第27話・赤い花と紅い華
翌日。
リンと一緒に町で買い物をした。
馬と安い荷車を買い、着替えと保存食と旅の道具を買って、荷車に積み込んだ。
安い荷車だから4人乗りの狭い荷車だ。しかも後部座席には荷物が積んであるから乗れない。
だが、どうでもいい。
「ええと、着替えに保存食に……」
「食料だけあればいい。さっさと行くぞ」
「ダメです! 旅を舐めちゃいけません!」
「……」
ライトに旅の経験はない。ここは、魔刃王討伐の旅を1年以上していたリンに任せるしかないようだ。
するとリンは、ライトを見ながら言った。
「うーん、ガンベルトが必要ですね」
「は?」
「その銃、紐でぶら下げたままじゃ大変でしょう?」
『よく言ったお嬢ちゃん!!』
「うるさい。お前は町中で喋るんじゃねぇよ」
カドゥケウスは、紐でグルグル巻きにして背負っている。
ライトはどうでもいいと思っているが、リンはそうは思っていないようだ。
「ライトさん。私の世界では銃は腰に下げる物なんです。防具屋に行ってガンベルトを作ってもらいましょう!」
「…………どうでもいい」
「ダメです。行きますよ」
「……はぁ~」
リンは、グイグイ来るようになっていた。
厄介に思いつつも、旅の経験が豊富なリンの知識は欲しい。もしライト一人だったら、適当に食料を買い込んで町を出ていただろう。
「さ、行きましょう!」
「……ああ」
ライトは、リンと一緒に防具屋へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
防具屋には渋られたが、リンのデザインしたガンベルトを作ってもらった。
金貨一枚という出費の価値はあったのか、デザインと同時に制作し、既存のベルトに手を加えて完成……ライトの腰には新しいベルトと、カドゥケウスが収められていた。
「うん、カッコいいですね、ライトさん!」
「ったく、こんなのに金貨一枚使うなんて……こいつなんて紐でぶら下げておけばいいだろうが」
『おいおい兄弟、そりゃないぜ? それにしても、嬢ちゃんのデザインは洗練されてやがる』
「えへへ……実は、デザイナーを目指していたので、こういうの好きなんです」
「まぁ、その……ありがとな」
「はい、どういたしまして」
ライトは、素直に感謝した。
時間は昼前、町で昼食を食べて出発し、野営をしながら進めば数日でファーレン王国に戻れるだろう。
適当な露店で串焼きを買い、買ったばかりの馬車の傍で齧る。
「んぐ、美味しいですね」
「ああ。塩が利いてる」
同い年の二人は、ジャンクな味を好む。
串焼きと一緒に買った冷たいお茶を飲みながら、リンは質問した。
「ライトさん」
「ん……」
「ライトさんのお母さんって、どんな人なんですか?」
「母さん? 母さんは……」
ライトは、母のことを思い出す。
料理が上手で、騎士になったときは泣いて喜んでくれた。
見習い騎士は宿舎に泊まるのが基本だったが、たまに家に帰るとご馳走を用意してくれた。
そして……花が好きだった。
「母さん、花が好きでさ……家の裏に花壇を作って、毎日世話してたな」
「花? へぇ、ガーデニングが趣味だったんだ」
「そうだな……」
ライトは、思い出す。
枯れてしまった花を見る悲しそうな母の横顔を。
『花は綺麗に咲くけど……枯れちゃうと淋しいわね』
そんな風に、言っていた。
優しく、父が大好きだった母は、きっと寂しがっている。
もしかしたら泣いているかもしれない。
「……行くか」
「はい。行きましょう」
若く、力溢れる牝馬をひとなでし、ライトとリンは馬車に乗り込む。
御者を務めたこともあるリンが手綱を握る。ライトは馬に乗れるが御者の経験はない。リンに頼りっぱなしなので心が痛む。
『ケケケッ、兄弟、女任せとはなぁ』
「黙ってろ」
カドゥケウスを黙らせ、馬車は町を出た。
◇◇◇◇◇◇
それから、問題なく馬車を走らせた。
道中、魔獣も出現することなく、リンに御者を任せて進む。
「ライトさん、あと数日でファーレン王国です……どうしますか」
どうしますか? 決まってる、母さんを救う。
まずは、実家に向かって確認、その後は城に囚われた可能性もあるから調査する。
「まずは俺の実家に行く。指名手配の可能性もあるから顔を隠して行くぞ」
「わかりました。はぁ……完全な犯罪者ですね」
「もしいなかったら、城を調査する。勇者レイジと4人の聖剣勇者がいる場所だ、見つかったらアウトだぞ」
「はい、わかってます」
リンはギフトを持たない。
水魔術と剣が得意な女の子だ。癪だが、今の俺より強いのは間違いない。
馬車は街道を進み、見覚えのある道に差し掛かってきた。
「母さんを連れ出したらファーレン王国を脱出、その後は国境を越えてワイファ王国へ行くぞ」
「はい、綱渡りみたいな道ですけど、やるしかないですね」
「ああ、ヤルしかない……殺る、しかない」
ゾワリと、身体の中から黒い炎が出たような気分になる。
『兄弟、興奮すんな、冷静に冷静に』
「うるさい、黙ってろ」
『おっほ、つれないねぇ……』
カドゥケウスの声にも慣れ、相手にしないことにした。
どうもこの得体の知れない力は受け入れ難い……どうにかして剣を持てないだろうか。
「待てよ……そうだ、呪術師なら。おいリン、呪術師に心当たりないか!? 高位の呪術師ならこの呪いのことを」
「…………ら、ライト、さん」
「あ? おいリン、呪術……な」
馬車が、停止した。
リンは、前を見て硬直していた。
俺も同じだった。
「────────久しぶり、ライト♪」
目の前にいたのは────────リリカだった。
◇◇◇◇◇◇
「り……リリカ、だと」
「久しぶりだねライト、やぁ~っと会えたぁ♪」
粘つくような笑みを浮かべ、右手に大太刀を持ったリリカがいた。
俺が殴った怪我は完治している。飛び出た目も、千切れた鼻も、砕けた歯も、全て元通り。
ふつふつ、ふつふつと、黒い何かが燃えている。
「よぉリリカ……またヤラレに来たのか?」
「ううん、違うよライト。今日は素敵な贈り物を持って来たの♪」
「あ?」
馬車から降り、リリカに向かって歩く。
リンは馬車を街道の外れに移動させ、俺の隣に立った。
「リリカ、お願い……ここで戦うのはやめて」
「黙れリン。あんた、前から気に食わなかったのよ。レイジと同郷、レイジの故郷を知る人間のくせに、レイジのことよく知ってるくせに、レイジに何の興味も持ってない。私たちが知らないレイジのこと知ってるくせに、知ってるくせに、知ってるくせに!!!!!!」
「り、リリカ……」
リリカは、顔を歪めてリンを怒鳴りつけた。
だが、そんなのどうでもいい。
「おいリリカ、キレーな顔に戻ったようだけどよ、今度は顔面陥没させてやるよ」
「ふふ、できるの? くっっっっっだらないオトモダチとパパを殺したみたいに、身体中に風穴開けてあげまちょうか~♪」
「あ゛ぁぁん!? なんつったコラテメェ!!」
「あっはははははは♪ パパとオトモダチみたいにしてあげるっての!! 私を殴った罪、レイジの前であんな醜態を晒した恨み、返してあげる!!」
リンは剣を抜き、リリカは鬼太刀を構え……ぐちゃりと笑った。
「らぁいとぉ~……このまま殺すのもいいけどね? あんたは苦しんで苦しんで死ななきゃいけないの。だから……ステキなプレゼントをお持ちしましたぁ~♪」
「あ?」
リリカは指を鳴らすと、足下に魔方陣が展開する。
「これ、まさか……収納魔法!?」
リンが叫ぶと同時に、何かが現れ────────。
「え────────」
「うふふふふふふふっ!!」
「え、だ、だれ……? ま、まさか!!」
魔方陣の上には、一人の女性がいた。
「う、ら、ライト……? ライト、ライトなの!?」
それは……俺の母さんだった。
リリカの目の前に、母さんは現れた。
「かあさ」
「動くな」
リリカは、母さんの首筋に鬼太刀を突き付ける。
「ひっ……り、リリカ、ちゃん?」
「おばさん、動くと首がイッちゃうからね?」
「り、リリカちゃん……どうして」
「ごめんね? 私、ライトを殺すためにここに来たの。おばさんはぁ~……ライトの心を殺す道具♪」
「え?」
次の瞬間、母さんの手に鬼太刀の切っ先が突き刺さった。
「あ、ああ……アァァァァァッ!?」
「あっははははははは!!」
「母さん!? 母さん!! リリカてめぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!!」
「動くなって言ってるでしょ!!」
リリカは、母さんの手から鬼太刀を抜いた。
母さんは自分の手を押さえ、苦しそうに唸っている。
「おばさぁん……悪いのはライトなの。ライトが私を傷付けたからぁ~……だから師匠も死んじゃったの♪」
「え、ぇ……ら、ライト」
「違う!! 違うんだ母さん!! 父さんは……」
「違わなぁぁぁ~い!!」
リリカは、母さんの二の腕に鬼太刀を突き刺した。
再び響く絶叫。
「この痛みも、ライトのせい」
「ち、がう……」
「違わない、違わない、違わないぃぃぃぃぃぃぃっ!! ライト、ライト、ライトのせい!! おばさん、ライトはね、レイジに刃向かったから投獄されたの!! 脱走なんかしなければ師匠は死ぬ事なかった、ライトのオトモダチも死ぬ事は無かった!! おばさんが苦しむことなかった!! ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ、ライトのせいよぉぉぉぉぉぉっ!!」
俺は、崩れ落ちた。
「リリカ!! いい加減に」
「五月蠅い、ギフトも持たないゴミ虫が」
「……ッ!!」
底冷えするような表情でリンを睨むリリカ。
リリカは、鬼太刀で母の背中を薄く切りつけた。
「あぁぁぁぁっ!?」
「あはは、痛い痛い。でもね、レイジに心配をかけた私の心はもっと痛いの。何度も一人で泣いちゃった。レイジがお見舞いにきてくれてうれしかった。でもね、レイジは笑ってなかった……レイジには笑って欲しいのに、悲しい顔をさせちゃったの……」
俯くリリカは、一瞬にして憤怒の表情を作る。
「これも全部、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶライトのせいだ!! お前がライトを産んだせいだ!!」
「あぁぁっ、うぁぁっ、うっぐぁぁっ!?」
「お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
リリカは、何度も母を斬りつけた。
鮮血が飛び、大地が真っ赤に染まる。
リリカは、恍惚の表情で母を斬りつけていた。
「や、め、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「あーーーーーっはははははははははっっっはっはははっぁぁぁ!!??」
リリカは、狂っていた。
ライトは涙し、ついに飛び出した。
「ねぇライト、絶望的した? ねぇねぇ!!」
「りぃぃぃりぃぃぃかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
血の海に沈む母と、真っ赤に塗れたリリカ。
ライトは拳を握り、リリカを殴り殺そうと飛びかかった。
そして、ついに復讐の時が来たと歓喜するリリカ。
「さよぉぉぉならぁぁっ!! ラァァイトォォォッ!!」
リリカの鬼太刀が、ライトを両断────────。
「アク・エッジ!!」
リンの水の刃が、リリカに向かって飛んだ。
それを躱し、リンはライトを一瞬で追い抜きリリカの鬼太刀に剣を当てる。
「っ……なによゴミ虫、まだいたの?」
「リリカ……ライトさんには悪いけど私が言うわ。貴女……死んだ方がいい」
リンは、生まれて初めて殺意を覚えた。
◇◇◇◇◇◇
ライトは、母を抱き起こした……まだ、息がある。
「母さん、母さん!!」
「…………ぁ」
母は、薄く目を開ける。
抱き起こした両手が真っ赤に染まった。身体が軽い、そして……冷たい。
「ら、いと?」
「うん、俺だよ、ライトだよ!!」
「あぁ……ライト、なのね」
「かあ、さん……」
ライトは、涙が止まらなかった。
ようやく会えた母は、こんなにも冷たい。こんなにも軽い。
「お父さんは……? あぁ、そこに、いたの……?」
「とう、さん……いるよ、ここに、いるよ……」
ライトは、『重量変化』の祝福弾を取り出し母の手に握らせ、自分の手を重ねた。
しっかりと、刻みつけるように。
「あ、なた……ライトは、こんな、りっぱに……きし、に、なって……」
「うん、母さん、俺……騎士になった。強くなった。父さんほどじゃないけど、強くなった」
父は、ライトを守って死んだ。
でも、その魂はきっとここにある。
「ぁぁ……あたた、かい……あなた……らい、と」
『……ああ、ここにいる』
「…………と、とう、さ」
幻なのか。
父の幻影が、母を……ライトを抱きしめた。
母の目から、涙がこぼれ落ちる。
「父さん……母さん……」
「らい、と……し、っか……り、ね……」
「うん、うん……おれ、しっかり、やる……」
「あい、して…………」
母の身体から、全ての力が抜けた。
父の幻影も、消えた。
そして、ボロボロになったリンが、地面を何度も転がった。
「し・ん・だ♪」
リリカが、嘲笑っていた。
「死んだ、死んだ、死んだ……ようやく死んだ。ライト、あなたのせいで死んだ」
「…………」
「ねぇ、どんな気持ち?」
「…………」
「無視ね? あはは、心が壊れちゃった? ふふ、私の作戦大成功!! 少しは気が晴れたかなぁ……じゃ、さっさと殺してレイジに褒めてもらおっと!!」
「…………」
「バイバイ、ライ────────」
次の瞬間───────────ドス黒い何かがリリカの全身を貫いた。
「ッッッッッッ~~~~~ッ!?」
リリカは一瞬で数十メートルバックステップし、ライトと距離を取る。
その顔は真っ青で、背中には冷たい汗が一瞬で流れた。
ライトは、力の限り叫ぶ。
「カドゥケウスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーっ!!」
ドス黒い左腕が、ライトの母を包み込む。
『ようやくオレを呼んでくれたな、兄弟────────いや、相棒』
左腕は、ライトの母を喰った。
新たに弾丸が生成され、カドゥケウスの弾倉に装填される。
『母さんは、花が好きでさ……母さんのギフトは、枯れた花だって蘇らせることができるんだ』
枯れた花に僅かに残った生命力を『強化』し、蘇らせることができた母。
でも母は、自然の摂理に反していると苦笑した……でも、花が好きだったから、その美しさを残したいと言っていた。
『
左腕の袖をまくり、漆黒の腕を見せつける。
『さぁ喰え相棒!! この【
カドゥケウスの声が、頼もしく感じた。
ライトは初めて、この得体の知れない力を受け入れることが出来た。
「喰うぞカドゥケウス……」
『おう!!』
ライトは、左手を開きカドゥケウスの銃口をリリカへ向けた。
そして、涙に濡れた目をリリカへ向けて叫んだ。
「リリカ、お前を喰い殺す!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます