第19話/Brawl


前方からは男たちが大挙をなしてやって来る。先頭にいるのは、曲がり釘とかいう男だ。

その曲がり釘が動いた!


「ッシュア!」


こちらに向かって、何かが投げつけられた。ウィローはとっさにパイプを構えてガードする。

キンキンキン!


「な、なんだ?……釘?」


俺の足元に転がって来たのは、ぐにゃりとひん曲がった五寸釘だった。パイプに弾かれてこうなったのか?だとしたら、相当の力で投げられたってことだ!


「ウィロー、気をつけろ!そいつの釘、当たるとやばいぞ!」


「らしいですねッ……!」


曲がり釘はまたしても釘を投げた。やつは執拗にウィローを狙っている。それが足止めなんだと気付いた頃には、俺のほうへ大勢の男たちが迫ってきていた。


「くっ……!」


俺たちは真っ二つに分断されてしまった。ウィローはなんとか切り抜けようとしているが、弾丸のように飛んでくる釘は緩むことがない。


「っ!ウィロー!」


彼女の眉間を狙って、一本の釘が鋭く飛んできた。ウィローはどうにかパイプで釘を防いだが、切っ先が頬をかすめていった。


「オラオラァ!よそ見してんじゃねーよ!」


くそ!ゴロツキどもが襲いかかってきた。集中しないと俺も危ない。

俺たちは完全に奴らの術中にはまってしまっていた。腕の立つウィローは手練れの曲がり釘が抑え、その間に俺を多勢に無勢で袋叩きにする。ただでさえ数で劣るのに、これでは……


「クックック……お前らはもうオレ様の手の上よ」


傷男がニタニタと笑っている。


「おい、オメェら!そいつらだけじゃねぇ、後ろの生意気な雌猫も取っ捕まえろ!」


まずい!数人のチンピラが俺たちの脇をすり抜け、後ろで待つアプリコットたちの方へ駆け出した!

ウィローが一瞬、男たちに気をとられる。その隙を曲がり釘は見逃さなかった。奴は高々と跳び上がると、握った釘を突き下ろした。


「ジェアァァ!」


「ッ!」


ウィローはとっさにバク転をして、ギリギリかわす。釘の切っ先がウィローのシャツをビリリと引き裂いた。


「くそ!みんな!」


俺は大勢に囲まれ身動きが取れない。チンピラどもはキリーたちのすぐ目の前にまで迫っていた。


「オラアアァ!」


チンピラがキリーに殴りかかった!危ない!

ブゥン!


「せいやぁ!」


「どわぁ!?」


おおっ。キリーはチンピラの腕を掴むと、ポーンと放り投げてしまった。華麗な一本背負いだ。倒れた男に、すかさずアプリコットがゲシゲシと蹴りを入れる。


「このっこのっ!だぁれがメス猫よ!」


「ぎゃああぁ!?」


「ユキ!こっちは大丈夫!目の前に集中して!」


「お、おう!分かった!」


さすが、喧嘩慣れしているな。ようし、俺だって!


「死ねやオラアアアァ!」


ゴロツキの一人が俺に金属バットを振り下ろす。それに合わせるように、俺は唐獅子の力を解放した。ゴアァッ!


「うおぉっ!?」


俺の背中から放たれるオーラに、男が怯む。その隙に俺はバットを男から奪い取った。


「あっテメェ!返しやがれ……」


男の声はみるみる小さくなって、最後は消え入るようだった。なぜなら、俺が金属バットをベキベキと潰して見せたからだ。俺の手の中で紙くずのように丸まっていくバットを見て、ゴロツキどもの顔は面白いほど青くなった。

俺はもはやボールと化した元バットを、コロコロこね回しながらたずねた。


「さて。これを返せ、って言ってたか?」


俺の問いかけに、男は答えることなく後ずさりした。なら、こいつをお見舞いしてやる!


「ほらよ!返すぜ!」


俺はかるーくボールを投げつけた。これなら当たっても死ぬことはないだろう。

しかし力加減が分からず、結局ボールは大暴投となってしまった。


ガガガガーン!


「ぎゃああ!」


「な、なんだ!?」


俺の投げたボールは人には当たらず、代わりに道路のアスファルトをべろりとめくり上げてしまった……これはかえって、当たらなくて良かったかもしれないな。


「はあぁ!」


その不意を突いて、今度はウィローが曲がり釘との間を一気に詰める。しかし奴も機敏に反応した。バックステップでウィローの鉄パイプの射程から逃れると、再び空高く跳躍する。さっきウィローが寸ででかわした突き下しを、また繰り出そうとしてるんだ。


「死ネエェェ!」


曲がり釘が勝ち誇ったように叫ぶ!

その刹那。


「二度目が通ると、お思いですか」


ブワアッ!

周りに蒼い炎が舞い散った。ウィローの鉄パイプが、蒼い三日月の軌跡を描く。


ゴキン!


一太刀だった。

気が付いた時には、曲がり釘は紙くずのように、ぐしゃりと地面に転がっていた。

一撃のうちに、勝負は決してしまった。ウィローの勝ちだ。


「ユキ!今です!」


「っ!あ、ああ!」


あまりの出来事に唖然としていたが、それは目の前のゴロツキたちも同じだったようだ。奴らもすぐ我に返ったが、ウィローのおかげで、俺は一瞬早く動くことができた。


「うおぉ!」


意識を集中すると、それに応えるように、全身から紅い光が瞬く。その輝きは俺に力だけでなく、勇気も与えてくれた。


「チクショウ、お前ら!アイツを動かせるな!」


一人のゴロツキが俺に向かってくる。ふふん、ツキがなかったな。お前に犠牲になってもらおう!


「くらえぇ!」


俺は手のひらを真紅まっかに燃え上がらせると、男の腹に渾身の掌底をぶち込んだ。


「げろぉっ……!」


男は腹から紅い炎を吹きだし、猛烈な勢いでぶっ飛んでいく。


「うわぁぁ!?」


「ぐえぇ!」


飛んで行った先で、男はボウリング玉のように、ぶつかったゴロツキたちを次々とふっ飛ばす。俺の前方には、吹き飛ばされた男たちでできた空間がぽっかりと開いてしまった。

すげぇ……我ながらでたらめな光景だ。


「な、なんだよこいつら……」


「ば、化物だ……!」


残ったゴロツキたちは、目の前の光景にガタガタと震えていた。


「ユキ。そちらも片付きましたか」


曲がり釘を倒したウィローが、俺の隣にやってきた。紅と蒼、二つの刺青はぶつかり合うようにして、一層強く輝いているようだ。


「さて、次はどなたです?私たちはとことん付き合いますよ……パイプの錆が増えるだけですから」


ウィローはビュッ、と鉄パイプを振るうと、そのまま真っすぐ構えた。それを見た男たちは、まるで刀を突きつけられたかのようにびくりと震える。


「う、うわあぁぁ!」


一人、また一人。ゴロツキどもは我先にと逃げ出し始めた。


「ば、バカやろう!逃げるな、あいつらをぶっ殺せ!」


傷男が逃げる男たちを必死に引き留めるが、耳を貸すやつは一人もいなかった。


「おい!オレの言うことが聞こえねぇのか!」


「うるせぇ!こんな奴らだなんて、聞いてた話と違うだろ!」


「そうだ!女を好き放題できるっていうから来てやったのに!やるならアンタ一人でやってくれ!」


「なっ、このっ……」


ゴロツキたちはあっという間に走り去っていった。後に残ったのは気を失った連中と、傷男だけだ。


「あんた、人望ないんだな」


「こっ、このクソガキ!誰に物言って……」


「おっと。まだやる気か?」


俺が拳を握ると、傷男は怒りで顔を歪めながらも、飛び掛かってくることはしなかった。


「くそ……お前ら、これで済むと思うなよ……」


傷男は言葉とは裏腹に、そろそろと後ずさっている。典型的な捨て台詞に、俺は思わず肩をすくめてしまった。


「……売られたケンカを買う用意なら、いつでもしてあるよ」


凛とした声が響く。俺は思わず声の主、キリーを振り返った。

キリーは静かに歩いてくると、傷男の前で堂々と胸を張った。


「文句があるなら、いつでも組に来てよ。メイダロッカの代紋の前で、同じことが言えるなら……その口、一生黙らせてあげる」


「ひっ……!う、うわあぁぁ!」


まるで転がるようにして、傷男は一目散に逃げていった。


「ふぅ……これで終わりだね」


キリーがほっとしたように息をつく。俺は、そっとキリーの横顔を見つめた。顔色一つ変えず、大の男を退かせる少女。彼女はやっぱりヤクザの組長なんだと、改めて実感した。


「ん?ユキ、どうかした?」


そんな俺の視線に気づいたのか、キリーはくるりとこちらを見た。


「いや。驚いたというか、見直したというか」


「ほんと?えへへ、よかった。昨日寝ないで決め台詞を考えたかいがあったよ」


「えっ。そうだったのか」


な、なんだか肩透かしを食らった気分だ。いったいどちらが、この子の本当の顔なんだろう?


「お……おお、驚いたわ。ああ、あんたたち、意外とやるのね」


うん?振り返ると、アプリコットが腰を抜かしていた。


「ウィローが強いのは知ってたけど……ユキとかいう、あんたの力。どうなってるのよ。それも刺青の力なの?」


「ああ。唐獅子の墨の能力だよ」


「そう……」


アプリコットはうなずきはしたが、それでも半信半疑といった様子だった。


「アプリコット。ユキの墨はなかなかに常識外れなんだよ!」


「ああ……確かに常識はないわね」


なぜかキリーが得意げに胸を張る。そしてアプリコット、きみは微妙にニュアンスが違うな?


「ふぅん……ウィローが認めただけあるってことね。“あたしの墨”とは大違い……」


アプリコットはしげしげと俺を見つめる。な、なんだかこそばゆいな。俺はごまかすように咳ばらいを一つした。


「ゴホン。さて、これでようやく片が付いた。シノギも動き出せるな」


「そうだね!アプリコット、頼りにしてるよ!」


「……はぁ。こうなった以上、しょうがないわね。やるからにはきちんとスジは通すわ。その代わり、しっかり用心棒ケツモチしなさいよ。あんたたちが蒔いた種なんだからね!」


「もちろん!」


そうだ。俺たちも先代と同じてつを踏むわけにはいかない……悪魔になんて、なってたまるものか。

俺は五人になった組員なかまを見て、決意を新たにしたのだった。




「……それで、どうしたんです?ずいぶんみっともない恰好のようですが」


「へ、へい。すみません、親父。で、ですが!これは理由があるんです!」


「へぇ。ま、聞くだけ聞いてあげますよ。なんでしょうか、その理由っていうのは?」


「あいつです!アプリコットのアマが裏切りやがったんですよ!」


「はい?あの雌猫は、とうとう獣人を見捨てたんですか」


「い、いえ。そうじゃありません」


「はぁ、ますます話が見えませんねぇ。あなた、頭悪いんじゃないですか?」


「す、すんません。けどあいつは、他の連中に媚売ってやがったんです!ウチを差し置いて、そいつらに用心棒を頼んだんですよ。そのせいで俺はこんな目に……」


「んなことはどうでもいいんですよ。あなたのケツのことなんて、知りたくもない」


「へ、へい……」


「ま、大体わかりましたよ。あの雌猫がワタシたちとつるむ前、どっかの組としけこんでたのは聞いてますし。それで誰なんです、その馬の骨は?」


「……メイダロッカ組の連中です」


「メイダロッカぁ?あそこは、先代の組長がくたばってから腑抜けになったはずですが」


「そのはずだったんす。けどいつの間にか、ちょいと腕の立つやつを引き入れてまして……」


「なっさけない話ですねぇ。あなたはその、ぽっと出の新顔にのされたってことですか」


「め、面目次第もございません!」


「ちっ。使えない子分を持つと苦労しますね、まったく」


「くっ……も、申し訳、ございません」


「仕方ない。たまには運動しないと、体がなまっていけませんから。ワタシが直々に出向くとしますよ」


「ほ、本当ですか!ありがとうございます!」


「あ。それとアナタ。ケジメとして、指。詰めときなさいよ」


「え…………そ、そんな。親父……」


「キッキッキ!さぁて。ワタシの背中の“墨”も、ひさびさに血を見たがっているようですよ。キヒヒヒヒ……」


続く


《次回は土曜日に投稿予定です》

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