第41話/Dress up


「……なんだって?」


「だからー、六人で一部屋だってば」


「別に問題はないですよね。何にせよ、今は一部屋しか空いていないんでしょう?人数分は払うって言ってるんですし」


「……」


「まさか、他人のプレイ内容に口出しはしないでしょう?」


「……失礼、しました。どうぞ、こちらがキーになります」


フロントの男は、派手なストラップの付いた鍵を差し出した。その目は、俺を射殺すように睨んでいる。うぅ、そんな目で見ないでくれ。俺だってそんなつもりじゃないんだ……


「さ、いこっ、ダーリン!」


「ダメ。今夜は私がもらうから」


「まぁ、全員一周くらいは出来るでしょう。頑張ってくださいね、ダーリン?」


「……」


くそ……俺をいじめて、そんなに楽しいのか……

なんだってよりにもよって、フロントに人がいるんだ!こういうところって、ふつう無人なんだと思っていたのに。

俺の背中には、今もなお突き刺さるような男の視線が感じられた。けど、誰だってそうだろうさ。五人もの女を侍らせる男がいたら、一発ぶん殴ってもやりたくなる。幸か不幸か、キリーたちは見た目はいいし……

廊下でカップルとすれ違うと、ぎょっとするようにこちらを振り返った。今の俺は、彼らの目にどのように映っているんだろうか。

なおもからかおうと腕に絡みついてくるキリーたちを、俺は半ば引きずるように部屋へと向かった。

バタム。


「ほら、もういいだろ!」


俺は腕をぶんぶん振って、キリーたちを追い払った。


「あっははは!あの受付のお兄さん、すごい顔してたね」


「当たり前だろ。ハーレムなんて、漫画じゃないんだぞ」


「ですが、結果として寝床も確保できて、宿代も格安になりました。一石二鳥ってやつですね」


「おまけに唐獅子は、いい思いもできたし?」


「どこがだ!」


俺たちがギャーギャー騒ぐ一方で、スーとアプリコットは、ホテルに入ったときからずっと無言だった。


「あれ、二人ともどうしたの?お腹でも空いた?」


「違うわよ!」


「もう、わたし恥ずかしくってパンクしそう……」


スーはへなへなと腰かけた……ハート型の大きなベッドに。スプリングがギシッときしむ。


「わあー!ちちち、違うの!」


「……スー、いい加減なれたほうが身のためですよ。そんなんじゃ今夜寝ることもできないじゃないですか」


「もうあたしには、アンタたちがそこまで開き直ってる意味がわからないわ……」


「スーは知ってましたが、アプリコット。あなたは意外ですね。職業柄、もっと慣れてるかと思いました」


「まあ……こういう場所自体はね。ただ、こんなトンチキな理由で泊まったことはないわ」


「そうですか?いい安だと思いますが」


「だってそうでしょ!よそから見れば、あたしたちはユキの、その……」


最後の方はゴニョゴニョと聞き取れなかった。アプリコットは、はぁと大きく息をつくと、髪をバサッとかきあげた。


「もういいわ。ウィローの言う通り、このままじゃ身が持たなそうだし。普通にしましょ。とりあえず、シャワー借りるわよ」


すたすた歩いていくアプリコットを見て、ステリアがボソッと呟いた。


「案外、ヤル気満々……?」


「ステリア、それ以上言ったらバスタブの底に沈めるからね」


バタン!シャワールームの扉が力いっぱい閉められた。その瞬間、ぱっと明かりが灯った。


「……」


ほんとに悪趣味な部屋だ。シャワー室の壁は曇りガラスで、アプリコットのシルエットがくっきり映っていた。


「ユキも、あんまり気にしない方がいいと思うよ。少なくとも、わたしたちは気にしないから」


「……確かに、そうするのがいい気がしてきたよ」


俺は椅子を引きずってくると、ピチャピチャと跳ねる水音に背を向けて座った。ウィローが改まってみんなに声をかける。


「さて、明日はいよいよ大晦日、会長へ年末年始の挨拶をする日です。だいたい年越しの二時間前くらいには、本家に入ってなければなりません」


「じゃあ、昼間は自由なんだな?」


「そうですね。今のところ予定は入ってません」


「よし。じゃあステリアの服を身に行こうか。さすがにもう少しきっちりした格好をしないと」


「お、いいね。じゃあ明日はみんなでショッピングだ!」


「……ほんとに必要?」


「観念しろって。明日の間だけだから、頼むよ」


はぁ、とステリアは肩を落とした。


「ま、言ってもそれだけです。身なりさえきちんとしておけば、すぐに終わりますよ」


「だといいけれど……」


憂うつそうなステリア。本当に自分の事には無頓着なんだな。俺は半ば呆れ、半ば感心してしまった。

その後は交代で汗を流し、特に何も起きる事はなく(キリーはしつこくからかってきたが)夜がふけていった。




「ふぅ……あれ?」


俺が一番最後に風呂から出ると、カーテンがヒラヒラとはためいていた。誰かが窓を開けているらしい。ベッドを見ると、みんなが団子になって眠っていた。大きなベッドだが、全員で寝るにはさすがに少し手狭だ。

そして一人眠らず、起きているのは……


「……キリー。眠れないのか?」


「あ、ユキ。ううん、ちょっとだけ考えごと。夜風に当たりたかったんだ」


キリーは窓枠に腰かけ、煙をふかしていた。俺を見止めると、じじっ、とタバコを揉み消す。


「……また、この前みたいなこと考えてるのか?」


俺は、首都行きの汽車のなか、暴れ、泣き崩れるキリーを思い出していた。


「あ、ううん。そういうんじゃなくって……けどそうなのかな」


よく分かんないや、キリーは、へへへと笑った。


「わたしね、ユキ。みんながいてくれてよかったなって、そう思うんだ。柄でも無いんだけど……わたし、今までずっと人は一人で生きてるんだと思ってた。一緒にいる時はあっても、結局いつかは自分一人なんだって」


けど、と短く区切って、キリーが続ける。


「けど、やっとわかった。ウィローにスー、アプリコットにステリア……それに、わたしを拾ってくれたおじいちゃん。みんながいなかったら、わたしは生きてこれなかった。それに気づけたのは、ユキのおかげなんだよ?」


「え。俺か?」


「そう。ユキが来てから、新しいことばっかり起こるから。そのたびに、考えたこともないような、不思議な気持ちが見つかるんだ。これも、その一つ」


キリーはピョンと立ち上がると、にっこり俺に笑いかけた。


「だから、ユキといるの好きだよ、わたし。毎日退屈しないからね」


「……そうか。俺も、退屈したことはないな。たまにはゆっくり休みたいくらいだ」


「えー?もう、いじわるなんだから。あはは!」


キリーはからからと笑うと、みんなの眠るベッドにもぞもぞ潜りこんだ。


「ごめんね、ベッド取っちゃって。ユキも早く寝なね。おやすみ」


「ああ」


キリーはくるりと丸くなって、すぐに寝息を立て始めた。そんな彼女の背中を見ながら、俺はほっと安堵していた。またあの黒い霧が出てくるかと、内心ひやひやしていたのだ。

けど、そうはならなかった。それは、彼女が変われたからだろうか。もしそれが良いことだったとして、それに俺が少しでも力を貸せたのなら、……それは、とてもうれしい事のように思えた。




「さて、ではさっそく始めましょうか。というわけで、スーとアプリコット、よろしく頼みます」


「ちょっと。いきなり丸投げなの?」


俺たちはホテルを出た後、小さな通りのブティックが立ち並ぶ一角にやってきていた。ショーウィンドウに並ぶ服たちは少し古いデザインの物ばかりだが、この際流行の最先端を追う必要もないだろう。


「はい。私はファッションに関してはからっきしです。あなた方二人が一番信用できますので」


「ねぇウィロー。わたしは?」


「あなたが一番ダメなんですよ、キリー……」


キリーは口を尖らせて不満げだが、ふだんシャツ一枚の彼女は、確かに疑わしいところがあった。


「あ……あの、ユキくん?」


「ん?スー?」


スーがおずおずと、俺に声をかけてきた。珍しいな。


「あの、ユキくんはおしゃれとか、興味ない?」


「へっ俺か?いや、興味なくは無いが……服選びのセンスなんて、俺にあるわけないからな」


「そっか……もしよかったら、意見を聞けたらな、と思ったんだけど」


「意見?」


「あら、それいいじゃない。是非とも聞きたいわ、なんたって唯一の殿方だもの」


「うん。男の人から見た感想は、参考にしたいかなって」


「いや、そんな大したこと言えないって」


「安心して頂戴、そこまでのモノは求めてないわ。けど結局披露する相手は会長なんでしょ。だったら男受けしたほうがよさそうじゃない。あんたはグッとくるかどうかを言えばいいのよ」


「男受けって……」


かくして俺は、コーディネート審査員にされてしまった。理由は複雑なところだが……


「よーし!早速いきましょ!ふふふ、腕が鳴るわね!」


「あ、アプリコットちゃん。あれ、きれいじゃない?」


「いいじゃない!ならこれと……」


スーとアプリコットは、目を輝かせて行ってしまった。


「二人ともすごいな……」


ウィローが感慨深げに唸る。


「ええ……あの二人は、貴重な“女らしさ”ってモノを持っていますからね。私たちが当の昔に捨て置いてきたものです」


(……それは捨てていいモノか?)


「特に、スーはこういうのが大好きなんですけど。あいにく私たちは縁遠くって」


キリーがへへへ、と笑う。


「わたしたち、こんなだからね。スーには申し訳ないなぁって思ってたの。だから今日はとことん付き合ったげるつもり」


「そうですね。ステリアには悪いですが」


ぎくり、とステリアが肩を震わせる。ステリアは青い顔で回れ右をした。


「……じゃあ、私はそのへんにいるから、終わったら呼んで……」


「あ、な、た、が!今日の主役なんですよ!」


ウィローはステリアの襟首をつかむと、ずるずると引き戻す。


「いやぁぁぁ~……」


「あはは。堪忍しなよ、ステリア」


キリーが笑うと、ちょうどスーがこちらへ振り返った。


「じゃあ、まず最初はキリーちゃん。こっち来てくれる?」


「へ?わたし?ステリアじゃなくて?」


きょとんとするキリーに、アプリコットがふふん、とうなずく。


「そうよ。今日は徹底的にやることにしたから。まずはアンタ」


「えぇ!?いや、でもわたしは……」


「キリーちゃん、前からスタイルいいと思ってたんだぁ。きっちりオシャレすれば、きっともっとキレイになるよ!」


「そうよ。そんだけでっかいもの持ってて、活かさない手はないわ。ほら、とっとと来なさい!」


「あはは、わたしはこのままでもいいかな~って……あ、ちょ、ま、あ~れ~……」


二人に引きずられて、キリーは試着室のカーテンへと消えた。


「はは……これは思ったよりすごそうだな」


「……じゃあ私は、そのへんを散歩してきますので。終わったら……」


逃げ去ろうとするウィローを、ステリアががっしり捕まえた。


「は、離しなさい!」


「逃がさない。今日は、私“たち”が、しゅ、や、く!」


「くぅ~~~!」


キリーの消えたカーテンの向こうからは、ガサガサ、ゴソゴソとものすごい音が聞こえてくる。な、なにをやったらこんな音が出るんだ?


「ふわぁ~……やっぱりキリーちゃん、大きいねぇ」


「ひゃっ。ちょっとスー、くすぐったいよぉ」


「けどアンタ、おしりもけっこうあるわね。気を付けないと、すぐ太るわ、よっ!」


「ぐえっ!ぐるじい……」


「おしゃれに多少の苦しみはつきものなの!我慢なさい!」


「うええぇぇぇ」


「……ユキ、この中では拷問かなにかが行われているんですかね」


「そ、そんなことは……」


「……いや、きっとドキツいのがやられてる。私には分かる……」


ウィローとステリアが顔を青くするなか、ほどなくして、カーテンが開かれた。


「じゃーん。見てよ、ほら!我ながらいいできだわ!」


「キリーちゃん、とってもかわいいよ!」


「ふえぇ……」


スーとアプリコットに両脇を抱えられ、キリーはぐるぐると目を回していた。だが、その格好は……

上は白いブラウスに、腰には大きなリボンタック。なだらかな胸のふくらみがリボンでキュッとしまり、腰の細さを際立たせていた。下は爽やかな青いスカートで、きれいな脚がすらりと伸びている。


「へぇ……いいんじゃないか」


「あなたねぇ……もっと気の利いたこと言えないの?女の子がせっかくめかしこんでるのに」


「いや、無茶言わないでくれよ……」


「あはは……似合わないよね、わたしにこんなの」


キリーが自嘲気味に笑う。あ、しまった。キリーに悪かったかな。その後ろでアプリコットがものすごい顔をしているのもあって、俺は慌てて付け加えた。


「あー、けどお世辞じゃないぞ。キリー、本当によく似合ってる」


「……ほんと?へへ、ありがと!」


キリーはほんのり頬を染めて、嬉しそうにはにかんだ。


「けれど、驚きですね。ここまで変わるものですか……」


「ウィローちゃん、すごいでしょ?おしゃれは人を変えちゃうんだよ」


「そ、そのようですね」


「ねぇスー。けどこれ、やっぱり苦しいよ……」


「え、ほんと?うーん、だったら根本的にところでダイエットが必要かな……」


「ひーん!もう勘弁してー!」


キリーはだだっと駆け出すと、俺の背中にひしと隠れた。


「さて、じゃあ次はウィローね。覚悟はいいかしら」


「いやいやいや、私はいいですって!」


「ダメよ。全員やるって言ったでしょ」


「……ステリア、先にいきます」


「……わかった。私もすぐにいく」


二人はがっしり握手を交わした。……そんなにか?


ウィローの場合は、かなり時間がかかった。スーが何度も行ったり来たり、様々な服をせっせと運んでいく。


「……うん。これでいいんじゃないかしら」


「わぁ、ウィローちゃん!素敵だよぉ」


「……もう、どうにでもしてください」


くたびれた声とともに、ウィローがカーテンからのそりと現れた。

ガーリッシュだったキリーとは逆に、ウィローはボーイッシュなまとめ方だ。黒い燕尾服に、下は丈の短いホットパンツ、二―ソックスが細い足をさらに細く見せている。いつも二つに結っている髪は下ろされ、肩口でさらさらと揺れていた。


「おお。いつもスカートだったから、ズボンは新鮮だな」


「そうですね。いざ履いてみると落ち着かないものです。髪も結ってませんし……」


「でも、かわいいよね?いつもは女の子っぽいけど、ウィローちゃんはきちっとしてるから、ちょっと男の子っぽい恰好でも似合うと思ったんだ」


「うん!かっこいいよ、ウィロー!」


「はぁ……いちおう、ほめ言葉だと思っておきます」


「まぁそれ以上に、キリーと比べて体系に凹凸がなさすぎるっていう理由も……もがもが」


「あははは!アプリコットちゃんったら、冗談ばっかり!それよりほら、次は今日の主役のステリアさんをコーディネートしないと!」


「……なにか聞こえたような気もしますが、聞かないでおきましょう。ほらステリア、お呼びですよ」


「……わかった。もうこうなったら任せる」


私服で見繕っていたキリーたちと違って、ステリアはあいさつ用の礼服を探さなければならない。無難なところならスーツだろうが、ステリアは女性にしてはけっこう長身だ。彼女の丈に合ったものが見つかるだろうか……


「スー、この子に着せるならあれよね?」


「うん、アプリコットちゃん。やっぱりあれだよ」


二人は何やら、思惑があるように話し合っている。どんな格好になるんだろう?

ウィローの時とはまたまた違って、ステリアの仕立てはすぐに終わった。


「よし!ステリア、出来上がったわよ!」


シャーっと、勢いよくカーテンが開かれた。

現れたのは、白銀のドレスを纏った美しい女性だった。

ステリアは体にぴったりとフィットした、シンプルなドレスを着ていた。飾りっ気がないゆえに、ボディラインがくっきりと強調されている。普段は下ろしっぱなしの長髪はアップに編み上げられ、白く細い首元がまぶしい。スリットからのぞく脚はすらりと長く、彼女の長身を絶妙にアピールしていた。


「……」


「……黙ってないで、何か言ってほしい。こっちだって、恥を忍んでる……」


「あ、いや!すごくきれいだよ」


「あ、そ、そう……」


ぽっと顔を赤らめるステリアは、何とも言えない色香があった。白い肌に、思わず見とれてしまう……


「あー、ユキ。セクハラだ。鼻の下が伸びてるよ?」


「あ、いや、そういうわけじゃ」


「あはは、けど気持ちわかるよ。あのステリアとは思えないもん」


「ほんとよね、仕立てた我ながらびっくりだわ。もともと持ってるもんはあるとは思ってたけど、ここまで化けるとは……」


皆ひとしきりに、ステリアの変身っぷりに驚いていた。普段ダルダルのシャツに、油に汚れたつなぎ姿しか見てなかったからな。そのギャップは今日一番だ。


「ほんとに素敵……ねぇ、このドレス、どうかな?」


スーがうっとりとした声で言う。財布係のアプリコットはぐっと親指を立てた。


「いちおう、予算の範囲内よ。相当ぎりっぎりだけどね」


「そうですか。なら、いいんじゃないですか。これなら本家の方も納得するでしょう。それに……」


「うん。このステリアが一回きりなんて、もったいないよ」


キリーの言葉に、俺たちは全員、大きく頷いた。


「……みんな、物好きすぎ……」


ステリアは珍しく、白い頬を紅く染めて、ぼそりとぼやいた。

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