第7話 自暴自棄・・・

僕は調子に乗ってかなり飲んで食べて酔っていたけど、もうすっかりこの店のしきたりに慣れていた。僕の手を引く彼女の後姿と足元を鳩の首のように動かして交互に見ながらお勘定をしにカウンターへと向かった。彼女がおごってくれるっていってたけど、やっぱり年下の女の子からおごってもらうのはさすがに気まずい。そう思ってポケットから財布をとりだすと、彼女の手が僕の手の動きを制止した。そして彼女は素早くバッグから自分の長財布を取り出して中身を開いたとき、さすがに僕も酔いがさめるほど驚いた!だって、彼女の長財布の中身は万札でぎっしりだったんだから!やっぱりお嬢様なんだな。じゃ、ここは彼女の好意に甘えよう、素直にそう思った。で、彼女は1万円札を2枚取り出して店主に渡した。まぁ、2人でそのくらいは飲み食いしただろうなと、僕は思った。すると岩の塊のような顔をした店主は首を振り、彼女の手から札を1枚だけ取ると、レジから5千円をとりだして彼女に手渡した。彼女が店主に軽く会釈をすると、店主はコクリとうなずいただけだった。帰りも客を見送る店主の言葉はなかった。と、ちょっと待てよ?1万払って、5千円のお釣り?ってことは、あれだけ2人で飲み食いしてたったの5千円だけ?この店の勘定は今時珍しいどんぶり勘定みたいだ。僕は彼女に手を引かれながら、油まみれでべとべとした暗くて急な階段を降りて、やっと外に出ることができた・・・



真夜中の横浜の街に、火照った体にちょうどいい冷たい冬の風が吹き抜けた。時計を見たらすでに午前1時を回っていた。僕には終電なんて関係ない、いつも帰りはタクシーだから。僕はその時血の気が引く思いをした。そう、僕にはもう戻る「家」がないのだから・・・

きっと彼女もあれだけお金持ちなんだから、迎えの車でも来るんじゃないかな?僕たちは狭い路地の中央に立つと、夜の輝きを失いかけていく横浜駅へと向かった。僕はすっかり「元カノ」のことは飲みすぎたビールで出た小便と一緒に便所に流してきたようだった。酔ってフラフラしている僕が転ばないように、彼女の手が僕の手を握って放さない。その温もりに僕は心地よい安心感に包まれた。こんな安心感って、いったいいつ以来だろう・・・


「あ~ぁ、おいしかったねっ!ね?おいしかったでしょ?」

「うん。おいしかったよ。でも、あんな店あるなんて知らなかった」

「まぁ、『超』穴場だからね!」

「実は僕さ、ホルモン系キライだったんだけど、ここのはすごくうまかったよ!」

「え~!あんなにおいしいホルモン嫌いなの?」

「なんかさ・・・グロいじゃん?」

「そうだけど、栄養満点だよ!今日のお仕事の疲れなんて吹っ飛んじゃった!」


(へぇ~、この子働いてるんだ・・・どっかのお嬢様女子大生かと思ってた・・・)


僕は彼女が何の仕事をしているかは聞かなかった。だって聞いたところで何にもならないし。それに僕の仕事は?と逆に聞かれたら困るから。だから僕は余計なことは聞かないようにしているんだ。面倒くさいからね。

仕事の疲れをホルモンで完全回復した彼女は僕の手をひいたまま機嫌よく歩いている。僕はさっきの店で飲みすぎたせいか、一歩一歩歩くたびに酔いがひどく回っていく。彼女の足についていけなくなった。もう完全に頭の先からつま先までアルコールが僕の血液中を駆け巡っている。彼女とは何か話していたのは断片的に微かに覚えていたけど、もう僕の意識はなくなりかけていた。酔っぱらいの本能に従って彼女についていった、と思う・・・

記憶がないからこの先はちょっと言えない。そんな経験、誰でもあるよね?

気がつくと何かに揺られているような気がした。手が優しい温もりで包まれているのを微かに感じていたけど、今僕はどこにいて、どこに向かっているのかまでは全く分からなかった。酒の弱い自分を自覚しているのに、こんなことになるなんて。惨めなだけだ・・・

それよりも、もっとお酒に強くなりたいな。まだ薄い意識の中、何かの揺れと手の温もりだけは感じていた。その揺れはゆりかごのように心地よくて、手に感じる温もりは僕に安心感を与えている。だから僕はなんの不安もなく、この流れと勢いに身を任せて今にも消えてしまいそうな意識の中で、


(もう、このまま死んでもいいや・・・もう、どうでもいいや・・・)


と思った。きっと天国や極楽に行ったら、こんな安心感と温もりに包まれるんだろうなぁ・・・と思いながら・・・

すると僕を癒していた揺れはゆっくりと停止した。僕の意識はまだ朦朧としていた。何か若い女性の声が耳についた。僕は誰かに肩を抱かれながらよろめく足で地面に降りた。天地上下左右がまったくわからない。平衡感覚がない。目がグルグルと回りながら、その場所を映し出す。胃袋が突然暴れだした!僕は内臓が飛び出るんじゃないかと思うほど胃の中のモノをすべて吐いてしまった。さっき食べたホルモンとビールが混ざったものだった。

さっきの温かい手が僕の手を離れて、今度は僕の背中をさすっている。

酔いから冷めたというより、催眠術を解かれたように、僕は正気をとりもどした。気がつくと、さっきの彼女が「無理したんでしょ?だいじょうぶ?」と言って僕の背中を一生懸命さすってくれている。(あぁ、僕はこの子と一緒に食事してたんだっけ・・・でもここはどこだ?目の前には大きなマンションが建っている。セキュリティーもしっかりしていそうな高級マンションだ。ここは僕のウチ(?)じゃない。いったい僕はどこにいるんだろう)やっと彼女の顔を認識できるようになった。とても心配そうな顔をしている。ハンカチで僕の汚れた口を拭いてくれている。


(あれ?どうして僕はこの子と一緒にいるんだ?)


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