第105話・第七相『霊鋼亀』ガラパゴ・タルタルガ

「おっきぃ……」

『これほどとは……』


 シンクとイルククゥは、目の前にある巨大な『目玉』を見て呟いた。

 第七相『霊鋼亀れいこうき』ガラパゴ・タルタルガ。巨大さや硬度は八相の中でも最高と言っても過言ではない。なにせ、目玉だけで一軒家を超えるサイズなのだから。

 巨大な黒曜石を思わせる目玉はピクリとも動かず、ただ開いただけのように見える。

 

「起きただけかな?」

『おそらく……原因は不明ですが、第七相はこの渓谷の一部で、何らかの要因で眠りから覚めたようですね』

「ふーん」

『解せないのは、なぜこの魔獣から人間の気配がするのか……』

「どうでもいい。とりあえずどうしよっか? 倒す?」

『まずは全容を解明しましょう。これが目玉なら、回り込めば正面になるはず』

「顔を見るんだね」

『ええ』


 シンクは、イルククゥの指示通りに目玉の正面へ向かう。だが……。


「……岩」

『うーむ、正面から見てもわかりませんね』


 回り込んだはいいが、崖のような岩があるだけだった。

 第七相『霊鋼亀れいこうき』ガラパゴ・タルタルガ。名前からして『亀』なのだから、顔には鼻や口があるはずなのだ。だが、巨大すぎてまるで全容がつかめない。そもそも、本当に亀なのかすらわからない。


「飛ぶ」

『それしかないですね』


 シンクは、両足の義足を変形させる。

 第二階梯『狂咬クルイガミ』。四肢を変形させる異能により、シンクの両踝に羽が形成され、両踵が噴射口に変形する。

 シンクは跳躍すると、踵から火を噴いて空を飛ぶ……が。


「おぉぉぉぉっ?」

『シンク、バランスを取りなさいっ!!』

「やっぱり、とぶの、むずか、しいっ!!」


 踵の噴射だけでバランスが取れるはずもなく、シンクは両腕をバタバタさせながらなんとか上昇する。両手に噴射口を作ってバランスを取れば安定するのだが、航空力学を知らないシンクとイルククゥが気付くはずもない。

 だが、上昇して下を見ると、ようやく全貌が分かった。


『なるほど……山の一部が第七相だったわけですね。ずっと探していたのはすぐ真下の地面だったとは。気付かないはずです』

「…………」

『シンク?』

「どうやって倒そう?」


 ガラパゴ・タルタルガは、小さな山脈だった。

 山のように尖った甲羅には木々が生え、生態系が構築されている。驚いたことに手足は八本あり、樹齢数千年の大木のような太さをしている。先ほどの目の部分はやはり顔であり、口や鼻もしっかりとあった。

 あまりにも巨大な亀。それがこの第七相の正体だ。


『直接攻撃は意味を成さないでしょう。今のシンクではあの巨体を傷付ける術はありません』

「む」

『事実です。外部からの攻撃は意味を成さない、つまり内部からなら可能性はありますが……口は閉じられています』

「鼻」

『口が閉じられているということは鼻で呼吸しているということ。あれだけの巨体が一度に吸う酸素も恐ろしいですが、吸い込んだ後に吐き出される二酸化炭素は、暴風のような勢いでしょうね。シンクの華奢な身体では吹き飛ばされてしまいます』

「……あ、お尻」

『正気ですか?』


 お尻は、巨大な尻尾で塞がれていたので無理だった。

 結論。体内に侵入する手段はない。

 シンクはふらつきながら降下し途中で落下。木の枝をクッションにしたおかげで怪我はしなかったが、口の中に土が入ったのか、ぺっぺと吐く。


『思ったのですが……この第七相、何もしませんね』

「ぺっぺ。ん、ほんとだ」

『ふぅむ……攻撃の意志も感じられないし、動く気配もない。本当に起きただけのようですね』

「えー」

『仕方ありません。諦めましょうか』

「えーっ!?」


 イルククゥは、あっさり諦めた。

 そもそも、強い相手と戦いたいとシンクが言うので、第七相の噂を頼りにこの渓谷までやってきたのだ。

 何日も捜索し、見つけたのが山脈のような巨大亀。しかも攻撃の手段がないし、相手に攻撃の意志もない。強いは強いだろうが、シンクが満足するとは思えなかった。


『第七相の正体は看破しました。いずれ戦うとして、今は次の相手を探しましょう』

「うー……」


 シンクは不満そうにブーブー言う。

 だが、イルククゥはシンクを満足させる一言を呟く。


『さぁ、次は……第二相と第三相のいるフィヨルド王国に行きましょう。第二相『雪氷せつひょう女帝じょてい』は、きっとあなたが満足する相手だと思いますよ』

「行く!」


 シンクは、あっさりと頷いた。

 次の敵がいるのなら、こんな場所に用はない。目指すは雪の王国、そして第二相。

 シンクは歩きだし、一度だけ振り返った。


「カメさん、また来るね」


 シンクは再び歩き出す。

 強者の四肢を求めながら。




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