7.交錯する想いの行方
7-1 森の庵のご隠居様
「セーロアっ、なぁどこ行くつもりだよー?」
王宮を出、門口の兵士たちに許可証を見せて、セロアが向かったのは郊外だ。馬車を拾いふたりで乗り込むと、フリックは落ち着かなげに彼をつついた。
「あんまり遠くまで行くと、帰れなくなっちまうぜー?」
一方の賢者は、常と変わらず泰然としている。
「ええ。だから頼りにしてますよ、フリック」
きょとん、と見返す相方に、セロアは意味深な笑顔を向けた。
「少し前まで私はティスティルの魔法学園にいたんですよ。その時、あなたと良く似た生徒とすれ違った覚えがあって。もしかしてフリックも、留学経験あるんじゃないですか?」
「ははっ、まさかー! ウサギ違い、じゃね?」
即座に笑い飛ばす彼に、賢者はにこりと微笑みかける。
「そうですか。
「そだなー、向こうもオレみたいなのと人違いされちまって可哀想になっ」
あはあはと笑うフリックにそれ以上は尋ねず、セロアはバッグから革手帳を出して開いた。
「学園では建国の歴史も教わりましたよ。この国、まだ千年経ってないそうです。城に来てから城内外をかなり見て回ったんですが、建国碑や建国王の記念物が一切見当たらないなんて不思議だと思いませんか」
セロアの
「建国という偉業を讃える物が一切見当たらないのは、王自身が望んでいないか、周囲から軽んじられていたかのどちらかでしょう。女王はとても国を大切にされているご様子でしたので、それが旅渡券発行拒否に繋がっているようですね。――発行拒否は知っていますよね?」
「え、うぁい?」
急な振りのせいか変な返事だったが、セロアは気にした様子もない。
「ルベルちゃんの話によると、建国王は監獄島への関わりを厭うて、直通の『
「へぇー、なるほどっ。さすがだなー」
当たり障りなく返答しながら手をパチパチ叩くフリックに、セロアは再度意味深に微笑んだ。
「そういうわけですから、フリック。森の中の案内は頼みますよ?」
「――へ?」
面食らう彼に、賢者は笑みを崩さず手帳を差し出す。
「あなただって行くつもりだったんでしょう?」
オレンジの目を丸くして、狭い馬車の中ウサギはじりじりと賢者から距離を取る。
「えー? そりゃ、森歩きならおにーさんに任せなさいっ! ……って言いたいトコだけど、場所わかんないしぃ?」
「大丈夫ですよ。あの森は、学園の生徒が薬草調査の実習で良く訪れる場所ですから。きちんと手入れされた道もありますしね」
賢者が開いて差し出している手帳には、確かに簡単な地図が記されていた。フリックは恐る恐るそれを受け取り、食い入るように見つめる。
「奥に王族の別荘があるので、不審者と間違えられるから越境しないようにと教授が言ってたんですが。どうやらその別荘地に、ご高齢の建国王が住んでらっしゃるようですよ」
一般に、
手帳に境界より先の地図は記されていない。さほど深い森ではないにしろ、山歩きに慣れていなければ辿り着くのは難しそうだ。
――セロアも、カミルと同じく気づいている。
けれどフリックはそれでもまだ、自分が元学園生徒だった事実を打ち明ける気になれず。
「おうよ、こンくらいなら任せとけっ!」
威勢の良さが空元気じみて違和感満載だったが、セロアは穏やかに笑って頷いた。
そこにあったのは、二人のあらゆる予想を裏切った、小さな一軒家だった。セロアとフリックは顔を見合わせ、セロアが一歩進み出て小屋の扉をノックする。
ややあって、女性の声で中から返事があった。ぱたぱたと足音がして、警戒心なく扉が開かれる。出迎えた女性は来訪者二人を見て不思議そうに首を傾げた。
「あら、迷い人さん?」
「いえ、迷子ではありません。突然の来訪、失礼致します。私はセロア=フォンルージュ、隣の彼はフリック=ロップといいます。不躾ですが、ティスティル建国王様のご自宅はここで宜しかったですか?」
彼女は驚いたように目を見開いた。そしてセロアとフリックを交互に見、再度首を傾げる。
「ここに辿り着いたということは、許可証をお持ちで?」
「はい。私たちはリンド姫の友人で、今ティスティル王宮に滞在させていただいている者です」
セロアがそう言って首に下げたペンダントを取り出し見せると、彼女は安堵したように微笑んだ。
「そうですか。父に、何かご用ですか?」
「ええ。事情を話すと長くなるのですが、どうしてもお会いして伺いたい事があるのです。建国王様に会わせていただくことは可能でしょうか?」
彼女は少し考えていたが、振り返って奥に声を掛けた。
「お父さん、お客様なんだけどどうします? リンドの友人方で、お父さんとお会いしたいんですって」
応じるように、奥から笑みを含んだ穏やかな声が返った。
「私は構わんよ。……刺客でなければね」
女性はくすりと笑い、二人を招き入れる。
「なんにもない所ですが、どうぞ」
「いえ、何も構わないでください。お邪魔いたします」
「スイマセン、アヤシイですけどキケンはないのでー」
それぞれに言いながら入ってきた二人を居間のソファに座っていた老人が立ち上がり、出迎える。真っ白な髪と白い髭、どちらかといえば痩せ型で、穏やかな黒い瞳は優しげだ。
「それと、建国王はやめてくれないか。私の名はサイヴァ、ただの隠居の爺さんだよ」
「ご隠居様ですか。私も隠居って呼ばれるんですよ。一緒ですね」
のほんと応じたセロアの言にフリックが変な顔で笑った。突っ込んでいいのか分からなかったらしい。先の女性が老人の傍らに来て、二人に穏やかに笑い掛ける。
「私はイアルゥ。一応、現女王の母ですが、私も父も政治と関わりのない生活を続けております。どんなご用件でいらしたのか存じませんけど、お役に立てなかったらごめんなさいね」
「まぁ、固い話は置いといてとりあえず座りなさい。イア、二人にお茶でも」
「そうね、どうぞお掛けくださいな」
イアルゥにソファを勧められ、二人は礼を言いつつ腰を下ろした。サイヴァは向かいに座ると、娘の注ぐ暖かな紅茶を差し出しつつ尋ねる。
「急ぎかね?」
セロアが頷き肯定の意を示すと、サイヴァは目を上げ微笑んだ。
「私のような隠居の爺さんに出来ることかい?」
「はい。動かしていただきたいのは国でも金でもなく、女王陛下のお心ですので。……話を聴いてくださいますか?」
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