第197話 とりあえず幅員減少の最期 だらだらとした素人くさい終わり方

「待ちなさい!」

 やめて。

「その少年をいますぐ解放しなさい!」

 お願いだからやめて。

「あぁん?」

 幅員減少デセラレータが鞭を振り上げたまま顔を向け、言った。セリフと口調はイラついていたが表情はうれしそうだった。じつにうれしそうだった。

 京介はうれしくなかった。まったくうれしくなかった。この期に及んで新キャラかよと思いながらしぶしぶ凜とした少女に目を向ける。

 そこにいたのは予想どおり、例のアレだった。焔のような、というか明らかにファイバーの髪が、緩やかかつ不自然に腰まで流れ落ちている。スカートはかっちかちに翻ったままで、まるでパンツをちらつかせるためだけに存在しているかのようだ。身長より長い幅広の剣をこともなげに構えているが、あの防備では下半身を狙われて終わりだろう。

 幼さを残す顔に、強い意志を感じさせる眉に、赤い瞳。やっぱり例のアレだ。

 そして年のころは16といったところか。とはいえ16だろうが42だろうが京介にとっても作者わたしにとってももはやどうでもいい問題だ。最後なのでお義理で言ってみただけ、あとは各自イラストを見て勝手に判断すればいい。なんなら年齢を募集するというのはどうだろう? なかなか新しくはないだろうか?

 京介は四つん這いで少女を仰ぎながら思った。

 次節で終わりなんですが。

 すると凜とした少女が京介の前で軽く膝を折り、手の甲を口に添え、こそっとささやいた。

「〈年のころ〉のあとは、きれいだ、でしょ」

「そういうのはもうやめたのだ」

「きれいじゃないってこと?」

「きれいだろうが凜としていようが顔に幼さが残っていようが関係ない。おれは一ツ橋色葉が好きだ。好きな理由は説明できないがとにかく好きだ。おまえがこのあとどういう展開を見せるつもりかは知らないが、万にひとつも見込みはない。あきらめて帰るのだ」

「あっそう。わたしを追い払ったら後悔すると思うよ」

「登場した時点ですでに後悔している」

「ほんと、気づかないんだ」

「なんの話だ」

「ぼくを絡めろよ! ふつうに会話するなって言ってるだろ! 無視するなよ!」

 凜とした少女は幅員にちらと目をやったあと、眉力を緩め、鼻背にしわを寄せるタイプの笑みを浮かべて京介を見下ろした。

 髪の毛を左手でつかみ、ずるりと脱いだ。

 アッシュブラウンの髪毛を見た瞬間、京介は立ち上がり、気づけば色葉を抱き締めていた。

「ただいま、岸田京介」

「長々と放っておいてすまなかった」

「むにゅ、はどうする?」

「そういうのはもういい。そういうのは二度とごめんだ」

「ごめんなんだ?」

「いや、ラノベとしてごめんなだけだ。適切な状況下における男女間の営みとしてはOKだ。だがいまは適切な状況下ではない」

「お父様が目を剥いているしね」

「ぼくもいるぞ! いまだにいるぞ!」

 京介は抱擁を解き、胸のつっかえを取り除くように息を吐いたあと、あらためて色葉を見た。ふつうに惨状だった。頬にはナイフを一閃したような傷痕があり、乾いた血が涙のように伝っている。髪毛はぐちゃぐちゃにもつれ、アホのような毛は2本とも消失していた。脇腹を押さえ、苦しげに顔をしかめている。手のひらも血まみれだった。

「色葉」

「なに?」

「もう放課後だ。一緒に帰ろう。友達みんなと一緒に」

 京介が言った次の瞬間、色葉の涙腺がぶわっと決壊した。京介の胸に顔を埋めてびえーんと泣きはじめた。

 もちろん背後では一ツ橋氏が剣呑に目を細めていた。

「ぼくを絡めればもっと感動的になるぞ!」

 落ち着かせようと赤ん坊のように左右に揺すりながら言う。

「おれはここに誓う。おまえを二度と離さない」

「それはダメ」

「ではときおり離す。個人の意思を尊重しながら」

「うん」

「もうなんでもいい。疲れた。みんなと一緒に帰るのだ。春もアリたんも五月も陽一も、もはや人気取りでいがみ合う〈ヒロイン〉ではない。友達だ。もちろん敏吾も」

 色葉は嗚咽した。

「そして今夜は、ぴょんぴょん舎だ」

「サラダ、ある、かな」

 幅員減少は鞭をだらりと下ろし、17歳男女の抱擁と会話を呆然と見つめていた。

「頼むよおまえら。頼むから戦ってくれ。マジで殺すぞ。ラノベとか演技とか関係ねえんだよ。現実世界でも死んだら生き返れねえんだぞ? ビビれよ。なんで無視するんだよ」

 京介は幅員を指さし、色葉に言った。

「あいつはどうする」

「え? ああ、中村のこと? 心配ない。そろそろヘアカラーが落ち着いてくる」

「なんの話だ」

「本名言うんじゃねえよ。いや、そういうことか。そういうことにしよう。(咳払い)一ツ橋色葉、そして岸田京介! おまえらに真の名を知られてしまった以上、生きて返すわけにはいかないぜぇ!」

「〈幼馴染み〉だったのか」

「3歳のころからのね。いじめから救ってくれたのは事実だけど、それはそれ。いまはご覧のとおり、空気の読めないただのバカよ。相手にしなくていい。あっちの暗闇の先にエレベーターがある。無視して行きましょう。家に帰るのよ」

「中二風なのは不問に付すとして、明らかに社会病質者だ」

「無視するのよ!」

 京介は驚いて見下ろした。

「あんなやつ無視よ! 無視するのよ! みんなで無視してやる! あんなやつ大っ嫌い! 全員に無視されてひとりで机にすわって泣いていればいいのよ! いい気味! ざまぁ! 死ね死ね死ね死ね! 中村も担任もクソバカ貧乏人の平井もチンケな取り巻き連中どもも中学校もろともまとめて地獄に墜ちやがれってんだ! なにが中学の思い出よ! 思い出なんかなかった! おまえらがわたしの人生を奪ったのよ! 全員死んでしまえ! バーカ! バーカバーカバーカバーカ!!!!!」

「平井とはだれのことだ」

「あースッキリした! じゃ、帰ろ? 帰ろ帰ろ♪」

 色葉はカッチカチにスカートを翻らせたまま、京介の腕を抱き、大胆に寄り添った。京介はよくわからないままうなずいた。先ほどの絶叫によって性格の薄皮が一枚剥がれたようだった。

 いちゃいちゃを目の当たりにした一ツ橋氏が険しい表情で見つめている。ぼっちの幅員減少は一ツ橋氏を人質に取ろうと背後から首に腕を巻きつけた。一ツ橋氏は幅員減少の手首をつかみ、首元からゆっくりと引き剥がした。幅員はふざけるなと言って腕を巻きつけ直した。一ツ橋氏は幅員を冷ややかに見下ろし、いますぐその手を離せと告げた。幅員は離した。

 17歳カップルがいちゃいちゃしながら深き闇に呼びかける。

 おーい。色葉見つかったぜー。

 帰ろうぜー。

 闇の奥からぞろぞろとやってきた。友達は口々に色葉に声をかけ、抱擁し、打ち上げの計画を熱っぽく語った。色葉は涙を拭い、笑顔をひらめかせ、テンションを3メモリほど上げた。上原は予約が取れた旨を伝えた。もちろんちんけな食べ放題プランなどではない。

 京介は重々しくうなずいた。

「行こう」

 焼き肉&冷麺の話題で盛り上がりながらエレベーターを目指す。そこへ当たり前のように幅員減少が立ちはだかった。エレベーターを背に言う。

「無事帰れると思うのか? もう頭に来た。こんな侮辱は生まれてはじめてだ。ぼくはいま、相当頭に来ているぞ。おまえらは、怒らせてはいけない者を怒らせてしまったのだ」

「怒らせてはいけない者を怒らせるとどうなるのだ」

「こうなったら作戦変更、おまえらの打ち上げを台なしにしてやる。残すところあと1節というこの状況において、ぼくはおまえらのひとりをここで殺す。無残に殺す。しかも相打ちで殺す。おまえらはどう収拾をつけていいのかわからなくなり、焼き肉どころではなくなるという寸法さ」

「打ち上げに誘ってほしいという意味か」

「さて、だれを殺してやるかな。ああそうだ、そこのホモ野郎をブチ殺してやる」

「なんだって」

「おまえ、仲間内でちやほやされていい気になってんじゃねえよ。ふつうに気持ち悪りーんだよ。世間はそう思ってんだよ。おまえちんちんついてんだろ? 男なら男らしくしろよ」

 上原が陽一を背後から軽く抱いた。弟にするように優しくあやす。

「いいのよ、陽一くん。ああいう人は、どの社会にも一定数いるものなの。でも悪いのは、国でも社会でも地域でも両親でも、本人ですらない。ああいう人だから仕方がないというだけなの。気にしないで」

 受け取りようによってはかなりの最後通牒だったがああいう人である幅員減少は気づかない。この期に及んで攻撃前のポーズをキメ、利き手のナイフを剣呑に光らせた。

 京介はあらためて恥ずかしい幅員を見、口を開きかけた。

 そのとき。

 またしてもそのとき。

 京介の深く刻まれた眉間が脳に指令を送り、長期記憶の一部分をサルベージさせた。

 あの赤い目。

 あの砂色の髪。

 赤い目に砂色の髪の少年。

 見覚えがある。

 というより。

「勇一郎、なのか」

 幅員減少はわずかにポーズを緩めた。

「勇一郎。おまえなのか」

「はぁ?」

 京介の問いかけがあまりに素だったので幅員はどう反応していいのかわからず思わず脳の動物的な部分で「はぁ?」と叫んで威嚇することでひとまず時間を稼いだ。

「だれだよ勇一郎って?」

「おまえだ」

「はぁ?」

「いつヴォイドから戻ってきたのだ」

「だからだれなんだよその勇一郎って?」

「おまえだ」

「はぁ?」

「おれに『はぁ?』は通用しない。それより勇一郎よ、久しぶりだ。元気にしていたか」

「ちがう! ちがうっていってるだろぉ? ぼくはおれだ! おれの名は、幅員減少だ!」

「一人称がごっちゃになっているぞ」

「おれは、ぼくは、ゆ、いや、ふ、ふ、ふふ」

「赤い目に砂色の髪の少年だ。おれやみんなが知っている赤い目に砂色の髪の少年といえば、勇一郎ワーグナーをおいてほかにない。といってもみんなはすでに忘れているかもしれないが。とにかく同じラノベに同じ髪色と瞳の色を持つキャラクターが出るはずがない。自然の摂理に反する。だからおまえは、ミンターライスター勇一郎なのだ」

「わたくしの名は幅員減少ですのよ!」

「はじめて聞く名だ。おまえらは知っているか」

 一同は知らないと首を振った。幅員減少? なにそれおいしいの?

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 そんなわけでカラーリングによって髪色と目の色がモロかぶりしてしまった幅員減少は、ラノベ学第2法則に則り、一時アイデンティティを失った。精神は肉体を離れ、ラノベ世界とヴォイドの間隙において自問自答を繰り返す。おまえはだれだ? おれはだれなのだ? ぼくは、おれだ。おれは、わたくしですのよ! 拙者の名前はにゃん太郎丸ですにゃん。にゃんにゃんスプラッシュー。そして炎・滅・斬! やがて精神は母なる海とでも呼ぶべき大波にさらわれ、波は母だけにヒステリーのように荒れ狂い、かつて白髪の少年だった精神を押し流し、46億年の歴史とともに飲み込み、生命のスープの一部として自然に帰らせた。

 白目を剥く少年の肉体へ、本来いるべき「我」が蘇った。

「よし!」

 色葉が指を鳴らした。

 少年は白目をゆっくりと黒目に戻す。面を上げ、京介に向け、うなずき、言った。

「恥ずかしながら、帰ってきたぜ」

「勇一郎」

 すでにだれも覚えていないかもしれないが史上最低のゴミラノベとして名高い『ミンターライスター勇一郎』の〈主人公〉・勇一郎ワーグナーは、言葉どおり恥ずかしげに頭を掻いた。

 色葉が言った。

「新しい体の具合はどう?」

「体が重い。こいつ、だいぶ不摂生をつづけてきたみたいだな」

「健診でも受けるといい。とにかく一緒に帰るのだ」

 そのとき。

 またしてもそのとき。

「女子高校生のようなお肌が欲しい!」

「忘れてた!」

「今度はだれなのだ」

 京介はうんざりと言った。

「みんな急いで! エレベーターに乗るのよ! あの人だけはダメ! あの人だけはシャレになっていないのよ! 急いで!」

 色葉に牧羊犬のようにせき立てられ、一同はよくわからないままとにかく急いでエレベーターに向かった。

 扉が開く。

「そこのOL! おまえの肌でも構わない!」

「はやくして!」

 どやどやとエレベーターに乗り込む。敏吾がたたきつけるように閉じるボタンを押した。

 扉が閉じる瞬間、残念ながらすっと手が差し込まれた。女性の手だ。年季が入った女性の手だ。

 エレベーターはがたりと震えたあと、扉を開けた。

 悪夢のような〈天使〉が姿をあらわした。

「わたしを登場させたことを後悔しているでしょう。そして次週・最終回!の空気を利用し存在そのものをなかったことにしようとした。そうはいかない。わたしにはわたしの目的がある。人はそれぞれの人生において主役を演じている。脇役などというものは存在しないのよ」

〈天使〉の高橋は準備動作なしでいきなり五月の髪をつかんだ。強引に引き寄せる。五月はふつうに叫んだ。全員でふつうに救出した。京介は〈天使〉の肩をつかんだ。〈天使〉は口をヘの字に曲げて振り向き、見上げた。京介はその顔の表情のみでひるんだ。

 そのとき。

 またしてもそのとき。

 背後からけもののようななにかがタックルし、〈天使〉を押し倒した。

「てめえかよ、颯太(仮名)に手ぇ出したのは!」

〈天使〉とけものはエレベーター内でもみくちゃになりながら壁に激突した。けものはすばやくマウントの体勢に移行し、引っ掻き、罵り、唾を吐いた。女性ふたりのあられもない戦い、だがキャットファイトとは完全に真逆に位置する戦いだった。

 色葉が壁に貼りつきながら言った。

「かずこさん!」

「母さん」

 京介が呆然と言った。

「なぜ母さんが、こんなところに」

 みさえ(仮名)が天使の頬を張った。

「このババア!」

「ババアじゃない。わたしは〈天使〉よ!」

「じゃあ天使ババアだ! ババアのくせに高校生に手ぇ出すんじゃねえよ! ババアはババアらしくしろ!」

「き、奇跡は起こせる。たとえばそう、わたしと一ツ橋色葉の精神がスワップされるのよ。この期に及んで。なぜか。どういうわけか。理由はない。奇跡に理由など必要ない。ただし頭をごちんとぶつけなければならない。5秒だけちょうだい。そうしたら、ごちん」

「なに冷静にわけわからないこと言ってんだよ!」

 みさえ(仮名)は羽毛のようなつけまつげをベリリと剥がした。それからメイク落とし用タオルを濡らし、〈天使〉の顔面を乱暴にこすりはじめた。なんの液体で濡らしたのかはお伝えしないほうがいいだろう。おそらく水道水だ。

 ごしごしごしごし。

「や、やめて」

「そらできた! ババアメイクの完成だ!」

「母さん」

「いやあぁぁぁぁぁぁぁ!」

〈天使〉は顔を押さえて暗闇の奥へ走り去った。

「母さん。母さん」

 必死に肩を揺する背の高い高校生らしき男を、かずこは野生児もかくやといった表情で見上げた。

 その顔に人間らしさが蘇る。

「京介」

「家に帰ろう。家に帰るのだ」

「わたし、一体、なにを」

「とにかく帰るのだ。おれも帰る。あの寂れたニュータウンで、再び一緒に暮らすのだ。おれと、母さんで。そして」

 京介は泣いた。

 エレベーターの扉が閉じる。エレベーターは分速90メートルで下降する。塔の1階へ、焼き肉屋へ、そしてだれも知らない未来へ。

 聞こえるのはすすり泣きの声のみだった。気を遣ってか、しんみりした空気にいたたまれなくなっただけか、めいめいが好き勝手にしゃべり出した。

「打ち上げは成功裏に終わるでしょう。あの特選霜降りハラミを一度食べたら、もう二度と過去には戻れない」

「きみらはこのあと打ち上げか。いや、おれは気にしなくていい。ぽっと出で参加するなんて、おこがましいにも程があるからね」

「冷麺と焼き肉って一緒に食べてもいいんですかね」

「ぴょんぴょん舎の公式ホームページによると、盛岡では焼肉を食べながら冷麺を食べるスタイルがスタンダードなんだって。焼肉の牛肉と冷麺の牛骨スープを一緒に味わうことでお互いの旨味が引き立つ」

「いやあ、楽しみだね。ところであらためてだが、きみたちの家族構成を聞かせてくれないか。小学生の妹なんか、いたりするのかい?」

 京介はがやがややかましい友達に囲まれ、階数表示板を見上げながら鼻をすすった。

「ヘアカラーのくだりできれいに終わらせるつもりだったのだが」

「らしくていいんじゃない?」

 色葉が言った。

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