ちがう、嘘だ・・・どうしたの?なにがあったの?」

「・・・・・・・・・」


彼女は小さく震えたままで、僕の問いかけに答えなかった。僕は再び彼女の瞳を覗き込みながら聞いた。まぶたが少し腫れぼったくなっている。あくびでまぶたがこんなになるはずがない・・・僕は、彼女に何か迷惑なことをしてしまったのだろうか?第一、初対面なのにいくら招かれたとはいえ泊まってしまったこと自体非常識だ。すぐに着替えてここを出ていかないと!僕は慌てて服に着替えようとしながら、

「ご、ごめんね、すぐに着替えて出ていくからっ!」

「ダメっ!行かないでっ!あなたにずっとそばにいて欲しいの!」

ベッドから出た僕の身体を締めつけるように彼女が抱きついてきた。そして僕の動きを必死に止めようとしている。その細い身体全身で僕を縛りつけた。僕は身動きが取れなくなってしまった。そして彼女は僕の胸の中に顔をうずめて、

「お願いっ!どこにも行かないでっ!ずっと私のそばにいて!」

懇願するように僕にそう叫んだ。僕の胸の中で泣きながら、たしかにそう叫んだ。

「ずっと私のそばにいて!」彼女は何度もそう叫んだ。僕は何が何だか全く状況が理解できず混乱した。いったい僕は彼女に何をしてしまったんだ?彼女をこんなにも泣かせてしまうほど、悪いことをしたのだろうか?とにかく彼女に理由を聞かないと・・・

僕は彼女の肩に両手をおくと、

「・・・わかった・・・どこにも行かないから・・・」

「・・・ほ、ほんとに・・・?」

「うん、どこにも行かないよ、だから泣いている理由を教えて?」

「ずっと私のそばにいてくれるって、約束してくれる?」

彼女は冷たい雨に濡れる仔猫のように小刻みに震えながら、僕の眼を見つめて黙り込んでいる・・・僕は静かにうなずいた。

どうやら僕は彼女に対して何か迷惑をかけたり、悪いことをしたようなわけではないようだ。年下の女の子の扱いにまったく不慣れな僕は彼女の気持ちを理解することができなかった。僕は口を堅く閉ざす彼女に対して、どうして?どうしたの?を繰り返してばかりいた。

「いったい、どうしたの・・・?ねぇ、どうして泣いてるの・・・?」

僕は精一杯の優しさをこめて彼女に聞いてみた。見知らぬ何かに怯える仔猫を拾い上げるような優しさで・・・

すると彼女は僕の背中で両手を握りしめて、僕の身体を抱きしめた。

「お願いだから・・・帰らないで・・・いつも私のそばにいて・・・お願いだから・・・」

帰らないで!ってことは、僕にここを出て「あの人」の住む、あのマンションに帰らないで!ってことだろうか?いったいどうして?なぜ彼女は泣きながらそんなことを僕に懇願してくるのだろう?僕には彼女の気持ちがまったく理解できなかった。「年下の女の子」の気持ちが理解できないことは今に始まったことじゃないけれど、どうして彼女はこんなにも泣いているんだ?それに僕に対して、「ずっと私のそばにいて!独りになんかなりたくない!」それは、僕に魂を吹き込むような彼女の叫びだった。僕は今、彼女に必要とされているんだ!こんな廃人同様の僕のことを彼女は必要としてくれているんだ!僕は初めてこの人のことを支えなければいけないと言う義務感に駆られた。彼女も、「独り」だったから。


僕は冷え切って震える仔猫を撫でるように、彼女の頭をなでながら、

「大丈夫だよ、どこにもいかないから。だから顔をみせて?」

すると彼女は僕の胸の中からその小さな顔を離して、

「ほんとに?ほんとにどこにも行かない?」

僕は意味が分からなかったけど、とにかく彼女を落ち着かせようと、話を彼女に合わせて答えた。

「うん、約束するよ。どこにも行かないから」

「うん・・・ありがとう・・・」

やっと冷静になった彼女は、涙に濡れた目をパジャマの袖で拭いながら、

「私・・・どうかしてたね・・・ごめんね・・・」

「いや、べつにいいよ、気にしないで・・・」

「やだ、顔がぐちゃぐちゃ!シャワー浴びてくるっ!」

彼女は恥ずかしさのせいか、慌てるようにシャワーを浴びにいってしまった。僕は彼女の涙の訳を聞くことができなかった。きっと、急に情緒不安定になったのかもしれない。女性は突然の雷雨が如く情緒不安定になって泣き叫ぶことがあるのは今まで経験してきたから、きっとそんなところだろうと思った。彼女の涙とさっきの突発的な行動はきっとこの情緒不安定のせいで、思いっきり泣いてスッキリして冷静になれたんだろうなぁ、僕はそう自分で彼女の涙の訳を解釈した。それしか僕には思いつかなかったから。僕には彼女が突然泣き出した理由を掘り下げても聞き出すことはできないのだから。


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