第90話・リンの悔しさ

 橋を渡ると、分厚い鉄の門が二人の前に立ちはだかる。

 だが、ライトとマリアには特に問題がない。


「ライト」

「ああ、わかってる」


 マリアに名前を呼ばれても、不快感を示すことはない。

 祝福弾を装填し、巨大な鉄の扉めがけて発砲。『液状化』の弾丸による効果で、分厚い鉄の扉はドロドロに溶けてしまった。

 何もなかったように二人は歩きだし、いよいよヤシャ城へ踏み込む。


「俺のことが知られてる以上、ここにいる奴らは全て敵だ。油断するな」

「ええ、わかっていますわ。目標はリン、それ以外は殲滅ですわね」

「ああ……と言いたいが、なるべく殺すな。一応、ここにいる連中は犯罪者じゃないからな」

「あらお優しい……ふふ、SRギフトと聞いて目の色を変えていた人とは思えませんわ」

「うるさい。誰かれ構わずってわけじゃねぇんだよ」


 ライトは弾丸用の小石を拾い、ポケットに入れておく。

 祝福弾は、『強化』と『液状化』を使用。使用可能まで一時間ほどかかる。とりあえず、攻撃用の弾丸はまだ残っているので問題ない。


「お前の第四階梯、城の中で使えるか?」

「……難しいですわね。わたしの能力は狭い場所では使いにくいので」

「俺も似たようなもんだ。こいつ、遠距離向きなんだよなぁ……」

『おいおい、我儘言うなよ相棒』


 近距離系の武装が足りない。

 マリアの『百足鱗』は、腕に巻き付ければ槍のように使えるが、マリア自身、槍の心得がない。純粋な近接戦闘系を相手にするには、少しばかり不安だった。

 ライトも、騎士として積み上げた剣術がある。だが誓約で全て失ってしまったので、銃を撃つか殴る蹴るくらいしかできない。


「……よし、気を引き締めて行くぞ。もうマルコシアスみたいな油断はしない」

「ええ、その通りですわ」


 二人はドロドロに溶けた鉄の扉を超え、ヤシャ城へ踏み込んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 リンはヒデヨシに連れられ、ヤシャ城の一室に通された。

 広い畳敷きの部屋。時代劇に出てくるような、殿様が座る場所に、ヒデヨシはどっかりと腰を下ろす。


「座れ」

「…………」


 無視して帰ることもできるが、リンは従った。

 どうしても、聞きたいことがあった。


「何か言いたそうだな」

「……どうして、イエヤス様の側室を売り飛ばすようなことを?」

「決まってる。金になるからだ」


 即答。 

 リンは絶句した。


「イエヤスの女を虜にするSRギフトは貴重だ。城下の女、旅の女、全てを虜にして……飽きたら捨てた。だから、記憶を弄り遊郭に放り込んだのよ」

「…………」

「仕方なかろう。ヤシャ王国は財政難なのだ。稼げるなら何をしても稼ぐだけだ」

「それが、人の心を、記憶を操ってまで……することなの」

「そうだ。イエヤスの飽きっぽい性格と、オレの人脈があれば、遊郭で一儲けするのも簡単なことよ」

「…………ッ!!」

「ふん、ギフトも持たぬ小娘・・・・・・・・・が、そんな目をしても無駄だ。オレの『洞察眼どうさつがん』は全てを見る。お前がギフトを失ったことなどすでに見えておるわ」

「なっ……」


 ヒデヨシのSRギフト、『洞察眼どうさつがん』。

 『鑑定』の上位ギフトであり、他人のデータはもちろん、僅かな過去と未来まで見通すことが可能な特殊系ギフトである。

 ヒデヨシは、リンが聖剣を失ったことを最初に出会ったころから知っていた。

 もちろん、その対処法も。


「マルシア!!」

「遅い……やれ」


 影の中に潜ろうとしたリンの首に、天井から伸びた鎖が絡みつく。


「あっぐ……っ!? っかぁ……っ」

「殺すな。こいつはファーレン王国との取引に使える」

「ぁ、っか……っくぉ」


 一本だけでなく、二本、三本と鎖が伸び、リンの身体を拘束する。そして、首の鎖が緩むと、リンは激しく咳き込んだ。


「っげほ、っげっほ! っく、ちくしょう……」

「聞けば、聖剣勇者は女揃いらしいな? ふふ……これは使えそうだ」

「まさ、か……」

「ああ。イエヤスを使い、堕としてやろう。聖剣勇者レイジ、どんな顔をすると思う?」

「……こ、の」

「安心しろ、イエヤスには『帰った』と伝えておく。まぁ……もうお前に興味がないかもしれないがな」


 ヒデヨシはリンに近づくと、顎をグイっと持ち上げる。

 リンの眼は憎悪に満ち、ヒデヨシはその目に満足したのか、嗤っていた。


「ライト、マリア……」


 リンは、悔しさと情けなさから、涙を流していた。



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