第181話 怒りのミッキーマウス・マーチ ミッキーマウスミッキーマウスミッキーミッキーマウス!

 複合機からコピー用紙が次々と排出される。色葉はトレイをのぞき込み、紙の束を取った。

 殴り書きのファックスだった。




「一ツ橋色葉がたぶらかしたせいで颯太(仮名)はラノベになって家出してしまいました みさえ(仮名)」

「颯太(仮名)をよってたかってたぶらかした! 颯太(仮名)の気持ちなにも考えないクソラノベ、ヒロイン全員の積任ママだ!」

「一ツ橋色葉は子供の一生を犠牲ママにしてまでラノベをするのか? 颯太(仮名)の人生をあなたがこわした」

「わたしがペアレンツにされてわたしの家族はバラバラだ! だれが積任ママ取る?」

「颯太(仮名)の人生返せ! 色葉 春 その他もろもろ クソラノベ!」




 色葉は眉をひそめた。

「颯太(仮名)って、もしかして」

 みさえ(仮名)が戻ってきた。

「弁護士見つけてきたぞ!」

「かずこさんですか?」

 みさえ(仮名)は金切り声を上げた。

「本名出すな!」

「やっぱり! 京介くんのお母さんですよね?」

「てめえ颯太(仮名)の本名まで全国中継で言いやがって! 著作権侵害だ! 訴えてやる!」

「息子さんは著作物じゃない」

「じゃあ商標権侵害だ! てめえ好き勝手に実在の商品名や企業名連呼しやがって!」

「それはわたしのせいじゃありませんよ」

「伏せ字にしろ! 企業に潰されるぞ!」

 みさえ(仮名)は鉤爪で色葉の頬を殴った。伸びた不潔な爪が皮膚をえぐる。これでもれなく左頬には、猫に引っかかれたようなかわいらしい傷跡が浮かび上がることだろう。おっしゃれー。シャツはBBA天使の高橋に切り刻まれてズタボロだし、ペアレンツの唾液まみれだし、脇腹は結構深めに切れていてズキズキ痛むし、檻の中は糞尿まみれで靴に得体の知れない固形物がへばりついているし、いま倒れた拍子になにか柔らかいものをつかんだ。

 頭の中のいちばん太い血管がぶちんと切れた。

「はあぁぁぁぁぁぁっ」

 そして「絶対にやりたくないラノベ10のこと」のナンバーワン、ラノベパワーの解放を果たしてしまった色葉は、控えめな赤と青のオーラを全身に纏い、キッとみさえ(仮名)にらみつけた。こぶしを振り上げ、顔面を殴りつける。みさえ(仮名)は衝撃で首をゴムのように伸ばしつつねじれたが、野生のフットワークですぐさま体勢を立て直した。四つ足でぐるりと一回転し、著作権侵害だと叫びながら飛びかかってきた。

 あなたの言いたいことはわかるが実在の商品名や企業名は著作物じゃない! ポッキー! おそらく商標登録された名称の使用について気に病んでいるものと思われるがミスタードーナツ! ただの文字だ、わからないのか? アサヒスーパードライ! 企業に潰される? どこの企業が商品名や企業名をだけであなたやわたしを潰す? そんな世界にわれわれは生きているのか? たしかに実名を上げたうえで誹謗中傷を真実のいかんを問わず書き連ねればそれなりのリスクを負うことになる! だが法や権利について小賢しげに考えるのはそういう立場になってからでも遅くはないのだ! ミッキーマウスミッキーマウスミッキーミッキーマウス! ほかにもっと考えるべきことがあるだろう! たとえばおもしろさとか! てめえの作品のおもしろさとか! むしろイ○ンやユニシロと言うほうが失礼な行為だとは思わないか? だったらはじめから書くなよという話ではないのか? いずれにせよなんの意図もなく羅列しているわけではないのだ!

 途中からなにに対する怒りなのかわからなくなってきたが、好きな企業、クールな企業、日頃お世話になっている企業しか出していないし、普段は全身ユニクロだし、とにかくおもしろさを追及するにあたり固有名詞の持つ瞬発力やリアリティという元気を少し分けてもらいたかっただけなのだ。まずはおもしろさ、それから法なのだ。

 お世話になっております。

 色葉はステップを踏みつつ間合いを測り、みさえ(仮名)の側頭部めがけてとっておきの後方まわし蹴りを見舞った。

 みさえ(仮名)は吹っ飛び、闇の向こうでどさりと落下した。

「そこで頭を冷やしなさいな、お母様!」

 色葉はパンパンと手を払ったあと、ポケットからカタログの切れ端を取り出した。

 さあ、ショッピングの時間だ!

 スマホは没収されたが、複合機があるではないか!

 ファックスで注文した10分後、営業がやってきた。

「お世話になります! 海洋堂です!」

「あなたたちは通り抜け自由なんですね」

 営業は営業スマイルを貼りつかせたままお辞儀し、色葉を見上げた。わずかにスマイルが揺らいだ。

「敵はだいぶ残忍なようですね。ちょっと引きました」

「前口上をどうぞ」

「弊社は1984年、東京・茅場町に直営販売店『海洋堂ギャラリー』を開設し、自社開発・製造・販売に業務を集中させオリジナルフィギュアメーカーへ転身いたしました。以降、既存のコミックやアニメのキャラクターに偏ることなく、新しいモノ、楽しいモノ、珍しいモノ、おもしろいモノ、どこにもないモノ、そしてより優れたモノづくりを基本に、だれも想像しなかった題材を、次々にフィギュアにいたしました」

「現在はラノベを」

「安易に寄せたわけではありませんよ。弊社は昨年から、着るフィギュアをコンセプトに、『中の人』シリーズを開発・製造・販売しております。どのようなキャラにもなれますよ! もちろん武器や防具の品質は保証いたします。安全かつ切れ味抜群、ミズノさんにだって負けません!」

「昨年からとは、先見の明がおありなんですね」

「いやいやいや! たまたまですよ! まあ『フィギュア』という言葉や文化を広く一般に知らしめたのは弊社海洋堂なんですが、自慢するつもりはございません。ええ」

 時間がないのではやく商品をよこせと告げた。営業はリュックをどさりと下ろし、中から巨大なボール紙製の箱を取り出した。

「こちらが『中の人』シリーズ第1弾、赤い髪の凜とした少女です。どうです、凜としているでしょう?」

 パッケージには赤い髪の凜とした少女がパンツの見えそうな鎧を纏い、炎を纏った剣をかっこよく構えるイラストが描かれている。

「パッケージどおりなんですね?」

「これはイラストです。平たく言えばコスプレみたいなものですから、完成後の出来映えはやはり、中の人次第かと。一ツ橋色葉さんも、凜とされたいときがあるんですね」

「定番だから選んだまでです。不本意ですけど武装しなければ本気で殺されそうなので」

「みたいですね」

 箱を開け、プラパーツと説明書を取り出す。パーツはカラーおよび素材ごとに成形されている。欠品はないようだがオリハルコンのパーツはどうやって切り離せばいいのだろうか。

「それでは、なにかございましたらご連絡ください」

 色葉は腕を伸ばし、営業の手首をつかんだ。

「一緒に脱出したいんですけど」

「それはダメです。いまいちばんいいところなのに、空気の読めないやつだと思われてしまう」

「まじめに言っているんです。いまやこの〈バトル〉は、ラノベの範疇を軽々と超えている。ここから出て、父を助けないと」

「ぼくは、あなたが思っている以上にまじめに答えていますよ、一ツ橋色葉さん。あなたたちはラノベだ。岸田京介は必ず助けに来る。信じることです。根拠ゼロですけど」

「お付き合い前提でもダメですか」

「ぼく、五月さんのほうがタイプなんで。では失礼します」

 男め。

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