5-5 願いを探って


「ねぇ、シィ。いまさらだけど」


 街の宿では考えられない広いベッドと、ふわふわの柔らかで軽い上掛け。その上にぱたりと仰向あおむけになって、アルエスは相棒の水精を呼ぶ。


「ボク、一緒に来ちゃって良かったのかなぁ……」


 避け続けていた魔族ジェマの国・ティスティル。強く興味を惹かれたのは本当だし、こういう機会でもなければ、いつまでだって躊躇ためらっていただろう。

 だから、失敗だったとは思わない、――ただ。


「勢い任せに来ちゃったケド、ボクって絶対場違いだよねー……」


 気まずい思いがぬぐえない。よくよく思い返せば、ルベルとセロアの必死の想いに便乗しちゃったようなものだし。宮廷作法とかに至っては、まったく無知だし未経験だし。


『ぼくはここ、居心地はいいシィ』


 水精から答えが返る。臆病なシィが居心地良いと言うからには、ティスティルは本当に良い国なのだろう。


『ちょっとコワい気配もあるけど……、ライヴァン市街よりずっといいシィ』

「そっかぁ」


 呟いて、ころりと寝返りを打つ。柔らかい掛布に頬を預け、ぼんやりと考える。

 アルエスはバイファル島がどんな場所か知らない。シィもだ。それでも話の雰囲気から、気軽に訪れるような場所でないと察することはできる。

 ルベルとセロア、そしてゼオは、向かうと言っているのだしそこへ行くのだろう。リンドは転移魔法テレポートが使えるから、用が済めばまたライヴァンへ行くに違いない。

 フリックはどうするのだろう。

 ――自分は。


「まず城下に行って、ぐるっと一通り回って、イイ所そうなら少し滞在して……」


 呟きながら目を閉じたら、なぜだかルベルの泣き顔を思い出した。

 きゅん、と胸が苦しくなる。


「ボクにできることなんて」


 あるわけないかぁ、そう心の中で言って、ため息をついた。

 バイファル島を知らないから、少女の旅の危険性をアルエスは想像できない。だから、リンドやアルトゥールのような驚きや心配も感じることはできない。

 何かできることがあるなら、協力したいと思う。けれど自分が同行しなければならない必然性を、アルエスは見出すことができなかった。





 コンコン、と扉が叩かれ、上体を起こして返事する。


「はい、開いてますよぅ」


 かたりと扉が開いて、入って来たのはリンドだった。いつの間にか旅装を解いて、あっさりした普段着に着替えている。


「アルエス! 一緒に風呂に行こう」

「え、ええっ!?」


 スーシアは一緒ではなかったが、リンドのサファイアの両眼はきらきらと輝いていて、まるで子どもスーシアのようだ。


「夕食までは時間があるし、どうせならさっぱりして食事をしたいじゃないか。案内するから一緒に行こう!」


 有無もなく手を取られ、アルエスは焦って赤面する。


「やっ……、でもちょっ、ハズカシイ」

「そんな水くさいぞアルエス! 旅宿りょしゅくの風呂だって共用なのだ、今さら何を恥ずかしいことがある」


 ――そう言われてしまっては身も蓋もない、のだが。


「もうっ、リンドちゃんがハズカシイよーっ!」


 自分でも良く分からない言い訳をしたら、リンドは真顔で答えた。


「私は気にならないぞ? それに、遅い時間だと姫さまや姉さまに遭遇するかもしれないし。私は構わないが、アルエスが落ち着かないのじゃないかと」

「えー、そうなのっ!?」


 まさかの、王族たちと同じ浴室……?

 混乱してパニックになりかけのアルエスを強引に引っ張りながら、リンドは嬉々ききとして言った。


「だから、一緒に入ろう! アルエス」





 済し崩しだぁ……と、顔の半分くらいを湯に浸けてアルエスは思う。

 リンドに引きずられて浴室へ来れば、待ち構えていた女官たちの、御召おめし物を預かりますとか御背中をお流し致します攻撃にさらされ、何とかそれを断りつつ、とにかくだだっ広い浴槽に逃げ込んで、ようやくほっと一息。

 アルエスは鱗族シェルクだから、水中、この場合は湯中でも呼吸ができる。普段はそんなこと忘れているのだが、こんな池みたいに広い場所だと、考えるともなく思い出してしまう。


「アルエス、騒がしくて申し訳なかったな」


 こちらも女官たちの包囲網を突破してきたのか、リンドがようやく到着した。湯の中に溶けてしまいそうな顔で、アルエスはへら、と笑う。


「リンドちゃん、さすがはお姫サマだーっ」

「いや、みな私にではなくアルエスに構いに来ていたのだ」


 リンドはそう言って、ふふっと笑う。


「ええー、どういうことっ」

「風呂に入っている間にドレスのサイズを直すそうだ。アルエス、覚悟していたほうがいいぞ」

「どっドレスって!?」


 湯のせいばかりでなく頰が紅潮するアルエスを見ながら、リンドは上機嫌に言葉を続ける。


「アルエスは美人だし、髪も色が薄くて長いから、淡い色のドレスが似合うだろうと張り切っていたな」

「やっ、ちょ……美人とかってリンドちゃんめスギっ!」


 照れ隠しでぱしゃぱしゃ水面を叩くアルエスに湯を掛けられないよう、リンドは正面に移動した。


「そういうアルエスは、照れすぎじゃないか。あの者たちは着付けをするのが楽しみなのだから、好きにさせてあげればよいのだ」

「そんなこと言ったってっ、慣れないからハズカシイんだもんっ」


 照れすぎでパニックになりかけた頭に、シィのため息が聞こえてくる。


『アル、オシトヤカにしてないと、ドジしてよけい恥ずかしいコトになるシィ』

「シィってば、そゆこと言わないのっ!」


 失礼なのに的確なのが悔しいところだ。自分の両手に顔を挟んで湯面に映してみれば、ほどよい加減にであがっている。

 ––––と、不意にリンドが視線を落としたまま尋ねた。


「アルエス、そのあざは……どうしたんだ?」




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