第64話・リンとライト、再び決意


「…………ぅ、ん」

「……起きられました?」

「…………お前か」


 目を覚ましたライトはゆっくり身体を起こし、やけに身体が軽いことに気が付く。

 ライトの傍には、疲れ果てて眠るリンの姿があった。

 焚火の傍に座るマリアが、悲しげに言う。


「……リンは、泣きながら治療していましたわ」

「……さぞかし、俺は悪役に見えたんだろうな」


 リンの手には、『雷切』と『凍炎』の祝福弾と、胸には小さな子狼が収まっていた。

 そして、左手を開閉しながら実感する。


「カドゥケウス、セエレは?」

『ケケケケケケケケッ、肉体も魂も喰っちまった。もうこの世にはなんの欠片も残っちゃいねぇよ。まぁ、オレの腹の中になら多少の喰いカスはあるけどな』

「……そうか」


 ライトは焚火の傍、マリアの向かい側に移動して座ると、マリアが水筒を投げ渡す。

 受け取り、中の水を一気に飲み干した。


「身体の調子はどうですの?」

「……ああ、問題ない。むしろ調子いい」

「リンが魔力を振り絞って治しましたから……それにでも、心の傷までは癒せないようですわね」

「……あ?」

「髪、白くなってますわよ」


 マリアは手鏡を取り出しライトに向けると……ライトの髪の一部が白くなっていた。

 

「…………」

「一人目の勇者を殺して、復讐に一歩近づいた気分はいかが?」

「変わらない。あと3……いや、レイジを含めて4人。全員喰らうだけだ」

「そう。それまで、生きていればの話ですが」

「ふん……」


 ライトは、焚火に薪をくべた。


「……ありがとな、最後まで手を出さないでリンを守ってくれて」

「……リンを守るのはわたしの役目と言ったでしょう? 感謝される筋合いはありませんわ」

「それでも、ありがとう……その、これからも頼む」

「……あなた、気持ち悪いですわ。殺し合いをしたわたしに、そんな素直にお礼を言うなんて」

「……はは、確かにな。セエレを殺して気が抜けたのかも」


 すると、黙っていたカドゥケウスが言う。


『ケケケケケケケケッ、気を抜く暇なんてねぇぞ相棒。なんせ相棒は勇者レイジと同じことをやったんだ……ケケケケケケケケッ、勇者レイジは動くぜぇ?』

「……ああ、来るだろうな」

「来る?」

『マリア、あなたも用心なさい。復讐に駆られた者がどれほど恐ろしいか、あなたの目の前の男を見ればわかるでしょう?』

「…………」


 勇者レイジは、必ず復讐に来る。

 親友と家族を殺した聖剣勇者たちをライトが狙うように、セエレを殺された聖剣勇者もまた、ライトを殺しに動くだろう。

 だからこそ、ライトは思う。


「強くなる。もっと、もっと……第四、第五階梯に上って、誰にも負けない強さを手に入れる。そして……聖剣勇者を、皆殺しにしてやる」

「…………」


 ライトは、薄暗く微笑んだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 リンが目を覚ますと、優しく温かいスープの香りが漂っていた。

 

「ん……」

「あら、起きられましたか」

「マリア……」

『くぅ?』


 リンに抱きしめられていたマルシアも起き、スープの香りの正体が、ライトのせいだとわかった。どうやら調理をしているのはライトだ。


「ライト……」

「ようリン。怪我の治療ありがとな」

「う、うん……」

「スープ、飲むだろ? 腹も減ってるだろうし、メシにしようぜ」


 今日のメニューはライトの作った野菜スープに硬いパンだ。

 馬は草を食べ終え、すでに眠っていた。

 マルシアに干し肉を与えると、硬いのか必死に干し肉と格闘していた。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人は、無言で食事をする。

 スープを啜り、硬いパンをスープにひたして食べた。

 食後には白湯を飲み、食事を終えた。


「ふぅ……見張りは俺がするから、お前たちは休んでいいぞ」

「ええ、それではリン、あちらで身体を拭いて着替えをしましょう」

「……ライト」

「ん?」


 マリアを無視し、リンはライトの隣に座った。


「セエレを殺したこと、何も言わないの?」

「ああ、済んだことだしな。それに……何か言って欲しいのか?」

「……悲しくないの?」

「は? 悲しいって……俺は聖剣勇者を殺すために旅をしてるんだ」

「……ごめん、私、わけわかんない」


 リンは俯き、膝を抱える。


「セエレは、不愛想でダンマリしてて、あんまり仲良くなかったけど……魔刃王を討伐するために戦った仲間だったの。セエレはね、女の子なのに自分の格好に無頓着で……着飾ってレイジに振り向いてもらうより、自分の強さをレイジに見てもらおうとしてたの。でも、でもね……一度だけ、私に相談してきたの。『女の子らしい恰好、したいんだが……』って……それで、私」

「もういい、もう……やめろ」

「…………」

「どうする、お前は……俺が聖剣勇者を殺して喰うことを許せるか?」

「…………わかんない。ライトの家族と友達が、レイジたちに殺されるの見たから、私には止められない」

「ああ。あいつらは父さんと母さんを、親友を殺した。そして俺はセエレを殺した……お互い、もう後には引けない。引くつもりはないけどな」

「…………」

「リン、お前はどうする。俺に付いてくるか、レイジのところに戻るか。それとも、あいつと一緒に何の関係もない街で冒険者でもして、全て忘れるか……」

 

 マリアは無言だった。

 リンは、決断を迫られていた。

 ライトは、リンに答えを出させるために問いかけた。

 リンの出した答えは……。


「付いていく。私は……ライトについていく。私はもう選んだから、ライトもレイジももう止まらない。でも、私はライトを助けるって決めたから……」

「いいんだな? 俺は何があろうとあいつらを殺すぞ」

「……うん」

「お前にも、あいつらは牙を向けるぞ。ギフトもないお前には」

「関係ない。私は……強いから」

「……わかった」


 ライトは、セエレを殺した。

 きっと、もう引き返すことはできないだろう。


「さぁリン! 話も済んだことですし、一緒に水浴びでもしましょうか」

「そうね……気分を切り替えてサッパリしよっか」

「では洗いっこでも……」

「それは却下」


 リンとマリアは木陰に消え、残されたライトは冷めた白湯を一気に飲む。

 そして……カドゥケウスがポツリと言った。


『ケケケケケケケケッ、復讐者同士の殺し合いかぁ……勇者レイジと相棒の戦い、きっとグッチャグチャに歪むんだろうなぁ~』


 そして、残りの大罪神器は五つ。

 次に出会うのは────────。



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