Prologue 0



『 愛してる 』 ――誰だろう?




 目が覚めた。


 いつの記憶だろうか――妙に現実感がある。




 今日も仕事だ。電車で職場まで向かおう。

 今日も至って変わらないいつもの日常だ。

 満員電車で揺られ、駅に着いたら鞄をぶら下げ職場まで歩いていく。



 私は病院で薬剤師をしている至って『普通』の中肉中背の男性である。

 顔はそんなに悪くないと思うが、イケメンと言われる程でもない。

 頭は大学を出て病院に勤め、患者に薬のことを教えるくらいだから、そんなに悪いわけでもないが、天才と言われる程でもない。



 趣味は、音楽と百人一首「かるた」を軽く嗜む程度である。

 年齢は59歳。もうすぐ定年である。

 家族は妻1人と子供が2人。愛人はいない。



 これも普通といえば『普通』か。



 ――◇◇◇ ――



 そんな普通の生活を送っていた私だったが、病院から帰る途中、急に胸が苦しくなり倒れた。


 私は救急車で私の勤めている病院に運ばれ、緊急手術をすることになったようである。


 この瞬間から私は霊体となり、自分の姿を客観的に見ていた。


 定年間近ということもあり、それなりの役職に就いていたためか、かなり大騒ぎしている。

 自分のことで大騒ぎになるというのは、客観的に見ていると、なんかうれしい。



 しばらくすると、妻や子供がやってきて号泣している。


 病院に勤めていることもあるだろうが、あまり死に対しての恐怖はない。

 人生約60年ともなると、だいたいのことはしてきたし、あまりやり残したことはないつもりだ。


 でも、健康にはけっこう気を使っていたし、心臓病は患っていないし、あの胸に矢が刺さる様な痛みはなんだったんだろう?



 ――◇◇◇ ――



 やがて死を迎える時が来たようだ。



 私が日頃お世話になっている医師や看護師、臨床工学士さんが必死になって心肺蘇生をしてくれたようだが、意識は戻らなかったようだ。



『 みんな、ありがとう 』



 聞こえないと思うが、私はそれを口にした。


 このセリフもどこかで……


 家族やスタッフが振り返り、目があった気がした。



 ◇◇◇



 私は、身体と精神の糸が切れたように、天界に引き寄せられていった。

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