第77話、東のヤシャ王国

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 ライトたちの旅は順調に進んでいた。

 いくつかの町を経由しつつ、補給をしながらヤシャ王国を目指す。道中警戒しながら進むが、シンクはおろか盗賊にすら遭遇せずに済んだ。

 ワイファ王国を出発して2週間ほど経過し、山や木々の色が緑から茶、赤に変化していった。

 手綱を握るライトは、木々の色の変化に驚いている。


「凄いな……これ」

「常夏のワイファ王国と違って、ヤシャ王国は秋の王国だからね。気温も高すぎず低すぎず、とても過ごしやすい国なのよ」

「はぁ~……確かに、暑くもなく寒くもない」

「ふふ、ヤシャ王国の文化を見たらもっと驚くわ。今まで通過してきた村や町はそんなに変化してないけど、ヤシャ王国は独特の文化を持つ国なの。和風チックというか、日本的というか」

「ワフウ? ニホン?」

「んー……口じゃ説明しにくい。ファーレン王国にいたときに、他の王国の話は聞かなかったの?」

「ああ。季節が変わらない国だとは聞いたな……正直、訓練ばかりだったから他のことに興味なかった」

「もったいない……ねぇ、マリアは?」


 リンは御者席から後ろを向くと、外の風景を眺めるマリアがいた。

 

「そうですわね、わたしはワイファ王国を拠点にしていましたから、他の国の事はよくわかりませんわ」

「そっかー……じゃあ、王国に到着したら観光しよっか」

「おい、そんなヒマあったら冒険者ギルドに」

「あのね、強くなる事も大事だとは思う。でも、心に余裕を持たないと勝てる戦いも勝てないよ」

「…………」


 ライトは言い返せなかった。

 マリアはニコリと笑い、リンに言う。


「わたしはリンと一緒ならどこへでも行きますわ」

「ありがと。じゃあライト、ライトもいいよね?」

「……わかったよ」


 ヤシャ王国まで、あと少し。


 ◇◇◇◇◇◇


 2週間後―――。


「見えた、あれがヤシャ王国だな」


 秋の優しい風がライトたちをなでつける。そして、街道の先に見えるのは、紅葉に染まった山々や木々に囲まれたヤシャ王国だ。

 まだ距離があるのでよく見えないが、遠目では普通の王国にしか見えない。


「まずは拠点を手に入れよう。宿もいいけど、できれば貸し住居みたいな場所があればいいな」

「そうですわね。シャワーの立派なものがいいですわ」

「……あんたら、少しは風情を感じなさいよ」


 現実的な話をするライトとマリアに苦言するリン。

 すると、ヤシャ王国から来る馬車とすれ違った。


「……なんか変な馬車だな」

「ふふ、ヤシャ王国の文化は独特だって言ったでしょ?」


 リン曰く、洋風ではなく和風。

 籠のような乗り物に木輪の馬車だった。金属が殆ど使われていないのも特徴的だ。


「ヤシャ王国では服装も独特なの。お城もすごいし、神社とかもきっと見たことないはずよ」

「じんじゃ?」

「ええと……教会みたいなところよ」


 リンの説明を聞きながら、ヤシャ王国に向かう。

 そして、近付けば近付くほど、リンの言う意味がわかってきた。

 まず、王国へ入る門からして違う。


「座敷牢の格子みたいでしょ?」

「いや、なに言ってるかわからん」


 木を縦横に組み合わせたような門だ。しかも、左右に開閉するのではなく、上下に動くようになっている。

 門番も格好もおかしい。


「編笠に外套、腰に帯刀して手には槍……お侍さんみたいでしょ?」

「あの、リン……何を言ってますの?」


 リンの言う意味がわかった。確かにヤシャ王国の文化はライトやマリアにとって馴染みのない、初めてのものだ。

 馬車を門の手前まで移動させ、リンが降りる。


「ヤシャ王国へようこそ。何用で参ったのだ?」

「えっと、冒険者です」

「そうであったか。では、証を拝見――――んん?」


 門番が、編笠をクイッと上げてリンを見た。


「え、えっと」

「おぬし、どこかで―――はっ、まさか勇者一行の凜殿ではありませぬか!?」

「えっ……あ、いや、その」

「おおおおおっ!! お久しゅうございます凜殿!! よもやまた会えるとは……」

「ど、どうも。あの、今は勇者じゃないんで、冒険者のリンです」

「そうでございますか。では凜殿、どうぞヤシャ王国を漫喫してください」

「あ、ありがとうございます」


 どうやらリンは、思った以上に有名らしい。

 珍しくライトの隣に座るマリアが言う。


「リン、なんだか疲れて見えますわ」

「どうやら、勇者パーティー時代にだいぶ有名になったらしいな」


 そして、疲れたように戻ってきて後ろに乗る。


「門番さんに貸し住居の話も聞いてきたよ。はぁ……」

「おい、大丈夫か?」

「うん……あのさ、ヤシャ王国では黒髪黒目の女性は美しいって言われてるの。王国内では黒く染めてる人はいっぱいいるんだけど、私やレイジみたいに純粋な黒髪はいないって言われて……」

「ふーん」


 馬車を走らせ、ヤシャ王国に入国した。


「確かに、リンの髪はサラサラで綺麗ですわ。櫛で梳かしても絡まないし、絹糸みたいにしなやかで……」

「あ、ありがと。マリアの金髪も綺麗だよ?」

「ふふ、ありがとうございます」


 ヤシャ王国の町並みは、今までとだいぶ違う。

 建物は全て木製で、煉瓦造りの建物は一切ない。しかも、どの建物も窓がなく、木枠に白い紙のような物が貼ってあった。

 それだけじゃない。屋根に妙な平たい形の石が並べられていたり、植物のような屋根もある。


「瓦屋根に茅葺き屋根、他ではない文化だよね」

「カワラ、カヤブキ……あんなので、雨が降ったらどうするんだ?」

「大丈夫だよ、私にはよくわからないけど、ちゃんと対策はされてるみたい」


 それと、町の住人たちも変わった服を着ている。

 そうじゃない者もいるが、雰囲気がライトたちと似ている。たぶん他国から来た旅人だろう。


「着物はこの人たちにとっては普通の服だよ」

「きもの……動きにくそうですわ」

「あはは、そうかもね」


 リンの案内で町からやや外れた場所に、貸し住居のある区画があった。

 『貸し住居あります』という看板を見つけ、事務所らしき建物で受付をする。

 借りた住居は最高級の家で、一月で白金貨2枚の物件だ。白金貨2枚という値段は庶民にとって鼻血が出る値段だが、ドラゴン報酬や盗賊や賞金首の報酬があるライトたちにとってたいした値段ではない。

 案内された貸し住居は大きくて広い。なによりも嬉しかったのは……。


「ねぇ、この貸し住居、温泉があるんだって!」

「「おんせん?」」

「うん! ええと、地面の下に流れる水が温まって地上に噴出したお湯、かな?」

「「へぇ……」」


 ハモってることに気付かないライトとマリアに、リンは笑いを堪えるのに必死だった。

 荷物を降ろし、馬を備え付けの厩舎に入れ、桶にエサと水をたっぷり入れておく。

 マルシアは広い庭に興奮したのか、庭を駆け回っていた。


「よし、拠点も出来たし冒険者ギルドに行くぞ」

「あなた……少しは休もうという気になれないのかしら?」

「今回はマリアに同意……」

「…………」


 ヤシャ王国では、どんな出会いがあるのだろうか。


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