神なるもの⑥『墓地が無料! 急いで死ね!』
翌日、英人は日の出と共に起床した。
昨夜は結局、英人も美鈴も静かに就寝。そのお陰かどうかは分からないが、普段ではまずありえないような時間に目が覚めてしまった。
しかし、いくら早起きは三文の得といってもやることがなければどうしようもない。昨夜の手前この家の中をうろつくわけにもいかないし、外を散策するのも不審がられそうだ。
(となると、後はもう二度寝するくらいしかないか……)
そう思って英人がゴロンと布団の上に寝転がると、部屋の襖が開いた。
「……起きてるみたいだな」
隙間から顔を覗かせてきたのは、団平だった。
やはり昨日のこともあってその顔はやや不機嫌に染まっている。
「あ、おはようございます」
英人は起き上がって返答した。
「……急ですまないが、今から外出する。
急いで準備してくれ」
「ん? 何かあったんですか?」
「今日の朝食は、
「桓本家って確か……」
「ああ、代々この伊勢崎村の村長を務めている家だ。
車で行くから、とにかく早めに準備を頼む」
英人が返事するよりも早く、団平は襖を閉めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「すごい……ですね」
「ああ……」
「……」
午前7時。
英人・美鈴・団平の三人は桓本家の屋敷に来ていた。
その場所は伊勢崎村の中でも最奥部であり、まるで木々の大軍に囲まれた本陣といった佇まいだった。
当然代々村長を務める家系というだけあって、屋敷の大きさも村の中では断トツ。ちょっとした旅館として運営できそうなくらいの広さだ。
そして今、英人たちが案内されているのは中央にある大広間。床の間で、実に村人の半分が入りそうなほどの広さの中ポツンと三人横並びになって正座している。
「清川家も立派なお家だったが、さすがは村長の屋敷っていう感じだな」
「ですね……」
「……」
予想外の広さにやや圧倒されながら、部屋の中をキョロキョロと見渡す二人。美鈴はともかく、英人すらこんな規模の日本家屋に上がり込んだことはない。多少なりともテンションが上がって当然だ。
しかしそれとは対照的に、団平は目を瞑りながらただ黙り込んでいた。
「……待たせたの」
待つこと数分。
おもむろに戸が開き、一人の老婆が姿を現した。
「本日は朝食にご招待いただき、ありがとうございます」
その姿を見た瞬間、団平は即座に頭を下げた。どうやらこの人物が伊勢崎村の最高権力者らしい。
「……なに、せっかくだしの。
『巫女参り』の前に飯を囲むのもええじゃろ」
おそらく世話係であろう中年女性に連れられ、老婆はゆっくりと広間の中央へと歩を進める。小さい歩幅でおよそ三十歩、その老婆は英人たちの前に置かれた座布団の上に正座した。
「さて、とりあえずこちらから自己紹介をしておくかの。
儂は
登美枝を名乗る老婆は小さく礼をし、英人と美鈴の二人に視線を送った。
「…………」
見た目は、ただの枯れた老婆。髪は白く濁ってか細く、その肌に皺やシミのない箇所はない。体も手で軽く押しただけでそのまま倒れてしまいそうなほど小柄だ。
しかしこちらを見る瞳には「妖力」とも形容すべき力強さがこもっている。それ一つだけでも、この老婆がただの老いぼれではないことを示すには十分だった。
「は、
「その付き添いの、
視線に促されるようにして、二人も自己紹介を行った。
「ほうほう、秀介と京子の娘か。そこの団平から話は聞いておったが、こんな立派に成長しとるとはの。
いやはや、元気そうでなによりじゃ」
「あ、ありがとうございます……」
「そんでそちらは美鈴と同じ大学に通う同級生と?」
「はい。あと同じサークルにも所属してます」
「なるほどなるほど……っとといかんいかん、まずは飯の準備じゃな。年を取ると物忘れがひどくていかん。
ほれ、ボーっとしてないで準備じゃ準備」
登美枝はパンパンと手を叩いた。
すると膳を持った女性が一礼と共に広前と入り、手際よく朝食の準備をしていく。
「どうぞ」
「ど、どうも」
丁寧に英人の目の前へと置かれる膳。
気になるそのメニューは理想的な一汁三菜の朝食。中身も大根の葉の味噌汁に、キュウリとナスの浅漬け、ほうれん草のお浸し、高野豆腐、メザシとこれぞ日本の朝ごはんといった感じだ。
「こちらから誘っておいてなんじゃが、質素な食事ですまんの。
都会の人間からすりゃちぃと物足りんじゃろ?」
「いえ、とても美味しそうです。
私脂っこいものは苦手なので、こちらの方がむしろ好みです」
「それに昨日は飲み会でしたしね、朝はこういう方が俺としてもありがたいです」
「そうかそうか。ならばわざわざ振舞った甲斐があるっちゅうもんじゃ!
さ、長話もなんじゃし早速いただくとするかの……いただきます」
「「「いただきます」」」
こうしてやや緊張した空気の下、四人は朝食を食べ始めたのだった。
◇
食事を開始してから数分。
四人それぞれの租借音が広間に響く中、登美枝は積極的に美鈴へと話かけていた。
「……ほう。すると三歳の時に施設に入れられて、その後苦労して今の大学に入ったわけじゃな?」
「はい、施設の職員さんとかが良くしてくれたおかげです」
「しかし学費が大変じゃったろ? 私学は高いと聞くぞ?」
「それは奨学金やアルバイトを使ってなんとか……」
「ほーなるほど。まだまだ若いのに要頑張っとるのぉ、うんうん。
じゃがこの村に来たからには安心せい、もうそんなことを心配する必要はない」
「あ、ありがとうございます」
その言葉に美鈴は一旦箸を置いて頭を下げた。
「なに、これくらい村長として当然じゃて。
のう、団平よ?」
「は、はい……」
「うむうむ……しかし不思議なのは京子の奴じゃ。腹に第二子を宿したと思ったらいきなりこの村から消えおって。
そんでこんな器量のええ娘を残して自分はさっさと死んじまうとは……全く何を考えとったんじゃ」
「……」
しかし秦野京子の話題になると、登美枝の態度は一変して不機嫌なものとなった。確かに腹に子を宿したまま家族を置いて村を去るという行為は、村を統べる村長からすれば面白いものではないだろう。
「村長としても、やはり京子さんが村を出ていった理由は分かりませんか」
英人は箸を止め、登美枝に尋ねた。
「そんなもん、こっちが聞きたいくらいじゃ……っと、ここにはおらん奴の話をしてても仕方ないか。
生きとる儂らは今日これからの話をせんとな」
「『巫女参り』の説明、ですか?」
美鈴は尋ねた。
「うむ、巫女役の美鈴は夕方まで作法の勉強じゃ。
それに……」
登美枝は英人の顔を見つめる。
「……なんでしょう?」
「八坂さん、と言ったな?
団平が言うには『巫女参り』の見学がしたいとか」
「はい、ちょうど今大学でこの地域の文化に関する論文を書いてまして。その調査の為に是非とも見学させていただければな、と。
それに……」
「それに?」
「鈴音さんの墓参りもしておきたいなと思いまして」
「ん? 何故じゃ?」
登美枝は首をかしげる。
「実は生前の鈴音さんとはちょっとご縁がありまして。不躾な願いではありますが、墓前で手だけでも合わせさせてもらえれば、嬉しいのですが」
英人は深く頭を下げた。
風音を除けば、伊勢崎村の人間に自分が鈴音と知り合いであることを話すのは初めてである。当初は団平に話すはずだったが、村のトップがこうして目の前にいるというのならそれを逃す手はない。
鈴音が異世界に行っていた8年間に対する村の認識含め、伊勢崎村が何を隠しているのかを知るにはいい機会だ。
(さて、どう出るか……)
英人は頭を下げたまま、じっと相手の出方を伺う。
「……ほう! 鈴音の知り合いでもあったと!
ならばこちらも断る義理はないわい、むしろ大歓迎じゃ。昔の知り合いが来たとなれば、鈴音も喜ぶじゃろうて」
しかし登美枝のの返答は、予想に反して好意的なものであった。
「ありがとうございます」
「うむ! ならば思い立ったが吉日じゃな。
団平、飯が終わったら早速案内してやれ」
「し、しかし……」
余所者に世話を焼くのが嫌なのか、団平は口ごもった。
「場所なら分かっとるじゃろう。
……ほれ、あそこじゃあそこ」
「……は、はい。分かりました……」
しかし結局は登美枝に押し切られ、団平と英人は鈴音の墓へと向かうことになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午前9時。
桓本家での朝食を済ませた団平と英人の二人は、鈴音の墓があるという山道を進んでいた。
因みに美鈴は『巫女参り』の準備をするため、桓本家にそのまま居残りだ。
「……」
「……」
草木生い茂る山道を、二人は無言で歩く。
既に車で20分、加えて徒歩でもさらに20分ほど経過している。
9月の朝と言えど、残夏の日差しはまだまだ身を焼く。二人は額にじわりと汗を浮かべながら、一歩一歩土を踏みしめていた。
「……着いたぞ」
山道の傾斜が少し緩くなった所で、団平はふと立ち止まって口を開いた。
「ここ、ですか?」
英人は団平の隣に立ってキョロキョロと周りを見渡したが、墓らしきものはどこにも見当たらない。そこにあるのは草と木と……そして地面にぽっかりと空いた不自然な穴だけだった。
「……何だ、これ」
英人はその穴の傍まで寄り、覗き込む。
形はおよそ縦2メートル、横1メートルほどの長方形で、深さはかなりのものだ。
「ふーん、こいつはまるで……」
ひとりでに呟く英人。
その瞬間、英人の首目掛けて刃が迫った。迅速に、そして確実に対象の命を奪う軌道。
しかしそれは
――ガキィィィンッ!
「墓みたいだな、俺の」
無機質な音を放つ左腕によって防がれた。
「なっ……!」
思わず団平は英人から距離を取った。
「この穴、昨日掘ったものだな。
てことは成程、俺が鈴音さんと知り合いかどうかなんてのは、其方にとってはあまり関係なかったというわけね。鎌をかける必要もなかったか」
英人はゆっくりと団平に向かって振り返る。
「くそッ……! なんなんだ、お前は!」
「さっきも言ったでしょ? 俺は秦野美鈴の同級生で、清川鈴音の知人だ」
「嘘をつくな!
鈴音は十年前にこの村で消えた! お前と知り合えるはずがない!」
団平は鉈を構え、体を震わせながら英人と対峙する。
「悪いがそいつは本当の話だ。
というわけで団平さん、アンタには洗いざらい話してもらう。この村のこと、そして鈴音さんのことも」
英人とは一歩ずつゆっくりと団平に近づいていく。
「くっ、来るな……! 来たら殺すぞっ……!」
「いやいやそんなに怖がらなくても別に何もしませんって。
ただ俺は話を――ッ!」
言い終える瞬間、こちらに向かう影に気付いた英人は後ろへと跳躍する。
着地と同時に先程までいた場所に視線を移すと、一振りの斧が突き刺さっていた。
「ヤハリ、シクジッタカ」
しゃがれたような声が、林の奥から木霊した。
「あっぶね……しかしこの村って本当、余所者には厳しいな」
林から姿を現したそれは、2メートルもの巨躯に黒い忍装束纏。布の隙間から覗く眼光は、獲物を定めた獣のようにこちらを睨む。
「……シマツ、スル」
その姿は、とても普通の人間とは言えないほどに異様であった。
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