エピローグ 私の物語
フィンセント騎士学校 中庭
春だ。
アリア・ホリィシードは……私はフィンセント騎士学校に転入していた。
つい先ほどに、在学生の三年生達に交ざって始業式兼入学式に参加したばかりのところだ。
小一時間程で終わったけれど、どうにも実感が湧かなくてふらふらと騎士学校の内部をさ迷っていた。
それらりに広さのある中庭に出て、風にあたりながら、サクラの花の舞い散る光景を見ていると、夢でも見ているのではと思えてくる。
王宮での出来事のあと、私は牢に入れられたわけでもないし、罰を受けたわけでもない。
復讐されて、命をとられる事もなかった。
待っていたのは、拍子抜けしてしまうくらい平穏な日常だった。
私が命を狙っていた彼女……ステラードも三年生になった。
友人達とともに式に出席しているのを遠くから見たので分かった。
未だにどうして自分が何も咎められないのかが分からない。
だっておかしい。
筋が通らないだろう。
自分は人の命を狙って、それだけではなく……たくさんの人の命を危険に晒したというのに。
けれど、そうやって優しい態度をされる事が一番つらいのは、他でもない自分は分かっている事だ。
幼い頃に、貴族だった私は母親をなくしている。
当時は今より状況狩りがっていて、隣国との戦争の可能性もあったから、同じ貴族と足並みをそろえなけれなばらなかった。
対策を考える中で、私の親と意見の合わない者達も大勢いたのを知っている。
その事が原因で私の両親は、戦争に賛成していた者達の陰謀にまきこまれ、命を失ってしまったのだ……。
腹を割って話し合おうと言った相手を信じたばかりに。
けれど、それでも私に手を差し伸べてくれた人達もいて、その人たちがとても良い人達ばかりであり、信じられるような人たちばかりだったから……。
人を疑わずにはいられない醜い自分の心を正当化できなくて、誰かを疑う度に自分の心が嫌いになった。
「ステラ、貴方って本当に何てひどい人……」
そう考えれば、これは今の私にはこれ以上ないくらいふさわしい罰だろう。
せめてもの救いといえば、勇者様の尽力で、王宮で起こした騒動の一件で死者が出なかった事だろう。世間一般に向けての説明ではm魔物がたまたま暴れただけという事になって、余計な不安が広がらる事もなかった。王宮での騒ぎも、最小限だった為、けが人が数名出るだけにとどまったらしい(少し前に町の中で牛が暴れた時も、転んだ人はいたらしいが大怪我を負った人はいなかったようだ)。
「ステラさん達は、もう帰った頃でしょうか」
同じ学校で同じ学年だけども彼女とはクラスが違うので、顔を合わせようと思わない限り、そうそう鉢合わせることはないだろう。
今日は新しい学年の最初の一日なので、授業はない。
入学式初日に学校に残っていたいなんていう物好きは他にもいないだろうから、人のいない学校の敷地の中をじっくりまわっていられる。
ごくたまに温泉が湧いていたり、クマのはく製があったりしてちょっと驚いたりしたが、比較的心穏やかに散歩する事ができた。
しかし……。
「ねぇ、きみ可愛いね。俺らと一緒にこの後どう?」
まさか、自分の他にも学校に残っていた生徒がいたとは思わなかった。
私に声をかけてきたのは、あまり真面目そうに見えない生徒だ。
同学年の生徒だろうか。
もしかして、新入生に声をかけるために、ウロウロしていたかもしれない。
しかし、入って来たばかりなので、あまり人の顔を覚えてないのが困る。
変な対応をして、翌日同じ教室で顔を合わせるのも気まずい。
「えっと……」
どう対応したものかと思っていると、横合いから声がかかった。
「あぁん? 誰だ俺様の下でぴーちくぱーちく喚いてる奴は。女子にナンパするより、やる事あんだろーが」
近くの木の上から男性の声がする。
人の気配に気が付いてそちらへと視線を向ければ、日にすかしてもなお濃い紫の長髪が目に入った。
不快げに表情を歪めているその人は、この学校の制服を着た男子生徒だ。
血のように赤い瞳が、こちらを見下ろしている。
数秒して、その男性が下りてくる。
「昼寝の邪魔だ、どっかいけテメー等」
彼は、どうやら木の上でお昼寝をしていたらしい。
それで、自分達が下で会話を始めた為に、起こしてしまったのだろう。
ツヴァイ先生と似たような口調のその生徒は、アリアに声をかけた人間へ近づきもせず、ただ睨みを聞かせていた。
気の弱い人なら卒倒してもおかしくない威圧感が発生したが、相手はそれでも怯まなかったようだ。
「うっ、うるせぇ! 俺達はこの子に用があるんだ。お前こそどっかいけよ」
声を若干震わせながらも、そう反論した。
けれど、それで紫の髪の男子生徒が引き下がるはずもなく……。
「あぁ? 雑魚のくせに粋がってんじゃねぇよ」
状況はさらに悪化。
一触即発の雰囲気になってしまった。
自分が火種となってしまった事もあり、放ってはおけないと声をかけようとしたのだが。
口を開く前に、二人の男性が声をかけて来た。
「はいはい、そこ、ケンカしない。駄目ですよ、騎士になる人がやたらめったら校内でケンカしちゃ」
「そうだな。規律を守る人間になるのであれば、尚更だろう」
穏やかな物腰をした少年と、理知的な風貌をした少年だ。
最初に声をかけて来たのは、淡い金髪に金の瞳色をした小柄な体格の少年で、次に声をかけて来たのは赤い髪に青の瞳色の男性。
「げっ、こいつら生徒会長のお気に入りじゃねぇか」
唐突に表れたその二人は、何やらこの学校では結構知名度のある人だったらしい。
アリアに声をかけた者達は、さっさとその場から去って行ってしまった。
一番最初に声をかけて来た紫の髪の人ならともかく、どうしてそんなにも慌てた行動になるのかよく分からなかった。
取りあえずこの場は何とかなったらしい。
まず赤い髪の人が話かけてくる。
「俺の名前はクレウス・フレイムダレッドだ」
そして次に淡い金の髪の人。
「僕の名前はヨシュアン・スタンダードです。コルレイトの家でお世話になっているけれど。家名は違うからね。あ……そっちの昼寝の人はレイダスですよ。君は転入生の……アリア・ホリィシードさんですか? これからよろしくお願いします」
すぐには忘れられなそうな、中々印象深い出会いをしてしまった人達を見て、アリアは一言返事をするしかなかった。
「は、はい……。私はアリア・ホリィシードと言います」
なぜだか、波乱の予感がする。
私の人生は王宮での出来事で、色々な物が終わってしまったと思っていたのが、そんな予感が嘘のようだ。
私は、放し飼いの猛獣のような印象を受ける、狂暴性を秘めた赤い瞳と……
なぜか王宮で使役していた聖獣とよく似たような雰囲気を感じる、優し気な金色の瞳と……
幼い頃に出会った事がある様な懐かしさを感じる、理知的な橙の瞳を見て、頭を下げた。
「これから一年間、よろしくおねがいします」
乙女ゲームの開始地点でありながら、攻略対象とされている三人の登場人物とヒロインが出会ったところを見届けて、ステラは……私は息を吐いた。
「あら、いいのね」
シェリカに声をかけられて、そっと頷く。
「ええ、心配だったけど。大丈夫みたい」
私が出ていくまでもなかったみたいだ。
私に声をかけたシェリカは、とっくにこの学校を卒業してしまっている。けれども、彼女の腕が見込まれて、たまに学校の講師の一人として働く事になっていた。
だから、今日も式が終わった後も、校舎を歩いていたのだ。
彼女はこの後、これからの打ち合わせをしに、職員室で話があるらしい。
たまにエルルカの占いを参考にして、町の中で剣舞ができる場所を探しているみたいで、妹との関係も少し続く良くなっていると聞いた。
「じゃあ、そろそろ行くわね。ステラ、エルルカの事をお願いね」
「それはもちろんよ。エルルカは私の大事な友達だもの」
「くす、そうだったわね」
そして、それと同時にエルルカもこの学校に入学する事になったのだ。
学校の生徒でもないのに寮を使い続けるのも難しい話だったので、それならいっそと話が転んでいったのだ。
剣を振り回す事の出来ないエルルカが嫌な思いをしないか不安だったが、彼女は承諾したらしい。
騎士を育成する学校では、補佐の能力や部隊指揮の能力なども問われる為、必ずしも剣の腕だけが重要でなかったことが救いだろうか。
そんな風に考え事をしていたら、ツェルト達がこちらに向かって来るのが見えた。
式が終わった後、一緒に訓練室で訓練していたのだが、部屋の窓からシェリカが見えたので、私は一人でここまで追って来たのだ。
ツェルトの他にはニオに、ライドもいる。
エルルカは、手続きの関係でまだ職員室だろうか。
この後は皆で一緒に町で遊ぶ事になっているのだが、全員集合は難しいかもしれない。
けれど、気にするべき事は友人の件だけではなかったらしい。
「ステラ―ステラ―俺のステラ―、なんかさっきあった事件で生徒会町がステラの事呼び出してるけど、どうする?」
貴方のじゃないんだけど。
ともあれ、彼は変わらずに私に接してくれている。
ツェルトは、王宮の一件で鬼の力を無くしてしまった様だ。
でもそのことで彼から怒られた事はないし、恨まれている気配もない。
彼から言われたのはただ感謝の言葉だけ。
本当に強いのはきっと、ツェルトみたいな人なんだろう。
心の中でもう何度目になるか分からない「ありがとう」を呟いて、先ほどの彼の言葉について考える。
それは、数十分前に起こしてしまったもめ事だった。
入学式が終わった後の事で、めぼしい新入生を探していたのか、浮かれた上級生が問題を起こしていたのだ。
そこを見てしまったらお売っておくわけにもいかないので、ちょっと説教していたのだった。
それで、新年度早々、学校の生徒会長に呼び出されてしまったというわけだ。
アリアの事と良いい、休み気分が抜けてない生徒が多いようだ。
彼女も結構大変だけど、私も相変わらず騒動を引き寄せてしまう体質らしい。
ステラは何もやってないのに、物騒な人間や大変な事故が良く身の回りで起こる。
「そういう星の元に生まれたからしょうがないって思ってるけど……、やっぱり大変だわ。ツェルト達がいなかったら、すぐ困ってたかも」
前にその事でエルルカに占ってもらったら、苛酷な運命がつきものと言われてしまった。
何かに巻き込まれるのはもう、半ばあきらめているようなものだが、そういう時に思うのは自分が一人でなくて良かったと言う事。
ニオやツェルト達、そしてアリアも。
彼等を許した事が正しいか間違っているかの判断は、そう簡単にはできない。
ひょっとしたらきちんと罰を受けさせるのが良い事なのかもしれない。
けれど、私にはやっぱり彼らの力が必要だから。
今もまだ一緒にいられて、良かったと思っている。
私は私のやっかいな体質も、過去も全部ひっくるめて今の生活がそれなりに好きだ。
「今日の明日のステラも可愛い。大好きだ!」
「いきなり変な事を言って、どうしたのツェルト?」
「いや、何かここは思わせぶりなセリフ行っといて印象挙げといた方が良い様な気がして」
「……貴方って本当にいつもよく分からない人ね」
「よく言われる」
色々な大変な事があったけれど、私はきっとこれから……、誰かと共に歩きながら私の物語を綴っていけるはずだ。
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