第196話 打ち上げはどの焼き肉店を選ぶべきか

 完全な暗闇が一行を待ち受けていた。

 防火扉が音を立てて閉じる。それがトリガーとなったのか、足元が淡く輝きを放ちはじめる。光は前方へ進み、枝分かれし、系統樹めいた光の道ができあがった。

 いまとなってはくだらない演出だ。

 闇は闇としてそれなりに不穏だったので、一行はそれなりに警戒しながら、光の系統樹の真ん中を進んだ。なにが待ち受けているにせよ、これだけ雰囲気を高めておきながら隅っこにすわっているはずはないからだ。

 やはりというべきか、玉座のようなものが暗闇からぼんやりと浮かび上がった。人物がすわっている。玉座のそばに従者らしき者が控えている。

 京介は仲間を止め、教頭先生を上原に預けた。

 ひとり先へ進む。

 玉座の人物は、床屋で見るクロスのようなものをかぶっていた。

 京介はさらに近づいた。

 クロスのようなものではなく、クロスだった。

「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ」

「聞かなくてもどうせ言うだろうから聞く。おまえはだれだ」

「ぼくは幅員減少デセラレータ、最終決戦の相手だ。いや、全然そのつもりはなかったんだよ? でも図らずもそうなってしまった。才能って、才能に見合った舞台を引き寄せてしまうものなんだな。ついでにカラーリングで見た目までかっこよくなった。これからクソラノベバトルと〈無駄な会話〉で、たっぷり100ページは稼げるぞ。嬉しいだろ」

「隣にいるのはだれだ」

「こいつは気にするな。ただのカリスマだ」

 細いおっさんは京介に一礼し、雰囲気を壊さないようそろそろとあとじさり、闇の奥に消えた。

 京介は幅員デセラとやらに重要な事実を伝えようと口を開きかけた。幅員減少は玉座から立ち上がり、颯爽とクロスを脱ぎ捨てた。

 そしてやや肩を入れつつ両腕を前方にピンと突き出し交差させる無意味としか言いようのない立ち姿で構え、〈技名〉を言った。

「警戒標識奥義、『すべりやすい』」

 足元が滑りやすくなった。だがいまは動く必要性を感じないのでべつにどうでもよかった。

 京介は告げた。

「だれだか知らないが、おれたちはもう、ラノベはやらない」

「はぁ?」

「おれたちは自宅に帰る。色葉はどこだ」

「それはないだろぉ? ボス戦を前に、帰りますだと? 『横風注意』!」

 横風が吹いた。たしかに強い風だが、ハンドルを取られないよう気をつければ済む程度だ。

「つづけていくぞ! 『原動機付自転車の右折方法(二段階)』!」

 幅員減少は玉座から消え、原付のように二段階右折したのち、京介の目の前に立った。目をくわっと見開いたうえに白目の割合を大きくし、わざわざ犬歯をちらつかせて残忍そうに見える笑みを浮かべ、どんだけ奥へ振り上げるんだと思わずツッコミを入れたくなるものすごく派手なムーブで利き腕を振り上げ、京介の頬にこぶしをたたき込んだ。

 どさり、と床に崩れ落ちた。

「なんだ、この程度かよ! アンダーアチーバー京介って、この程度だったのかよぉ!?」

 京介は上体を起こし、頬を押さえながら幅員減少を見上げ、言った。

「ラノベは楽しいか」

 斜め方向からの問いに、幅員減少は眉をひそめ、わずかに肩を落とした。ぽかんとした表情で、黒目を常識的な大きさに戻す。

「なぜ反撃しないんだ」

「言ったはずだ、もうラノベはしないと。色葉はどこだ」

「そうか、そういうことか。絡みづらいか。バックグラウンドが不明瞭だと絡みづらいと言いたいのか。じゃあ説明しよう。ぼくはなにを隠そう、一ツ橋色葉の〈幼馴染み〉だったんだ。あいつはいじめられっ子でね。ぼくは中学時代、あいつを何度も助けた。だがあいつは、感謝するどころかぼくの気持ちを踏みにじった。だから〈闇落ち〉して、こんなふうになったってわけ。ぼくはおまえの目の前で一ツ橋色葉の唇を奪い、無理やりドバイあたりにハネムーンに旅立つつもりだ。許しがたいだろ? 度しがたいだろ? 倒さなければならない相手だろ? これでライバル関係になったろ? だからおまえは、ぼくと戦う。これでどうだ?」

「そういうのはもういいのだ。おれたちはこれから、焼き肉屋に予約を入れなければならない。敏吾、店は決まったか」

 敏吾はスマホをいじりつつ京介のもとに寄った。春の頭を脇に抱えている。

「ここなんかどうだい」

「よろしかろー」

 京介は店名を確認したあと、眉間に深くしわを寄せた。

「東京都内に、ぴょんぴょん舎、だと?」

「本場の盛岡冷麺だぜ。そして岩手といえば、前沢牛だ。きみのテンションも否応なしに上がってきたんじゃないか?」

 陽一がうれしそうに手を上げた。

「ぼくは賛成! 盛岡冷麺って食べたことないんですよ。結構辛いんですか?」

「辛いぜ。そしてうまい。言葉がなくなるんだ」

 盛岡&前沢の東北おいしいものワードに反応した五月がいそいそと近づき、敏吾の肩越しにスマホをのぞいた。特選焼肉の価格に驚愕する。

「た、高い」

「今夜は特別、ガンガンいこうぜ、だ! 攻撃あるのみ!」

「おー!」

 耳エクステを外した上原が、教頭先生をおぶりながらやってきた。

「いちおう言っておくけど、お金は気にしなくていいからね。わたしと色葉さんで出す。あなたたちは、食べる人」

「いや、それは悪いよ」

「じゃあ、ちょっとだけ、ね。食べ終わったあとに集金するから」

「敏吾よ。高い店を選んでおきながら女性陣に代金を支払わせるのか。おまえは情けない男だ。情けない男なのだ」

「見くびってもらっちゃ困るな。払うと言ったら払うぜ。できれば一度、家に戻りたいんだがなあ。ニコンも用意したいし。とにかくはやく出ようぜ」

「おまえら、なんだそれ!?」

 幅員減少が叫んだ。だらしない表情で振り返るヒーローたちに目をやり、つづける。

「まずはおれを処理しろよ! ふざけてるのか?」

「ふざけているのは、どちらかといえばおまえのほうだと思う」

 京介が答えた。無慈悲な一瞥を向けたあと、スマホに目を戻した。

「もっと身の丈に合った焼き肉屋のほうがいいのではないか。高すぎると、ぱーっとやりづらくなるだろう。遠慮がちな空気が雰囲気を沈ませるのだ」

「たしかにな。だが、今日は思い出に残すべき日だ」

「ぱーっとやりづらくてもいいです。おいしければ」

「とにかく決めちゃいましょう。迷ったあげく予約を取り損ねてファミレスパーティー、なんてあるあるになってしまいますよ!」

 幅員減少が標識技を繰り出した。

「『警笛鳴らせ』!」

 警笛が鳴った。だれひとり反応しなかった。

 京介は上原の背で眠る教頭先生を指し、言った。

「こいつはいつまで寝ているのだ」

「そっとしておいてあげて。いろいろあるだろうから」

「うーん」

「もうなにも言わない。おまえのタイミングで目を覚ますがいい」

「むにゃむにゃ」

「では、今夜の作戦は決まりだ。アリたんはぴょんぴょん舎に予約を入れるのだ。残りは色葉を探す」

「イエッサー」

「待てよ!」

 イキっているのは幅員減少だけだった。おーい色葉ー。お嬢様ー。色葉さーん。恐るべき深い闇に気の抜けた呼び声がこだまする。

 幅員減少はネタを探すようにきょろきょろし、『並進可』で京介の隣に瞬間移動した。

 肩をつかみ、言う。

「なぜ教頭先生が命を取り留めたか、説明したほうがいいよね」

「いいよね、ってなんだ。弱気の虫か」

「みんな気になる。気になって夜も眠れない。よし、説明しよう」

 幅員減少は語った。

「賢いぼくがひとりで教頭先生を放っておくわけがない。ぼくは『標識』のひとつ『危険物積載車両通行止め』をあらかじめ教頭先生に付与することで、あらゆる危険物を停止させたんだ。弾丸さえ例外ではない。だから」

 そうではない、と言いかけたが、やめた。

 ラノベをしたいのなら放っておこう。

「よし、こうなったら!」

 幅員減少は背を向け、『動物が飛び出すおそれあり』でシカのように駆け出した。ぴょんぴょん跳ねて闇に消える。標識技ってバカっぽいなと京介はいまさらながら思った。どうでもいいが。

 おーい色葉ー。

 どこにいるんだよー。

 一緒に帰ろうぜー。

 幅員減少が息せき切って戻ってきた。老齢の男性を後ろから羽交い締めにし、刃物のようなものを首筋にあてがっている。

 男性の顔には見覚えがあった。

「一ツ橋色葉の父親がどうなってもいいのか、ええ?」

「よくはないが、ふつうは一ツ橋色葉そのものを人質に取るべきだろう」

「見つからないんだよ」

「そこは探し出してでも本人を人質に取るべきだろう」

「うるせえよ。とにかくいまは、こいつで代用だ。悲しいことは悲しいだろ? で、次はなんだっけ。ああそうだ、無抵抗のおまえを鞭で殴りつけるんだった」

 動くなよ。

 京介はふつうに動いた。

「動くなって言っただろぉ!」

 幅員減少は警戒標識のひとつ『右(又は左)つづら折りあり』を鞭に付与し、振り上げた。〈技名〉どおり頭上でつづら折りのように折れ曲がり、振り下ろしとともに伸身し、背中に打擲した。

 幅員は何度も何度も殴った。本物の鞭なのでかなり痛いはずだったが、厚さ3ミリの衝撃吸収パッド入りバイオギアを普段着の下に着用していたのでたいして痛くなかった。

 というか、殴ってなにを実現しようとしているのだろう。

 自分もかつてはラノベだったので決して人のことは言えないのだが。

 あまりに不憫なので京介は自ら四つん這いになってあげた。幅員は何度も何度も振り下ろしながら、ヒャッハーと愉悦の奇声を上げた。

 中2のみんな。特殊能力とかに目覚めちゃダメだぞ。

 あんなふうになっちゃうぞ。

 リアルに見た目ボロボロの一ツ橋氏が本気で苦しげに口を開いた。

「京介くん。出たがりが、災いしたようだ」

「そのとおりだ」

「色葉を頼むぞ」

「頼まれるのは構わないが、一体どこに隠れているのだ」

「知らないんだ。休憩時間に牢屋に閉じ込められたきり姿を見せない」

「この鞭打ちが終わったら、ローラー作戦で探そう。色葉パパも手伝うのだ」

「わかった」

「鞭打たれながらふつうに会話すんじゃねーよ!」

 幅員減少は2つの意味で憤怒の表情を浮かべ、右に左に鞭を乱打した。

「相手に合わせろよ! ラノベのみならず、相手に合わせるのは演劇の基本中の基本だろ!」

 一ツ橋氏が叫んだ。

「わ、わたしは、どうなってもいい! わたしを殺せ! 京介くんには未来があるんだ! だから、京介くんは、娘は、どうか、お願いだ………………………」

「色葉パパよ」

「なんだ」

「もうそういうセリフを吐く必要はない。もうイベントは起こらない。この少年がひとりで勝手にラノベをやっているだけだ。なぜなら」

「ラノベは終わり、か」

 京介はうなずいた。

「だったらふつうに会話しよう。ところでわたしは結構楽しませてもらったんだが、きみはどうだった? 明日から平凡な日常に戻れるかどうか、そっちのほうが心配だよ」

「ときに、イベントといえば、色葉パパよ」

「なんだ」

「今夜、娘さんを焼き肉に誘ってもいいか」

「ちゃんとリアクション取れよ! 一生懸命やってるこっちが恥ずかしくなるだろうが!」

 一ツ橋氏は3秒ほど考え込んだあと、やや否定的な調子で言った。

「高校生だけで、焼き肉か」

「止めても無駄だ。おれたちはだれにも止められない。だがあえて、パパの許しを得たい」

「わかっている。きみはもう、立派な大人だ。半年間に渡る一連のラノベ騒動で、そのへんの〈大人〉以上の経験を積んだんだ。だが、いいか、いくら経験を積んだとはいえ、きみたちは17歳、〈大人〉の庇護下に置かれるべき未成年なんだ。〈大人〉が鬱陶しいのはわかる。だがなにか事が起こったら、責任を取るのはわたしたち〈大人〉なんだぞ。酔っ払いに絡まれるかもしれない。危ない集団につけまわされるかもしれない。図らずもテンションが閾値を超え、お店に通報されるかもしれない」

「娘さんはおれが守る。そしてテンションには常に気を配る。約束しよう」

 ビシィッ!

 ヒャッハー!

 一ツ橋氏はややうつむき加減でしばらく考え込んでいたが、自らを納得させるように突然3回うなずいた。

「わかった。今日は特別な日だしな。色葉は任せたぞ。ただしなにかあったら、すぐに電話するんだ」

 ビシィッ!

「きみはもう、アンダーアチーバーではないんだしな。そうだな?」

「そうだ」

 ヒャッハー!

「ラノベから解放されたきみは、いまやIQから期待されるどおりの力を発揮する者となった。将来この国を背負って立つ男だ。試しにその頭脳で」

 ビシィッ! ビシィッ! ビシィッ!

 ヒャッハー! ヒャッハー! ヒャッハー!

「まずはこのうるさい男をハエのように追い払ってみろ」

 京介はいちおう四つん這いになりいちおう背中に鞭打たれながらうなずき、脳に力を込めた。すると4600のIQが滑らかかつ適切に回転し、幅員減少をゴミクズのように消し飛ばす方策が17個くらい並列で浮かび上がった。

 おれは権力を味方につけているのだ。

 顔を上げ、スマホを耳に当てた上原アリシャに目をやる。上原は察した様子でうなずいた。

 助けて総理大臣ー。

 助けてくれないと秘密バラしちゃうよー。

 そのとき。

「待ちなさい!」

 凜、とした声が響いた。

「その少年をいますぐ解放しなさい!」

 京介は思わず顔をしかめた。

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