北綾瀬攻略6

降り注ぐ紅い雨。【神格】をもってしても削り殺されるので触れれば即死は確定。いかにして躱しきるかが重要だ。《虚空門》を壁にしても正面以外に降り注いだ『爆針雨』の引き起こす爆発に巻き込まれれば吹き飛ばされて終わりだ。《虚空玉》も連射が出来るような物でもないし、いざって時の緊急回避用に残しておきたい。つまりここは自力で逃げ切るしかないのだ。


「なんつー無理ゲーだよ。」


迫り来る数十本、下手をすれば百を超える数の『爆針雨』を見ながら俺は《亜空庫インベントリ》から二振りの刀を取り出した。

素手ウェポンマスターこと衣良図 劔との決闘の時にも使った最近のお気に入り武器【深月夜刀 上弦】と【浅月夜刀 下弦】の二本である。こいつらはセット武器であるらしく二本同時に使用するといくつかの効果を得られる。

二刀流状態時における補正の他、二本同時装備時にのみ固有の【武装技能ウェポンスキル】『新月雲隠れ』と『満月誘引光』を発動できる。その二つの能力こそが今回の目当てだ。


そしてこの二本を装備することで気づいたのだが、どうやらまだムラクモからの恩恵は受けているらしい。【武装技能ウェポンスキル】の『剣神』がまだ発動しているようで二刀の奥義が使える。恐らくこのダンジョンに入る前に仮とは言え【神器】との契約を行なっているからだろう。いくら【神器】が強力であっても持ち主から一時的でもいいから【神器】を奪えれば勝てるなんて程度の物だったら、国もあそこまでガチガチに【神器】に対する情報規制をしないだろう。所有しているというだけで所有者に絶大なちからを齎すバランスブレイカーであるからこその【神器】というわけだ。


何はともあれこの状態でも剣系統の全てが10で扱えると言うのはかなりのアドバンテージだ。これを生かさない手も無いことだし全力で活用させてもらおう。俺は左手に持った【深月夜刀 上弦】で薄っすらと自分に傷をつけ、その能力発動の為のキーワードを口にした。


「“宵闇に消え、惑わす月の闇より。”『新月雲隠れ』」


【深月夜刀 上弦】の【武装技能ウェポンスキル】を発動する。すると途端に古代樹の森全体が宵闇に包まれ、気付けば空も分厚い雲に覆われていた。そして時を同じくして俺の体がまるで周りの闇と同化して行くように薄れて行きエクステンペストの視界から姿を消した。


俺は初めてこの一対の刀を手に入れた時、心底恐ろしい能力であると感じた。

【深月夜刀 上弦】の【武装技能ウェポンスキル】こと『新月雲隠れ』は隠密系統の高位【固有能力アビリティ】に該当する能力で、環境操作系統の能力を含んでいるため周囲の天候を一時的に強制する事が出来る。だがこの能力の本質はそこでは無い。真に恐ろしいといえる所は別にある。

この能力の恐るべき点は必ず姿を消せる・・・・・・・事だ。相手の視界など関係無くただ発動する為に必要な儀式とキーワードの発声を正しく行えればそれだけで必ず相手の視界から姿を消す。それこそが【深月夜刀 上弦】の恐るべき能力『宵闇雲隠れ』である。


「アアアッ?アアアアアッ!」


急に姿を消した俺を探すようにエクステンペストが『爆針雨』をデタラメに乱射しているが、先程の狙いを付けられた状態から一斉掃射されそうになったのに比べれば天と地ほど弾幕の密度に差があり注意しながら稀に回避しきれない物を《虚空玉》で消して行けば容易く凌げる。


そして俺は徐に《亜空庫インベントリ》から拳大の鉄塊を取り出す。これは以前ダンジョンの宝箱から取り出したもので本当にただの鉄塊である。マジカルな効果もワンダーな効果も付いていない。

それに今度は右手に持った【浅月夜刀 下弦】で傷をつけ、明後日の方向にぶん投げもう一つの能力を発動させる。


「“明星よりなお眩く、月の光より”『満月誘引光』」


放り投げた鉄塊が一瞬にして宵闇を破り黄金色に強く輝くとそこへ目掛けてエクステンペストの残りの『爆針雨』が殺到する。


「残念そっちはハズレだよ!」


【深月夜刀 上弦】と【浅月夜刀 下弦】を構えて一気に突っ走る。たとえ敵が上空にいようとそれで詰みになるわけじゃ無い。『無窮歩法タキオンステップ』をいつもより強めに踏み込み一気に跳ぶ。


鉄塊に目を奪われ全ての『爆針雨』を使い果たしたエクステンペストは困惑した様子で奇妙な唸り声を上げている。だがそれこそが【浅月夜刀 下弦】の能力である。斬りつけた対象に周囲の目を強制的に集める力。それこそが【浅月夜刀 下弦】の【武装技能ウェポンスキル】『満月誘引光』である。こいつの強制力は凄まじくエクステンペストの様なシステムの恩恵を受けた龍ですら容赦なくその視線を奪う力を秘めている。【深月夜刀 上弦】と【浅月夜刀 下弦】、二振りの刀の能力を合わせることによって起こせる現象は正にチートだ。なにせこの二つがあれば必ず視覚外からの不意打ちが成立してしまうのだから。それなりに欠点もあるが戦闘中に不意打ちを強制的に成立させる能力なんてぶっ壊れもいいところなんじゃ無いだろうか。


「まあ、容赦なく使いますけどねっ!」


一足飛びにエクステンペストの腹の下まで飛び上がり《虚空纏》を使った二刀で攻撃を喰らわす。


「アアアッ!?!?」


流石に攻撃を喰らわせると『新月雲隠れ』は解除されてしまうが、俺を認識して行動に移すまでにまだ少し“間”がある。だがここで次の行動に移そうにも飛び上がった勢いは今の攻撃で完全にかき消え、ムラクモまでは若干の距離があり届かない。ならばどうするか。


「月弦二刀・下弦登り」


決まっている。勢いがなければ生み出せばいい。システムのアシストによってどんな体勢からでも奥義は発動出来る。極論これだけで空中機動が出来るかもしれないが奥義は発動すると霊力ではなく体力がごっそりと持っていかれるので頻発に放つことは出来ない。


先程の翼を狙った攻撃ではなく今度は俺の位置を確認するために下げてきた首を狙って振り上げる。


“ザシュッ!”


「浅い。」


だが確かにエクステンペストの首を切り裂いた。


「月弦二刀・上弦落とし」


「アアッ!」


「ちっ。流石に躱すか。」


相手は知能がしっかりとある龍だ。一度使った手が二度も三度も通じるなんてことは【深月夜刀 上弦】と【浅月夜刀 下弦】の【武装技能ウェポンスキル】みたいな強制力のある能力でも使わない限り、そうそう無いだろう。その件の能力ですら妙な耐性でも獲得したのか、先程の攻撃の際に視線を逸らすために使ってみたのだが視線誘導の対象がそこら辺の瓦礫であったせいもあってかギリギリでレジストしやがった。お陰で奥義の二撃目は完全に躱されてしまった。


そしてエクステンペストに喰らわせた傷はもう再生している。これでは拉致があかないので攻略方法を変えることにした。


「使わせてもらいますね隊長さん。」


亜空庫インベントリ》より取り出したるは再入場の直前に一緒に潜った隊の隊長さんからもらった《畜》属性のお札。どうやらこいつは込めた霊力の量に対応した階梯の霊術が使えるらしい。今俺が込められるのは精々第四階梯霊術まで。無理をしても第五階梯霊術がいいところだろう。そして俺はどの霊術を使うか決めたので早速一枚使うことにした。


「《畜》属性第三階梯霊術《超過圧縮溜》」


霊術が発動すると俺の右手の平に丸い紋様が浮かび上がりそこに周囲の霊脈回廊が接続されていく。


《畜》属性第三階梯霊術《超過圧縮溜》とはその名の通り霊力を本来の上限を超過し、圧縮して濃度を高める術である。この術の行使後に発動する霊術又は霊力を介した道具の効果は霊力強化で上げられる上限すら超えて、込めた霊力の分だけ本来の威力がどこまでも引き上げられる。


「《虚空玉》」


手のひらの紋様の上に生み出された《虚空玉》に莫大な量の霊力が収束していく。元々灰色の輪郭を持つ玉という風体の《虚空玉》であったが、霊力を次々と流し込み続けた結果、そのサイズは相変わらずだが形状が玉というよりは槍の先端部分の様に鋭利になって行き、灰色の輪郭もその太さが1mmを下回り発動者の俺ですらその形状を認識するのがとても難しくなっている。


「あえて名付けるなら《虚空針》といったところか?」


ともかく俺はMP回復ポーションをガブ飲みする事でなんとか失った霊力を補いながら《虚空針》を放つ構えを取る。


下で俺がジッとしてるもんだから上空のエクステンペストも首筋の傷を癒し終え、また別の技のチャージをしている。あれは先程放った『爆針雨』を口の中で更に圧縮して一本に細めている様だ。奇しくも俺の《虚空針》とそっくりである。


「だったらどっちの技の方が威力が上か比べようじゃねぇか。」


「アアアアアッ!」


お互いのチャージは既に終わっている。後は放つのみだと言うのに互いに隙を伺って放たないでいる。


その時、本当に偶然なのだが先程の『爆針雨』に内包されていた爆鱗の中で偶々爆発していなかった不発の爆鱗が唐突に爆発を起こした。その爆発は周囲のばくだんいわやボムの自爆を誘発し…


“ドオォォォォォン!!!”


巨大な大爆発が起きた。


「貫け!《虚空針》!」


アアアアア『尖紅龍鱗砲』ッ!」



紅く輝く光の一撃と万物を飲み干す虚無の針が放たれた。



─────────────────

【TIPS】

自己の意識を獲得したダンジョンボスモンスターはダンジョンから回される計算能力用の自己再生へのリソースを別の物に割り振ることが可能になる。

それは例えば攻撃力の上昇であったり移動速度の向上であったりと様々な物に振り分けることができる。

その中でもエクステンペストは自分の操る風の操作能力の向上に重点を置いて割り振っている。何故ならばそうでもしない限りいかに嵐を操る龍であるとはいえここまで精密な風の操作は行えないからである。もし仮にエクステンペストが別の項目にダンジョンからのリソースを割り振っていたのであれば『爆針雨』は精々作れて五、六本であったし、最後の『尖紅龍鱗砲』に至ってはチャージの段階で自爆していたことだろう。そさてそれは偶然にも、そのお陰で風を操り土壇場で『尖紅龍鱗砲』などの新たな【固有能力アビリティ】を生み出すことで亮一郎などの持つ鑑定系統の能力を持つ者に予め対策をされる恐れが格段に低下している。

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