血命戦争㉔『狂気の沙汰ほど面白い』

「何……?」


 和香のどかの姿を見て、クロキアは眉を上げた。


「無理やり頼んどいて言うのもアレだが、少し遅かったんじゃないか?」


それを尻目に、英人はフェルノに話しかける。


「何を言うか。これでも急いだ方だぞ。

 私とてこの世界では全力を出せないからな。『喰種グール』共をかいくぐって無傷で彼女を届けるとなれば、多少は時間もかかろう。なぁ?」


 フェルノが和香を連れてここまで来た理由は簡単。ただ英人がそう依頼したからである。

 病院にてクロキアが去った後、「戦火」の匂いにつられた彼女を見つけたのは幸運だった。


「え!? ええーと……は、はい! 

 フェルノさんはすごく頑張っていました!」


「まあ奴はいいとして……柊さんも、ここまで来てくれてありがとうな。

 ホントは俺が全部やれれば良かったんだが」


「いえ、そんなことはないです!

 確かにまだ何が起こっているのかは理解しきれてないですし、今もすごく怖いですけど……でもやっぱり、私は幹くんを助けたいんです!」


 和香は口をキュッと結び、英人の顔を見つめた。

 緊張と不安の所為か体は僅かに震えてはいるが、その瞳に宿る覚悟と意思は暖かくも力強い。

 英人はふっと微笑み、小さく頷いた。


「……そこの『サラマンダー』ではなく、その非力な少女が君の言う『助っ人』かい?」


「ああその通り。フェルノの方はあくまで観客、つまりこっからは俺と柊さんで新藤しんどう幹也みきやを助けるわけだ。ついでにお前も倒す」


 英人は剣先をクロキアに向けた。


「フ……成程、あくまで君はその理想を貫くというわけだね。

 いいだろう、ならばその理想ごと押し潰すまで――!」


「――オオオォォッ!!」


 苛ついた感情を表現するかのように、クロキアはさらに勢いよくその黒翼を広げた。

 幹也を引き連れ、和香と英人に向かって一直線に突撃を始める。


 迫りくる、二本の黒い矢。

 だが英人は冷静に、和香に向かって語り掛けた。


「来たな……柊さん」


「はい!」


「やることはさっき説明した通りだ。俺はひたすら君を守る。

 だからその間、君は新藤 幹也に向かって語り続けるんだ!」


「分かりました! 私、もう迷いません!

 彼がどんな存在になっていたとしても、絶対に諦めたりなんてしません!」


「最高の返事だ! 

 ……というわけだ。出番だぜ、『神器じんき』よ!」


 英人は和香の前に立ち、『聖騎士の御手パラディン・フォース』を一旦解除する。

そして高らかに詠唱を始めた。


「『契約者、八坂 英人の名を以て願い奉る――神の力よ、我が前に顕現せよ!』」


「何ッ!? 『神器』だとッ!?」



「『水神ノ絶剣リヴァイアサン』!!」



 その名を叫んだ瞬間、溢れんばかりの光の束が英人の目の前に差し込んだ。

 二体の怪物は思わず目を覆う。


「くッ!」


「ヴヴッ!?」

 

 帰還の際、英人が現実世界に『武器』はロングソード一本だけ。

 しかし、その他に一つだけ――

 その武器こそ、神の力をその身に宿した『神器』である。


「……ふわぁぁぁー。

んー、今何時ぃー?」


 光の柱から現れたのは、一人の見た目麗しい美女だった。


 清流を思わせるような水色の髪に、水色の寝ぼけ瞳。

 さらには水色のドレスを着ているが、肩から紐が外れていて、どうにもだらしない印象を受ける。おそらくは寝起きということなのだろう。


「深夜の一時過ぎだ。

 というわけで、早速だが仕事だぞ『ミヅハ』」


「……んんー?」


 ミヅハと呼ばれた美女は、目をこすりながら周囲をキョロキョロと見回した。


「『神器』に宿る精霊か……!」


 手を眼から離したクロキアは夜空に浮かびながら、その様子を窺う。


 『神器』とは、文字通り神の力が込められた武器だ。

 火、水、風、雷、土などといった各属性における最高峰の性能を持っている。


さらに、他の武器とは違った最大の特徴が一つ。

 それは、それぞれの『神器』には意思を持つ精霊が宿っているということ。

 この精霊と契約を結んだ契約者でなければ、『神器』を行使することはできないのだ。


「うーむ……よし、なるほどなるほどー。完全に状況は理解したぞう。

 つまり、この『吸血鬼ヴァンパイア』どもを倒せばいいのね。

 どうだい契約者、この推理は?」


 まるで名探偵を気取ったように顎を撫で、ミヅハは英人の方を振り向いた。


「違ぇよ」


「ええっ!? 違うの!?」


 ガーン! という擬音が聞こえてきそうなほど、ミヅハはショックを受ける。

 自分の推理によほど自信があったらしい。


 その横では英人が和香の背を優しく叩き、


「お前の仕事はいたって簡単、この娘を守り続けるんだ。

 何があってもな」


「八坂さん……」


「大丈夫だ。あんなだらしないナリでも、一応は神の名を冠するモノ。何があっても君に傷一つつけさせやしない。

 というわけだミズハ。魔力はいくらでも回す、だから何がなんでも守り切れ」


 英人は真剣な目つきでミヅハを睨んだ。


「うう……なんか今の言葉、ちょっちブラック臭が」


「いいからやれ」


「はいはい分かった分かった。

 指示通りにやるから、そう睨まないでくれやす。

 てなわけでそこなあどけない少女よ、私の後ろに隠れていてくんなー」


「は、はい!」


 そうして和香が後ろに来たことを確認すると、ミヅハは手を虚空に掲げた。


「よーしいくぞー、『水神すいじんノ守リ』――」


 詠唱と共に展開されたのは、分厚い水でできたドーム状の障壁だった。


「なるほど、攻撃と守備で役割を分担するか。

 理には適っているが……でもいいのかい? そんなに魔力を使ってしまって」


「問題ない。

 お前を倒すにゃ、これでも十分な位さ」


「ほう、随分と余裕だね……自分が大きなミスをしたとも気付かずに!」


 叫んだ瞬間、クロキアは黒翼をはばたかせ再び英人に向かって突っ込んできた。

 幹也も連動するようにクロキアのすぐ隣を飛ぶ。


「――ッ!!」


「ハハハ! 慌てたな!?

 何、至極簡単なことだ! 『神器』など無視してまずは君から倒せばいい!」


「オオオォォッ!」


 繁華街に設置した『浄撃冠帯波イクソシス・スフィア・バースト』と『水神ノ絶剣リヴァイアサン』の顕現。これらによって英人は今、魔力を急激に消費している状態だ。

 ならば『神器』と和香を無視してこのまま二人がかりで行けば、憎き宿敵を倒せる――そう確信するクロキアだったが、ここで予想外の事態が起きた。


『――幹くんっ!』


「――ッ!!? ガアァッ!」


 和香が声を発した瞬間、幹也が急に彼女に向けて進路を変更しだしたのだ。


「なっ……!?」


 それは主であるクロキアにとり、完全なる想定外。

 思わず空中に留まり、幹也の姿を目で追った。


「アアアァッ!!」


 だが一方の幹也はその声に導かれるように、和香に対して異常なほどの執着を見せる。

彼はそのまま水の障壁に向かって激しい攻撃を加え始めた。


「どうした!?  何故こちらの指示に従わない!?」


 叫ぶクロキアの顔には焦燥の色が浮かぶ。

 何故なら今回の計画は、『吸血鬼ヴァンパイア』化した幹也がクロキアのコントロール下にいてこそ成立するもの。

 その前提が崩れてしまえば、計画そのものが失敗しかねない。


「まさか、彼女の言葉に反応して……何ッ!?」


 止むを得ずとばかりに幹也の後を追おうとするが、その瞬間、クロキア目掛けて剣が迫った。


「くぅっ!」


 クロキアは咄嗟に体をのけ反らし、ギリギリのタイミングで回避行動をとることに成功。

 その鋭い切っ先から、自身の急所を上手く外す。

 

「グッ……!」

 

 が、その全てを躱しきることは叶わなかった。

 右腕を斬られ、その肉体は横浜の夜空をのたうち回った。


「どうした、俺と戦いたかったんじゃあないのか?

 だったら余所見はいかんな」


「君は、最初からこうなることを見越していたのか……!」


 右腕を再生させながら、クロキアは英人を睨んだ。


「いや、正直半分は賭けだったさ。

 だが信じていたよ。彼女ならそれができると」


 英人は肩で剣を担ぎながら、横目で和香を見る。

 そこには、愛する人に声を掛け続ける少女の姿があった。


「彼女には『異能』がある。その名も『貴方に、聞いてほしいソング・フォー・ユー』。

 効果は至極単純、それは『好きな人に自分の声を届ける』。たったそれだけだ。

 だがその効果は対象への愛が強ければ強いほど高まる。たとえその相手が『吸血鬼ヴァンパイア』だろうとな」


「つまり、君の作戦とはこういうことか?

 彼女の『異能』を使って、彼を正気に戻すと」


「ああそうだ」


 英人は真剣な目で、クロキアを睨みつけた。

 そこには迷いといった感情は一切ない。


「……狂気の沙汰だ

 君はあんな田舎者同士の愛に、全てを懸けるというのかい!?」」


「はっ、そういや前回も狂っていると言われたっけな。

 まあ確かに、あまり真っ当で賢い戦い方とは言えない。

 事件を解決するという点だけを考えれば、俺が情を捨ててさっさとお前らを消滅させちまえば済む話だ」


「そうだ。君は情を捨てたくないが為に、危ない橋を無理やり渡ろうとしている!

 君はそれを是とするのかい!?」


 声を荒らげるクロキア。

 しかし対する英人は僅かに目を細め、


「お前が俺をどう思っているのかは知らんが……俺はもう、あいつと約束しちまったからなぁ」


「約束、だと?」


「ああ。んでその約束した奴ってのが面白くてね。

 滅茶苦茶見てくれはいいくせして、これまでの人生で誰一人好きになることができなかったらしいのよ。

 そもそも気が強くて人のことすぐビンタするし……ま、とにかく困った奴だ。

 でもさ、そんな彼女が言うんだよ」


英人はフッと笑う。


「――『二人の恋を守って』、とな」

 

「……!」


「だから、俺はやる。

 それに、今のあの娘の表情を見てみろよ。恐怖に震えてこそいるが、あれは覚悟を決めた人間の顔だ。

 ならば俺が今やるべきことは、ただ『倒す』だけじゃあない。その覚悟に全力で応えることだ」


 英人はゆっくりと、左腕を前に出して構える。



「――ここで、全てを終わらせる」



「……ッ!?」


 その姿はクロキアには一瞬、『あの時』の姿と重なった。

 そう五年前、自分が敗北したその日。

 『あの時』の彼もまた、同じ目をしていた。


 いや、もしかしたら今の方が――


「……そうだったな。

 『英雄』を見たいと言ったのは、私だった。

 そうか、君はそんな肩書などなくとも、そうだったのだな」


「さすがにそれは、買い被りすぎだと思うが」


「フ……いずれ分かるさ。

 さて、君がそういうことなら、私も全てを懸けるとしよう」


 クロキアは少し微笑みながら、懐から小瓶を取り出す。

 手の平ほどの容量の中は、深い赤色で満ちていた。


「それは……?」


「なに、大したものじゃない。

 ただこの五年間で収集した血を凝縮しただけのものさ」


 クロキアは、親指でコルクを勢いよく開けた。

 人の血とは、『吸血鬼』にとっての主食であり、魔力と同等以上のエネルギー源だ。そして小瓶の中にあるのは、実にその五年分の結晶。


「さあ――行くぞ、『八坂英人』」


クロキアは、なんの躊躇もなくそれを口の中へと流し込んだ。


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