第139話・愛の熱

「ぐっがぁっ!?」


ライトは、もう何度目かわからないほど吹っ飛ばされた。

 岩や樹に叩き付けられて血塗れ。骨折もしているし出血も多い。だが、痛みは感じず戦意も失っていない。あるのは、女神を喰らうという欲望だけ。

 これには、さすがのカドゥケウスも驚いた。


『すげぇ、ずげぇよ相棒……オレ、相棒の相棒でよかった』

「うるせぇな……いいから行くぞ」


 祝福弾は、攻撃用を殆ど使い切った。

 残り数発、そのうちの二つである『八相祝福弾』を装填し、再び女神リリティアに向かって突っ込む。

 対するリリティアは、何度転がしても諦めないライトにうんざりしていた。

 

「はぁ~……ねぇ、もう諦めなよぉ。あなたの相手は勇者ちゃんだってば。見逃してあげるって言ってるのにぃ~~~~~~」

「黒影、『神喰狼フェンリスヴォルフ』!! 氷結、『嘆きの氷姫ブランシュネージュ』!!」


 第一相マルコシアスと、第二相クレッセンド・ロッテンマイヤーの祝福弾。

 漆黒の影が狼の姿になり、氷の幼女がライトの背中にくっつく。


『わわ、まっかっか。痛くないの?』

「狙いはあいつだ。凍らせろ!!」

『はーい。痛かったら言ってね?』

「喰らいつけ、『神喰狼フェンリスヴォルフ』!!」


 氷の弾丸とクレッセンド幼女の氷の槍が飛び、黒狼フェンリスヴォルフが女神リリティアに向かっていく。

 それに対して女神リリティアは─────小さくため息を吐くだけだった。


「はぁ……お風呂入りたいのにぃ」


 人差し指をパチッと鳴らす。それだけでフェンリスヴォルフが一瞬で消滅。

 氷の槍と弾丸が蒸発し、クレッセンド幼女がライトを守るように顔に覆いかぶさった。


『あぶないっ!!』

「な、おまっ……」


 ジュアッ……と、クレッセンド幼女が蒸発、ライトは熱風を受け吹き飛んだ。

 リリティアは「やばっ……」と慌てた。ちょっとイラつき、少しだけ強い攻撃をしてしまったのである。


「うわちゃー……やっちゃった。死んでない、よね……?」


 数百メートル吹き飛ばされ、岩に叩き付けられたライト。

 コートがブスブスと燃え、全身に酷い火傷を負ってしまった。クレッセンド幼女が守らなければ、灰になっていたかもしれない。


「あらら……ちょっと『愛』が強かったかな……ご、ごめんね?」


 女神リリティアは『愛』を司る。

 愛とは、『熱』という意味もあり、リリティアは数千~数億度の熱を何の誓約もなしに自在に操れる。空気を焼き尽くし体の内側から焼き殺すことも、一瞬で肉体を蒸発させることも可能だ。


 本人曰く、『│女神の中でも《・・・・・・》』弱い方らしい。どちらかと言えば、力を与え強化するのが得意だとか。

 それでも、人間とは比較にならないほど強い。


「やっちゃったぁ~……あーあ。殺す気はなかったのにぃ……ってか、フリアエちゃん、ここに魔神が来るなんて言ってなかったけどなぁ……これ、誰のせい?」


 リリティアは頬をかき苦笑した。

 本人は戦ったという自覚はない。じゃれつくネコをひっぱたいた程度としか考えていない。なので、ライトが死のうが関係ない。

 個人的には、自分が力を与えた勇者と、大罪神器の所有者の戦いを観戦してみたい気持ちがあったのだが……さすがに、自分が手を出したのは反省すべきだ。


「とりあえず、フリアエちゃんに報告しよっと……うん。これはあたしのせいじゃない!!」


 グッと拳を握り、自分を納得させ─────。


「ん?」


 飛来した何かを、指二本で止めた。

 それは、歪な羽のような何かだった。


「あらら……ちょっち面倒かなぁ」


 リリティアは、頬をポリポリ掻く。

 なぜなら、目の前には……三人の少女がいたからだ。


「リン、ライトを」

「うん……酷い火傷」

「マリア、こいつの手足……斬り落とす」

「ええ。援護しますわ……できるかぎり、ね」


 マリアもシンクも汗びっしょりだ。

リンはライトの治療を始め、二人は戦闘態勢に入る。


「あー……あのさ、可愛い女の子とは戦いたくないんだけど」

「気が合いますわね……でも、大事な仲間を焼き殺されかけて黙っていられるほど、わたしは人ができておりませんの」

「あなた、とても強い……でも、倒す」

「…………はぁ~、わかったよ。相手してあげる」


 リリティアは、苦笑しつつ翼を広げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 二分後。


「参ったなぁ……」


 リリティアは、ボロボロになって倒れたマリアとシンクを見てため息を吐く。

 自分は、愛の女神。

 愛し、愛されることを司る女神だ。戦闘なんてしたくないし、女の子に傷を付けたいとも思っていない。

 リリティアが人間界に来たのも、人々の信仰心が強くなり、人間界で自分の存在を保てるほどの力を得たからだ。今は祝福の女神フリアエの頼みで人気のない雪山にいるが、いつか人間の前で愛を語ろうと考えていた。

 

 人間の信仰。

 人間の愛。

 リリティアは、その二つをエネルギーとする。

 シンクからは薄い匂いしかしないが、マリアからはなかなかに濃い『愛』の匂いを感じる。リンは……薄いが、今後が期待できそうな匂い。

 

「じゃ、あたし帰るね。死んじゃいないから、あとはよろしく~♪」


 そう言って、ライトを治療するリンに向かって軽く言った。

 リンは、必死にライトを治療している。火傷がひどく、命を失いかけていた。リリティアの声が聞こえたとは思えない。


「はぁ~、お風呂入ろうっと。それとフリアエちゃんに報告しよっ」


 パチンと指を鳴らすと、空間がぐにゃんと歪む。どこかに通じているであろう、ブラックホールみたいな黒い穴が現れた。


 リリティアは翼を広げ、空へ─────。

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