第191話・ツクヨミと一緒

 パティオンとブリザラは、冷や汗をかいていた。


「……あ、あのさツクヨミ……その」

「─────」

「あ、あはは……いやー、なんつーかその、元気だった?」

「─────」


 朝になっても、ツクヨミはパティオンとブリザラの前にいた。

 虚空を見つめ、ぼんやりしている。でも、パティオンとブリザラが歩くと付いてくる……何とも言えない緊張感が漂っていた。

 朝。光が差す人間界……だが、ツクヨミがその気になれば、こんな世界など一瞬で暗黒に染めることができる。

 対峙してわかった。ツクヨミがキルシュを半殺しにするのは、あまりにも簡単だ。パティオンとブリザラでは傷一つ付けることができないだろう。

 問題は、どうしてツクヨミが自分たちに従っているかだ……呼び出しておいてアレだが、なぜ素直に付いてくるか全くわからない。

 ブリザラは、パティオンに顔を近づけて言う。


「おいパティオン……ど、どーすんだよ」

「……と、とりあえず予定通りね」

「は?」

「このままワイファ王国に向かって、【暴食】に会うわよ」

「……なぁ、マジで帰っていい?」

「ダメ。私が死ぬ」

「死ね」


 ブリザラは、パティオンの評価を変えた……こいつ、ただのバカだ。

 聞けば、【暴食】は女神を毛嫌いしているとか。そもそも、リリティアとラスラヌフを喰い殺したのは【暴食】なのだ。そんな奴の前にツクヨミを連れて行けばどうなるか……。


「二人を引き合わせて、私が主導権を握って……いける。うん、いける」

「…………」


 ブリザラはツクヨミをチラッと見る。


「─────」

「…………」


 女神三人の歩みは、どう考えても不安しか感じられなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


「わぁ─────」


 ワイファ王国・城下町。

 パティオン、ブリザラ、ツクヨミの三人は、ワイファ王国に入国した。

 さっそくライトたちを探すが……。


「いい、匂い─────」

「あ、ツクヨミ、待っ……」

「─────」

「な、なんでもないです。はい」

「弱っ」


 パティオンはツクヨミに見つめられ小さくなる。

 ツクヨミの機嫌を損ねるわけにはいかない。この女神は強い、機嫌を損ねたら自分がどうなるか……考えるだけで恐ろしい。

 ツクヨミが向かったのは、焼き立てパンの香りがかぐわしいパン屋。まるで吸い寄せられるように店内へ。


「ん─────」

「いらっしゃい。お嬢ちゃん」

「おやおや、久しぶりの来客だ。今、お茶を淹れてあげようねぇ」


 老夫婦が経営しているパン屋のようだ。

 建物は寂れ、だいぶガタが来ている。客の入りもなく、文字通り今にも潰れてしまいそうだった。

 ひび割れたショーケースの中には、焼き立てのパンが並んでいる。


「わぁ─────」

「ちょっとツクヨミ、表にもっといいパン屋が」

「ここがいい─────」

「は、はい……ごめんなさい」

「弱っ……パティオン、弱っ」

「うるさい!!」


 古めかしいパン屋に女神が三人。人間界始まって以来の光景だろう。

 お婆さんがお茶を淹れ、パティオンはツクヨミの望むパンを選び、代金を支払う。そして、パン屋の飲食スペースに座った三人は、さっそくパンをかじった。


「まぁ!」

「おっ!」

「─────っ」


 柔らかくモチモチしたパンはとても美味しかった。

 ツクヨミはモグモグ食べ始め、パティオンとブリザラも手が止まらない。

 老夫婦はお茶のお代わりを淹れたりして、三人をもてなした。


「嬉しいねぇ……こんなに美味しそうに食べてくれるとは」

「ええ。やっぱり、若い子に食べてもらえるのはありがたい……店をやっててよかったと思えるわい」

「あ」


 パティオンは、老夫婦の身体が淡く発光しているのに気が付く。

 パティオンは希望の女神。人間の信仰心と希望を力にする。そして、人間のためにすることもあるのだ。


「あなたたち。希望を捨てないでね」

「「?」」

「あなたたちの純粋な思いは、いつかきっと報われる。この私が保証してあげるわ」

「「?」」


 三人はパン屋を後にした。

 ブリザラは、からかうようにパティオンに言う。


「ちゃんと女神してんじゃん」

「当たり前でしょ……」

「あのパン屋、どーなんの?」

「さぁ? ま、美味しいパンが親切な資産家の目に留まることはあるんじゃない?」

「へぇ~」

「私が立ち寄ったんだから、そのくらいのご加護はあるわよ……って、どうしたのツクヨミ?」

「─────」


 ツクヨミが、パティオンの袖を引っ張っていた。


「あり、がとう─────」

「……え」


 にっこりと、ツクヨミが微笑んだ。

 ポカンとするパティオンをブリザラは軽く小突く。


「ままま、まぁべつにいいわよ!! そ、それより、さっさと行きましょう!!」

「照れてやんの」

「うるっさい!!」

「─────」


 女神三人の歩みは、少しだけ楽し気だった。

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