第186話 駄作の条件

「京介、くん」

 京介とミズノは106階のフロアへ通じる扉の前にいた。道中会話は一切なかった。だからお伝えすべきことはなにもない。

「こっちこっち」

 こっちこっちと言われたほうを見上げる。

「なんだ」

 小さく息を飲むような音がスピーカー越しに聞こえた。

 しばらく無音がつづいた。

「京介くん、って、呼んでいい?」

「ダメだ」

「聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」

「ニンジン、食べられる?」

 京介は答えない。

「カレー、つくったんだけど」

「そうか」

「ちゃんと一晩寝かせたよ」

「それはよかった」

 しばらく無音がつづいた。

「299階に来たら、食べられるよ」

「そうか」

「採れたての新米だよ」

「それはよかった」

 しばらく無音がつづいた。

「京介くん」

「なんだ」

「あのときのこと、覚えてる?」

「覚えていない」

「雨、降っていたよね」

「そうか」

 教頭先生は小さく鼻をすすった。

「カレー、食べようね」

 京介は答えない。

「じゃあ、ね」

 ミズノが腕に触れ、言った。

「京介さん」

「わかっている」

「ニンジン食べられるんですか」

 そっちかよ。

 おーいそっちかよ。

 そっちかーい。

「ぼくはニンジンが苦手だ。ニンジンだけはダメだ。カレーの具でさえ食べることができない。いわばラスボスだ。ぼくにとっての」

「食べるのはおれだ。教頭の初カレとして、テーブルで向かい合って」

「お付き合いするんですか?」

「究極のラノベとはなにか、先ほどからずっと考えている。1階で執事が言ったとおり、教頭先生エンドもアリだろう。『はぁ?』ってなるからだ。『これまでの冒険は一体なんだったんだよ?』ってなるからだ。だが完全な駄作とは呼べないかもしれない。15歳の女の子が喜ぶのは、それなりにハッピー感があるだろう。しかも先ほどのカレーのくだりがうまいこと〈伏線〉になるのだ。教頭と向き合ってカレーを食う。おれは不器用に汁をこぼす。あらあらと教頭が身を乗り出し、ハンカチで拭く。顔を上げる。その距離、15センチ。ふたつの顔面はゆっくりと近づき、そして」

「あなたが採用しなければ〈伏線〉にはならない。カレーなら、ぼくがつくってあげます。〈バトル〉のあと一緒に食べましょう」

「ニンジン抜きか」

「もちろんだ」

 京介は少しのあいだ考えた。カレーについてではなかった。

「ミズノよ」

「はい」

「弁当屋とはどうやって戦えばいいのだ。寒いラノベは、弁当屋には通用しないだろう。ふつうに撃たれておしまいだ」

「ちょっとここでまとめましょう。弁当屋は政府が用意した。教師は敵役としては不適切だと判断したからです。政府としては、来たるべきラノベ6.0に向け、あなたがたラノベに華々しい勝利を飾ってもらわなければならない。京介さん、あなたはヤラセによって勝つ。感動的に勝つ。ですが仲間の命の保証はない。盛り上げるためなら〈親友〉や〈サブ〉のひとりやふたり死んでも構わないと政府は考えているからです」

「おまえはまとめサイトの管理人になれ」

「寒いラノベを繰り出すまでもなく、あなたは勝つ。あなただけは撃たれもせず、どれだけ不利な状況であろうが必ず勝利する。なぜか勝つ。しかもかなりかっこよく勝つ。プロの傭兵なら負けっぷりもプロでしょうからね」

「勝ってはまずいのだ。ではおれは、部屋の隅に小さくなって自分の殻に閉じこもる」

「そんなことをすれば、〈ヒロイン〉や〈親友〉が見せしめに射殺されるでしょう。もちろん罪のない教師も、全員」

「ならば〈俺TUEEE〉だ。リアル傭兵相手にヒャッハーすれば、そのうちイラッときてブチ切れるはずだ」

「死にたいんですか?」

「だったらなにをどうすればいいのだ! なにをどうすれば究極のラノベで政府をうんざりさせることができるのだ! 敵である教師はおれに勉強の大切さを説き、ラスボスはおれとカレーを食いたがり、人殺しもいとわないリアル傭兵はおれに華々しく負けようと手ぐすね引いて待ち構えている! すでに駄作だ! ラノベ史上に燦然と輝くクソラノベだ! なのにみんなは一体なにが楽しくて、貴重な1日を潰して観客席やテレビの向こう側からおれたちの一挙手一投足を見つめているのだ! 流行っているからか? 流行っていればなんでもいいのか? なにをどうすれば急転直下の駄作認定をいただけるのだ! だれか教えてくれ! タカラトミーは死んだ! リアルに死んだ! どうすれば究極のラノベ、真の駄作ラノベになれるのだ! メールでもファックスでもコメント欄でもなんでもいい、だれか教えてくれ!」

「駄作や勝ち負け以前に、もうひとつ重要なことがある」

「なんだ」

「駄作で終わらせれば、あなたの収入源はパタリと途絶えます。18歳で華々しく引退する当初の計画はおじゃんだ」

「…………」

「人気あってのエンドースメント契約ですからね。不人気ラノベの〈主人公〉になど、どの企業も見向きもしない。これまでちやほやしていた〈大人〉は、手のひら返しであなたの装備を次々と剥ぎ取っていくでしょう」

「…………………………………………」

「そうやっていくら枚数を水増ししても、すべてが無駄に終わる。日の目を見ないままSSDの肥やしになる」

「なにが言いたいのだ」

「個人の幸福を追求するという手もあります。自分だけかっこよく生き残って、超ラノベ社会において英雄として大金を稼ぎ、頃合いを見て引退する。死んだ仲間にはエピローグあたりでてきとうに哀悼の意を表し、それでなんとなくチャラにする。まさにアホ〈主人公〉、究極のラノベだ。なに真顔で弔ってんだよ、もとはといえばぜんぶおまえのせいだろ、みたいな」

「それだとアホになったうえでラノベ6.0が実現している。目的を達成せずアホになったら文字どおりただのアホだ。仲間はともかく、おれにはラノベの使徒としての責任があるのだ。華々しく勝利すれば、全国1400万人のラノベ信者が、いずれ」

「『おもしろいラノベ』は、本当に語義矛盾だと思いますか」

 ミズノが唐突に言った。

「みんなはなにを期待していると思います? 〈テンプレ〉ですか? それともオリジナリティですか? ここで仮に、前後の脈略を完全に無視し、お風呂場を用意し、ルーラで〈ヒロイン〉全員を呼びつけ、〈混浴〉したとする。みんなはその展開に、大喜びではしゃぎまわるでしょうか。30ページに渡っておっぱいを揉みつづければ大傑作ラノベの誕生となるでしょうか。いや、明らかに駄作だ。だがみんなは、歓迎するかもしれない。みんなが歓迎すれば、それはそれで価値のあるものと言える。プロダクトとしてね。逆に恐るべきオリジナリティと完成度を誇っても、『よくわかんね』と言われておしまいになるかもしれない。おっぱいに触りもしなかったという理由で駄作の烙印を押されるかもしれない。食事のシーンが少ないという理由だけで。〈エルフ〉が出ないという理由だけで」

「どのように終わらせても、評価は国やみんな次第ということか」

「究極的にくだらない〈結末〉をドヤ顔で見せつけても、じつはあなたがそう思っていただけ、という可能性もあります」

「ではどうすればいいのだ。なにをどうすればいいのだ!」

 ミズノは京介の手を取り、目を見て言った。

「ラノベは〈結末〉が苦手だ。大の苦手だ。そもそもラノベに〈結末〉など必要ないかもしれない。開き直って放置するという手もある。とにかく、こればかりは、あなたが決めることなんです。あなたは〈主人公〉だ。あなたのラノベは、あなたが決断しなければならない。エタるか、キメるか。華々しく勝つか、ぐだぐだしながら寒々しく負けるか。教頭先生を選ぶか、一ツ橋色葉さんを選ぶか。個人的には春ちゃん押しですけど、それはともかく」

「おいそれとは決められない。責任が」

「それでも決めるんです。それをして真の責任と呼ぶんですよ。みんな幸せでは終われない」

「統計でも取るか」

「いいえ。いまこそあなたの正義を貫くんです。心の赴くままに」

「おれの、正義……」

「そうです」

「おれの、正義………………………………………………………………」

「何度でも繰り返していいですよ。ぼく、意外と嫌いじゃないんで」

「あ、忘れてた」

 教頭先生が言った。

「岸田京介くんにお知らせ。一ツ橋色葉はいま、300階でものすごく大変な目に合っています。あれぞ〈メインヒロイン〉の面目躍如。まじめに助けたほうがいいですよ。あれは本気でヤバい」

「色葉」

「しばらく忘れてたでしょ」

 京介は無視して言った。

「なぜ教頭は、色葉を大変な目に合わせるのだ。そんなことをすれば、おれに憎まれるのはわかり切っているはずだ」

「わかりませんが、奥の手があるんでしょう。それでもあなたの〈彼女〉になれる自信があるんだ。助けに行かなくては」

 京介は首を振った。

「なぜです」

「信頼しているからだ。一ツ橋色葉は、おれなどよりはるかに賢く、適切に立ち振る舞える。おれはおれで、究極のラノベを目指さなければ」

「心でつながっているんですね。ラノベらしからぬ信頼関係だ」

 そのとき。

 岸田京介のIQがピタゴラスイッチのように始動した。解という名のパチンコ玉がニューロンからニューロンへと渡り歩き、やがてひとつのゴールへたどり着き、ぴこんと旗を立てた。

「心の赴くままにと言ったな、ミズノよ。いい案を思いついた」

「ビーチで目を覚ますとか?」

「それはおれの正義ではない。そんな〈結末〉にするくらいならSSDの肥やしになるほうがはるかにマシだ。そこまで金に困っているわけではないのだ」

「あとでこっそり教えてくださいね。さあ、行きましょう」

 京介はうなずいた。赤い防火扉の取っ手に手をかけ、まわした。

 ライフルの銃口が5つ、ふたりを温かく出迎えた。

 センターに位置するブラボー分隊長が言った。

「待ちくたびれたぞ、クソラノベ。〈無駄な会話〉が長すぎるんだよ」

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