第17話/Match Pomp


「お客さま、今晩はもうこのへんにしといたほうが……」


「ぅるせえ!オレはまだまだいけんだよ!」


「で、ですが……」


「チッ、ガタガタ抜かすなクソが!酔いが覚めちまっただろうが!んな店こっちから願い下げだ、ボケ!」


オレはガタンと椅子をひっくり返し、そのままドアを蹴破るように開けて外へ出た。店主の泣き言が聞こえたが、知ったことか。ああそういや、酒代がまだだったか?キキキッ。


「あー、チクショウ!イラつくぜ……」


オレは頬の傷跡をなぞりながら、当てもなくフラフラ歩いていた。一昨年つけられた傷だが、今でも時々うずきやがる。


「クソっ。ヤなこと思い出しちまった、ペッ!」


勢いで店を出たはいいが、ダメだ。ムシャクシャしてたまらねぇ。


「だいたい、オレ様を誰だと思ってやがるんだ?」


オレがちょいとひねれば、店の一つや二つイチコロだぞ?それをあの店と来たら、酒は不味いわ、女はババアとブスばっかだわ、クソみてぇなとこだったからな。これは口直しが必要だ。


「ちょうどいい。“あそこ”にでも行くか」


プラムドンナ。ウチが情けかけてやってる、あの猫女の店にしよう。

あそこは何かと都合がいい店だ。酒は飲み放題だし、女どもは軒並みハイレベル。それになにより、店主の猫女が堪らねぇ。

あの雌猫、オレらがちょいと言えば靴でもなんでも舐めやがるからな。“人もどき”とはいえ、あれだけの女を侍らせるのは、なかなか気分がいいもんだ。


「ククク……飲みなおすにゃうってつけだ」


よし、そうと決まれば早速……


「お?」


ところがその時、視界のはしに何か“白いもの”が映った。ボンクラなら見逃すだろうが、オレの目はそうはいかねぇ。あれは、女の肌の“白”だ。


「ひゅ~ぅ。こいつぁなかなか……」


ビルの影に隠れるように、一人の女が壁に寄りかかっている。ぴっちりしたバニースーツは女の身体を申し訳程度に包んでいるが、隠し切れない柔肌がまぶしく輝いている。

女は思いつめた様子で手元を見つめていた。そこに握られているのは……財布か?そして頭にはでっかい耳……なるほど、金欠の獣人ってヤツだ。


「こいつはいいモンをみっけたぜ。うさばらしにゃ丁度いい……!」


オレはベロリと舌舐めずりすると、その獣人のもとへ近寄って行った。


「よぉ、耳付きのお嬢さん。なにかお困りかな?」


「え?」


女はくりっとした目をこちらへ向けた。

おぉっ!こいつ、なかなかいいカラダしてんじゃねぇか。しかもわざわざ下着をさらしてやがる。間違いない、こいつぁ誘われ待ちってやつだ。


「持て余してんのか?だったらオレが相手してやるよ」


「あ、あの。わたし……」


「ほれ。安心しろって、チップは弾んでやんよ」


オレが目の前で札ビラをチラつかせると、女は迷うようなそぶりを見せた。


「そんな……わたし、やっぱり」


「……ぁあ?んだよ、焦らしやがるな。もしかして、外のがお好みか?」


オレはそう言うと、女の右胸をわし揉んだ。ほぉっ、これはなかなか……


「きゃあ!やだ、やめてください!」


「へへっ、なんだ今更?カマトトぶりやがって、このアバズレ兎が!」


いいねぇ、そそられる!オレが興奮気味にズボンのベルトへ手をかけたその時、女がおかしな声を出した。


「いやぁ~!誰か~……ふひっ、たすけて~……ぷぷっ」


「ん?なんだ、お前……」


こいつ……笑ってる?


「そ、そこまでだ!おいあんた、その手を離してもらおうか」


その時だ。突然、背後から声が響いた。


「……あぁ?んだテメェら」


そこにいたのは、サングラスをかけた奇妙な三人組だった。

真ん中に立っている野郎はそれなりだが、他はびっくりするほどチビだ。似合わないスーツがダボダボだぜ。

野郎は、ごほんと咳払いしてから前に進み出た。


「あー、その女はウチの大事な商品なんだ。触りたいなら他の店で楽しんでくれ」


「ああ?」


この獣人女が大事な商品?ってことは、この女はどっかの店の嬢で、こいつらはその仲間か……


「ん?」


よく見れば、こいつらの頭にも耳が生えてやがる。獣人の店員に、獣人のキャスト。そんな獣臭い店……いや。そういや一つだけあったな、そんな店が。


「……ははぁん。オメェら、プラムドンナのモンだな?」


オレの言葉に、男がピクリと反応した。


「……だったらどうしたっていうんだ」


「だーっはっはっは!オレが誰だか知らねぇな?オレ様はな、泣く子も黙る大組織、“チャックラック組”の大幹部なんだよ!」


「なんだって……」


組の名前を聞いた途端、男は大口をあけて呆けやがった。

カカカ、やっぱりな!こいつらはあの雌猫の店の連中だ。きっと今に、オレの足元へ額を擦りつけるだろう。なんたってウチの組は、一番の“お得意様”なんだからな。


「お前らのボスによぉ、ウチの組に失礼な態度をとったらどうなるか、聞いてなかったのか?ん?」


「……」


クククッ。怖くて声も出ねぇのか?オレがにやにやしながら連中の反応を楽しんでいると、男がゆっくりと口を開いた。


「つまり……誰だ?」


「は?」


……だれだ、だと?だって、こいつらはプラムドンナの下っ端のはずじゃ。


「なぁ、チャックラック組って聞いたことあるか?」


男が他の二人に話を振るが、そいつらも首を横に振るばかりだった。


「……悪いな、傷顔さん。こういうことだ。あんたがどこの組の者は知らないが、そんな“小さな”名前出されても、この町じゃあ通用しないらしいぜ」


「ち、小さいだと……!てめぇ、いい加減にしとけよゴラァ!」


「きゃっ!」


オレは兎女をどんっと突き飛ばすと、男の前に立った。


「さっきからふざけたこと抜かしやがって!あぁ?自分が何言ってんのか分かってんのか!」


クソッ、今夜はイラつく野郎ばっかりだ!オレは目の前のバカ野郎の胸ぐらをぐいとつかんだ。


「ああ。十分理解しているさ」


だが男はなまいきにも、オレの手をがしっと掴み返してきた。


「俺たちはいたって真面目だ……次に指一本でもその女に触れてみろ。あんたの両腕をスクラップにしてやるからな」


「ああ?なに言って……ぐおっ!」


な、なんだこいつ、とんでもねぇ馬鹿力だ!

男に腕をギリギリと締め上げられ、オレはたまらず手を離してしまった。


「ここいら一帯は風俗街のボス、アプリコット様が目を光らせている。これにこりたら、少しは女の扱い方を勉強するんだな。次は、その顔の傷が増えることになるぞ」


な、なんだと?アプリコット……やっぱり、あの猫女の差し金か!

男はオレの腕をぶんっと振り払いのけると、涼しい顔ですたすた歩き出した。いつの間にか兎女もオレから離れ、そそくさと逃げて行きやがる。


「クソがぁ……!」


これだけコケにされて、引き下がれるか……!

男はすっかり終わった気になって、こちらを振り向きもしない。バカめ、背中が隙だらけだ!


「くらえ、おらぁ!」


ドガン!


「な……」


オレは無防備な男に渾身のパンチをおみまいしてやった。なのに……


「い、いてぇ!ど、どうなってんだ!?」


男は身動ぎ一つ、よろけさえしなかった。それどころか、岩を殴ったような衝撃にオレの手の方がどうにかなりそうだ。こいつ、どんな体してんだよ!


「まだ、なにか用か?」


男が静かに言い放つ。すると、オレが殴った背中から、紅い炎がふきだし始めた。


「う、うわぁ!」


な、なんなんだコイツ……!今や男の全身に、輝く深紅のオーラが纏われている。


「……今のは、“女”に手を出したわけじゃないからな。見逃しておく。それで、用件はそれだけか?」


「あ、か、ぉ……」


オレは声が出せなかった。体が震えて止まらない。や、やばい。こいつは、バケモンだ……

何も言えずにいると、男はやれやれと首を振った。そして他の仲間を引きつれて、夜の闇間へと消えて行った。


「ぶはぁ……くしょうッ!」


ようやく体の自由が戻ったオレは、近くのごみバケツを思い切り蹴り上げた。顔の傷がじくじくと痛むが、知るもんか。


「このオレに、こんな屈辱を味わわせるとは……!」


クソッ、だが覚えてやがれ。このオレを……


「チャックラック組を怒らせたこと、後悔させてやるからな……!」




「……よし。ここまでくれば大丈夫か」


「そうですね。もう変装は必要ないでしょう」


ふう、やっと三文芝居も終わりか。ウィローは一つに縛っていた髪を振りほどき、スーはサングラスを外して、疲れた顔でため息をついた。


「ふぅ……き、緊張した……」


「スー、あなた一言もしゃべっていなかったじゃないですか」


「そ、それでもなの!」


「けど、結果は上々じゃないか。あいつ、めちゃくちゃ怒ってたぞ」


「そうですね。ユキ、あなたの啖呵も、まあそれなりに様になってましたよ?」


よく言うぜ……サングラス姿の俺を、みんなして散々似合わないと笑ったこと、俺は覚えてるからな。


「……ただ、キリーが吹き出した時には胆が冷えましたけど」


そう言って、ウィローはじろりとキリーを睨んだ。


「あっははは、ごめんごめん。なんか女の子みたいな声出してるな~って思ったら、もうおっかしくってさ」


いや、きみはまごうことなく女の子だろう……けど、あまり気にしてなさそうでよかった。組のためとはいえ、俺の作戦で嫌な目に合わせてしまったから。


「キリー、悪かったな。損な役回りだったろ。埋め合わせはするから」


「うん?いやぁ、けっこう面白かったよ。イシャ料ももらったし」


慰謝料?そう言うとキリーは得意げに、胸元から数枚の紙幣を引き抜いた。


「どうしたんだ、その金?」


「ふふふん。ユキたちに気を取られてる間に、コッソリね」


呆れたな……あの騒ぎの中で、傷男からスッていたのか。


「あ、でも!」


キリーは思い出したようにパチン、と手を打った。


「もーサイアクなの!あのひと、すっごい揉みかた乱暴なんだよ!もぉ、ちぎれちゃうかと思ったもん。ほら見てウィロー、こことかすごい痛くってさぁ」


「うわっ、いいですよそんなもん見せなくて!よかったじゃないですか、掴めるほどのものがあって!」


「あはは、ウィローちゃんったら…………ほんとにね」


「え~?もう、ウィローもスーも!ほんとに痛かったんだから。ねぇユキも見てよ、ほらここ!」


「え、おい」


キリーはわざわざ服をぐいとをずらして、胸を見せつけてきた。彼女の片胸には、確かに指のあとがくっきり残っている。真っ白な肌に付いた赤が痛々しい。だが……


「分かった。悪かったよ、ホントにすまないと思っている。だから、頼むからソレを早くしまってくれ」


「もぉ、ユキったら。ちゃんと見てないじゃん」


「見たよ、見たから。見てないけど見たから」


「もー!なにさ、みんなして!」


キリーはなおもぶーぶー言っていたが、俺は彼女を強引に押し戻した。まったくもって、目に毒だ。


「ごほん!よし、下準備はオッケーだ。これでチャックラック組は、アプリコットたち“プラムドンナ”にケンカを売られたと思うはずだ」


今回の芝居の目的は、アプリコットが黒幕へ、叛旗を翻したように見せかけることだった。ウィローがこくりとうなずく。


「いきなりチャックラック組の、それも幹部クラスの男が釣れたのはラッキーでしたね。生意気な獣人がいるとなれば、確実にアプリコットへ苦情がいくでしょう」


「ああ。あの男の言動を見るに、チャックラック組が黒幕と繋がりがあると見て間違いなさそうだしな」


「後はそこでのいざこざが、どれだけ大きくなってくれるか……ですかね」


「派手にケンカしてもらいたいところだな。もめればもめるほど、こっちが動きやすくなる」


これが、俺の計画の第一段階だ。アプリコットが折れないなら、チャックラック組を動かせばいい。獣人が反抗したように見せかけ、両者のあいだに火種を生む。その火種が大きくなって、自分たちで火消しができないとあらば、アプリコットたちは誰かに頼らざるを得なくなるはずだ。


「でもさあ、ずいぶん回りくどいよね。直接チャックラック組に殴り込んじゃダメなの?」


キリーが不思議そうにたずねた。


「それじゃあダメなんだ。俺たちが直接出向いたんじゃ、メイダロッカ組とチャックラック組のケンカになってしまうだろ?ヤクザ同士のもめごとなら、アプリコットは知らんぷりするだけだ。だからあくまで獣人アプリコット黒幕チャックラックの構図にしたかったんだよ」


おざなりな変装もそのためだ。チャックラック組には、俺たちをアプリコットの仲間だと思い込んでもらわなきゃならない。


「……ふーん?よくわかったよ」


ふんふんとうなずくキリーの顔には、ちっとも分からない、と書いてあるようだった。


「と、とにかく……蒔ける種は蒔いた。あとは芽が出るのを待とう。きっと、そんなに時間はかからないはずだ」




俺の読み通り、動きがあったのはその翌日だった。


「み、みんな!大変だよ!町にヤクザが大勢集まってるって!きっとチャックラック組だよ!」


スーが買い物から帰ってくるなり、バタバタと叫んだ。


「やっぱり早かったな。あの傷男、ずいぶん短気らしい」


「えー、もっとゆっくりでもよかったのに。いまテレビがいいとこなんだよー」


「呑気なこと言ってる場合ですか!すぐにプラムドンナへ向かいますよ!」


俺たちがプラムドンナに着く頃には、周囲はだいぶざわついていた。あちらこちらにガラの悪そうな男たちがたむろいる。さらに、集まった野次馬のせいで、ストリートは昼間だというのにすごい人気だった。


「わあ、なんだかお祭りみたいだね!」


「ほら、キリー。遊びに来たんじゃないんですから」


「けど、参ったな。これだけ人目が多いと、こっそりプラムドンナに入れない」


俺が唸ると、ウィローがつん、と俺の背中をつついた。


「ウィロー?」


「私たちだって、少しは情報収集したんですよ。店の裏に、従業員用の出入り口があるはずです」


「そうなのか。じゃあ……」


「ただし。行くのは一人にしましょう」


ウィローはぴっ、とプラムドンナを指さした。


「全員で動くと目立ちすぎます。それと、私は遠慮します。絶対にケンカにしかなりません」


ウィローは自信満々に言い切った。


「じゃ、ユキでいいんじゃない?」


キリーがさらりと言った。


「たぶん、今一番あのこに近づけてるのはユキだよ。アプリコットのこと、任せたよ?」


キリーはぽんと俺の背中を押した。近いかどうかに自信はないが、言い出しっぺは俺だしな。


「よし。任された」


「頼みましたよ。後で落ち合いましょう」


「グッドラック、ユキ!」


キリーは投げキッスを一つよこすと、路地裏のほうへ消えていった。嬉しいね、まったく。


「よし。俺も行くか」


続く


《次回は日曜日投稿予定です》

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