第19話・やさしいともだち

 家に帰ろう。

 母さん、謝れば許してくれるかな……。

 父さん、こんなバカな息子でゴメンなさい……。


「はぁ、はぁ……っぐ」


 左腕が黒くなり、二の腕だけでなく肩まで黒くなっていた。少しずつ、少しずつ、寝食が広がっている。

 毒のような黒、人間ではあり得ない色だ。全身が熱を帯びているような、気怠さと目眩と吐き気が俺を襲う。

 こんなのが俺の《ギフト》なのか……? 模擬戦のときに放った光とはまるで違う。


「はぁ……はぁ……」


 身体を引きずりながら、地下牢を出る。

 守衛も兵士も騎士もいない。城の中はカラッポだ。戴冠式のせいなのか? でも、守衛すらいないのはおかしい。

 でも、チャンスだ。

 あのまま地下牢にいてもリンが来るだけだ。俺は家に帰る、帰るんだ。


「は、ぁ…………は、ぁ…………」


 無人の廊下を進む。

 城は毎日歩いてる。外に出る道も、あまり使われない道も知っている。

 外の喧噪はここまで聞こえてくる。勇者レイジの戴冠式で盛り上がってるんだろう……。

 身体を引きずりながら、あまり使われない道を進み……。


「……ライト?」

「…………え」


 声が聞こえた。

 ボンヤリとした目で前を見ると……。


「と……とう、さん?」


 父さんだ。

 これは、夢なのかな?

 

「ライト、お前……その手はどうした!? なにがあった!!」

「とう、さん……俺、俺……帰りたいんだ」

「帰る?」

「うん、家に、帰りたいんだ……」


 涙が溢れた。

 力が抜け、崩れ落ちる……だけど、父さんが、がっしりした身体の父さんが、俺を支えてくれた。

 強く逞しい、父さんの腕が、俺の身体を支えてくれた。


「ああ、帰ろう。家に帰ろう、母さんも待ってる」

「ん……」


 帰れるんだ、家に……。


 ◇◇◇◇◇◇


 父さんは、戴冠式よりも仕事を優先したそうだ。

 俺を背負い、ゆっくりと歩いている。

 

「リリカやセエレのことでお前が怒る理由もわかる。勇者に向かった理由も仕方ない……」

「ごめん……」

「オレも母さんも、お前を信じている。実はな、仕事を辞めてファーレン王国を出ようと話をしていたんだ。仕事の引き継ぎも終えたし、引っ越しの準備も進んでる」

「え……?」

「今回の件でお前は国外追放になる。オレや母さんも、お前を捨てたこの国に未練はない。どこか平和な村や町で、防具屋でも開いて暮らそうと思ってな」

「……そう、なんだ」

「ああ。だからライト、安心しろ。お前と一緒だ」

「……ぅっ、うぅ」

「泣くな。それでも俺の息子か?」

「っく、うん……」


 父さん、母さんは……俺を見捨てていなかった。

 国を捨てて、俺と一緒にいてくれる。


「はは、ライト。どこにいきたい? ファーレン王国以外だと、東のヤシャ王国か、西のウェールズ王国か、南のワイファ王国か、北のフィヨルド王国か……フィヨルド王国はナシだな。あそこは年中雪が降って寒いしなぁ。行くならワイファ王国なんてどうだ? ワイファ王国は海沿いの綺麗な国でな……」


 父さんは、俺を背負いながら楽しそうに話す。

 子供みたいに、これからの冒険に胸を躍らせて。


「……」

「ライト、しっかりしろ。腕は大丈夫なのか?」

「うん、なんとか……父さん、これ、なんのギフトなの? こんな苦しいなんて」

「……わからん。肉体変化系のギフトだと思うが」

「治るかな……」

「大丈夫だ。肉体変化系のギフトは慣れるまで身体に負担が掛かる。落ち着けば治るさ」

「うん……」


 そういえば、レグルスとウィネも苦労したって言ってたな。

 レグルスは、全身を硬化したまま解除できず、丸2日岩のような状態で過ごしたり、ウィネなんて液状化が制御出来ず、素っ裸のまま町中に出たこともあったとか言ってた。

 この炭化した左腕が俺のギフトなら、どんなギフトなんだ?


「……ライト、静かにしろ。誰か来る」

「え……」

「…………」


 父さんと歩いているのは、人通りが少ない通路だ。

 食料運搬や業者が出入りする通路で、この時間帯は誰も来ない。戴冠式の最中なら尚更だ。

 父さんは警戒し、俺を背負ったまま物陰に隠れようとして……。


「やっぱここか。ったく、いきなり消えるなよ」

「って、ライト、どうしたのよその腕!?」


 レグルスとウィネに遭遇した。


 ◇◇◇◇◇◇


「二人とも、なんで……?」

「決まってんだろ。戴冠式で盛り上がってる最中に、お前を逃がそうと思ってな」

「それで、配置換えの隙に抜け出してきたの。それで地下牢に行ったらもぬけのカラだし、もしかしてライトは逃げたんじゃないか? って思ってさ、もしライトが逃げるならこの道を使うだろうって思ってね」

「レグルス、ウィネ……」

「国外追放って言っても、準備出来ると出来ないじゃ違うだろ? さっさと抜け出して行っちまえ……って、ら、ライトの親父さん!?」

「わぉ、もしかして先越された?」


 父さんは苦笑して言う。


「いい友人を持ったな、ライト」

「うん……」


 本当に、俺なんかに勿体ない友人だ。

 レグルスとウィネは、俺の腕を見ながら言う。


「なんだこれ……焼け焦げたみたいだ」

「肉体変化系のギフトだね。あたしやレグルスと同じ、初期状態だから安定してないみたい」

「なぁ、治るのか……?」

「大丈夫。身体が慣れれば自然と元に戻るよ。あたしも最初は寝込んだりしたもん」

「オレは思い出したくないぜ……」


 肉体変化系はいろいろ苦労がありそうだ。

 これから俺も、その苦労に付き合わなくちゃいけないみたいだけど。 


「とりあえず、家まで行くんだろ? 地下牢はお前以外の囚人はいないから、入口のドアを細工しておいた。地下牢の鍵を内側から掛けて開かないようにしたから、数日は安心だぜ」

「どうせ囚人のことなんて考えてないからね。数日入口が開かないからってドアを壊してまで入ろうとはしないでしょ」

「その間に、出発準備して行っちまえ。後の事はオレとウィネで誤魔化してやるからさ!」

「………」


 本当に、俺なんかには勿体ない友人だ。


「お、おいライト、泣くなよ……ったく、こっちまで」

「ホントよ……もう」


 温かい気持ちが胸に染みた。


 ◇◇◇◇◇◇


 運搬用通路を抜けると、城の裏に出た。

 

「すっげぇ騒ぎだな……勇者レイジが国王って、そんなにすごいことなのかね」

「そりゃ魔刃王を討伐した勇者だし……」

「これからはオレらが守らなきゃいけないのか……なんか複雑だぜ」

「ふふ、国王であり勇者、守らなくても強いからね」


 レグルスとウィネの声を聞きながら、俺は熱にうなされていた。

 こんなに苦しいのは子供の時以来かな……。


「ここまででいい。レグルスとウィネ、本当にありがとう、助かったよ」

「気にしないでください。それより、ライトをお願いします!」

「ああ、任せてくれ」

「ライト、元気でね。また会いましょう」

「……ああ」


 ウィネが、俺の頭に手を乗せた。

 子供かよとツッコみたいが、その手が優しく気持ち良かった。





 ───────────そして、この日最大級の怖気が、俺を襲った。





 ◇◇◇◇◇◇


 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。


「───────────え」

「───────────な、なんだ?」


 レグルスとウィネが驚愕した。


 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。


「な……こ、ここは」


 父さんが、目を見開いていた。


 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。


 背中が、冷たかった。

 冷や汗が、止まらなかった。


「あぁ?」

「え?」

「ん?」

「あら?」


 見知った顔が、俺たちを見ていた。


 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。


「うそ───────────」


 リンが、俺を見ていた。


 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。

 ぞわぞわ、ぞわぞわ、ぞわぞわ。


 ゾワゾワが、止まらない。

 その原因は……イヤでもわかった。





『見つけた───────────』





 空を飛ぶ、天使のような……女神のような女が、こちらを見ていた。





 そして、聞こえた。





『喰エ───────────』

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