第188話 ラノベ学第2法則:髪色と髪型が同じ場合、ふたりは同一人物と見なされる

 観客がエタりの気配にざわめいているころ、京介とミズノは106階感染症研究所フロアの共通機器室で、ライフルを向けるブラボー弁当屋と対峙していた。

 15分ほど対峙していた。

 京介は15分間温めつづけてきた疑問を口にした。

「なぜにらみ合いをつづけるばかりなのだ」

「まだ106階か。はやい。はやすぎる」

「戦う気がないのであれば、スルーさせてもらう」

 一歩踏み出した京介にすべての銃口が向いた。弁当屋部隊がにじる。

 女の子と付き合ったことのない分隊長がさっと手を上げ、部下を制した。

「悩む。悩みどころだ。まず、おれたちに岸田京介は殺せない。そしてここで岸田京介に倒されても、だれの印象にも残らない。そうだ、一緒に298階へ行こう。そこでいったん別れ、299階の教頭先生フロアでいま一度偶然ばったり出会う。ここで会ったが百年目、長きにわたる戦いの終止符を打つ。どうだ?」

「おまえはなにを言っているのだ」

「バカな! 分隊長、ラスボス直前のバトルはアルファの仕事だ!」

 分隊長は正面を向いたまま右横に撃った。

 どさり。

「アルファの分隊長にいい思いはさせん。女にモテるうえ、ラスボス直前バトルの敵役。そんな不平等は許されない。そんな世の中であっていいはずがない」

「エロゲ分隊長!」

 エロゲ分隊長は正面を向いたまま後ろに撃った。

 どさり。

「おまえの部下はあと3名なのだが」

 京介は指摘しつつ、弁当屋の背後のテーブルに置かれた分子間相互作用解析機を見た。

「おれをバカだと思っているな? ではこういうのはどうだ」

 分隊長は京介を撃った。

 どさり、となればゲームオーバー。そしてエロゲ分隊長は国賊として懲役20年の実刑判決を受けるところだったが、京介は痛みに歯を食いしばり、右肩を押さえるに留まった。

 ぐらり。

「官房長官は、殺すなとは言ったが、傷つけるなとは言わなかった。どうだ、盛り上がってきただろう。盛り上がってまいりました!」

「くっ…………!」

「ああ、いい! いいラノベゼリフだ! もっと聞かせてくれよ!」

 京介の右のつま先を撃った。

「さあ、おれとダンスを踊ってくれ!」

 京介は膝をついた。

 ところでだれひとり気にしていないと思われるがいちおう説明すると、ここ感染症研究所フロアは、おざなりに梱包されたバイオセーフティレベル3の病原体が一定の間隔で放り込まれる仕様になっていた。なぜかといえば、関東第一高校の指導教諭にして野口英世記念医学賞受賞者の医学者・内海が岸田京介に病原体検出のおもしろさを伝えつつ〈バトル〉をするつもりだったからだ。死にたくなければラボのあらゆる機器を駆使して病原体を特定し、適切な抗生物質を速やかに摂取するのだキョーキョキョキョ! というわけだ。残念ながら内海は現在、教職員食堂フロアで無造作に転がっていた卵を状態も確認せずに食べ、悲劇的におなかを壊していた。

 封の開いたダンボールが天井の穴から落ちてきた。汚らしいウサギの耳が片方、ダンボールの口からのぞいている。

 京介はウサ耳を見た。

「どうした、ラノベ野郎」

「……………………」

「お次はこめかみを撃ち、かっこよく出血させてやろうか」

「…………………………………………」

「〈リーダー〉が長すぎるんだよ。4つで充分だろ。よし、〈長すぎる3点リーダー〉でおれをイラッとさせた罰に、おまえの眉間を撃つ。なに、死にはしないさ。そのダサい魔剣で銃弾を弾くんだろ? ほら、撃つぞ。やってみろよ。ダサい魔剣を振りかざしてみろよ!」

「ダサい?」

 ミズノの営業が押し殺した声で言った。

「ダサい、だと?」

 両のこぶしを握り、前髪で両目を隠しながらうつむき、ぎりぎりと歯を鳴らした。

「弊社の魔剣ティルヴィングIIが、ダサいだと!」

 オーラのようなものが頭のてっぺんから出かかったそのとき。分隊長はミズノを撃った。

 どさり。

「調子に乗るな、〈端役〉が」

 京介は肩を押さえつつ分隊長を見上げた。

「おまえも〈端役〉だろう! おまえこそ調子に乗るのはいい加減にするのだ!」

 分隊長の背後から声が上がった。

「いいぞ、エロゲ野郎! さっさとやっちまえ!」

 エロゲ野郎は正面を向いたまま左横に撃った。

 どさり。

 京介は痛みに耐えつつ、分隊長の背後のテーブルに置かれた蛍光プレートリーダーを見た。

「年齢=彼女いない歴はだてじゃないな!」

 分隊長は腕を伸ばして部下の襟首をつかみ、ぐいと引き寄せ、額に銃口を押しつけた。

「お、おれは、なにも、言ってな」

 どさり。

「30代の童貞野郎!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 分隊長は憤怒に顔を歪ませ、最後の部下をマガジンが空になるまで撃った。

 どさり。

 京介は顔を上げ、ありったけの力で叫んだ。

「いまだ、敏吾!」

 敏吾はフローサイトメトリーを乗せた机の陰から飛び出し、分隊長に後ろからアメフトのようなタックルをかました。京介はごろりとローリングし、もつれて床に倒れるふたりを回避した。

 エロゲ分隊長は机の脚に額を強打し、ずるりと床にくずおれた。

 ノウサギの死体が後頭部にしがみつくような格好で乗っかっていた。


   ◇


 色葉は海洋堂『中の人』シリーズの赤い髪の凜とした少女を組み立て終えた。さっそく着用し、エアブラシで軽くウェザリングを施したあと、赤のカラコンを入れ、赤いウィッグをかぶった。ほとんどつま先まで流れ落ちる髪は人毛ではなくファイバーのようだったが、ところどころやんちゃに跳ねる毛先も含め、なかなかの再現度だ。

 スカートがカッチカチでひるがえったままおケツを披露しつづけているところをのぞいては、ニーズどおりの出来映えだった。満足です。★5。

 手鏡を取り出し、完成品をのぞく。似ても似つかないと思っていたパッケージどおりの少女が、鏡の奥から凜とにらみ返している。色葉は得心がいった。なるほど自分はラノベだからして、髪色と髪型を変えればアイデンティティはあっさり失われる。パッケージどおりになるのは理の当然なのだ。

 確実に自分の身長より長い剣を手に取り、軽く振った。オリハルコンの威力やいかに。檻の奥へ振り返る。みさえ(仮名)はあれきり姿を見せない。

「一ツ橋色葉」

 鉄格子の前に人影があらわれた。ほっそりしたシルエット。振り返るまでもなく幅員減少デセラレータだ。

「趣味の時間は堪能したか」

 色葉は全身を緊張させた。

「『中の人』シリーズなんか買ってなにをするつもりかは知らないが、休憩は終わりだ。いじめをはじめるぞ」

「あれから1時間は経過している」

「おいしい羊羹と緑茶をいただくうちに話が盛り上がってね。休憩あるあるさ」

 かつり、と雰囲気のある靴音とともに、幅員減少が闇から姿を見せた。

 うっすらと笑みをたたえ、鉄格子越しに凜とした色葉を見下ろす。

 色葉は凜とにらみ返した。

 幅員減少は眉間にしわを寄せた。

「おまえはだれだ」

「えっ」

「なぜ部外者がここにいる? ああ、営業か。こんなところまで駆け上がってくるなんて、本当に仕事熱心なんだな。どこの会社だ」

「わたしは」

 そのとき。

 色葉は圧倒的にひらめいた。

 しかもふたつ。

 こっそりこぶしを握りしめ、見つめる。これで勝つる。勝つるみが半端ではない。ほぼ半年ぶりに脳がフル回転し、つられて自分自身も回転しそうになった。

 つまり、こういうことだ。

 と説明する前に幅員減少が口を開いた。

「おまえは立派な社会人だろう。いい年をして、なんて格好をしているんだ。いますぐ出ていけ」

「はい。せっかくの登場シーンを邪魔して申し訳ございませんでした」

「もういいよ。ところで一ツ橋色葉は見かけなかったか」

「ええと、奥のほうで、寝ているようです。お疲れなんでしょう。凄絶ないじめでしたから」

「世話の焼けるやつだ」

 幅員減少はじゃらりと鍵の束を持ち上げ、ひとつを鍵穴に差し込んだ。色葉は息を止めて身を固くし、ラノベの神に心の中で祈った。

 倒せる。白い髪に赤い目をした、このパクリ野郎を。

 失敗は許されない。

「ああ、そうだ。念のためハンズアップしろ」

「なぜです」

「友達がいないから、かな。それとオリハルコンのソードも隅に放れ」

 からりと放った。落下音が安っぽいのは比強度が最高だからか、単なるプラモデルだからか。

 色葉は言われたとおりハンズアップし、2歩あとじさった。

 解錠音。金属がこすれ合い、鉄格子の扉がけたたましく開く。

 幅員減少はついに檻の中へ踏み入った。

「さあ、出ていけ」

 色葉は営業風の口ぶりで言った。

「ここを出る前に、本社に連絡を入れてもよろしいですか」

「なんで?」

「報連相です」

「まったく、企業戦士には頭が下がる。本当によく、自分を押し殺し、組織のために働けるものだ。そりゃ精神も病むさ。勝手気ままに生きてきたぼくには無理だ。生まれ持った才能にあらためて感謝したい気分だよ」

「凡人が生きていくのは大変ですわ」

「奥に複合機がある。ファックスでも入れろ」

「では、ちょっと失礼しますね」

 腰まである赤い髪を揺らめかせ、色葉は凜とした営業顔を保ったまま複合機に向かった。

 カタログが不潔な床に落ちていた。

 色葉は通りざま、しつけが行き届いた自然さで膝を折り、「ゴミ」を拾い、さりげなく複合機に置いた。

 トレイの上でさらさらと書き、ファックスした。

 10分。

 色葉はいそいそと鉄格子の前に戻り、このたびは貴重なお時間をいただきましてありがとうございましたと頭を下げた。こっそりと現在の状況を確認する。扉は開いている。幅員減少は扉の正面に立っている。

 営業の〈お約束〉のひとつ、帰り際の世間話で時間を稼ぐ。

「ところで幅員デセラ様は、ラスボスでいらっしゃるんですよね」

「ちがう。それに幅員は苗字じゃない。幅員をデセラと読むわけでもない。幅員減少でワンセットだ。二度とまちがえるな」

「失礼いたしました。でも雰囲気がこう、ラスボス感に満ちていらっしゃいますよねー。ほっそりした体型と少年のようなルックスが、逆に秘められしスーパーパワーを想起させると」

「おだてても無駄だ。ぼくはラスボスじゃない。かっこいい敵役になるつもりもないし、そもそも戦う気もない。ぼくはクソラノベにクソ〈結末〉をもたらすクソラノベパラディン、ストーリー破壊者だ」

「そうだったんですねー」

「それにね、蹴ったり殴ったりしなくても、いくらでも勝つ方法はあるんだよ。重要なのは腕力じゃない。ここさ、ここ」

 幅員デセラはここと言いながら自分の脳みそを指した。色葉はバーカと思いながら感心した風にうなずいた。

「ああ、そうだ。おまえにひとつネタばらししてやろうか。一ツ橋色葉はいずれ殺す」

「なぜでしょう」

「必ず殺す。しかも、岸田京介が突入してきたと同時にね。ぼくのような立場だと、〈ヒロイン〉を人質に取って長々と話すのが定番だろ? そこをブチ壊してやるんだ。『色葉を返せ!』と叫んだ瞬間に首を切り落とす。するとみんなはどんな反応をするか。『はぁ?』ってなる。『いや殺しちゃダメだろ』ってなる。そしてもう二度とこの作者の本は買わなくなる」

「結局買うんですけどね」

「そうだ。無駄話はもういいだろう。さっさと帰れ」

 開いた扉へ顎をしゃくる。色葉はとにかく話しつづけた。

「いままでとはまったく異なるタイプのラスボス、というわけですね! おみそれしました」

「ボスでもワンダでも、なんでもいいよ。使命を果たすだけだ」

「ユーモアのセンスもお持ちなんですね!」

「会話が洗練されているだろう。海外で暮らすにはウイットのある会話は不可欠だからね」

「ちなみに現在どちらにお住まいなんですか?」

 そうしてぐだぐだな会話をつづけた、10分後。

 なぜか牢屋の奥から、バックパックを背負った男が駆け寄ってきた。

「美容室ジエチルエーテルです! ご指名いただきまして誠にありがとうございます! そしてぼくが、あのカリスマラノベ美容師・小村です!」

 あの小村を知らないふたりは無言で細いおっさんを見つめた。

「あれ、ご存じない? 年間指名者数108000人、あの芸能人やあのモデルも大絶賛のカリスマを知らないと? 上原アリシャのビューティーパワーを極限まで高めたあの小村を知らないと?」

「知らん」

 無慈悲に言い放った幅員減少をしばらく見たあと、小村は大きくうなずいた。

「そちら様が、今回カラーリングをご希望の方でございますね?」

「なにを言っている。頼んでいないぞ」

「失礼ですが、白髪でいらっしゃいますね? いやもったいない。なにがもったいないって、その美しいお顔ですよ。全国の婦女子方が泣いている!」

 幅員減少は凜とした営業にたずねた。

「どういうことだ」

「わかりません。でもこの際だから、毛染めなどされてはいかがです? 砂色の髪なんか、似合うと思いますけど」

「言っただろう。ぼくは教頭を勝たせるためにやってきた。見た目は気にしない。みんなにどう思われようと構わない。かっこよくなくてもいいんだ」

「かっこよくてもいいじゃないですか」

「それはそうだが」

 凜、と見つめる。

 そこへ幅員減少の名を呼ぶ声が暗闇の奥から漂ってきた。〈天使〉の高橋だ。

「地獄のような声だろう。はやく一ツ橋色葉を連れていかないと、こっちがとばっちりを食う。探すのを手伝ってくれ。そっちのおっさんも」

 作戦は失敗か。

 色葉が観念しかけた、そのとき。

 小村が幅員減少の真正面に立った。じっと見据え、〈端役〉とは思えない堂々とした口ぶりできっぱりと言った。

「いいえ。あなたはいまここで、かっこよくならなければならないんです」

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