第63話・一人目、完了
砕け散ったセエレをボンヤリと見つめるレイジを見て、ライトは満足そうに微笑んだ。
動かなくなったレイジから離れ、肉片となったセエレを見て嗤う。
「っくく、どうよカドゥケウス」
『あぁ~……すげぇ、すげぇよ……もう、涙が出そうなくらい外道だぜ相棒……今までで、本当にブッ飛んでやがるぅ……』
ライトは、ピクリとも動かないレイジを見た。
「はははははっ、放心してやがぶっふぇっ……あ?」
そして、ライトは吐血した。
同時に、全身を激痛が駆け巡る。
「っが、あぁっ、っがぁぁっふ!?」
『しっかりしろ相棒。第三階梯の負担は尋常じゃねぇって言ったろ?』
「ぐ……ああ、そうだ、な」
第三階梯『
激痛をこらえながら、ライトは……。
「……お前」
「…………さねぇ」
幽鬼のように立ちあがる、勇者レイジを見た。
よろよろと、脳震盪の後遺症が残っているのは間違いない。それでもレイジは立ち上がり、聖剣グラディウスをギリギリと握る。
「お゛ま゛ぁえ゛だけばぁぁぁっ!! ゆるざねぇあ゛ァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
呂律の回らない舌で、血の涙を流しながら咆哮した。
そんなレイジを見たライトは、第三階梯の痛みを堪えながらカドゥケウスを構える。
「わかったか? これが俺の痛みだゴラァァァァァァァァァァァァァァァッ!! テメェみてぇなクソがいっちょ前に泣いてんじゃねぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁっっ!!」
ダメージは五分五分。
ライトは、セエレを殺した爽快感と、苦しむレイジの顔を見て嗤う。
レイジは、目の前でセエレを殺された憎しみで剣を握り、血の涙を流しながらライトに向かって吠える。
「こおぉぉぉぉじんんんんけぇぇぇぇぇんんあぁぁぁぁぁぁっ!!」
聖剣グラディウスに光が集まる。
勇者レイジの力は光。聖剣グラディウスは光をエネルギーとして様々な技を繰り出せる。
セエレを殺されたショックでまともな思考ができないレイジは、ありったけの力をグラディウスに注ぎ込み、周囲一帯を更地にする勢いで放とうとしていた。
それに対し、ライトは。
「カドゥケウス」
『いいんだな? めっちゃ痛いぜ?』
「いい。こいつを殺す……へへ」
ライトは右目に力を込めた。
「がァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「『
右目から大きな力がライトの中に流れ、体感時間が変化する。
レイジはスローモーションで剣を振り下ろそうとしているのがわかった。
「あばよ、勇者レイジ……死ね!!」
ライトはありったけの弾丸をレイジの身体に叩き込み、最後に全力の拳を顔面に叩き付けた。
弾丸の速度やライトの動きは変わらない。
弾丸が身体中に食い込み、殴られたレイジは物凄い勢いで吹っ飛び、奇しくもセエレが叩き付けられた岩に激突し、動かなくなった。
「はぁ~……スッキリした」
激痛と引き換えに、ライトは勝利した。
◇◇◇◇◇◇
ライトは、カドゥケウスに聞いた。
「教えろ、こいつらを完全に殺す方法を」
『あー……やっぱり気付いてた?』
「当たり前だ。このまま放置しても生き返るんだろ? 完全に殺さなきゃ意味がない」
『でもよぉ……』
「カドゥケウス」
『はぁ~……わかったよ、教えてやる。というかもう気付いてるんじゃないのか?』
ライトは、穴だらけになって事切れてるレイジと、もはやただの肉片となったセエレを見た。そして、己の左腕の袖をまくり上げる。
「喰う、それでいいのか?」
『ああ。肉体を喰っちまえばいい。肉体や魂をオレが消化しちまえば、いかに女神といえど蘇生は不可能だ。でもよ、こいつらのギフトは聖剣、ただでさえ誓約で苦しんでるのに、女神の虎の子ともいえるギフトを喰ったらどうなるかわかんねーよ』
「死なないさ。まだ殺すべき奴らは残ってる」
リリカ、アルシェ、アンジェラ……残り3人の聖剣勇者。
ライトは、ここでようやくリンとマリアを見た。リンは蹲り、マリアに支えられている。
「……リン?」
「……気を失ってますわ。最初の女の子が爆散したと同時に」
「そうか。じゃあ、汚いのを始末しないとな」
「…………」
ライトは、マリアに向けて微笑んだ。
マリアは露骨に目を逸らし、リンを優しく抱きしめる。
そして、左手を伸ばし、セエレの砕けた頭部を掴む。
「カドゥケウス、
『……いいんだな?』
「ああ、やれ」
左腕が、セエレの頭部を飲み込んだ。
それだけじゃない、周囲の肉片がライトの左腕に吸収されていく。
そして、激痛がライトを襲った。
「っぎ、あ、っっが!? いでぇ、いっでぁぁぁ!? ぎゃぁぁあっ!?」
『耐えろ相棒! 意識を保て!!』
ライトの中に、何かがあふれてくる。
『騎士になったら、お嫁さんにしてね』
『ライトはかっこいいよ、ねぇリリカ』
『ライト、私はライトに負けないくらい強くなる』
『これからも、ずっと一緒に生きていく』
それは、幼い頃の記憶。
それらが全て消えていく。飲み込まれていく。ライトの中に、カドゥケウスに喰われていく。
『セエレ、結婚しよう』
『はい、ライト……』
すでに色あせた記憶が、黒く浸食されて……消えた。
「……………………ぁ」
『お疲れ相棒……美味かったぜ』
「…………そう、か」
ライトは、いつの間にか倒れていた。
左手から、二発の祝福弾がコロコロ転がる。
『……『雷切』と『凍炎』か。どうする相棒、捨てるか?』
「…………」
『ま、好きにしな。それより相棒、勇者はもう一人いるけど、食えるのか?』
「…………喰う、さ」
ライトは立ちあがる。
もう一人、聖剣勇者レイジを喰らうために。
負傷と誓約による痛みと、精神的な痛みでおかしくなりそうだった。でも、この勇者レイジを喰わなければ。
「カドゥケウス、もう一度」
『……ああ』
ライトは左腕をレイジに伸ばし────────。
「そこまでにしてもらいましょうか」
伸ばした腕が、透明な何かに弾かれた。
◇◇◇◇◇◇
『おぉ、おぉぉ……やっべぇなぁ、時間をかけすぎた』
『あ~ら、来たわね……あたしの宿敵』
それは、12枚の翼を生やしていた。
それは、美しい女性だった。
それは、微笑を浮かべていた。
「お前、は……っ!!」
「お久しぶりですね、【暴食】の少年。そして……初めまして、【色欲】の少女」
「え……」
その名は、女神フリアエ。
全ての元凶ともいえる究極の存在に、ライトはカドゥケウスを構えた。
『やめろ相棒、今のままじゃ勝てねぇ!!』
「やかましい!! 装填!!」
「およしなさい、今の傷ついた身体で無茶をすれば、命はありませんよ」
「黙れ!! そいつから離れろ、これから食事の時間なんだよ!!」
「……セエレを食べ、殺しただけでは満足しないと?」
「当たり前だ!! 俺の目的は聖剣勇者を……勇者を全員殺すことだ!!」
「……もう一度言います。おやめなさい」
フリアエは翼を広げ、風を起こして飛び上がる。
その両手にレイジを抱えて。
「なっ……てめぇ!!」
「今日は、セエレの死で満足なさい。勇者殺しにして、大罪神器に魅入られし哀れな子供……」
「待てやァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「さようなら、そして……もっと強くなりなさい」
そう言って、フリアエは消えた。
◇◇◇◇◇◇
気を失っていたリンは、シートの敷かれた上で目を覚ました。
パチパチと薪が燃え、いつの間にか野営の準備がしてある。
「う、ん……あれ」
「起きました、リン?」
「マリア……ここは? あれ、ライトは!?」
「……そちらに」
マリアが目を向けた場所に、ライトが横になっていた。
酷い怪我をしているようだが、手当ては特にされていない。マリアは触れることができないのでどうしようもなかったようだ。
「リン、彼を治してあげてくださいな。このままでは……」
「う、うん……」
リンはライトに近づき、手をかざして……。
「あ……ライト」
ライトの髪の一部が、白くなっていた。
そうだ。ライトは……セエレを殺したんだ。
「…………っう」
なぜだろう、リンは……涙が止まらなかった。
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