輝きを求めて⑩『爆弾発言』
なんとも言えぬ空気のまま昼休みも終わから、およそ二時間。
「……よし、今日はここまで。
来週はセンター対策の小テストやるから、そのつもりでな」
「きりーつ、気を付け―、礼!」
「「「「「ありがとうございましたー」」」」」
六時間目の授業もようやく終わり、緩んだ空気が一挙に教室内を覆いだす。
伸びをする生徒に、果ては欠伸を始める生徒。
いくら受験シーズンが近いと言っても、一日の授業が終わったとなればどこの高校でもこんなものなのだろう。
(……さて、どこから攻めるか)
だがこういう弛緩した時間帯こそ、探りを入れるチャンスでもある。
ある意味ではこういう時こそ生徒の地を引き出しやすい。
(やっぱ浅野 清治のグループは一度つついた方がいいよな……よし)
そして目標を定めた英人は座ったまま椅子を引き、後ろを振り向く。
「なぁ、ちょっといいか?」
「……えっ?」
そしてさも自然な感じで声を掛けてみると、相手はキョトンとした表情を見せた。
ちなみにその相手とは浅野グループの一人、山手 あざみ。
このクラスは五十音順で席を決めている関係上、同じヤ行である英人の後ろは必然的に彼女となる。しかし元々の交流が無いに等しいため、プリントの受け渡し以外で顔を見合わせたことなどほとんどない。
ましてや英人の方から声を掛けるなど、おそらく学生時代にはなかったのではないだろうか。
なのでこの反応は至極当然と言える。
「いや、別に大した用じゃないんだけどさ。この時期受験勉強って日にどのくらいしてる? なんか最近、ちょっと不安になってきてさ」
だが、今の英人にとってそんな昔の人間関係などはどうだっていい。
少しでも会話を引き出すため、ややまくしたてるようにしながら適当な話題を吹っ掛ける。
「えっ……、ああうんそうだね。
私は平日に4時間くらいで、それで休みの時は多くて10時間ちょっと……かな。
予備校がある時は、当然これより少なくなるけど」
「ふーんなるほど。
やっぱ山手さんって成績良いし、まあそのくらいやってるかぁ。
確か二橋志望だったよな? 国立大学の」
「うんそうだけど……」
次々と浴びせられる英人の質問に、あざみはやや困ったような表情を見せる。
まあ普段交流のない人間からいきなりまくし立てられたら、誰だってこうなるだろう。
むしろある程度受け答えしてくれるだけ、彼女は人がいい。
「だよなぁ。それだけ成績良けりゃ、ふつう二橋目指すか。
確か浅野も同じとこだろ?」
「う、うん」
「二人してスゲェよなぁ……ああでも志望校同じだから、最近二人でよくいるのか。
ほら昨日も二人で図書室に来てたし」
「確かに、昨日はそうだったね。
でもそう言う八坂君こそ、二年生の娘と一緒に居たでしょ? 確か桜木さんっていう」
「ん? ああ」
あざみの言い様に、どこか引っ掛かるものを感じながらも英人は頷く。
というのも彼女の瞳の奥に孕む色が、どこか後ろ暗い感情のものに思えたからだ。
「……あの娘、いつも図書室にいるの?」
「まあ、大体はいるかな。
見ての通りの文学少女ではあるし……だからと言って別に浅野とは、何もないだろうけど」
そしてすかさず、英人はそこを突く。
本来ならば最悪クラスから爪弾きにされかねない暴挙だが、今の英人には遠慮する理由もない。
ただこの状況を打破するためには、何でもいいから出てきて欲しいのだ。
「っ!? べ、別にそんなんじゃ……」
そして狙い通りとばかりにビクリと体を震わせるあざみ。
どうやら、清治に対してはそれなりの感情を持っていることは間違いないだろう。
そして楓乃に対してやや嫉妬している部分がある事も。
山手 あざみは浅野 清治のことが好きだった――当時はあまり他人の人間関係に興味もなかったので、知りようもなかった。
だがあのトップカーストの内部でもそういう恋愛事情があっことに、英人は若干の新鮮さを覚える。
「あ、違う?
悪い悪い、今のは忘れてくれ」
とはいえ、ひとまずはそのことが分かれば十分。
収穫があった以上さらに深堀してそっぽを向かれても困るので、英人は一旦ここで話題を中断する。
「ならいいんだけど……というより、八坂君ってそんなキャラだっけ?
こういう話はあまりしない人だと思ってた」
「別によくするって訳でもないが……まあ、高校生活もそろそろ終わりが近いしな。
なんとなく周囲の現状みたいなものが気になってしまうんだよ」
「確かに、もう残り半年もないもんね。
自分の高校生活を振り返るにはいいタイミングかも」
そう言ってあざみは首を回し、教室内をしみじみと眺め始める。
そしてその視線を追いかけるように、英人も周囲を見た。
そこにあるのは3年もの間見続けてきた光景。
同性同士で駄弁り合う生徒に、机にうつ伏せる生徒。
果ては不良チックな男子の集団が、大人しそうな男子生徒をいつも以上にイジっている姿まである。
それはどんな学校でも見られたような、日常の風景。
「だなぁ……」
英人にとっては既に終わったことだが、彼女らにとってはまだまだ現在進行形のこと。懐かしさを感じつつも過ぎ去り行く時の切なさに対し、英人は少しだけ息を溜めた。
「……おや、珍しいね。二人がそうやって話してるなんて。
何かあった?」
だがそんな中、ひょっこりと飛び出て来た男子生徒の体が二人の視界を遮る。
見上げると、それはクラス一の色男、浅野 清治。
二人と視線が合ったのを確認すると、彼は爽やかな笑みを浮かべた。
「うん、珍しく八坂君が話しかけてきて」
「へぇ、それは確かに珍しいな。
ちなみに、どんなことを?」
感心したように、清治は英人へと視線を移す。
「別に、他愛のない話だよ。
受験どう? だの高校生活も残り少しだよなー、だの。
ちょっと気になったのさ」
「そうか……でも確かに八坂の言う通り、気にはなるかな。
思えばこの高校生活、あっという間ではあったし」
「一応残り半年ほどあるけど、ほどんどは大学受験関係で食いつぶしちまうしな。
ようやく終わった頃はもう卒業するだけだ」
そしてフッと英人は小さく笑う。
彼からしてみれば、むしろ人生の本番は高校卒業後。
なのでこんな風に高校生活の終わりについて話しているのが少しだけ可笑しくなってしまった。
「そうだな。
もう文化祭も修学旅行も終わったし、あとはどう畳むかだ」
「だな。まあそれも、受験が上手くいけばだけど。
あーあ、俺も二人みたいに成績が良ければ、受験に対してそこまで苦労せずに済みそうなんだが」
「いやいや、そんなことはないさ。
これでもプレッシャーはあったし、緊張もしてる。
な、あざみ?」
「うん、やっぱり第一志望が第一志望だしね」
清治からの言葉に、あざみは僅かに頬を緩ませて頷く。
「そうかぁ……。
でもやっぱりこういう時期に差し掛かると、なんか色々と変なこと考えちまうよ。
例えば……」
「例えば?」
首を傾げる清治。
英人は伸びをしつつも、その瞳をジッと見つめ返し、
「――もう一度高校生をやり直せたらな、とかさ」
小声ながらもしっかりとした発音でそう言い放った。
「……」
「……」
「……」
視線を交わし合う、英人と清治、そしてあざみ。
それは時間にして、すぐに霧散してしまいそうな程度のものだったが、決して気のせいなどではない。
確かにその一瞬だけは、重く鋭い沈黙が三人の間を支配していた。
「――ハハハ! 面白いこと言うな、八坂。
まあでも、思わないでもないよ。
あざみはどう?」
だがそれも束の間、清治の笑い声がその沈黙を破る。
「私はさすがに高校生活全部やり直したいとは思わないかな……テスト勉強辛いし。
でも気持ち自体は分かるかな。この2年半、私にとっても色々あったし」
「おっ、やっぱ二人程の人間でもそう考えたりするのか。
全く悩みがない、とは思ってなかったけどこういう妄想とは無縁だと思ってたわ」
英人はおどけた様に後ろ頭を掻く。
「おいおい八坂、俺たちを何だと思ってるんだよ?
なあ?」
「そうそう、八坂君ちょっと失礼!」
「ははは、悪い悪い」
二人の言葉に英人が笑って返していると、突然教室の扉が開く。
どうやら、クラス担任が入ってきたようだ。
「お、もう終礼の時間か。
じゃああざみ、また後で」
「うん」
清治は小さく手を振り、英人達とは正反対の方向へと戻っていく。
残された二人は何事もなかったかのようにそれぞれの椅子を整え、教壇の方へと視線を揃えた。
「よーし、終礼始めるぞー!
今日の連絡事項は……」
(……収穫アリ、かな?)
そして退屈なBGMのように耳に流れ込んでくる、担任の言葉の数々。
それを右手で顎を撫でて聞くふりをしながら、英人は僅かにほくそ笑んだ。
………………
…………
……
「気を付け―、礼!」
「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」
現在時刻15時45分。
終礼も終わり、3-Bの生徒たちは本日都合何度目かの礼をした。
これより時間は「放課後」となり、生徒各々が勉強なり部活なりで好きなように過ごしていく。
英人も楓乃との情報交換を行うため、早速荷物を纏めて席を立とうとした。
「みんな、悪いけど少しだけ時間をくれないか!?」
だがその時、突如清治がクラス全体へと向かって声を張り上げた。
それはまるでその人間性を体現したかのような、聞き取りやすく、そしてしっかりとした発音の声。さすがと言うべきか、そんなトップカーストによる鶴の一声は放課後の喧騒にあっても即座にクラス内の注目を一挙に集めた。
清治は全体からの視線を全身に受けつつも、とうに慣れていると言わんばかりにスタスタと教室を歩き、教壇へと立つ。
「来週の『ハロウィン会』について、俺から提案したいことがある!」
そして前のめりになりながら、そう宣言した。
その発言に当初はクラスも静かに聞き耳を立てていたが、それが『ハロウィン会』の話題と分かるや一斉に近くの生徒同士でどよめきだす。
「そりゃ『ハロウィン会』は俺ら3年も毎年やってるけどさ。
この直前の時期に提案って何だよ、清治?」
清治に対し、いの一番に疑問をぶつけたのは、同じグループに属する鶴見 泰士。
クラス内での発言力を考えれば、至極妥当だろう。
「ああ泰士の言う通り、毎年10月末に開催される『ハロウィン会』には例年俺たち3年も参加している。
と言っても準備とかをするのは1、2年生で、受験を控えた3年は基本受け身の立場だ。だからというわけじゃないが、せっかくだし有志でなにか出来ればと思ってね」
爽やかな顔を浮かべながら、清治は教室全体を見渡しつつ言う。
因みに『ハロウィン会』とはこの翠星高校における伝統行事であり、その名のとおり10月末に開催されるものだ。
といっても文化祭や体育祭ほど大掛かりなものではなく、その日の放課後に仮装して夜までお菓子やジュースを飲み食いする程度のもの。
なので受験前最後の息抜きとして、基本的には3年生も参加しているのだ。
「お、いいじゃんいいじゃん!
で、何やるんだよ!?」
そして清治の言葉に、ガラの悪そうな大声が追従する。
その声の主は
髪を茶に染めブレザーを雑に着こなした、見ての通りのマイルドヤンキーみたいな生徒であり、先程クラス内で大人しめの男子生徒を一方イジッていた生徒グループの代表格でもある。
一応ここもそれなりの進学校であるため、暴力こそ滅多に振るわないが授業態度等は普通に悪い。だがああいう勝気な雰囲気のお陰で、成績は悪くとも浅野グループに次ぐ発言力を学内では持っている。
因みに当時の英人とは、不思議なことに一方的にイジられたりなどは殆どなかった。おそらく影が薄すぎたせいで、彼らの眼中すら入らなかったということだろうか。
そんなことを思い返しつつも、英人は清治の一挙手一投足を見つめ続ける。
おそらく、他のクラスメートも同様だろう。
「ああ、それはな――」
そんなクラスの様子を見ながらも、清治は落ち着いて一息つき、続ける。
「希望した生徒が全校生徒の前に立ち、好きな相手に向かって告白するイベント――題して、『青春の叫び』をやろうと思う」
だがその口から放たれた提案は、その場にいた全員にとって意外なもの。
一挙にクラス内にさらなるどよめきが溢れ返る。
だが、それはほんの序の口。
学校の頂点にいる男は、休ませないとばかりに続けて二つ目の爆弾を投下した。
「そしてもちろん、発案者の俺は出るつもりだ」
それはまさかの告白宣言。
その一言に、教室内はまさに爆発にも似た動揺と絶叫が広がったのだった。
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