血命戦争㉓『助っ人登場』

「行くぞ――!」


 身体を魔法で『強化』し、英人は一気にクロキアとの間合いを詰める。


「ハハハハハ! 来い!」


 対するクロキアは翼に蓄積した魔力を右手に移し、迎撃の態勢を取った。

 背中に魔力を常時展開し、必要に応じて身体の各所に纏って放出する。

 それがクロキアの基本的な戦闘スタイル。


「『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール』!」


 今回もそれにならうように、クロキアは右の掌から魔力の奔流を放った。

 それは一直線に空間を裂く黒き閃光。

 発生の速さに重点を置いたその技は、咄嗟にガードした英人の腕に命中する。


「チッ……!」


 上手く出鼻を挫かれた形となり、英人は思わず舌打ちをする。

 衝撃により、辺りには煙が立ち込めた。


「ファーストアタックは私がもらった。

 ……どうだい?」


 黒き閃光が止み、次第に晴れていく煙。

 徐々に姿を現していく英人の体には――


「全然効かないだろう?」


 傷ひとつ付いていなかった。


「……みたいだな。だがまさか、ここまでとは。

 この世界の『魔素』が薄いせいか? それとも生き返った代償か?

 ま、何にせよこちらとしては好都合だが」


「いや、そのどれでもないさ。

 ただ単に、我ら『異世界』出身者はこの世界にとってしょせん余所者。

 儚い存在にすぎないというだけのこと」


 自嘲するように、クロキアは空を仰ぎ見る。


「儚い存在……?」


「そうだ。

 この世界出身の君はともかく、私のような怪物がこの世界で出せる力は精々二割弱が関の山。

 どうだい、あまりにも弱いだろう?

 これは最早『魔素』濃度の違いだけで説明がつく問題じゃあない。

 つまり、この世界そのものが我ら余所者の存在を認めていないということなのさ」


「……」


 英人は静かに構えつつ、クロキアの話に耳を傾ける。

 確かに、今放った『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール』の威力は以前からは想像もつかないほど、衰えていた。

 体感で異世界に居た頃の僅か15パーセントほどだろうか。


 クロキアにとっては本来ジャブのような技ではあったが、だからといって直撃して無傷で済むほど甘い技ではなかったはずだ。


 ちなみに、英人が出せる力は異世界にいた頃のおおよそ七割ほど。

 ただしこれは現実世界の低い魔素濃度から来る燃費の悪化が主因であり、状況によっては100パーセントの力を発揮することも不可能ではない。

 それらを踏まえると、今のクロキアの弱体化は燃費の悪さだけでは到底説明できないものだった。


「仮に魔素濃度が異世界並みになったとしても、おそらく私は三分の一の力も出せないだろう。

 なんという非力、そして無力……だからこそ、私は今回の計画を実行に移した」


「今回の計画……」


「ああ。そしてその鍵こそが、新藤しんどう幹也みきやというわけさ。

 ……ほら、君のすぐ後ろにいるよ!」


「なっ……!」


 殺気――!

 瞬時にそれを感じ取り、英人は急いで後ろを振り向きガードする。


 瞬間、先程とは比べ物にならない量の魔力が英人を覆いつくした。



「くッ……! 『中級聖障壁ミドル・セイントガード』!」


 強化した体だけでは、もたない。

 そう判断した英人は急いで光属性の魔法障壁を展開し、その攻撃を防ぐ。


 とはいえ急造の、しかも中級レベルの障壁。

 黒き魔力の奔流に耐え切れず、力なくひび割れていく。

 だが英人は魔力をガンガン送り込むことで障壁を強化・修復し、防ぎ切った。


「ほう。さすがの『不死身の英雄』も、体丸ごと吹っ飛ばす魔法は防ぐしかないか。

 いやあそれでも、ちゃんと防ぎ切ったのは見事見事」


 クロキアはパチパチと英人に拍手を送った。


「お前に褒められても嬉しくないな。

 しかし――」


 英人は右腕に負った傷を修復しながら、相手をその目に捉える。

 そこには、


「ウ……アァ……」


「ついさっきまでとは随分、雰囲気が違うじゃないか。

 なあ、新藤幹也」


 ルビーの如く赤く輝く瞳に、発達した牙。さらにはひび割れた白い肌に、青白く光る髪。

吸血鬼ヴァンパイア』と呼ぶべき青年が、黒き魔力を纏ってそこにいた。


「これこそが、この時のために私が作り上げた最高傑作。

 私の次なる『器』さ」


 クロキアは悠然と英人の横を通り過ぎ、幹也の横に並び立つ。


「新藤幹也の体を乗っ取るつもりか……」


「ご名答。

 『異世界』出身者の力が限定されているのならば、現実世界の出身者の方に乗り移ってしまえばいい。幸い、私にはその能力があるしね。

 もちろんただの非力な人間の肉体に入っても意味がないから、『吸血鬼ヴァンパイア』に転生させる必要はあったが」


「転生……?」


 聞きなれない言葉に、英人は疑問符をつける。


「ああ。彼はもう新藤幹也という『人間』ではない。

 種族の壁を越え、新たなる『吸血鬼ヴァンパイア』としてこの世界に生を受けた。

 いやあ、彼ほどの逸材に出会えたのは幸運だったよ」


 そう言ってクロキアは傍らに立つ幹也の肩を優しく撫でた。


「……なるほど。

 そういうことなら、これまでの現象にも説明がつく。

 『千里の魔眼』の追跡を逃れて夜闇に紛れる能力を持つのなんて、『吸血鬼ヴァンパイア』ぐらいだからな」


「そういうことさ。

 ハハ、よくできた器だろう?」


「その割には、みすみす逃がしたりと粗が目立つようだが?」


「正確には逃がした、というよりは放牧みたいなものさ。

 もちろん、完全に野放しにするわけにもいかないから適度なストレスは与え続けたけれども」


「じゃあお前は、元から『上級喰種ハイ・グール』が返り討ちになることを見込んで……!?」


 英人は眉をひそめる。


「いくら覚醒しきっていないと言っても、この世界で生まれた『吸血鬼ヴァンパイア』が『上級喰種ハイ・グール』如きに負けるわけがないだろう?

 まあ、ちょうどいい経験値くらいにはなったがね。

 おかげで今日という日に、本格的な覚醒の時を迎えた!」


「だが、まだお前がその体に乗り移っていない。

 つまりはまだ未完成ということなんだろ?

 なればその前に潰す……!」


 英人は左腕を構える。


「「左腕レフトアーム再現情報入力インストール――再現変化トランスブースト・オン・『聖騎士の御手パラディン・フォース』!」


 唱えた瞬間、左腕がまばゆい光に包まれた。

 英人が『再現』したのは、『聖騎士パラディン』の左腕。

『吸血鬼』を始めとして闇属性の魔族や魔物に対して特化した性能を持つ。


「『武器再生ウェポン・リブート』――」


 さらに英人はポケットからキーホルダーサイズの小さい剣を取り出し、『再現』魔法を掛けた。

 するとその剣は見る見るうちに大きくなり、最終的には長さ1メートルほどの立派な西洋剣となった。


「なるほど、『物体圧縮ミニマム』の魔法で小さくしていた剣を元に戻したというわけか……面白い」


「ま、俺も銃刀法違反は怖いから……なっ!」


 英人はおもむろに剣を振り上げる。

 両者の距離は剣の間合いの遥か外だが、問題ない。その剣筋が描きし弧は光り輝く斬撃となり、放たれるからだ。


 その技の名は『聖裂斬波セイント・スラッシュ』、光魔法の力を斬撃に乗せて攻撃する奥義であった。

 光の刃が、クロキア目掛け一直線に突き進む。


「おおっと!」


 しかしクロキアは夜空に素早く飛び上がって回避した。


「ハハッ! 迷わずこっちを斬りに来たか! 

 さすが、迷いがないね!

 ならばこちらも全力で行かせてもらおう!」


 クロキアは黒翼を目一杯広げ、体中に魔力を纏う。


「ウオオオオォォ……ッ!」


 幹也も、全身から溢れんばかりの黒い魔力を噴き出した。


「ただし、二人がかりでね!」


 上下から、二体の『吸血鬼ヴァンパイア』が襲い掛かる。


「『装備エンチャント――聖騎士の光盾パラディン・シャインシールド』!」


 英人は魔力で形作った盾を発生させた。

 この魔法は盾を直接持つ必要がないので手が塞がらず、自動防御もこなしてくれる優れもの。


「『黒翼飛閃シュワルツ・シュトラール連撃フィール』!」


 上空から降り注ぐ黒い閃光を、『聖騎士の光盾パラディン・シャインシールド』が的確に防いでいく。

 もっとも現状の実力差であれば、わざわざ防御せずとも大したダメージにはならない。しかし目の前の敵に集中するためには、あえて盾を使ってでも攻撃を防ぐ必要があった。


 その敵とは変わり果てた姿の新藤幹也。

 最早完全に理性を失った『それ』は唸り声を上げ、纏った魔力をそのまま右拳に乗せて殴りかかってきた。


「ちぃっ……!」


 轟音を響かせて迫りくる拳。

 英人はそれを、剣でいなす。


 だがその常軌を逸した力の全てを受け流すには至らない。

 その証拠に魔法で何段階にも強化した剣が、威力に耐え切れず悲鳴を上げ始めた。


(まあ元は普通のロングソードだしな……とはいえそれを差し引いても、今の威力も相当なモンだ)


 異世界では様々な道具を使ってきたが、『武器』はこれ一つだけ。

 殆どは帰還の際ユスティニアへと自主的に返還・処分した。まあしなかったらしなかったで没収されていただけだろうが。


 いずれにせよ『吸血鬼ヴァンパイア』二体を相手にするにはなんとも心許ないが、あるものだけで頑張るしかない。


「オオオ……ッ!」


 一方の幹也は、初撃が上手くいなされたと分かるや左手に魔力を込めて第二撃の準備に入る。


「遅い……!」


 だが、それは百戦錬磨の英人にとって悠長に過ぎた。

 英人は既に魔力を込め終えていた右の拳を構え、


「聖拳中段突き!」


 幹也のみぞおちに向かって突きを放つ。


「オオッ!?」


 強化された拳による打撃と、打ち込まれた光魔法の衝撃。

 幹也は思わず苦悶の表情を浮かべ、タワーの外へと勢いよく投げ出された。


「おお。やるねぇ」


 その光景を見たクロキアは嬉しそうに呟く。

 だが英人はその表情には目もくれず、クロキアに向かって飛び掛かった。


(まずはこいつから倒せば……!)


 英人は一気に剣に魔力を込める。

 狙うは一撃での消滅。


 光を帯びた切っ先は、クロキアの心臓目掛け空を切り裂いていく。

 そのまま標的に到達しようとした瞬間。


「くッ……!」


 苦渋の表情と共に、英人は剣を止めた。


「……おや? どうした、『英雄』。

 何故剣を緩める? ハハハハハハ!」


「グウウゥ……ッ!」


(早い……! もう再生してここまで戻ってきたのか……!)


 クロキアとの間に割って入るように立ちはだかる幹也。

 倒したい相手は、幹也を超えたすぐその先。このまま突き進めば倒すことはできる。

 しかし英人は幹也ごとクロキアを刺すことができなかった。


「相変わらず、優しいねぇ。

 さっきのパンチだって随分と手加減してくれたみたいじゃないか。

 今の君なら少し本気を出してやれば、問題なく彼を殺せるはずだろう?

 ……ま、その辺りを考慮しての計画だけどね」


「オオォォッ!」


「くっ!」


 幹也が振り上げた拳をガードし、英人は屋上に片膝をついて着地する。

 今回は余裕をもってガードしたためダメージこそなかったが、英人はそこに微かな違和感を感じ取った。


(……さっきより、強くなっている?)


「フ……その顔、気付いたようだね。

 そうだ。彼は今まさに、『吸血鬼ヴァンパイア』として完成しつつある!

 『新藤幹也』という前世から解放されてね」


 クロキアは幹也を引き連れゆっくりと屋上に降り立ち、その細長い人差し指で英人を指さした。


「そして君が放つ魔力を摂取することで、彼はさらに完成へと近づく!

 つまり君がこうして手加減して戦うほど、彼は強くなるわけだ。

 だからこそ私は新藤幹也を『器』として選んだ!」


「……俺には彼を殺せないと思ったわけか」


「ああそうだとも。

 あっちにいた頃から、君のことはよく理解していたよ。

 たとえ種族が変わったとしても『人間』、とりわけ『善人』を殺すことはできないとね。

 既に死んだ『人間』である『喰種グール』については割り切って考えているようだが、彼に関してはまだ生きている。

 そして彼は今時珍しい立派な『善人』だ。オマケに転生の適性すら高いときた」


「グウウゥ……!」


 まるで『善人』の言葉に反応するかのように、幹也が唸る。


「まあ本来はもう少し時間をかけて『前世』との縁を消してから君とは戦う予定だったがね。

 とはいえ順序が多少逆になっただけのこと。君が彼を殺せないことに変わりはない。

 つまりこの戦い、彼が転生した時点で最初から結果は決まっていたのさ。

 君が、君である限りね」


 「……」


 勝ち誇ったように、クロキアはニヤリと笑みを浮かべる。

 対する英人は片膝をついたまま、黙ってクロキアの話を聞いていた。


 「ハハハ……第二の生を得てから五年。ようやく、君に届く時が来た。

 さあ、どうする『英雄』?

 己を捨てて彼を殺すかい? 彼に殺されるかい?

 それともまだ、彼を救うなどという非現実的な理想を抱き続けるかい!?」


 クロキアは英人に選択を迫る。


 八坂英人という人間の情を利用して力を取り戻し、宿敵を討つ。

 これこそが、『死者の王』クロキア=フォメットの計画。


 そして今、その計画が完遂されようとしている。


「……言われずとも、分かっているさ」


「ほう」


 力なく立ち上がる英人を見て、クロキアは満足そうに微笑む。


「たとえ『吸血鬼』になろうとも生きている限り、俺は新藤 幹也を殺せないことくらい……そして、


「……何?」


 俺一人、その言葉のニュアンスにクロキアは違和感を覚えた。


 状況はこちらが圧倒的に有利。

 だというのにまだ、この元『英雄』には何か手があるというのか。


「だから今回は、助っ人を呼ばせてもらった!」


 だがその疑問を口に出す間もなく、英人は右手で後ろを指し示した。




「――やれやれ。全く人使いが荒いな、貴公は。

 ほら、ちゃんと連れてきたよ。

 見物料はこれでいいのかい?」


「さ、『サラマンダー』だと……!?」


 意外な人物の登場に、クロキアは目を見開いた。

 そこにいたのは、燃えるような赤髪に身を包む『サラマンダー』の美女。

 つまりは『異世界』出身の種族であった。


「おっと失礼。私はフェルノ=レ―ヴァンティアという者だ。

 何、安心してくれ。私はただの観客だ。


「観客、だと?」


「ああ。極上の『戦火』を期待しているよ、『死者の王』よ。

 さ、前へ」


 フェルノは傍らに立つ一人の少女の背を叩く。


「幹、くん……」

 

 そこには、ひいらぎ和香のどかの姿があった。

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