第195話 秘密のステップ

 超つまんねえ。なんだよそれ。ほんとにこれで終わりなの? 得も言われぬもやもやを抱えながら、観客は係員に誘導され、帰途についた。お茶の間の皆様はテレビのチャンネルを変えた。

 てかなんで登場人物自らが最後の最後でネタばらしするの?

 なんでわざわざ自分らのストーリーをブチ壊しにしちゃうわけ?

〈闇落ち〉した岸田京介によるリアル殺人の模様は全世界に衝撃を与えた。圧倒的クライマックス感。このあとの展開はどうなるのか? それはだれにもわからない。そしてリアル殺人とはいえ、あくまで画面の向こうの話。画面を見つめるのに慣れている現代人は、とっさに思った。演技だよね? そう、演技だった。だが演技を演技と自らネタばらしするのは最悪中の最悪だ。いやリアルかも。いや演技でしょ。高校生が銃で殺人とかヤバくない? いやだから演技なんだって! そうやって親しい友人や恋人や家族とおしゃべりするのが楽しいのに、その最悪中の最悪を最後の最後で登場人物自らがぶっちゃけはじめたのだから文字どおり開いた口が塞がらなかった。

 一同は(アルファ弁当屋と官房長官も含め)手をつないで一列に並び、メインカメラに向かってお辞儀した。全国の視聴者は拍手を送る代わりに罵声を浴びせた。バーカ。時間返せ。

 ラノベってクソだな。はじめたんならちゃんと終わらせろよこのクズが。

 そう、すべては演技だった。茶番だったのだ。


   ◇


 ラノベ6.0を阻止した一行は、最上階の300階へ向かっていた。

 いまならだれの目も気にすることなく、ラノベし放題だ。「色葉、いま助けに行くぞ!」と叫び、必死の形相で、かっこよく息を切らして階段を駆け上がっても構わない。だが京介は、もうラノベではなかった。文字どおりの、どこにでもいるごくふつうの高校2年生だった。モテるかもしれないし、冴えるかもしれない、真の意味でのごくふつうの高校2年生。

 塔の中での出来事は、決して国民に知られてはならない。総理は岸田京介以下ラノベと生き残りの教師たちに、目で念を押した。すべては演技、すべてはラノベだったのだ。言いたいことはわかりますね? ラノベ6.0などはもはやどうでもいい。あなたがたがひとりでも事実を口外したら、われわれは終わりです。われわれ全員が終わりだ。今後は持ちつ持たれつの関係ですね。ということでみなさん、よろしく。

 全員がうなずいた。総理は飛び去った。

 京介は教頭先生を背負い、踏みしめるように一歩ずつ、結末へ向かって進む。階段を上りながら、事の重大さを実感しようとした。だれもなにも言わなければ、この先なにげない平凡な日常を送ることができる。事実の隠蔽は政府の十八番だ。各企業にも、どのようにしてかは知らないが、その権力でもって口止めするのだろう。京介はもちろん、口外するつもりはなかった。ほかのみんなも当然そうだ。だがこれだけ大勢の人間が知ってしまっているのだ。秘密は必ず漏れるものと相場が決まっている。週刊誌などが嗅ぎつけ、ある日突然、日常は崩壊する。もちろん自分は人殺しではない。だから刑事責任を問われることはない。だが週刊誌などが嗅ぎつけなくても、恐るべき秘密を握る関係者として、ある日あるタイミングで、だれかがなにかを決心し、実行し、「口止め」されてしまうかもしれないのだ。死人に口なしとはよく言ったものだ。

 これから半世紀以上、おれたちは、この現実を生きていかなければならない。

 上原アリシャが隣に追いつき、言った。

「これで終わりね」

「すまなかった」

「起きてしまったことは仕方がない。今後はお互い、ひとりでの外出は気をつけないとね」

「今夜は焼き肉屋で打ち上げをしよう。なにもかも忘れて、今日だけは」

「焼き肉か。どこのお店にする?」

「まだ決めていない。だが盛大にやる。小遣い2ヶ月分をすべて消費する勢いで」

「愚かな行為ね」

「そのとおりだ」

 敏吾が5段ほど下から非難するように言った。

「おい、きみ、男子会だって言っただろう。なぜ女子を誘うんだ」

「おまえと食っても華がないのだ。ふつうに」

 全国焼肉協会は相変わらず闇の中をうごめいていた。体液だか脂だか判然としない液をしたたらせ、タコのような腕をのたうたせる。

 そのとき。

 焼肉協会はウジュルウジュルと気づいた。

 てかラノベ6.0って廃案になるんだよね?

 だったらもうラノベに寄せなくてよくね?

 あいつらもうなんの影響力もなくね?

 影響力ないならラノベとかクソじゃね?

 京介は敏吾を見下ろし、言った。

「今後も親友でいてくれるか」

「同じ秘密を握る者どうしでね。よくも悪くも、この友情は、一生ものさ」

「営業たちは、そして教師たちは」

 上原は革手袋をはめた手で京介の口を押さえた。

「あなたのせいじゃない」

「いや、おれのせいだ。すべてはおれがはじめたことなのだ。そもそもおれが颯爽と登場しなければ、こんな事態は起こらなかったはずなのだ」

「〈大人〉として、ひとつアドバイス。ね?」

「なんだ」

「逃げられないのなら、先へ進むだけ。この塔のように、頂上を目指し、自らの足で歩みつづけるのよ」

「どういう意味だ」

「現実をガン見するのよ。あなたは総理と懇意になった。でしょう? そしてその間柄は、ラインを送り合う友達ではなく、互いを監視する者どうし。だからあなたは、真実を知るひと握りの者として、この摩訶不思議な現代社会における、秘密のステップを見つけたと考えるのよ。そしてひたすら上を目指すの。秘密のステップを足がかりに、人脈を広げ、名を広め、上に立つ者として、日本で、いえ世界で、現実を舞台に大活躍するのよ。平凡な日常など無理に送る必要はない。あなたはラノベの選ばれし〈主人公〉だった。現実でも選ばれし〈主人公〉になれる。その4600のIQをフル活用してね。つまり総理の権力を抜け目なく有効利用し、支配者の側に立つのよ」

「支配者なら〈主人公〉ではなく〈魔王〉だ」

「現実って、〈魔王〉が支配するものなのかもね。そして社会には、〈魔王〉の支配と侵攻を食い止める、たしかな『正義』が存在する。目に見えず、軍隊も組織せず、〈主人公〉のような擬人化された代表者もいない。でも『正義』は現実に、確実に存在する。そうして世の均衡は保たれている。伊達さんの言ったとおりよ。勉強だけでも、ラノベだけでも、正義だけでも、悪だけでもダメ。われわれ庶民は、あるとき悪に気づき、悪とはなにかを考える。まちがっている、とね。それはただの主観、価値観でしかない。でもそこから『正義』ははじまるのよ。みんなが考え、そうして少しずつ、社会に広がっていくのよ。もちろん、ラノベのように〈魔王〉を倒すためではなく、悪と共存するためにね」

「先ほど提携済みの各メーカーから、契約違反による解除の通達があった。ラノベではないおれなど、だれも気にかけないらしい」

「すべては祭りのあと、ね」

「ひとつ、聞く」

「なに?」

「おれが好きか」

「いいえ。でも尊敬はしている。日本をあるべき姿に戻したんだもの。英雄よ」

「アリたんラブは、嘘ではなかった」

「10歳ちがいなのよ? これでさよなら」

〈エルフ〉が頬にキスした。

「さあ、この先に、もうひとつの現実が待っている。あなたを慕う、同級生の女の子という現実がね。わたしもこれで、覚悟を持って誕生日を迎えられる。27歳どんと来いよ。そして年相応の相手を見つける。髪も染め直さないと」

「金髪も悪くないと思う」

「そう?」

 京介と上原は階段を上り終え、300階のフロアへ通じる扉の前にたどり着いた。ほどなく敏吾もやってきた。

 五月が駆け足で追いつき、言った。

「まだ開けないでくださいね」

「タイミングの問題か」

「というより、ひとことタイムの問題」

 壁にもたれ、トゥットゥルットゥーと歌い出した。

 しばらく待つと、春がよたよたとやってきた。右腕を切断され、左脚は180度内転し、全身銃創だらけで、しかも左手で自分の頭を抱えていた。

 それでもいちおう京介は無事を確認した。

「アンドロイドの人権、もちっと配慮しましょう。無事ですが」

「新しいボディは、セクシーダイナマイトにするといい」

「うんにゃ。あたくし、もうその必要ない。浦安に帰って、公務に励む」

「おれが好きか」

「あたくし、アンドロイドなのよ」

 陽一がやってきた。防災センターのロッカーから拝借したと思しきだぶだぶのスウェットを着ている。

「わざわざやってきたのか」

「もちろんエレベーターでですよ。それから、あの、すべてを見ていました」

「おれはなるべく急いで権力者になる。おまえらの安全を守るために」

「はい」

「〈男の娘〉は、やめたのか」

「やめてはいませんけど、四六時中魔法少女の格好をすることはないですよね。それにあれ、通気性最悪なんですよ」

「おれが好きか」

「お友達です。それに、あなたにはいい人がいるじゃありませんか」

 五月が目を閉じている。

「なにを予測しているのだ」

「まだ開けるのは待ってください。もう少しです」

「一気に3人にふられてしまった」

「4人目がここにいますよ」

 そのとき。

「うーん」

 京介の背中で教頭先生がうめいた。

「目が覚めたようだ」

「いまです。開けてください」

 扉を開ける。

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