野に咲く花のように

尾崎 剛

第1話 絶望・・・

※このストーリーは性描写の場面が数多く出てきます。性描写が苦手な方は読むことをお控えください。




冬の足音が聞こえる横浜の夜の街に、クリスマスイルミネーションが煌びやかに光り始めた頃だった。あと1ケ月もすればクリスマスイヴがやってくる。いつも点けっぱなしのFMラジオからは定番のクリスマスソングが明るい旋律にのって流れてくる。でも僕はそれらを聴いても明るい気持ちにはなれなかった・・・独りで夕飯を食べ終えた僕は、部屋の窓を開けた。凍えるほどの冷たい風が僕の頬を撫でていった。空は今にも雪が降りそうなほどの重たい鉛色をしている。まるで今の僕の心模様のようだ・・・


ガチャッ


玄関のドアロックが解除された音がした。彼女が、帰ってきた。部屋中に重苦しい空気が充満していく。そして僕はその空気に呼吸を奪われていく・・・もう、僕はここでは生きていけない・・・そう思った僕は・・・


僕はついに「覚悟」を決めた・・・


ついさっき、僕は4年間続いた5つ年上の彼女との関係にピリオドを打った。半年ほど前、あることをきっかけに彼女が激変して僕に暴言を吐いたり、暴力を振るうようになったからだ。あんなに優しかった彼女が顔を合わせるたびに「般若」のような形相で僕を心身ともに痛めつけてくるようになった。僕はその度にとても悲しい気持ちになった。


あんなに優しくて綺麗だった彼女が今はもうどこにもいない。僕は彼女のマンションから出ていく決心をして、「もう、別れたいんだ・・・」、そう告げた瞬間、彼女は僕をその恐ろしく変わり果てた目で睨みながら罵詈雑言を浴びせてきた。とても悲しくて胸がたまらなく痛かった。そんな「般若」の面にように、ぎょろりとした鋭い目を見開いて額からは今にも鋭い2本のツノが生えてきそうな表情に、僕は怯え震えた。そして生き血を啜った後のような深紅の大口を開き、さらに僕に憤怒の言葉を浴びせかけてきた。僕は苦しくなって耳を塞いだ。こんなにも変わり果ててしまった彼女と一緒にいることに、僕はもう限界だった。


「お前みたいな役立たたずはさっさと出ていけっ!2度と顔をみせるなっ!」


彼女はそう僕に怒鳴ると、僕にガラス製の重たい灰皿を投げつけた。僕の後ろにある真っ白な壁に勢いよく灰皿が当たり、無数の吸い殻が床一面に飛び散っていった。僕は泣きたい気持ちになった。

床に散乱した無数のタバコの吸い殻が、僕をいっそうもの悲しくさせていく・・・


(わずかの間で、人間ってここまで変わるものなのか・・・)


4年間と言う長い月日が、一瞬吹いた風で吹き飛ばされていった枯れ葉のような、そんな感じの簡単な別れだった。こんなことになるはずじゃなかったのに、いったいどうして?


彼女は5つ年上で僕が入院中に出会った看護婦長さんだった。僕はプロボクサーを引退した後、トラックの運転手をしていた。ある日横浜にある運送会社の敷地内でトラックから荷物の積み込み作業をしている時に、荷台から足を滑らせて頭部を強打して気がついたら病院のベッドの上だった。医師からの説明で僕はもう2度とハンドルを握れない身体になってしまったと聞いた。目の前が真っ暗になった。仕事を失った。僕は運送会社の社宅を借りていたので、そこからも立ち退かなければならなかった。僕は帰る場所まで失くしてしまった。横浜にある総合病院の脳神経外科の病棟に入院していた僕は、入院してからすぐに仲良くなった5つ年上の婦長さんに、


「退院しても僕には帰る『ウチ』がないや。どうしようかなぁ・・・」


とぼやいたら婦長さんは、いや、彼女は僕をギュッと抱きしめてくれて、


「大丈夫、私が守ってあげるから。だから私の家においで?」


と言ってくれた。僕は彼女の言葉に素直に甘えることにした。彼女が僕を抱き締めてくれている優しさに包まれながら。


でも、幸せな日々はある日突然脆く崩れ去っていってしまった。その先に待っていたのは彼女が僕を憎み続ける毎日だった。4年間にデートらしいデートをした記憶がないほどだ。なんでデートができなかったのかというと、彼女は病院での激務で疲れ果て、休日はぐったりと泥のように眠っているからだ。僕はそんな疲れ切った彼女を休みの日くらいはゆっくりと眠らせてあげたかった。だから僕から彼女に気分転換をさせるためのデートを申し込むことは憚られた。僕はデートができなかったことについて不満はないからそれは気にしていないけれど。


そして彼女との4年間を破壊した決定的な原因は、ある日突然、「子どもが欲しい」と彼女が言い出したことから始まった。彼女は47歳。見かけはとても若く見えてスタイルもいい美人タイプだ。彼女を見ていると子どもを産んでもおかしくはないように見える。


でもやはり年齢のことを考えると、素人の僕が考えても危険な話だと思った。僕はその時42歳だった。しかし僕は彼女の気持ちを尊重したかったので彼女に協力しようと思った。夜、僕が先にベッドで寝ていると、彼女は着ているものすべてを脱ぎ捨てて僕が眠るベッドの中に入ってくる。そして僕の胸を厚い妖艶な唇で吸いつきながら舐めまわしていく。と、同時に僕の「オトコ」をその小さな手のひらで握り絞めながら上下に動かしていく。僕はそこで目を覚ました。


「そのままでいいのよ・・・」


彼女は僕にそう呟いた。僕は彼女に愛撫する必要はなかった。前戯も後戯も必要なかった。僕はただ彼女にされるがままベッドの上で仰向けになっているだけでよかった。僕の「オトコ」が日本刀のように反り返り漲ると、彼女は僕の「オトコ」を握り絞めたまま彼女の「オンナ」の中にゆっくりと挿入しながら僕の上にまたがってきた。彼女が一瞬の喘ぎ声をあげた。


彼女が激しい喘ぎ声をあげる!僕の胸に置かれた彼女の手のひらに全体重をかけてくる。僕の胸が彼女の重さで息苦しくなる。セミロングの黒髪を振り乱しながら彼女は激しく腰を振り続ける。彼女の背中に一筋の汗が滑り落ちる頃、僕は歯を食いしばりながら彼女の「オンナ」の中に白濁のDNAをたっぷりとブチまけた。


そんな子どもを作るためのだけの純粋なセックスが月に8~9回もあった。僕が果てると、彼女は僕の身体の上に覆い被さってくる。腰をあれだけ激しく動かしたからだろう。僕の耳元に疲れ落ちた彼女の顔から、全速力で短距離を駆け抜けてきたランナーのように熱く荒れた息づかいが聞こえてくる。


「早く、カズマの赤ちゃんが欲しい・・・」


その声は涙声に変わっていた。


「どうして今になって子どもが欲しくなったの?僕がここに来てからずっと、子どもはもう諦めてるから欲しくないってそう言ってたのに?どうして?」


僕の胸を寂しさが埋めていく。


「急にね、欲しくなったの・・・カズマの赤ちゃんが・・・どうしてだか、私にもそれはわからないの・・・でもね、それでも、どうしても、カズマの赤ちゃんが欲しくなったの・・・」


彼女は僕の横に身体を落とすと、自分の下腹部を優しく摩りながら、


「お願い・・・ココに舞い降りてきて来て・・・」


と、下腹部を見つめながら呟いた。それは私が妊娠しますようにと何かに祈っているかのように僕にはそう聞こえた。「早くできるといいね」僕も彼女の下腹部を手のひらで優しく撫でる。


「・・・カズマの手、とても温かい・・・それに、とても安心するの・・・」


まだ涙が止まらないのか?聞いていて胸が痛くなるほどの擦れた涙声が僕の胸に響き渡る。


「きっとできるよ、大丈夫」


僕が彼女の髪の毛を指で梳きながらそう言うと、


「・・・うん・・・ありがとう・・・」


そう言って彼女は僕にしがみつくようにして眠りに落ちていく・・・

そんな日々が1年続いても、彼女が妊娠することはなかった。彼女が日に日に焦っていくのがよくわかった。あんなにセックスをしてもまったく妊娠することはなかった。


彼女は寂しそうに涙する日が多くなった。そして僕にこう言ってきた。人工授精を試してみたい、と。もちろん僕は彼女の願いを叶えてあげたかったから、うん、いいよ。とそう言った。


それから3日後、2人で彼女が勤めている同じ病院の産婦人科へと相談に行った。彼女と親しい産婦人科の女性医師の答えは「NO」だった。あまりにも高齢出産で母子ともに危険だと言うのがその理由だ。


それに彼女と僕の年齢を考慮すると自然妊娠する確率は極めて低いと言われた。仮に人工授精をして妊娠したとしても、母子ともにかなり高いリスクがあって命に関わることにもなる、とも言われた。だから人工授精は「NO」だ、と。仲のいい女医さんにそう言われると、彼女は僕らの目も憚らずにその場に崩れ落ちて号泣した・・・


どうして今頃になって子どもが欲しくなったのか?その理由は僕にはわからなかった。聞いても答えてもくれなかった。僕はそんな嗚咽を漏らす彼女の背中をさすることしかできなかった・・・









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