第187話 ラノベの政治力

 教頭先生に怒られた〈バトル〉のプレイヤーたちは、それなりにスピードアップを心がけた。だったらはじめから300階のバトルタワーとかいらなくね?と弁当屋も含め全員が考えたが、そうではない。タワーは最終決戦にふさわしいロケーションなのだ。なぜなら背景を描写する必要がないからだ! 楽だからだ!

 春は紅海のど真ん中で弁当屋に囲まれていた。右腕を失ったうえついに心臓も止まり、非常用バッテリーのお世話になっている状況だった。弁当屋がライフルを構えてじりじりとにじり寄る。両サイドに割れた紅海が、自然な状態に戻りたくてうずうずしている。

 春は左手をロボットアームのようにおなかのあたりに移動させ、かくりと会釈した。

「みなさん、こんにちは。わたしは春です」

 不気味の谷に落ち込んだ春がプログラムどおりの動きでアイドルダンスをはじめた。最初のサビを口パクで歌い終えたところで、がくりとうなだれた。

「ご清聴ありがとう。降伏します」

 いまの春には1発の銃弾で充分だ。絶体絶命のピンチ。だがめんどくさいことに、弁当屋には弁当屋のインセンティブがあった。チャーリー分隊長は考えた。ここで春を殺してしまえば、近い将来対峙するであろう岸田京介に、春を殺した極悪人としてまちがいなく手ひどいやられ方をする。なぜなら因果とはそういうものだからだ。そうやってみんなの溜飲を下げなければならないからだ。やつはラノベだから残虐な方法でやっつけたりはしないだろうが、もしかするとものすごく痛いかもしれない。痛いのは構わないが、死なないとなれば逆にかなり惨めだろう。ベルギーでいまも夫の帰りを待つ妻がその様子をテレビで見たらなんと思うだろうか。娘は? 間抜けな父親だと学校でいじめられるかもしれない。それよりなにより、おれ自身、そんな役割で納得できるだろうか。心構えはできているだろうか。つまり名前も存在もみんなに覚えてもらえない役に徹することができるだろうか。

 いや。

 岸田京介を最上階付近で追い詰め、そのうえでかっこよく倒されるのは、アルファでもブラボーでもない。このおれだ。

 中学3年から15年間、たったひとりの女性を愛した一途なおれこそが、最終バトルの相手にふさわしいのだ。

 それに最後まで〈主人公〉を追い詰めた男として、カルト的な人気が出るかもしれないし。

 いやらしい話ですが。

「見逃してやれ」

「分隊長!」

 無理もないが部下が口々に非難した。

「なぜです、いまの春はアシモ以下だ。殺るならいまだ!」

 分隊長は部下を撃った。

 どさり。

「降伏すると言っただろう。降伏を願い出た者の命を奪うわけにはいかない」

「ですが」

 分隊長は別のを撃った。

 どさり。

「おれたちは殺し屋じゃないんだ。行くぞ」

 弁当屋は膝をついた春の両脇を抜け、出口の赤い扉へ向かう。いまのはなかなかだったなと分隊長は思った。みんなの印象に残るセリフだった。じつはいいやつなんじゃね?みたいな。もしかしたらラノベになれるかもしれないな。じつはいいやつ枠で。

 紅海が両脇から心配げに春を見下ろしていた。


   ◇


 上原アリシャは防衛塔の外壁に擲弾が炸裂する音を徹底的に無視しながら、相変わらず髪をなびかせ、意味もなく胸に手を当て、悲劇的に空を見上げていた。散発的に鳴るライフルの発射音に、エルングストの市民兵が動揺し、おびえている。もちろん演技ではなかった。3日寝ていない的な表情もすでに吹き飛んでいた。帰っていいかとひとりが言った。

 上原は無視した。

「逃げてください!」

 ヨネックスが言った。雰囲気たっぷりに答えようとすると、陽一がフロアのスピーカー越しに叫んだ。

「はやくしてください! その人たちは本物だ! 銃弾も擲弾もぜんぶ本物なんですよ!」

 上原は青ざめた顔で無視した。風が豊かな髪をもてあそぶ。風だけはわたしの味方。

 エンストでも起こしたかのように風が止まった。

 空調止めやがった。

「撃つな!」

 チャーリー分隊長が叫んだ。銃声がやむ。

「撃っても無駄だ。ストレス解消にはなるが、いまはやめておけ。あの胸壁の崩れ方を見ろ。あれはカーテンウォールじゃない、本気の組積造だ。どれだけリアリティにこだわるんだ」

「石組の弱った箇所を探しましょう」

「いや、あれをぶっ壊すにはカタパルトが必要だ。それよりいい考えがある」

「そもそも上原アリシャを殺す意味はあるんですか」

「おれはファンタジーが嫌いなんだ」

「なるほど」

「それに岸田京介の怒りを買えるだろう。あいつは年増が好みらしいからな。よし、全員集まれ!」

「上原さん、はやく!」

「上原さん!」

 ヨネックスは上原の正面に立ち、両肩をつかみ、軽く揺さぶった。上原は頬を薔薇色に染め、西方騎士団の若き従者スクワイアを見上げた。

「ぼくは西方騎士団の若き従者スクワイアじゃない。ヨネックス株式会社の社員だ。お願いですから頬を薔薇色に染めず、真剣にぼくの話を聞いてください。あの傭兵たちが防衛塔を攻略する前に、塔の地下に隠された秘密の抜け道でフロアから脱出するんです。なぜ脱出するかは理解できていますか?」

「ラノベの使命を果たすため」

「そうです。あなたはラノベの〈ヒロイン〉なんだ。エルングストを防衛する必要もない!」

 上原の頬に本物の涙が伝った。

「はっきり言って、イヤです。このフロアが好き。この正調ファンタジーの雰囲気が好き。ここに残ってドラゴンや悪の将軍と一騎打ちして死にたい」

「ドラゴンは、存在しないんです。翼影に見えるあれは、ただの壁のしみだ」

「もちろんわかっています」

「ついでに悪の将軍と一騎打ちして死ぬのはどちらかといえばぼくの役割ですね」

「もちろんわかっています」

「ぼくは、あなたのためなら、命も惜しくはない。〈エルフ〉の姫君ではなくても」

「本当ですか」

「あなたのためなら、どんなことでも喜んでやる」

「時は金曜の夜。残業を終え、居酒屋で上司のアルハラにも耐え、あなたはようやく終電で帰宅した。翌日の土曜日、あなたはひどい二日酔いで目を覚ます。だがあなたはその日の皿洗い当番だった。それでもわたしとわたしの愛する家族のために、きっちり7時半に起きてくれますか」

「もちろんです」

「上原さん、はやく!」

「息子にせがまれ水族館まで運転しなければならない」

「男の約束は当然、守らなければね」

「上原さーん」

 全身悲劇に浸かった上原の耳にはいまや聞きたいものしか聞こえていなかった。

「では結婚してくれますか」

「ええ、もちろん。でも考えてみればこれ、ものすごいデートですよね。テーマパークで採用したら大人気ですよ。衣装を貸して、なりきりで演技して、っていう」

「雰囲気を壊さないで」

「あなたは運命の人だ」

 涙に濡れた横顔にキスする。上原の頬が再び薔薇色に染まったが、先ほどの薔薇色とは異なる正気の薔薇色だった。

 ヨネックスはほっとした。

「10月で27歳になる女でもいいのですか」

「気づいていないかもしれませんが、人間だれしも27年間生きると必ず27歳になるものなんです。これが終わったら、一緒にカウンセリングを受けましょう。いまのままで30歳を迎えるのは危険だ」

「27歳はおばさんよ」

「27歳はおばさんじゃない! 何度言えばわかるんだ!」

 そのとき。

 街道を隔てた日本文学史ゾーンに動きがあった。チャーリー分隊が井戸を取り囲んでいる。ひとりが井戸の中にライフルの銃口を向け、出てこいと叫んだ。しばらくすると、男の頭が井戸からのぞいた。傭兵は肩をつかんで引きずり出し、男を地面に放った。男は膝立ちで懇願した。もう少しで壁抜けができそうなのでそれまで待ってもらえないだろうか。ひとりが後頭部を撃った。男は「クミコ」と言い残し、礼拝のようなポーズを取ったまま動かなくなった。

 つづいて紀州の人々、布団のにおいを嗅ぐおっさん、米兵を撃てない日本兵、砂に埋もれかけた家から逃れた男、本屋に檸檬を置いた肺病病みの男、私小説家を名乗る貧乏人たちを次々と拘束し、目隠しし、一列に並べた。ジョギング中のメロスが塔の向こう側からやってきたのでメロスも拘束した。

 命乞いにも耳を貸さず、端からひとりずつ、プロフェッショナルに後頭部を撃ち抜く。

 擲弾発射筒を持った数名が散開し、蟹工船にぶっ放した。つづけて羅生門にもぶっ放した。

 金閣寺が燃えている。

「なぜ日本文学を殺しているの」

「わかりません。だが日本文学は完全に死んだ。あっ、あれを見て!」

 ヨネックスが指さした先には、昭和の風情漂う映画館が建っていた。建っているだけでなく、金閣寺のもらい火を受けて火事になっていた。燃えさかる映画館の入り口から、炎による光の屈折を背景に、ひとりの男がゆらーりと姿をあらわした。七三分けにサングラスの、見るからにうさんくさい風貌だった。

「筒井康隆だ!」

「なぜかラノベを書いてしまった人?」

「しかも断筆宣言前の筒井康隆だ。そうか、傭兵は筒井康隆の圧倒的想像力を借り、防衛塔をナンセンスに攻略するつもりなんだ! 筒井康隆ならなんだってあり! 上原さん、はやく脱出して!」

 うさんくさげな中期筒井康隆は胸ポケットからタバコを取り出し、建物の炎で火をつけた。うまそうに紫煙を吐き出しリラックスしたところで、おもむろに両手を掲げた。

 文房具が虚空から出現した。文房具はどれも気が狂っていた。

 虚人がふたり出現した。

 それから「あ」が出現した。

 筒井は文房具と虚人とあを従え、チャーリー分隊に近づいた。分隊長となにやら交渉をしている。交渉が成立したのかがっちり握手を交わし、文房具や虚人やあとともに音楽や映画の話でひとしきり盛り上がったあと、ライフルを受け取り、歴代直木賞選考委員をひとり残らず処刑した。

 そのあと筒井と分隊が輪になって手をつなぎ、消えた。次の瞬間、〈異世界〉もののお株を奪う集団転移で防衛塔に出現した。

 本当になんだってありだな、と上原は思った。みんなはついてこれているだろうか。

 散開した分隊を従え、筒井がサングラスを外しつつかっこよく近づいてくる。約2メートルの距離で立ち止まり、対峙する。

 セリフを口にしかけた筒井康隆をヨネックスが遮った。

「おまえにセリフをしゃべらせるわけにはいかない。これ以上の混沌はぼくが許さない」

 すると筒井はポケットから原稿用紙を取り出し、広げ、ヨネックスに見せつけた。「ではおまえの精子をいただく」と書かれていた。

 人間の想像力はなんだってありなのだ。

「上原さん」

「はい」

「もうこのフロアに未練はありませんよね」

「まったく」

「ぼくが筒井康隆と弁当屋を食い止めます。その隙に塔の地下へ向かわれてください」

「どうやって食い止めるの」

「断筆宣言前の筒井康隆なら、チャンスはあるかもしれない。その時が来たら、ぼくに構わず梯子から地上へ降りてください。ぼくはあなたの記憶の中で生きましょう。さようなら」

「死なないで」

「死にはしませんよ」

「いいえ死にます。ふつうに」

「でも、かっこいいでしょ?」

 上原はうなずいた。本当に本物の涙を頬に伝わせながら本物のハグをした。

「お別れの儀式は終わったか、クソラノベにバカ営業」

 チャーリー分隊長が筒井の隣に立ち、言った。

「ぶっ殺す前に、これだけは言わせてくれ。おまえらは一体なんなんだ。なにやってんだよ。なんなんだこの一連のファンタジー展開は。本編とまったく関係ないだろ。関係ないうえに長すぎる。なぜ本編に組み込もうと思った? なにを証明しようとしている? 文学の地平でも切り開いているつもりか?」

「おもしろければなんでもいいのよ」

「おもしろくないんだよふつうによ。おもしろがってるのはおまえだけなんだよ。だったらいっぺんここで死んでみろよ。そのあと何人悲しんだかカウントしてみようじゃないか。抗議のファックスが何通届くか確かめてみようじゃないか」

 そのとき。

 背後から何者かが筒井を羽交い締めにした。つづけて弁当屋も羽交い締めにした。中年の男女だった。どれもこれも明らかにカタギではなく、明らかに病的な雰囲気を纏っていて、明らかに性格が芯から捻じくれていて、明らかに社会不適合者で、明らかに作家だった。塔の外壁にはいつの間にか攻城用の梯子がかけられていた。病的な男女が次々と登ってくる。筒井と弁当屋に次々としがみつき、恐るべき集団の力で塔から引きずり下ろそうとする。

「おれはSF作家じゃない!」

 チャーリー分隊長が塔から放り投げられた。

「いまだ! 文壇がやつらを引きずり下ろそうとしている隙に!」

「あなたが残る必要はないでしょう。ここは文壇に任せて一緒に逃げましょう!」

「ダメだ! ぼくがいるとあなたはラノベに集中できなくなる! まずは義務を果たすんです! 岸田京介とともにラノベ6.0を寒々しく阻止し、そのあと結婚式だ! 水道橋のチャペルで待ってます!」

 上原は背を向け、駆けた。木の梯子に飛びつき、ベルベットのスカートが許す限り急いで下り、地上1階部分に飛び降りる。雑草がまばらに生えた土の地面に、探すまでもなく跳ね上げ扉が横たわっていた。木の扉を持ち上げ、鉄の梯子を降りる。地下にファンタジーらしさは微塵もなかった。テレビ局か出版社の秘密の地下通路のように見えた。なぜかIoTゴブリン(ラノベダンジョンシリーズ)の死体があちこちに転がっていた。上原は混乱しながら一方通行の通路を駆けた。

 遠くで拳銃の音を聞いた。


   ◇


 そのころ陽一は、上原の非常識を補ってあまりある常識的な行動に出ていた。

 じつは繊細だった消防士を引き連れ、地下1階の防災センターを飛び出し、受付を抜け、階段を上り、入り口から外へ出た。

 振り向き、不穏なゴシック風建築を見上げる。石のアーチと両開きの大扉を見る。

 あの塔の中で、リアルに殺人が行われている。

 真実を伝えなければ。

 なぜ? 常識だからに決まっているだろう。

 陽一は向き直り、観客席のほうへ駆けた。消防士が併走する。

「なにをするつもりなんだ」

「総理!」

 陽一はUSBストレージを掲げ、パイプイスに腰かける男に呼ばわった。

「これが現実です! カメラワークも編集もなしの、ありのままの完全ノーカット版です!」

 総理は腕を組み、上半身をやや右側に傾けていた。寝ているらしい。屋台の定番が周囲に山積みになっている。

 隣のパイプイスにすわる男が、驚いた表情を浮かべ、腰を上げた。官房長官だ。

「総理!」

 黒服が一列に立ちはだかった。

「消防士さん!」

 陽一はビシッと指さし、ポケモンマスターのように指示した。

 ポケモンは陽一のお尻を軽くなでなでしたあと、黒服の前に仁王立ちした。

 黒服と消防士がにらみ合っている隙を突き、陽一はとんがり帽子を押さえつつスニーキングの体勢でするすると迂回した。総理に脇から近づき、しがみつき、揺すった。

「総理! 起きてください!」

 官房長官が背後から魔法少女を引き剥がした。肩をつかみ、無理やり振り向かせる。スニーキングに気づいた黒服が数人駆け寄ってくる。

 そこへ消防士が雄叫びを上げ、黒服数人の背後からWWEスーパースターも顔負けのダイビングアタックをかました。ひとりを転がし、ひとりをスーパーマンパンチで撃退し、ひとりをファルコンアローで地面にたたきつけた。そのあと観客にアピールした。

 陽一は帽子を斜めにしたまま官房長官をにらみつけ、言った。

「お弁当屋さん、いや、傭兵たちは、あなたたち政府の意図したとおりには動いていませんよ!」

「なんだと」

「ぼくはすべてをカメラで見た! 分隊長4名はそれぞれの思惑を胸に、かっこよかろうという理由だけで演出のために部下を撃ち殺し、ラスボスの座を手に入れようとしている。みんなの顔色をうかがい、人気を得ようと、すなわちラノベになろうとしているんです!」

「バカな」

「ラノベの影響力を甘く見ましたね」

 官房長官は〈男の娘〉をぼんやりと見下ろした。

「執事がネタばらししたんだな」

「それがラノベだからです。みんなラノベ、すべてはラノベ。ちょっとでも目立てるなら、承認欲求を満足させられるなら、女子にモテモテ印税ウハウハになれるなら、犯罪すれすれの行為だっていとわない。それがラノベなんだ!」

「ディスっているのか擁護しているのか」

「ストレージを力づくで奪っても無駄ですよ。コピーは取ってある。クラウドに保存されている。ぼくからの連絡が途絶えた瞬間、とあるユーチューバーが全世界に向けて拡散する」

「なんでもいいですよ。ユーチューブでもニコ生でも、好きに実況すればいい」

 陽一のポケモンがついに黒服に取り押さえられた。消防士とはいえ多勢に無勢、しかも神経が繊細ときている。先ほどの消防士の襲撃でプロレスづいてしまったのか、黒服数名はうずくまった消防士に対し見た目は激しいが相手への気遣いがうかがえるパンチやストンピングの連打を浴びせかけている。パイプイス攻撃やテーブル葬も時間の問題だろう。

 官房長官が陽一に言った。

「あなたがたは、いわばフィクションの人間なんですよ。あの巨大スクリーンの中の人だ。あなたが握っている映像がどれだけ凄惨だろうと、いや、どれだけ真実だろうと、視聴者にとってはただの映像特典だ」

 陽一は観衆に訴えはじめた。魔法のステッキで官房長官を指し、この人が黒幕だ、すべて政府が悪いんだ、と叫んだ。観衆は大喝采で答えた。見て見てかわいーと女性たちが叫んだ。かなりの人数がスマホを向け、魔法少女を撮影している。陽一は先ほど叫んだセリフがどれだけバカに聞こえるかに気づいた。

 すべて政府が悪い? そりゃそうだ。

「そう。政府が悪い、政府が悪い。もう耳にタコができるほどだ。やがて一部の人間は、政府の『悪』を広めたいと願うあまり、嘘をでっち上げるようになる。いいね!をもらって調子づき、さらにあることないこと捏造する。そうして世界はくだらない『物語』に埋め尽くされ、国民はどんどん無関心になっていく。本当の真実から遠ざかっていく。悪貨が良貨を駆逐する。ラノベと同じですね。たまにはね、政府を褒めてもいいんじゃないですか? よくやった、と。ラノベ6.0はすばらしい、と。本当にわれわれを転覆したいと願うのならね。情報化社会の真の意義を、野党も国民もまだよくわかっていないようだ」

「この人たちは人殺しだ! これが本当の真実なんだ!」

「好きなだけ叫びなさい。だれがラノベの言うことなどまともに耳を傾けます? 小銭稼ぎのためにクソくだらない文字列を量産し、知性のみならず良識すら持ち合わせていない、『奴隷少女拾いました』などと平気で口にするような者の言うことなど、だれがまじめに聞きます? あなたがたのほうこそゴミじゃないですか。だからポイ捨てされるんですよ。奴隷少女は拾われるだけマシだ」

 消防士が両脇を抱えられ、連行されていく。最前列の観客は興奮して消防士や黒服の体に触り、ハイタッチを求めている。やはりプロレス会場でよく見る光景だった。

「見ててください。ほら」

 官房長官が懐に手を入れた。ルガーを陽一に向ける。

 観客は息を飲んだがやはりプロレス会場的な息の飲み方だった。「最低! 最低!」のチャントが自然発生する。

「おもしろいでしょう。わたしもキャラクターなんですよ。試しに撃ってみましょうか。バーン」

 そのとき。

 地上5階の両開きの窓が開き、女の子がひょこっと顔を出した。

 結び癖がついた色の薄い黒髪を風になびかせている。キャップを脱ぎ髪を下ろした五月に気づいたコアな一部ファンが声を上げた。

「五月ちゃーん」

 ふふふふふと笑いながらファンに手を振る。それから20メートル下の男にハスキー声で呼びかけた。

「官房長官さーん」

 官房長官が鬱陶しげに見上げて言った。

「今度はなんだ」

「岸田京介から悪の政府へ伝言でーす」

「なんだと」

「〈主人公〉いわく、『せっかくだから畢生の大作を狙ってみる』とのことでーす。アイデアをまとめるのに最低1週間はかかるとのことなので、内閣府のみなさん、そして観客のみなさんともども、衝撃のラストまでいましばらくお待ちくださーいね!」

 観客の異変に気づき、官房長官は振り返った。夢から覚めたようなざわめきがあちこちから聞こえてくる。

 そこまで暇じゃないんですけど。

「フジロックをはるかに凌駕する耐久レースのはじまりはじまりー」

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