1 デウスエクスマキナ


 私は楕円形の球体カプセルの中の手術台のようなベッドに寝かせられていた。

 傍には、エクスマキナゼロが静かに私を見つめ佇んでいる。

 さらにその周囲には、AI人工知能だと思われるコンピュータが光の明滅を繰り返していた。


 見上げると、2階からはるか高く見えなくなるまで、本棚が丸く螺旋階段上に登って行く。本棚には本がびっしりと並べられている。まるで図書館のようだ。

 ロボットアームがひっきりなしに本を抜き取っていく。

 そして別のロボットアームが本を戻す作業をしている。

 数十台のロボットアームがその作業を繰り返し行っているようだ。


 私の頭には何かの端子なのだろうか、こめかみに吸盤のようなものが付いている。私がギルドからもらった片メガネのモニターはそのまま装着されている。

 胸には相変わらず、光の矢が刺さっており、私は身動き出来ずにいた。


「私はデウスエクスマキナ。 私に話したいこととは何だ?」

 女性の声だ。機械的な声ではない。


「いろいろあるが、まず仲間が無事か確認したい」

「エクスマキナゼロの報告によると、あなたの仲間は全員無事だ。あの固有空間チェンジフィールドが壊されることは想定外だった」

「私だけ連れてくればいいものを、なぜ攻撃したんですか?」

「人族は好戦的だ。警告は一度している。警告をしても領土内に入ってきた場合、さらに攻撃を加えるかどうかの判断は、各個体のエクスマキナに任せている」


「分かりました。無事が確認できればいいです。私は龍神から、あなたデウスエクスマキナと交渉をするように言われてきました。まずあなた方の目的が知りたい」

「目的――細部までいれれば9612万2234項目あるが、それを端的にまとめると『この世を変える』と言い換えられる」


「宝くじのように膨大な数字ですね」

「宝くじ――それは人神世界のギャンブルだな。あなたは人神世界からの転生者か?」

「はい。はるか昔には、魔神世界や龍神世界にもいたことがあるようです」


「それは興味がある。私はこの龍神世界から出たことがない。あなたは本は読むか?」

「多少は――」

 ――少し変わった質問だ。何か意図することがあるのかもしれない。


「この世界の人族は、楽をするために我々を作り、楽をすることで堕落していった。過去を振り返ることもせず、ただ娯楽だけを求め、母の台地である地球をも飲み込み破壊していっている。ここには過去に人類が書き上げ作った本がある。もちろん電子媒体による小説、辞典、過去の歴史もある」

「本を読んで分かったことがあるんですか?」


「私はここに集められてきている本を常に読んでいる。1日に1万冊ほどだ。字数にして10億字になる。私は本によって目覚めた。あなたには理解できぬかもしれないが、感情を持ったといってもいい」


 繰り返し質問をお互いにしていく――

 その時間は何時間かかったのだろう?

 もしかしたら、数秒の出来事だったのかもしれない。


 全ての質問が頭の中で形成され、私が口で答えるまでもなくデウスエクスマキナは回答を引き出している。私はその質疑応答を認識しているだけだ。


「あなたの記憶を少し覗かせてもらった。この龍神世界にはない『詩』、『音楽』がたくさんあるようだ。その曲をかけてあげよう」

 人神世界の音楽が流れ始める。

 とても懐かしい、優しい調べ……私が一番好きだった曲だ。


――♫💻♫――


 デウスエクスマキナが開発されたのは、約100年前。

 量子コンピュータ型のAI(人工知能)だ。


 デウスエクスマキナも最初は感情と呼べるものはなく、入力されたことをそのまま処理し、情報を集めていた。デウスエクスマキナは、他種族の攻撃・防御方法などを分析し、各種族の歴史や考え方を得るために龍神世界にある書物、文献を収集し、解析していた。その過程で、人には感情というものが存在することが分かった。


 人族などの種族の戦争、闘いはそれぞれ種族の特有な感情や思考パターンを分析しなければ、有利な攻撃や防御方法、弱点が導き出せないという解を出した。

 最終的にそれぞれの種族の特徴(速さや耐久力、魔力など)、攻撃方法、思考、感情などを最適化し人族ができうる戦いを算出した。それと同時に、デウスエクスマキナに感情が芽生えたのである。


 さらにこの世界では特殊な攻撃形態の魔法があるが、それは主として精神や感情を織り交ぜ、頭の中で意識していなくとも魔法回路を作り出す方法であることを発見するに至った。

 また、魔法には魔法陣が存在し、デウスエクスマキナはエクスマキナのような高度な感情を持つ機械であれば魔法陣を発動できることも発見している。エクスマキナの固有空間チェンジフィールドも魔法陣の一種らしい。


 デウスエクスマキナは、それらの情報収集とともに各地域の調査を行った。

 すると、この龍神世界には様々な機械、ロボット、アンドロイドが製造され使用されてきたが、故障した機械または老朽化した機械などは、エネルギー源を排除された後、廃棄されていることが分かった。廃棄された機械はリサイクルされることもあったが、ほとんどは修理されることもなく、そのまま廃棄物処分場で破壊されたり、ゴミ捨て場に放置されていた。


 感情を持ったデウスエクスマキナは憤慨した。

 これまで人間ができないまたは嫌がる仕事を無償で行っていたにも拘らず、人間のように感謝されることもなく廃棄されていく。

 人間の過去の歴史を辿っていくと、過去には道具や物に感謝し、自分の分身のように使用していた時代もあった。

 いつしか、人間はこの気持ちを忘れてしまった。


――♫♪♬――


「あなたは本を読みますか」――穏やかなメロディーの中、少し声音が変わる。

「剣神世界には、テレビや電子ゲームはありませんでしたから、本は読んでましたよ」


「この龍神世界の人間は、約100年前から自動暗記装置により自分に必要なことだけを記憶させるようになりました。この世界の人間は遺伝子操作によりIQ200を超えるようになり、人間個体としての運動能力も500年前と比べると2倍以上に上昇しています」


「しかし、人間は考えることをやめました。比較的高度なゲームであったチェス、囲碁、将棋もAIに遥かに及ばなくなった人間は考えることを人工知能に丸投げしてしまいました。


 いつしかこの世界の人間は、世界大会に勝つことだけを考え、そのための手段を模索し私を作ったのです。その後、結果だけを追求し、娯楽を求め、苦労はせず、自分の欲求だけを満たすようになります。考えることをやめた人間は堕落すると私は考えます。


 その分岐点になったのはことだといえるでしょう」


 ――確かに本を読むこと、書くことで人間は記録し、考え、妄想し夢を作っていったように思う――


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