1-4 魔術師からの手紙


 結局うやむやの内に夕飯の時間へ雪崩れ込み、ゼオは要らないと言うので二人で階下に行って食事をとり、それぞれ風呂を済ませ……、部屋に戻るとすぐにルベルは寝てしまった。元気そうに見えていても、相当疲れていたのだろう。

 熟睡して寝息を立てているのを確認し、セロアは部屋の隅で広報誌を広げている灼虎しゃっこに声を掛けた。


「ゼオさん。下の酒場でもいいですか?」

「あァ」


 応じつつも、灼虎の視線がベッドで眠るルベルに向く。セロアはベッドの際まで行くと、自分の長い上着の合わせに手を入れ何かを取り出して、ルベルの横に置いた。

 丸っこくて粉っぽくて真っ白な、はねのあるカタマリ二つ。それぞれには黒い点が二つずつ付いており、それがぱちりと瞬きした。……生きもの、である。


「良い夢をみてくださいね、ルベルちゃん」

「なんだソレ」


 ゼオに問われて、セロアは笑むように口もとをゆるめた。


「幸運の妖精、みたいなものですよ。ケサランパサランってご存知ですか?」

「変なモン飼ってンなァ隠居」


 飼っているというよりかれているようなものだが、たいした違いでもない。セロアは気にせず、ゼオを促して階下に降りる。

 食堂に併設している酒場へ行くと、なるべく目立たない奥のテーブルについた。何せ二人とも背高なので、無駄に人目を引きやすい。


「ゼオさん。ルゥイさんに、ルベルちゃんを連れ戻す気はないんですね」


 座った途端、短刀直入に切り出されて、ゼオは思わず視線をさまよわせた。

 セロアは穏やかに笑んで言葉を続ける。


「連れ戻すつもりなら即刻連れ帰るでしょうから。帰らないということは、ルゥイさんが彼女の守護者としてあなたを遣わしたという事だと思ったのですが、違ってましたか?」

「ったく、ワケわかんねーンだよマスターが何考えてやがんのか」


 毒づくように呟いて、灼虎は手のひらを上向けテーブルに乗せた。ぱり、と音がして、その手の上に一通の封書が現れる。


「手紙だ。マスターからおまえに、読めば分かるってよ」

「ありがとうございます」


 受け取って開封すると、丁寧に折り畳まれた便箋びんせんが入っていた。

 広げた紙面には相変わらず流麗なルウィーニの筆跡で、こんなことが書かれていた。




『––––親愛なる セロア君。



 はじめに。この手紙を読んだ後の判断の一切を、俺はきみに任せる。

 ルベルを帰すべきと判断するなら、この手紙を持っていった灼虎のゼオにルベルを引き渡してくれて構わない。

 しかし、もしもきみがルベルと共にバイファルを目指すのなら、彼をも共に連れて行って欲しい。彼は『名』を持つ炎の中位精霊であり、きみたちをほとんどの危険から守るだけの力を持ち合わせている。

 少々口は悪いが、きみなら上手くやって行けるだろうと期待しているよ。


 さて、前置きはこのくらいにして本題に移ろう。

 ここから先に書く事には、ルベル本人も知らない事実が含まれている。それで、決して口外せずきみの心の中だけに収めておいて欲しい。

 ルベルの父親の名はロッシェ=メルヴェ=レジオーラといい、現国王フェトゥースの腹違いで庶出しょしゅつの兄に当たる。

 以下、事実のみの箇条書きを記しておく。



・ロッシェは前王(フェトゥース国王とロッシェの父である炎帝)に仕えた直属の暗殺者アサシンである。

・十年前のレジオーラ家惨殺事件は前王がロッシェに命じ行なわせたものである。

・ルベルはロッシェとリィラレーン(レジオーラ家の一人娘)の間の子である。

・前王を暗殺したのはロッシェと現騎士団長である。

・バイファル島へ残留したのはロッシェ自身の意志によるものである。

・ロッシェは効力を保った旅渡券を所持しており、それゆえにライヴァン王宮は旅渡券を発行することができず、ゲートも使用できない。



 そして、ここからは俺の憶測が混じる。

 ロッシェは逆らえぬ命とはいえレジオーラ家の者たちを手にかけたことを後悔し、本人なりの償いとして前王を殺害し、レジオーラ家を再興させたのだと思う。

 しかし自分自身を許すこともできず、諸々を俺に任せて監獄島へ残留する事を選択したのだろう。


 彼とルベルの母親––––リィラレーン嬢の関係がどれほど深かったのかは知らないが、ロッシェのルベルに対する愛情は相当に深い。

 それだけに彼は、自分の過去の行為が何らかの形で娘に悪影響を及ぼす事を、非常に恐れている。


 俺自身としては、真実を知るべきかどうかは別にしても、ルベルをロッシェに会わせてやりたいと思う。

 たとえロッシェに戻る意志がないのだとしても、ルベルが、父本人の口からそうと告げられなくては納得できないだろうと思うのだ。


 しかし、行き先は危険極まりない地域だ。

 きみがそれに付き合う義務はないし、きみが前述の事実から判断して行くべきでないとするのなら、ゼオにそう伝えて欲しい。

 面倒なことに巻き込んでしまって申し訳ないが、どうか宜しく頼む。


 最後に。

 俺にも話してくれないのだが、ゼオはロッシェの過去を知っているらしい。

 もしも同行を選択し、旅の途上で知られてない真実を知るようなことがあっても、きみはそれを俺に報告する必要はない。

 ただ、それに基づいてきみ自身が最善だと思う選択を、その都度つど選んでいって欲しい。


 導きの風と幸運が、きみの旅の上に留まることを祈りつつ。



ルウィーニ=フェールザン ––––』




 読み終えて顔を上げると、こちらを睨むように見据えるゼオの視線とぶつかった。セロアは丁寧に手紙を畳み直し、封筒に仕舞いながら穏やかに言った。


「バイファルに行きましょうか、ゼオさん」

「……っうっぁ、マジかよ」


 うめくような灼虎の呟き。じっと見返して、不意に賢者は問いかけた。


「ルベルちゃんの母親を殺したのは、レジオーラ卿……ルベルちゃんのお父さんだったんですね」


 ––––その瞬間。

 がたッ、と椅子を蹴倒けたおしていきなりゼオが立ち上がり、セロアの胸倉をつかんだ。

 口もとから覗く鋭い牙と、怒りを宿した双眸。全身に敵意をみなぎらせ獣が牙をく形相で、低くうなる。


「……ッめェ、ケシズミになりてーかっ……!」


 セロアは動じた様子もなく、確信めいてにこりと笑んだ。


「手を掛けていないんですね?」

「––––ッ!!」


 やられた、という風な表情で、ゼオがばっと手を離す。

 乱れた襟を正しつつ、セロアはエメラルドの両眼でゼオをまっすぐに見た。


「それが真実であり、父と娘の間で愛情がまだ消えていないのなら。逢うべき理由はそれだけでも十分だと思いますよ」


 ゼオは無言でがりがりと髪をき回していたが、やがてあきらめたように言った。


「さんは、イラねぇ。オレはテメーのことァ気に入らねーが、お嬢が気に入ってンだからしかたねーだろ」


 本意はともかく、彼はルウィーニの意向を尊重するつもりなのだろう。その日はもう、ゼオがこれ以上セロアに突っかかることはなかった。





『まだ幼い子どもに過ぎない彼女が、真実を知るべきか。私にも、まだ分かりません。ただ、私も、あの絵を描いたという彼に逢ってみたいと思うのです。人は、表面を取り繕うことが出来るとしても、描くものにその本質は表れるでしょうから––––』


 ゼオを通して届けられたセロアの手紙を読みながら、ルウィーニは無言で笑む。彼はきっと彼なりに何かをつかんだのだろう。


「俺はここで国王を助けて、きみが帰るべきこの国と場所を守ると決めたのさ。だから、帰って来なさい。……ロッシェ」


 聞く者のいないその呟きは、夜陰やいんに紛れ風に散って消えた。




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