第36話・リンの剣

 三日後、リンの依頼した武器を取りに鍛冶屋へ向かった。

 鍛冶屋では、弟子の男性がカウンターに立ち、奥では親方がハンマーを叩く音が響いている。

 すると、ライトとリンに気が付いた弟子が、親方を呼んだ。


「親方、おやかたっ!!」

「やかましい!! 一回言えばわかる!!」

「ドラゴンが来ましたドラゴン!! ドラゴンの牙!!」


 ライトとリンは顔を見合わせ苦笑する。

 どうやら自分たちは、素材の名前で覚えられているようだ。

 すると、頭に手ぬぐいを巻いた親方が、布の包みを持ってカウンターに来た。


「よお、注文の品はできてるぜ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 包みをリンに手渡し、親方は腕を組む。

 リンは包みをほどくと、現れたのは……。


「うん、いい感じ……綺麗」

「……それ、剣か?」

「そうよ?」


 細い、片刃の剣だった。

 手で握れそうな金属の刃だ。確かに美しいが、薄く強度に心配がある。

 剣がドラゴンの牙だとしたら、鞘と持ち手が鱗だろう。それに、持ち手と刃の境目には丸い支えがある。


「いい『刀』です。これなら、私の剣術をフルに使える」

「カタナ?……その剣の名前か?」

「うん。異世界で日本人が使う武器と言ったら、刀が妥当でしょ?」

「…………」


 たまーにリンがわけのわからないことを言うが、ライトはスルーしていた。

 リンは刀を鞘に納める。すると親方は細いベルトをカウンターに置いた。


「こいつはサービスだ。お嬢ちゃん向けに作ったベルト、こいつにその剣を差していきな」

「ありがとうございます。ふふ、やった……」


 リンはベルトを巻き、腰に刀を差す。

 少なくとも、今まで使っていた安い剣よりは似合っていた。


「代金は金貨10枚でいい。貴重な素材を打つ機会をくれた礼だ」

「ありがとうございます。じゃあ金貨10枚」

「おう、ありがとよ。手入れを怠るなよ」

「はーい!」


 こうして、リンは新しい武器である『刀』を手に入れた。


 ◇◇◇◇◇◇


 鍛冶屋を出て大通りを歩いていると、住人や冒険者たちが騒がしいことに気が付いた。

 ちょうど露店で串焼きを買った二人は、何事かと興味本位で喧騒に近づき……。


「あ、ちょうど来たみたいね」

「ああ。運搬に三日かかるとは、けっこう大変だったみたいだな」


 喧騒の正体は、ドラゴンを荷車で運ぶ騎士たちだった。

 まるで英雄のように賛辞を受ける騎士たちは、なぜかバツの悪そうな顔で歓声に応えている。

 理由は、ドラゴンを倒したのがライトとリンであり、自分たちは壊滅寸前まで追いやられただけという事実に苦しんでいたから。この歓声を受けるべきは自分たちではないと理解しているからだった。

 もちろん、ライトとリンは歓声などどうでもよかった。


「どうする? 宿に迎えを寄越すって言ってたし、一度宿に戻るか?」

「そうね。こんな場所で名乗り出て注目浴びるのも嫌だしね」


 二人は串焼きを齧りながら喧騒から離れた。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿屋に戻りのんびりしていると、ドアがノックされた。

 

「失礼する。ああ、やはりここだったか」

「ハワード騎士、お疲れ様です」


 ライトは椅子から立ち上がり、思わず敬礼してしまった。

 しまったと思いつつ、ハワード騎士は苦笑する。


「面倒な手続きは部下に任せてきた。というか、部下が早く君たちの元へ行けとせっつくのでね。報酬はまだ準備できていないのだが、話をしに来た」

「話ですか?」


 ライトはハワード騎士に椅子を勧め、リンはライトの隣に座る。

 お茶も出さずに失礼かと思ったが、座ると同時にハワード騎士は話を始めてしまった。


「まず、ドラゴンの方はこれから解体に入る。解体後は商人ギルドに卸して換金し、色を付けて君たちに報酬を支払おう」


 そのことで、ライトとリンは決めていた。


「あの報酬ですが……」

「ああ、約束通り相場の五倍を」

「いえ、売却金の半分でいいです。な、リン」

「うん。それでもけっこうな額になるしね。二人旅だし、それだけあればいいよ」

「な……っ」


 ハワード騎士は、眼を見開いていた。

 信じられないといった風だ。だが、これは事前に決めていたことだ。


「あの、売却金の半分は、亡くなった兵士の遺族たちに支払ってください。ドラゴンの素材なら、半額でも十分に賄えるはずです」

「だ、だが……いいのかね」

「はい。お金は必要ですけど、稼ごうと思えば稼げますから」

「…………」


 ハワード騎士は立ち上がり、思いきり頭を下げた。


「ありがとう、いえ……ありがとうございます……っ!!」

「いえ、いいんです」


 ライトの心は、復讐に駆られている。

 でも、人間らしさは失っていない。困った人がいれば手を差し伸べることくらいはする。

 もともと、ライトはそういう少年だ。


『ケッ…………虫唾が奔る甘ちゃんだぜ』


 カドゥケウスの小声は、聞こえなかったふりをした。


 ◇◇◇◇◇◇


 報酬の話はまとまり、ハワード騎士は本題に入った。


「きみたちを腕のある冒険者と見込んで頼みがある」

「あの、私たち冒険者じゃないですけど」

「えっ!? あ、あれだけの強さでか!?」

「ええ。ファーレン王国から、その……旅を始めたばかりです」

「そ、そうだったのか……では、報酬を支払うので、騎士団からの依頼を受けてくれないだろうか」


 お願いに変わりはないらしい。

 ライトとリンは頷いた。


「君たちに、ある書状を届けてほしい」

「書状?」

「ああ。とある町の領主に宛てた書状だ。ワイファ国王からの正式な物でね……実は、ドラゴン退治はあくまでカモフラージュで、この書状を届けるのが騎士団の真の目的なんだ。だが、ドラゴンが思いのほか強く、全滅しかけてしまった……そこで君たちに救われたのさ」


 情けない話だがね、とハワード騎士は苦笑する。


「治療はしたがまだ動けない者も多い。後続部隊は戦闘慣れしていない者が多くてな……そこで君たちに書状を届けてほしい。もちろん、報酬は支払おう」


 王国の機密書類だろう、中身の質問はしない。

 だが、ドラゴンを倒した程度の二人組に、そんな重要なことを話してしまっていいのだろうか。


「俺たちをそこまで信用していいんですか? まだやるなんて言ってないし、書状を見て他国に情報を漏洩することだって……」

「君たちはそんなことをしない。断言できる」

「…………」

「頼む。私の首で責任が取れるならいくらでも取るが、どうもそうはいかないらしい。重ねて申し訳ないが……書状を届け、ワイファ王国に報告に来てくれ」

「…………」


 ライトはリンを見る。するとリンは頷いた。


「わかりました。その依頼を受けましょう」

「おお……ありがとう」

「それで、どこの町へ届ければいいんですか?」

「ああ、とてもいい街だ。ワイファ王国で最も平和な町と言われている『リィアの町』だ。別名、笑顔の町と言われていてな……そこの領主に届けてくれ」

「わかりました」


 ハワード騎士は、懐から頑丈な筒に入った書状を出し、テーブルに置く。

 そして、顔をきゅっと引き締めて言う。


「リィアの町はここから街道沿いに進み、森を抜ける必要がある。だが、森には盗賊が多く住んでいる。気を付けてくれ」

「なるほど……だから騎士が五十人もいたんですね」

「ああ。最悪、ドラゴン退治で負傷しても半数いれば問題ないはずだった」


 つまり、ライトとリンは二人で盗賊の森を越えなければならない。

 不安はあったが、なんとかなる。ライトはそう思った。


「では、改めて……あ」

「あ、そういえば……」

「忘れてたね……」


 今更だが、ライトとリンはハワード騎士に名乗っていなかった。

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