学校へ行こう!③『あっここ家庭教師でやった所だ!』
ファン研の部室を逃げるように抜け出し、はや数十分。
「ふう……着いた着いた」
英人は家庭教師のアルバイト先である都築家に到着していた。
時間はきっかり10分前と予定通り。
後は呼び鈴を鳴らすだけだ。
(けどいつも押し前に少し緊張するんだよな……)
ボタンに指をかけつつ、英人はチラリと門の向こうに視線を移す。
手入れが完璧に行き届いた庭園。
そしてその奥に鎮座する、宮殿を思わせるような造りの豪邸。
まさに大富豪が住む家といった感じだ。
異世界で生活で王宮や宮殿といったものはある程度見慣れているとはいえ、未だに自然と背筋を伸ばしてしまう自分がいる。
(ま、ここまできたら性分みたいなものか)
そんなことを思いながら、英人はゆっくりと呼び鈴のボタンを押した。
『――はい、都築でございます』
そして数拍の後、聞きなれた声がスピーカーから流れてくる。
都築家専属のお手伝いさんである青葉だ。
『八坂です。いつもお世話になってます』
『八坂様でしたか。お待ちしておりました。
ただいま門を開けますので、玄関までお越しになってください』
『はい、ありがとうございます』
英人は青葉の指示のままに錠の開いた門を通り抜け、屋敷まで向かう。
そしてノックをしてお邪魔をすると――
「――あ! この人がつづみんの家庭教師!?
へぇー、ふーん……意外と悪くはないかも?」
「ああもういきなり部屋を飛び出して……!
だからあんまり先生に会わせたくなかったのに」
「へへへ……ゴメンゴメン。
気になりすぎていても立ってもいられなくなっちゃった」
二人の少女が待ち構えていた。
予想外の光景に、英人は思わず呆気に取られる。
とりあえずその二人のうち一人は英人もよく知っている人物だ。
名前は都築 美智子。
彼女は都築 敏郎、典子という世界的な経営者夫婦のお嬢様であり、英人の生徒。
モデルのような長身と青みがかったショートのルーズウェーブヘア持った、高校二年生である。
しかし、もう一人の方は……
「えーっと……」
どうしたもんか、と英人が困っているとそのいかにも「イマドキの女子高生」といった風貌の少女は口を開く。
「あ! すみません!
まずは自己紹介ですよね!
私、
つづみんの同級生です! よろしくっ!」
そしてニコリと満面の笑みで笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
英人が都築家を訪れるより数時間前。
「はーい、今からテストの答案返すからねー!」
その声と共に、教壇の前では生徒がぞろぞろと列を作っていく。
ここは美智子と彩那の通う早応大学女子高等学校。
そして現在、夏休み明けテストの返却が行われている最中であった。
「ね、どうだった?」
「んー、まあまあかな?」
「げ、やばい……」
「よし、まずまず」
出席番号順に朱のついた答案用紙が手渡され、生徒それぞれが一喜一憂を見せていく。
「はい、都築さん」
「はい……」
そしていよいよ美智子の番。
それなりに手ごたえはあったとはいえ、この瞬間はやっぱり緊張する。
果たして結果は……
「……よし」
「ふふっ。都築さん、前回に引き続きよく頑張ったわね」
「はい、ありがとうございます!」
答案を手に、心の中で小さくガッツポーズをする美智子。
右上に朱で書かれた得点は、いずれも学年の平均点を超えたものであった。
そして担任による答案の返却とテスト全体の総括を終え、クラスは休み時間へと入る。
もちろん生徒の話題は、互いのテスト結果で持ち切りだ。
教室の中ではどこもかしこも、互いの答案を見せ合う光景で溢れ返っている。
そんな中ただ一人、美智子は自分の机で答案用紙を真剣に見つめていた。
「んー……ここはこっちだったか。
それででここは……あちゃあ、凡ミスかあ」
ぶつぶつとそう呟きながら、テストの問題点や疑問点をノートに纏めていく。
以前の彼女からは想像もつかないような姿だ。
「なーにしてんのっ!」
「ん? ああ彩那?」
「せっかく声かけたのに、答案から目すら離そうとしない……」
「あともう少しだから、ちょっと待ってて……よし、それで何?」
筆を止め、美智子はようやく机から顔を上げる。
「いや、まあ何してんのかなーと。特に用があったわけじゃないんだけどね。
しっかしそれにしても……」
彩那は机の上に置かれた答案に目をやる。
「うわすっご、全部平均点超えてんじゃん。
世界史なんか90点オーバーだし……こりゃ学年順位もかなりいいとこいくんじゃない?」
「へへ、やっぱそうかな?」
美智子はにへへと照れながら紙パックのコーヒー牛乳にストローを差し込む。
早応女子は一学年およそ200名。
こういった大規模なテストがあると、その上位1割である20名が廊下に張り出されるのが通例となっている。
今回の得点であれば、そこに入るのも決して不可能ではないだろう。
「いやホント、別人かよって思うくらいに成績上がったよね~。
去年までとは想像もつかないわ」
「まー高校生活も折り返しだしね。
少しくらいは勉強しとかないと」
「ふーん……」
「な、何?」
ジト目で顔を覗き込んでくる彩那に、美智子は少々たじろぐ。
「……やっぱ、あの家庭教師のおかげ?
ほら、アラサーの早応大生とかいう」
「ま、まあそうかな……」
気恥ずかしさからか、僅かに視線を逸らす美智子。
なんやかんやで、「その人」のことを話題に出されると少し照れるのだ。
「へーいいなあ。あのつづみんが優等生になるって超優秀じゃん、その人。
……で、どうなの?」
「ふぇ、何が?」
「仲は進展したの?」
「ぐぷっ!?」
思わぬ言葉のパンチに、美智子は飲んでいたコーヒー牛乳を口から噴き出す。
間一髪で手が間に合ったため大惨事とはいかなかったが、少量の茶色い飛沫が答案用紙に染みを作っていく。
「うわ、大丈夫!?」
「大丈夫もなにも、いきなり何言ってんのさ!?]
美智子は口元を強引に拭い、彩那に詰め寄る。
「いや、一学期の終わりくらいからずっと機嫌よかったじゃん、つづみん。
しかも家庭教師がある日に限ってさ。それに今の顔を見れば……ねぇ?」
「うう……もうなんなの……」
そんなに自分って分かりやすい? と美智子は自分の頬をぐにぐにと揉む。
色恋沙汰とはいえ、こんなにも自分の顔を憎たらしく思ったのは始めてだ。
「んで、やっぱそうなの!?」
「……うん」
とはいえ、ここまできたら中学以来の親友相手に最早隠し通すことは不可能。
美智子は観念したように小さく頷いた。
「おお。いいですなーその表情。
普段のクールでダウナーな見た目から想像もつかないような乙女の顔!」
「……もうどうにでもして」
「まあまあ。そう拗ねないでよつづみん。
私が悪かったからさ。
んーでもそっかあ」
彩那は腕を組み、うんうんと頷き始める。
「なんなのさ」
「いや、あのつづみんがねぇ……。
よし、決めた!」
「ん? 何を?」
「私、その家庭教師に会ってみたい!」
彩那はずいっと椅子から立ち上がり、宣言する。
「は、はああ!?」
「何か話聞いてたら興味湧いてきちゃった。
家庭教師としてもすごそうだしね」
「だからってそんな……!」
「ね、いいでしょ!? この前こっそりタピオカ奢ってあげたじゃん!
ちょっと友人としてその人の性格とかを見たいだけだし!
授業の様子を見学だけさせて!」
彩那は両手を合わせ、美智子に頼み込む。
「うーん……」
「もし見学させくれたら、さらに好きな飲み物5パック奢ってあげるからさ!
つづみん、イチゴオレとかコーヒー牛乳とか好きでしょ!?」
「……10パック」
「へ?」
「10パックで手を打つ」
美智子はジト目で彩那を睨む。
見学を許すのは本意ではないが、イチゴオレとコーヒー牛乳の誘惑には勝てなかい。
「よし、乗った!
へへーん、楽しみー!」
彩那はやりぃ! と指を鳴らした。
「全くもう……先生には迷惑かけないようにしてよね」
「分かってる分かってる。
いやーそれにしてもつづみんの初恋の相手かー! どんな人なんだろ」
「ちょっ、彩那」
「へ、どした?」
一体何のことだと彩那は聞き返すが、対する美智子は顔を両手で覆って黙りこくる。
そして刹那の後、彩那も教室の異変に気付いた。
「初恋……?」
「え? なに美智子に彼氏できたの?」
「またこの女の花園から羽ばいていく少女が……!」
「許されざるよこれは……!」
それはまるで絶対零度の世界。
テストの出来で盛り上がっていた教室はとっくに静まり返り、クラスメイト全員が二人を凝視している。
普通の女子も。
クラス委員の真面目女子も。
制服のはだけたギャル系女子も。
さらには普段無口な地味系女子でさえ。
そして彼女らはヒソヒソとある事ない事を喋り始めていた。
うっかり忘れてしまいそうになるが、ここは女子校。
つまり男子のいない空間故、だれよりも「恋」とか「彼氏」といったワードに耳ざといのだ。
嫉妬に羨望、興味に絶望。
それらの感情が複雑に入り混じった視線が美智子の全身に突き刺さる。
「……ごめん、迂闊だったわ」
彩那の言葉に、美智子は小さい呻き声で抗議した。
――――――
――――
――
そして現在。
所変わり、三人は今美智子の部屋に来ている。
いつもの机に、彩那が追加で座っている形だ。
「――まあ、てなわけで八坂先生の授業風景を見学しようと思ったのですよ!」
「なるほど、事情は分かった」
「……うん、そうだね」
ニコニコと経緯を説明する彩那とは対照的に、美智子の表情には影が差している。
(な、何かあったんだろうか……)
少し気になるが、ここは触れない方がいいだろうと英人は思う。
もちろん美智子の初恋うんぬんについて、彩那は英人に話していない。
「まあとりあえず、このままいつも通りやればいいんだな?」
「うん、まあそうだね……つぅっ!」
言い終える寸前、美智子はビクンと体を震わせた。
「どうしたいきなり?」
「いやなんでも……ちょっとゴメンね」
美智子は彩那の方へと顔を寄せる。
(……ちょっと、いきなり脚つねんないでよ!)
(いやいや、ダメだよつづみん。
会って即授業って……こんなんじゃいつまでたっても進展しないって)
(いや進展もなにも授業はやんなきゃ……)
(だからここは私にまかせて、つづみん)
そしていまいち噛み合わない内緒話を終えた後、彩那は英人に向き直った。
「……八坂先生」
「ん?」
「来週、ウチの『十月祭』に来ませんか!?」
そしてやや押し気味にそう提案する。
『十月際』――それは早応女子でその名の通り毎年十月に開催される文化祭であった。
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