第36話 競走、再び!

 それから約3ヶ月の月日が流れ、2人は未だに芝生の上にいた。


「なぁ、ユイ」

「……ん? 何、ケイ?」

「そろそろ降りねーか? もうずっとおんぶしたままじゃねぇか」

「や! ここ……ここがいい!!」


 離さないと言わんばかりに力一杯に、ケイを背中から抱きしめる。移動中は常にこの体勢のため、動く度に柔らかい感触が常にケイの背中を支配する。


「あのな、ユイ。男にも我慢の限界というものがあってだな。いい加減──」

「……子作り?」

「違う、そうじゃない。飛躍し過ぎだ」

「……じゃあ、このままがいい。……ん、ケイ、引っかかった」

「どこだ?」

「あっち」


 指を指したの北北東。ケイは目を細めて、小さな点があるのを確認する。


「あの小さな点か……」

「……そう。けど、ここのやつ飽きた」

「わがまま言うな。羽の生えた牛、頭が2つある豚、全身刺だらけのモグラ、足が無駄に生えてたワニ、どれもみんな同じじゃねぇーか! って、そんなことよりまだ引っかかってるのか?」

「……私が見逃すと思う?」

「あるのか?」

「……ないっ!」


 ドヤ顔で自慢するユイは『技能自動発動』で『気配察知』を常に5秒間ずつ、自分の体力が尽きるまで発動させることで、身の安全とご飯探しをするのが日課になっていた。

 体力をつけることが大事だと気がついたユイが自主的にやっていた事だった。

 きっかけは競争した時。体力がギリギリの状態で到着したユイに対し、ケイは息切れすらしていなかった。


「ここで待ってろ。仕留めてくる」

「……競走……する?」

「なんだと?」


 追いつきたいやつのために、釣り得るために、誇れる自分になるために、鍛え上げてきた体にか本人から「対決」の申し出。この言葉を待っていたというケイの体は興奮していた。


「──本気か?」

「……本気、負けない」

「わかった。芝生だけど大丈夫か?」

「……これがあるから大丈夫」


 バックから取り出したのは、仕留めたモグラの長い棘で作ったサンダルのようなものだった。そこに『気配察知』を解いて『創造魔法』で『接着』を発動して離れないようにした。


「……これでよしっ!」

「ユイ、俺の言いたいことがわかるか?」

「……オ〇、ワクワクしてきたぞ?」

「違う、そうじゃない──ってか、なんでそのネタ知ってる!?」

「……それよりケイ、逃げちゃう」

「それはまずいな。行くぞ、ユイ、あれくれ」


 ちょうど準備体操を終えたケイにユイは片手で持てる程の小さな石を渡す。前とやった時と同じ、スタートの仕方だ。ケイが石を放り投げて、落ちると同時にスタートの合図だ。


「確認のため言っとくが、技能はなしだからな。それじゃあ、行くぞー」


 石はケイの下投げによって空高く放り投げられ、自由落下に従って落ちてくる。お互いに、足に熱が入り、地面が抉れるぐらいに強く踏み込む。目標をしっかりと目で捉えて、距離を確かめる。

 その間に、空高く舞った石は目の前まで落ちてきた。2人は心の中でカウントダウンが始まった。


((3、2……1、スタート!!))


 2人は勢いよく走り出した。ほぼ互角と言ってもいいだろう。横目で見ていることを確認出来る距離。だが、次第にどんどん離れてきた。

 ユイが徐々に遅れてくる。わすがな歩幅の差がケイとユイの若干の差を開けさせ、「遅れている」という現実が、ユイの心に動揺を与える。


「な、なん……で……?」


 全力で走りっているのに追いつけないという心の不安が、ユイをさらに遅くする。

 気がつくとケイは手を伸ばしても追いつけないほどの距離のように感じる。どんどん離され、もう傍に居られなくなるという気持ちがどんどん溢れてくる。


「……はぁっ、はぁっ……待って……ケイ……置いてか……ないで」


 気が付かないケイは、先へ行く。ユイもいつしか立ち止まっていた。次第に、目が熱なるのを感じる。追い出された時に似ている──否、それ以上だった。

 好きな人と一緒にいるという蜜の味を知ってしまった今、それを失いたくないという思いが、目から溢れ出る。


「……待って、待って、待ってっ!……ケイっ!!」




「っと、到着! やっぱり俺の勝ちだな!……って、あれ? ユイ?」


 置いてけぼりしてしまったことを、ケイはゴールしてから気がついた。目の前には、勢い余って画面に拳を当て、気絶した翼の生えた牛。

 見た目とは裏腹に、くそ不味い味だということは何度も食べてわかっているため、ケイには食べる気が失せてきた。


「しっかし、遅いな……お、きたきた。って、あれ?」


 ケイが確認したのは、目を瞑って真っ直ぐ進むだけ。まさに無我夢中で走っているユイの姿だった。気絶から回復した牛は、真っ直ぐ向かってくることに闘争心を覚えたのか、直ぐに起き上がり、角をユイに向け、走り出した。


「!? しまった!」


 若干、ケイが気がついたのに遅れ、牛と共にユイのもへと向かう。差は本の数メートル。ケイは牛を攻撃しようとしたが衝突するのが先だとわかり、『怪力『(中)』で身体を強化させ、真っ直ぐ向かってくるユイを、飛び込む勢いでジャンプして、突っ込む形で抱き抱え、何とか牛との衝突を避けた。


「あっぶねぇ〜。おい、何してんだユイ」

「……ケイ? ほんとにケイ?」

「そうだぜ。俺がケイだ……ったく、なんて顔してんだよ」

「……ケイ……ケイ、ケイ、ケイ! もう、居なくなるかと思った……怖かった」

「おいおい、抱きつくな! どこにも行かないから離せ!」


 ギリギリのところで避けられ、イチャイチャを見せつけられた牛は、動物的な本能に従い、さらに興奮が高まり、2人に向かって叫びながら突進する。


「ヴォォォォ!!!」


 怒り狂った牛が、向かってくることにケイは気がついた。


「あ? てめぇ……人の女に手を出そうとして、まだ向かって来るのか?」


 未だに泣いてるユイを左手で強く抱きしめて、すかさずポケットから粒を取り出し、『再構築』をかけ、ハンマー型にする。

 圧倒的強者の余裕なのか、それとも怒りを通り越したせいなのか、不気味に口元が微かにニヤける。そして一言──、


「死ねよ」


 角がユイに当たる瞬間、ケイが振り回したハンマーが牛の頭は破裂し、胴体はそのまま真横に吹っ飛んだ。


「ユイ、大丈夫か?」


 ゴシゴシと涙を拭い取る。そして、口元が少し緩みながら──、


「……ふふふ、人の女……ふふ……ん、大丈夫!」

「そうか、なんで泣いてたんだ?」


 少し小さめに言ったおかげで、ケイには聞こえていないことのが少し残念に思った。だが、さっきまでの悲しみが、頭を撫でられつつ、心配してくれるという事実で一気に嬉しさに変わった。


「……秘密」

「まぁ、辛かったら言えよ。とりあえず、飯にしよう」

「……ん、ご飯!……ねぇ、ケイ」

「んー? なんだ?」

「……好き!」


 何も変わらなず、今まで通り最高の「笑顔」で今日も猛烈にアタックして行く。

 僅かながらのチクッとした不安を抱えながら……。

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