神なるもの⑯『左手の英雄』
――かつて、『異世界』には5人の『英雄』たちがいた。
全員が、何の取り柄もない普通の人間だった。
だが異なる世界が彼等の運命を一気に変えた。
『変換』の
『生成』の
『強化』の
『弱化』の
そして、『再現』の
時は魔族大戦後期。
滅亡の危機に瀕する人界を救うため、彼らは流されるままに魔族との戦いに身を投じることとなったのだ。
しかし覚悟が足りぬと言えど、開花した力はまさに規格外だった。
魔素を含んだあらゆる物質を魔力に『変換』する『無限の魔導士』。
異世界におけるあらゆるアイテム、そして元の世界の近代武器すら『生成』する『万物の錬成士』。
生身でドラゴンすら倒しうるレベルまで肉体を無制限に『強化』する『最強の戦士』。
あらゆる生物、存在、魔法、現象を『弱化』させる『無敵の魔剣士』。
一度見た技術、肉体を己の体に『再現』する『不死身の英雄』。
混迷極める戦場に彗星の如く現れた彼らは、瞬く間に戦況を好転させた。
当初は抵抗を見せていた魔族軍も、『英雄』たちが経験と訓練を積んでその力を強めていくにつれ徐々に押され始める。
各地で幹部は討たれ、ついには人界の領地も全て奪還される。
そして『英雄』たちが召喚されてから8年――ついに彼らは魔界最奥、『魔王』の居城にまで至ったのだ。
「来たか、当代の『英雄』共」
城の最奥部、玉座の間。
扉を開いた5人の前に待っていたのは鎧を身に纏った一人の魔族だった。
彼は既に玉座から立ち上がり、身の丈ほどもある大剣を抜いた。そのまままるで英人たちを歓迎するかのように階段をゆっくりと下りてくる。
「くっ……!」
英人は思わず息を飲んだ。
たった一歩こちらに向かって来る度、凄まじいプレッシャーが心臓を締め付けてくる。横目でもると4人も同様の表情を浮かべている。
異世界に来て8年、何度も修羅場を潜ってきた。自身より格上の敵と相対したことだって皆無ではない。しかしそれでもなお、目の前の存在は『英雄』たちが一瞬たじろぐ程に強大だった。
「――――はあああああああああああっ!」
5人の中でまず静寂を破ったのは『強化』を持つ足柄飛翔だった。
彼は一気に自身の肉体を最大レベルにまで『強化』し、そのプレッシャーを無理やり跳ねのける。その姿に感化されて他の四人もそれぞれの戦闘態勢をとった。
「飛翔、助かった!
みんないつも通りだ!まずは俺が奴の全能力を『弱化』させる!」
「了解! 後方支援は私と山北さんに任せて!
攻撃だろうが回復だろうが補助だろうが何でもやってあげるから!」
「うん、いつも通り補給の心配はしなくていい。
火力支援も遠慮なくいかせてもらうよ!」
「僕はいつも通りフルパワーで殴って殴って殴りまくる……!
英人兄さん!」
「ああ!たとえ何度死んでも戦い続けてやる!
外で敵を抑えてくれてる皆の為にもな……!」
「おおーなんだか頼もしいね。
これが新婚パワーというやつかい?
どうする? 別動隊に行ってる嫁さんが来るまで待つ?」
「こういう時まで冷やかさないでくれよ鈴音さん……」
「ゴメンゴメン。ついね」
「とにかく、これで最後だ。
色々あったが……今日で終わりだ、『魔王』。お前を倒してこの長すぎた戦争に終止符を打つ。
いくぞ皆!」
「「「「おう!」」」」
「――来い、人間共」
最後の戦いが始まった。
戦いは苛烈を極めた。
異世界で開花し、鍛えてきた全ての力を開放しての戦闘。その様子は剣と魔法の『異世界』においてもなお、最上と呼ぶにふさわしいものだった。
しかし、
「フ……こんなものか、当代の『英雄』共よ。
ただの人間よりはさすがに強いが、先代のあの男には及ぶべくもなし」
その強大な力を以てしても、『魔王』には届かなかった。
「く……つ、強い……!」
「くそ……いくら『弱化』させてもすぐに元に戻してきやがる」
「榴弾の一斉掃射でもほとんど傷つかないとはね……」
「待って、今回復させるから……英人君は?」
「こっちは自前で大丈夫……けどやっぱり、『あれ』を使うしかなさそうだ」
英人は立ち上がり、傷ついた義手を前に構える。
それはいつも通りの『
しかし今回は――『再現』する対象が特別だった。
「!? 英人君、それって――」
「ああ、先代の『英雄』をこの手に『再現』する」
「「「「!!」」」」
英人の言葉に4人は一様に驚愕する。
先代『英雄』の『再現』――それは英人が持つ最期の切り札、もとい可能性だった。
あらゆる技術、肉体、技術をその身に再現する英人の『異能』。ユスティニアの宝物庫に眠っていた先代『英雄』の装備品に触れたことで、情報自体は英人の頭の中に入っている。しかし、問題はそれをどう『再現』するかだった。
というのも先代の『英雄』はあまりにも強大で、なおかつ強烈な自我を持つ存在だったのである。『再現』した英人の方が飲み込まれてしまいかねない程に。
「…………っ!」
万全に力を発揮できるのは、おそらく一瞬。その後の保証は一切ない。
それが『英雄』をその身に宿すということだった。
「待て英人、そんなことしたらお前……」
「そうだよ、使ったらかなりヤバいんでしょ!?」
「まだ奴を倒す方法はあるかもしれない、だからね……」
仲間たちが必死に英人を止める。
しかし英人は構えを解くことはしない。
「最初から決めてただろ? もしもの時は使うって。
ならそれは今だ、余力がある今しかないんだ……!
頼む……!」
英人は静かに魔力を左腕に込め始める。
完全に無防備な状態。これこそが英人の覚悟であった。
「ああもう! こうなったら梃子でも動かないんだから!
皆、全力で英人君を守るよ!」
「「「おお!」」」
鈴音の回復魔法で回復した3人は立ち上がり、再び『魔王』へと立ち向かっていく。
「おおおおっ!」
飛翔が最大限まで『強化』した拳を振り上げ、『魔王』に殴りかかる。
「――他愛なし」
それを大剣で受け止める『魔王』。
強大な力と力のぶつかり合い。
辺りには衝撃が飛び散り、玉座の間全体が悲鳴を上げる。
「いいよ山北さん! そのまま撃っちゃって!」
「ああ! いくよ――『155mm榴弾砲』!」
その声に応えるように、創二は155mm榴弾砲を『生成』。『魔王』の胴体に狙いを定める。
「撃ええええ!」
響く轟音。用途も射程距離も全く違う場面での使用だが、その効果は絶大だった。
凄まじい爆音と共に、辺りは粉塵に包まれる。
「まだだ! 『魔法弱化!』」
後方では重成は少しでも相手の回復を弱めるために、『弱化』を行った。
「まずまず、だな」
しかし、やはり『魔王』に相手には決め手とならなかった。
粉塵が晴れるのを待たず、『魔王』は凄まじい量の魔力を大剣に込め始める。
「もう少し興じていたい所だが、戦なのでな。悠長に待つわけにもいかぬ。
頃合いだ――ここで『死んで』もらおう」
「な……にあれ……」
「とんでもない量、そしてなんとも禍々しい魔力……!」
「あれが『魔王』の本気ってことかよ……!」
「英人君、準備は……!」
「悪い、あともう少しだけ……!」
英人は必死に魔力を充填するが、『英雄』を再現するにはまだ足りない。
焦りから頬には脂汗が伝った。
「ここが貴様等の旅の終わりだ――『死ね』、人間」
しかし無情にも、その剣は振るわれる。
それは『死』という概念を凝縮したエネルギー。あまねく生物が持つ運命を眼前に突きつける、滅びの力。
おそらくそれは『再現』による再生すら受け付けない――英人は瞬時にそう直感した。
一直線に英人へと向かう『死』。
英人の死は避けられないかと思われた。
しかし。
「おおおおおおっ!」
英人の前に、飛翔が立ちはだかった。
肉体を、いや存在全てを『強化』して『死』という運命に必死に抗う。
「飛翔!」
「いいから! そっちに集中し、て……」
しかしその強大な力の前に、飛翔の体は徐々に死に始め、崩れ落ちていく。
「飛翔もういい! やめろ!」
「くそっ……仕方ねぇ!行くぞ」
「ああ!
鈴音君、頼んだ!」
さらに重成、創二の2人もその中へと飛び込んだ。
「そんな……二人まで……!
やめろおおっ!!」
このままでは全員が死ぬ。
そう思った英人は『
「だーめ。飛翔君たちの頑張りを無駄にする気?
英人君は『再現』に集中して? 私も一緒に魔力を送るから」
しかし鈴音が英人の傍に立ち義手にそっと手を添える。
「鈴音さん……」
『そうだ英人! お前は人の技をパクることしかできないんだから、大人しく『英雄』のマネでもしてろ!』
『それに肉弾戦は、僕の方がずっと強いしね』
『そうそう。それに若い人が年長者のやることに口を挟むのはいかんなあ』
死の暴風の中、3人は必死に平静を装って英人に念話で声を掛ける。
「皆……くそ……!」
英人は目を瞑り、血涙を溢れさせながら必死に左腕の『再現』進める。
既に限界以上の魔力移動と情報処理を行っており英人の脳はパンク寸前。
だが、それでもやらなければ。
でないと仲間が死んでしまう。
必死に防御壁を生成してくれる人が。
強化した体で俺の盾になってくれる人が。
全力で敵の攻撃を弱体化してくれる人が。
多少血管が破裂する位なんだ。
脳が壊れる位なんだ。
だったら早く俺に力を寄越せ。
仲間と世界を救えるくらいの力を――!
そして、英人が決心と共に目を見開いた時。
「――――ほう。
3人がかり、そして命と引き換えとはいえ防ぎきるか……見事だ」
目の前には絶望が広がっていた。
「………………ぁ……っ!」
あまりの現実に、声すらまともに出なかった。
呼ばなきゃ。
止めなきゃ。
治さなきゃ。
しかし体が動くよりも早く、3つの肉体は塵となって舞っていく。
「――戦の宿命だ、恨むなよ」
邪魔者の始末を終えた『魔王』が一歩一歩、その足を進める。
未だ『再現』は終わらない。
「く、そ……」
もうダメなのか――その思いが頭をよぎった時、英人の左腕が光を放ち始めた。
大量の魔力が、急速に流れ込んでくるのを感じる。
「……ゴメンね」
顔を上げると、そこには優しく微笑む鈴音の姿があった。
しかしその体は徐々に分解され、魔力となって英人の左手に伝わってくる。
「鈴音、さん……? まさか自分の体を」
「ふふ、何だかんだいってこれが一番効率がいいからね。
だから――私の全てを、貴方に託すわ。英人君」
鈴音はぎゅっと、英人の左手を両手で握る。
凄まじい量の魔力が流れ込んでいるはずなのに、不思議とその手は暖かかった。
「待ってくれ、そんな――」
「実は心の中で決めてたの、もしもの時はこうしようって」
「ダメだ鈴音さん……アンタ、元の世界でやらなくちゃいけないことがあるんでしょ!?」
「あ、覚えててくれたんだ……おねーさんうれしいな。まあ英人君の能力なら当然か。
じゃあ、あの時言ってことも覚えてる?
もしもの時は、妹のことお願いしようかなって」
「……」
「ゴメンね。最後にこんなこと言っちゃって」
「――いえ」
「え?」
「分かりました。だから俺に、下さい。
貴方のありったけを」
英人は涙を流しながら答える。
しかしその瞳は、覚悟の灯ったものだった。
「うん、ありがとう――」
それを聞いた鈴音は、満足そうに微笑む。
ぎゅっと強く握られる手。
そして急速に鈴音の肉体は魔力へと『変換』され、手の感触は薄れていく。
そして左手が拳を握れるようになった時――鈴音の姿は完全に消滅していた。
今、玉座の間にいるのは英人と『魔王』の二人のみ。
「ほう、その身を魔力としたか。興味深い」
「…………」
『魔王』の言葉に、英人は何も返さない。
ただ、自身の感情の処理に追われていた。
これは怒りなのか、憎しみなのか、悲しみなのか。はたまたその全てなのか。
だが、そんなことは今はどうでもいい。
湧き上がる情動そのままに、左腕に込める。
全ての想いと、命を背負って。
そして左腕はより一層強く光り――
「
その日。
千年の時経て、『英雄』が復活した。
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