いちばん美しいのは、誰⑱『なんだこのオッサン!?』

「しっかし、何だったんだろうなさっきの……いつの間にDVDが入れ替わってたんだ?」


「まったくいい迷惑だよな」


 二人の学生が、機材をいじりながら愚痴を吐く。


 現在時刻、13時45分。

 大教室では映画研究会の部員が再上映に向けての準備に勤しんでいた。


 もちろん先程のスキャンダル映像は映研としても完全な想定外であり、上映会は一時中止。

 その後も集まってきた野次馬の対応に追われ続け、今ようやく正式な上映に向けての支度を始めた所だった。


 誰がどうやったのかは気になる部分ではあるが、犯人捜しをしている余裕はない。

 それに映研の部員全員が生粋の映画好きであり、この日のために寝る間も惜しんで準備してきた。

 仮に告発が目的だとしても、それを潰してまでやろうとは考えづらい。

 部員たちはそれが分かっているからこそ、誰かを疑うことはせずに淡々と作業を進めていた。


「……やっぱ、外部の犯行だよなー……。

 本物と似たプリントのDVDを用意するなんて凝ってるけどさ」


「まぁウチって変にアナログなとこあるからな。

 今の時代わざわざDVDやBDに焼いて上映するんだぜ? どう考えたって直接パソコンから出力した方が早いし確実なのに」


「まあそこんとこは老舗サークルのあるあるって感じか」


 そうして部員二人が作業を続けていると、


「あの」


 おそらくは三十代前後の男が現れた。

「田町祭実行委員」と書かれた上着を着ている。


「あ、えと……何すか?」


「こちらのサークルで、誤って不適切な映像が上映されたと通報を受けました。

 確認をしたいので一旦そのDVDを預かりたいのですが……宜しいでしょうか?」


「は、はぁ……分かりました。

 すみませーん! 実行委員の人が……」


 部員は実行委員の言われるまま、DVDを奥から持ってきて渡す。


「ありがとうございます」


 そのまま実行委員の男は足早に去ってしまった。


「な、なんか圧が強かったな……」


「あ、ああ……」


 それから五分後。



「すみません、田町祭実行委員です!

 何やら不適切な映像が流れたということですが、大丈夫ですか!?」


「「……えぇっ!?」」


 またもや現れた実行委員の姿に、部員たちは思わず顔を見合わせた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……さて、まずは第一段階完了っと」


 実行委員の上着を脱ぎながら、英人はPCルームで一息つく。

 むろん田町祭期間中は出入りが制限されているが、そこは『解錠』の魔法でこじ開けた。

 英人は早速PCの電源を立ち上げ、学籍番号とパスワードを入れてログオンする。

 数十秒待ってデスクトップ画面が表示されると、英人は本体のドライブに借りた(騙し取ったとも言う)DVDを差し込んだ。


(SNSに上がってた映像は入りの数分のみ。

 見てない部分は多分まだまだあるはず)


 何故、わざわざ変装までしてスキャンダル映像を手に入れたのか。

 無論それはただの野次馬根性と言うわけでない。


(理由は二つ。

 まずは久里浜くりはま律希りつきの様子が知りたかった。特にパパ活をやっている時のをな)


 英人は右手でマウスをいじりつつ、左手で電話を掛けた。


『はいもしもし?』


 5コール目で出てきたのは、気怠そうに喋る男の声だった。


『おうヒムニス、俺だ』


『君から掛けて来るなんて珍しいね……もしかして恋愛相談かい?』


『なんだそりゃ、冗談の質も落ちたな。

 とりあえず至急調べて欲しい件がある』


『棘があるね……で、なんだい?』


 英人はヒムニスに矢継ぎ早に注文を言った。


『――――についてだ。出来るだけ多く頼む。

 期限は、そうだな……16時まで』


『また急だね……私も暇じゃあないんだけど?』


『こういうのもそこそこ得意だろ?

 じゃ、頼んだ。調査結果はメールで送ってくれ』


『はいはい……』


 英人は電話を切ると、カバンからイヤホンを取り出して耳に装着する。


(とりあえずこれでよし……。後はこの映像をくまなく視聴するだけ。

 律希のこと意外の、もっと重要な情報をこの中から拾う為に。

 それが、二つ目の理由――)


 英人は息を整え、再生ボタンをクリックした。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……少しは、落ち着けました?」


「……はい」


 パイプ椅子を僅かに揺らしながら、律希は頷く。

 古ぼけた壁掛け時計の針は、既に午後4時を回っていた。

 かれこれ二時間以上はこの部屋に留まっていた計算となる。


「本当は暖かいお茶でも入れられれば良かったんですけど……。

 ここのお茶葉は古くて使えそうにありませんし、かと言って外に出るわけにもいきませんからね……」


「いえ、そんな……お気遣いなく」


 そのまま流れる沈黙。


「……大丈夫ですよ」


「え?」


 突然の言葉に律希が顔を上げると、包み込むような笑みを浮かべる真澄が目に入った。


「英人さんがああ言ったんです。

 だから何とかなりますよ」


「……」


 その表情に、律希はしばらく言葉が出なかった。


 だって彼は具体的に何をどうするかも言っていないし、実際にやってくれているかどうかも分からない。

 しかもそれが成功するかなんて未知数だ。

 なのに、何故この人は八坂英人をここまで信じて待つことが出来るのだろう。


「……あの」


「はい?」


「八坂先輩って、一体何者なんですか……?」


 その問いは、思わず飛び出た心からの疑問だった。


「うーん…………正直、私もよく分かりません」


「え?」


 しかしあまりに身も蓋もない回答に律希は一瞬呆ける。


「いや昔の英人さんってホントーにどこにでもいる普通の学生だったんですよ。

 まぁちょっと暗かったですけどね!

 でも高校卒業後は……何かいきなり自分探しの旅とか言っていきなり八年以上もどこかに行っちゃうし、それでようやく戻って来たと思ったら何かすごく変わってますし。

 男子三日会わざれば、って言いますけどアレは度を越してますよ。

 だって身体能力とかメチャクチャなことになってますからね!?」


「は、はぁ……」


 律希はその剣幕に少し気圧される。


「あと最近はなんかよく分からない用事で出かけまくりますし、いつの間にか女性の知り合いも増えてるし……。

 本当、謎です。私でもよく分かりません。

 でも……」


 真澄は再び優しく微笑み、


「昔からあの人の言う事だけは、いつだって信じられるんです。

 どんなに言動が変わっても、それだけはいなくなる前も後も変わらなかった。

 だから私は、今もあの人が好きなんです」


「……」


 ド直球の告白に、律希は口をポカンと開けた。


「……あれ、いま私愛してるとか言っちゃってました?」


「……違いますけど、まぁ、似たようなことを」


 二人は顔を見合わせ黙り込む。

 数秒の後突然、


「――あ、」


「あ?」


「ああああああああああぁぁぁぁっ!」


「お、落ち着いてください!」


「い、イマノハ聞かなかったことにして下さいNE?」


「分かりましたから! 忘れますから!

 ですから早く気をしっかり!」


 律希は慌てて立ち上がって真澄の背中をさする。

 というかこれではどちらが心を落ち着かせているのか分からない。


 そんな折、


「悪い、待たせた…………って何やってんだ?」


「い、いえ……」


 丁度いい?タイミングで英人が戻ってきたのだった。





「――とまぁ、おおよその段取りはこんな感じだ。

 既に材料は揃えてあるから、あとは君の意思次第だな」


 一通りの説明を終え、英人は近くの空いてるパイプ椅子に座った。

 チラリと時計を見ると、時刻は既に16時45分。


「次のトークイベントは、確か17時からだったな。

 あまり急かすようなことは言いたくないが、早めに決めてくれ」


「……そのことなら、大丈夫です。

 もう覚悟は決めました」


 英人の言葉に間を置かず、律希は立ち上がった。

 その表情には緊張こそあるが、先程まであった色濃い不安の影は消えている。


「それはありがたいが……大丈夫か?

 辛いなら止めたっていい。別に俺に構う必要はないんだぞ?」


「いえ、確かに緊張はしてますが……問題ありません。

 やれます。やってみせます」


 そう言って律希ゆっくりと、扉に向かって歩を進める。


「そこまで言うなら、俺からはもう何も言わん。

 失礼な物言いだが、そこまで覚悟を決めてくれるとは思ってなかった」


「違います。

 これは貴方のお陰ですよ? 八坂先輩」


「ん?」


 英人は首をかしげる。


「私が決断出来たのは、貴方という人間を信じてみようと思ったからです。

 ……何の法的根拠もないですけれど」


 そう言って律希は振り返り、真澄の方を見つめた。

 彼女は今も、優しくも自身のある笑みを浮かべて二人を包み込むように見ている。


 伝説のグランプリ――誰もが羨む美少女が恋してやまない男に、賭けてみよう。


 律希は笑う。

 

久里浜くりはま律希りつきという女を、見てもらいましょう」


 そのまま勢いよく、重いドアを開け放った。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『さあ本日もやってまいりました、ミス早応イブイングトーク!

 今日あったことや、明日に向けての抱負など様々なテーマをざっくばらんファイナリスト達から語ってもらいましょう!』


 17時ちょうど。

 南校舎最上階にある大ホールにて、本日二回目のトークイベントが幕を開けた。

 日中は中庭にある大ステージにて開催されていたが、今回は照明の関係やネットで生配信をするということもあって屋内に場所を変えている。


 ファイナリスト用に用意された六つの椅子には、誰ひとり欠けることなく座っていた。


「……あれ、律希先輩。

 いらっしゃったんですかぁ?」


「ええ、もちろん」


「さっきは無断で休んだのにぃ?

 あの映像の件の釈明だってまだじゃないですかぁ。今更なんで、」


「……止めたまえ。

 観客の前だぞ」


「はぁい」


 玲奈れいなに制され、ひよりはバツが悪そうに黙り込む。

 その間も視界による進行は進んでいた。


「さぁまずは最初の企画、『最終日直前フリーアピール』!

 こちらはまさに題名通りの企画で、皆さんに明日に向けての大アピールをしてもらうものです!

 映像を使うのもよし、応援演説を頼むのもよし、そういう力を借りずに一人でやるのもヨシ!

 決められた時間内で、自由にやっちゃってください!

 ではまずは……」


 司会が最初の人物を指名しようとした時、律希の手がすっと挙がった。


「……すみません。

 それ、私が最初でも宜しいでしょうか?」


「え!?」


「貴方たちとしても、私みたいなのは早めに処理しておきたいでしょう?」


「え、いや、それは……」


 困ったような表情を浮かべながら司会は響子きょうこの方を見る。

 どうやら、本来のトップバッターは彼女だったらしい。


「別にいいんじゃない? 

 順番に特にこだわりはないし、私は構わないけど」


「ありがとう、辻堂つじどうさん」


「ま、私が言うのもなんだけど、しっかりね」


「……ええ」


 律希は小さく頭を下げると、ゆっくりと立ち上がって前に出た。


「え、えーまずは! 

 久里浜くりはま律希りつきさんからのアピールです! どうぞ!」


 司会が慌てて発表すると、会場内の視線が律希目掛けて一挙に集中する。


 好奇、疑念、嫌悪、嘲笑。

 明確なヤジこそないが、そんなマイナスの感情が直接肌にぶつかってくるのを実感できた。

 おそらくカメラの向こうでも、そのような視線が向けられているのだろう。


 律希は小さく息を呑み、口を開いた。


「まず……皆様におかれましては多大なるご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げます。

 申し訳ありませんでした」


 まずは深々と一礼。

 会場は俄かに騒めいたが、それでも数秒間、床を見続ける。

 そしてゆっくりと頭を上げ、


「そしてあの映像の件についてですが……事実です。

 私はネットで知り合った男性にお金をもらい、食事を共にするという『パパ活』をやっていました」


 その言葉と共に、さらに騒めきが大きくなった。


「もちろん、これはいち女子大生として好ましくない行動であると思っています。

 ですがその中で、私という人間を知ってもらうために見て頂きたいものがあるのです。

 ……お願いします」


 律希が声をかけると、舞台袖からは二人の人物が出てくる。


 一人は八坂英人。

 さらに、その傍らには――


「……あ、どうも」


 あの映像と全く同じ声をした、冴えない中年男性がいた。

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