第183話 戦う女の子 戦わない男の子

 春は目を覚ました。額になにかが貼られている。触れようと右腕を持ち上げる。実感がない。切断された右腕に目をやる。あらためて左手で額に触れた。

 冷たい。冷えピタのようだ。

「気づいたか」

 白いタンクトップを着た男が、かたわらに膝をつき、見下ろしていた。

「どれほどの〈バトル〉だったんだ。ちょっと引くぞ」

「あ、あ」

「なんだ? なにが言いたい?」

「あ、あたくしも、引いた」

 春は大きく息を吸い、吐いた。胸に手を当てた。ダイヤフラムポンプの逆止弁が損傷している。マイクロガスタービンの調子もおかしい。遠心圧縮機のスラストバランスが崩れている。代謝も異常を示している。非常用バッテリーの使用だけは避けたい。生命はつなげるが、ひと昔前のアンドロイドと同じレベルに落ち、サッカーボールを蹴ったりコーヒーを給仕したりするくらいしかできなくなってしまう。

「おれたち教師が聞くのもなんだが、だれにやられた?」

「……………………」

「おれたちはラノベじゃない。〈リーダー〉だけじゃわからない。じゃあ、どのフロアだ」

 春は左手を持ち上げ、2、9、8と指で示した。

「298階か? だれか、担当の先生がだれだか知っているか」

 カントが答えた。

「いない。298階は、物置だ」

「アンドロイドよ。物置で戦ったのか」

 春はうなずいた。

「だれと戦ったんだ」

「和風幕の内弁当」

「和風幕の内弁当?」

「洋風幕の内弁当」

「うわごとか」

「逃げて。チキン南蛮弁当が」

「弁当が来るのか?」

「望むところだ」

 ヤンキー先生が目を血走らせて言った。こぶしを手のひらにたたきつける。

「どんな弁当だって構わん。手当たり次第やっつけてやる」

 春はイライラした。言語機能がイカレているのか、弁当屋と言おうとするとなぜか弁当のメニューが出てくる。

「ひとつ、ゆわせて」

「なんだ」

 教師たちが見守るなか、春は切れた右腕をつっかえ棒にし、上体を起こした。大腿四頭筋に活を入れ、立ち上がった。

 体育教師に告げる。

「まずは、ここから逃げるの。牛すき弁当に包囲されたら、全滅よ」

「包囲されてみたい」

「一緒に戦って」

「ラノベとともに、竜田揚げを?」

「そう。エビフライは、じゃない、ハンバーグは、関東第一高校の教師を殺し、新たな敵役となり、そのうえであたくしたちに敗北し、華々しいクライマックスを人為的にこしらえようとしている。すべては超ラノベ社会の実現のため」

「弁当屋か。弁当屋と言いたかったんだな?」

「シュウマイ」

「わかった。やはりな。政府の仕業なのか?」

 春はうなずいた。

「おれたちでは役不足だと?」

 春は白タンクトップを指して言った。

「言わずもがなというやつ」

「たしかに。だが、おれたちは教師だ。教育者だ。高校のために〈バトル〉はしているが、倒すだの殺すだのには向いていないんだ」

「でもいろんなヘンテコ能力、持ってる。団結して」

「なぜおれたちが手を組むと思う?」

「リアルに殺されるから」

 体育教師は考えた。立派な理由だと思った。

「教えてくれ、アンドロイド。弁当は残っていたか? おれたちは朝からなにも食べていない。そろそろ餓死する者も出てくるだろう。もし弁当が残っているのならば、みんなを説得できるはずだ」

「もひとつゆわせて」

「なんだ」

「昼くらい我慢しろ」


   ◇


「陽一、いいじゃないか。ここでやろう。な?」

「で、でも」

「ほかのラノベが心配なのか。だいじょうぶさ。ラノベだからな」

 スマホが卓上で震えた。

「きっと仲間からです。電話に出ないと」

「気にするな」

 消防士は陽一に迫る。端末のあるテーブルに押し倒し、平らな胸に手のひらを這わせた。腰から背中、そしてお尻へとつづく。スカートのひだひだに手を差し入れ、パンツに手をかけた。

「おまえが好きなんだよ」

 パンツを脱がす力強い手を引き剥がそうとする。だが実際に引き剥がそうとするならば、成人男性3人分の力が必要だった。

「ちょっと、確認だけ」

 半ケツ状態で身をよじり、ずり落ちそうになるとんがり帽子を押さえつつ、手を伸ばし、テーブルの上のスマホを取った。着信履歴を見た。

 春からだ。

 あわててリダイヤルしかけ、すると力強い手がスマホをむしり取り、無造作に放った。

 床にがちゃりと落ちる。

「防災センターにカメラはない。だれも見ていない。おれ以外のだれもな」

「でも」

「では防災センター自身はだれが防災するのだろうか。なかなか興味深い話だ」

「そうですね。あの」

 力強い腕が2本、陽一を抱きしめた。首筋に鼻を埋め、満足げに息を吐く。

 スマホが床の上で振動している。陽一は作戦を変え、消防士の頬にキスして言った。

「お・あ・ず・け」

「ダメだ」

 あっさり引き戻された。

 陽一は次の作戦を考えた。

 じつはぼく、あの岸田京介とできちゃってるんですよー。

「それは嘘だ」

 消防士は言下に否定した。

「なぜ言い切れるんですか」

「男子が男子とできちゃうエンドは別の次元での〈お約束〉だからだ」

 陽一は納得した。

 納得して油断した隙に、消防士はスカートを完全にめくり上げた。神に選ばれし縞々パンツがあらわになる。

 陽一は思わず消防士の頬を張った。

「見くびらないでください!」

 パチーン!

 消防士は打たれた頬を抑え、信じられないといった表情を浮かべた。

「ここへ来て、ようやく女性の気持ちがわかりましたよ! ラノベも実社会も同じだ! 結局は男ありきの世界、男女同権を謳いつつかわいいかわいいと持ち上げながら、そのじつ性欲を満たす玩具としか思っていない! ぼくらだって人格を持つ人間なんだ!」

 消防士は打たれた頬を抑え、信じられないといった表情を浮かべながら言った。

「だったらそんな格好をしなければいいじゃないか」

 陽一はテーブルから降り、スカートを乱暴に直しつつ、床に横たわるスマホに向かってぷりぷりと歩いた。

「春さん?」

「なぜ電話出ない!」

 陽一はびくりとし、スマホを取り落としそうになった。こんなに真剣な春の声ははじめて聞いた。

「イチャラブ、楽しかろう。ラノベ嫌いもよろしい。だが仲間、見捨てるやつ、最低よ」

 だから頬は張ってまで電話に出たんじゃないか。陽一は言い返しそうになるのをぐっと抑えた。

「すみません」

「あたくしたち、導いて。いま、120階あたり?」

 陽一は壁に設置された60インチモニターに目をやった。映画を撮るわけでもないのに無駄にかっこいい緑色のワイヤーフレームの立体図がゆっくりと回転している。3次元で表示する必要はないし回転されるとむしろ見づらいのだが、こういうデザインのこだわりはなんとなく共感できる。世の中、正しさよりかっこよさが必要なときもあるのだ。

 春が言った。

「火災、起こしたほうがいいか」

「いえ、だいじょうぶです」

 手元の端末で階数表示レベルを上げ、100階ずつにした。モニターのひとつ、101階~200階に動きがあった。124階だ。平面図を表示する。アナログ式感知器が発報し、システムは平面図上のある区域を赤枠で囲んだ。

 陽一は当該ネットワークカメラの映像を表示した。

 春の頭のてっぺんが映っている。

「見えました! 124階の微小電気機械システムMEMSフロアですね?」

 春あたまが右回転し、隣に立つハゲあたまに言った。

「おまえ、案内できるか」

「もちろん。わたしの特殊能力は宿命論的進路指導! 全員を正しい道に導いてみせる!」

「宿命論でか」

 フロアは全体が回路図を思わせる迷路になっていた。ハゲあたまが先頭に立ち、先の発言どおり確信を持った足取りで進む。春がつづき、そのあといろんな頭がぞろぞろとつづいた。

 春が言った。

「陽一。焼き肉弁当の位置、わかる?」

 焼き肉? 陽一はフクロウのように首をひねった。

「お弁当ですか」

「ちがう! あっさり中華幕の内!」

「あのー」

「仕事、しっかりしろ」

 言っていることはトンチンカンだが口調だけは真剣だ。陽一はよくわからないまま、カメラを切り替え一行を追随する。陽一はあらためて春を見た。春は足を引きずっていた。全身ズタボロだ。システムに異常を来しているのかもしれない。

 なぜ春は全身ズタボロなのか、そしてなぜ教師と行動をともにしているのか、そこへ至る経緯は貞操を保つのに必死だったので遺憾ながら把握できていない。ただし、最新鋭アンドロイドをあそこまでズタボロにできるタイプの人間がそう多くはないことはわかる。目的のためならば手段を選ばず、女の子を女の子とも思わない無慈悲な戦闘マシーン。なにより全身の銃創が、新たな敵の登場を示唆している。

 しかり、兵隊だ。もちろん自衛隊ではない。カネで動く傭兵。

 陽一は正解の出口をあらかじめ伝えたあと、春の言う「弁当」の位置を探った。簡単だ、なにかしら動きのある怪しいものを追えばいい。

 操作しながら、防災センター内が妙に静かなことに気づき、陽一は振り返った。

 屈強な消防士が、いまだに打たれた頬を抑えて信じられないといった表情を浮かべたまま固まっていた。意外と繊細らしい。

 陽一は頭をなでなでしたあと、にっこり笑って言った。

「手伝ってもらえます? 『お弁当』を『箱』に詰める仕事です」

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