第171話 春ちゃん、がんばる

 春はツイストするヒルズの外壁を、えっちらおっちら登っていた。まだ100階にも到達していない。外側から300階に侵入するのはどう考えても犯則技だが、勝てば官軍という言葉もある。

 はめ殺しの窓の縁にすわり、休憩する。バックパックから10秒チャージでおなじみのinゼリー(アンドロイドエネルギー)を取り出し、ちゅーちゅーした。脚をぶらつかせながら下を見る。落ちたら確実に足の小指を折る高さだ。

 森永製菓の要望どおり10秒で食べ終わり、容器をたたんでバックパックに戻した。これで浦安の国庫も少しは潤うだろう。地上のタイタントロンに目を向け、視力を調節する。

 これまでのダイジェストが流れていた。

 色葉はエレベーターに乗り、なにごともなく300階を目指している。箱入り娘だから、苦労はかけないほうがよろしかろう。その代わりと言うべきか、敏吾は全裸で、エイリアン、プレデター、ロメロのゾンビ、そしてピックアップトラックを改造したベイバスターに乗った特別講師マイケル・ベイ本人に襲われていた。これ以上なく因果応報だ。〈エルフ〉化した上原アリシャはシミターを振りまわし、おじさんを追いかけまわしている。すぐ下の非常階段ではヨネックスの営業と屈強な消防士が姫を巡って決闘寸前の様相を呈している。ヨネックスは男だ。地下1階の防災センターでは、陽一が仕事そっちのけで消防士と愛をささやき合っている。五月はまだ見ぬ恋人に思いを馳せ、うっとりと窓の外を見つめたまま2時間ほど同じフロアに滞在していた。

 京介だけはまじめにがんばっていた。ラノベ6.0を阻止すべく、ラノベのくだらなさを余すところなく伝えている。タイタントロンは京介が現実逃避によってミハイロフを小学生化しついに打ち破る展開をそれなりにかっこよくダイジェストで流した。現在ミハイロフは正11角形のリングの隅で膝を抱えて震えていた。ラノベの闇を垣間見た代償だ。京介はボロボロの体を引きずって上階へ通じる扉へ向かい、防災センターに何度電話しても応答がなかったのでてきとうに扉を選ぶと案の定ハズレで、1階だけ移動した京介はまたも運悪くベラルーシの怪人にして有機化学者のウサノフとガチバトルを展開する羽目になった。激しい肥料攻撃、巨大ジャガイモ攻撃、ベラルーシ産トラクター攻撃を受け、あまりに弱い京介を見かねたウサノフは有機化学魔術によってプラスチック生命体PETマン6体を創造し、現在高みの見物としゃれ込んでいるところだった。

 さて、次週はどうなるか。つづきが気になりますね。

 総理が映し出された。屋台勢による文字どおりの「飯テロ」攻撃を受け、おなかがぱんぱんになった総理はついに自衛隊の緊急出動を要請した。現在は磯辺焼き処理班が山盛りの磯辺焼きと格闘している。総理は相変わらずの無表情だった。少なくともつづきが気になっている感じではなかった。

 すぐそばのテントでは、内閣府特命担当大臣が会見を開いていた。

「正午過ぎですが、おはようございます。ラノベ安全対策担当として1点ご報告します。本日の閣議におきまして、『夏の全国ラノベ安全運動およびラノベ事故死ゼロを目指す日の実施』について、閣僚の皆様に対して協力をお願いいたしました。詳細につきましては、敵-味方間共生社会政策担当までお問い合わせをお願いいたします。もう1点は、科学技術政策担当としてご報告いたします。昨日の総合科学技術・イノベーション会議につきましてですが、今回は『ラノベーション戦略の策定に向けて』を議題といたしまして、とくに『官民投資促進』について議論を行いました。会議においては、有識者議員や各大臣からの発言につづきまして、最後に総理大臣から、民間企業の呼び込みに積極的な大学に国の資金を重点配分する資金制度の導入など、産学連携、あるいは大学の経営改革の推進、また年俸制の大幅拡大の仕組みを検討しまして、研究人材の流動化、若手研究者の活躍の機会を創出する、また、政府予算に積極的に先進技術を活用するなど、事業のラノベーション化の推進、そしてラノベ6.0時代を見据えた人材の育成、これらについて官房長官とわたしが中心になって具体的な制度設計を、また施策を検討するようにご指示をいただいております。今回の総理のご指示を踏まえまして、今年の秋頃に『統合ラノベーション戦略』を取りまとめる予定にいたしております。わたしからは以上でございます」

「読売新聞です。一部報道で出ているんですけども、海賊版ラノベの遮断対策についての現状の検討状況を教えていただきたいんですが」

「ラノベを違法にコピーし、街なかで繰り広げる海賊版ラノベによる被害は、すでにかなり深刻化しております。こういう状況に基づいて、現在、政府を挙げて、海賊版対策の強化というものを検討しておりまして、具体的には、海賊版ラノベに広告出稿をしないように広告業界に協力要請を行うなど資金源を遮断する、また、著作権侵害として差止請求や刑事罰の対象とするための法整備を検討しております。知的財産戦略本部におきまして、関係省庁と密に連携をしながら検討を進め、早急に対策を講じていきたいと考えております」

「関連でなんですけども、その法整備について、時期的な目途など現在ございますでしょうか」

「できる限り早急に、ということで急いでおりますので、なるべくはやくということで進めております」

「東京スポーツです。ラノベってプロレスに似てると思いません?」

「思います」

 春は腕を組みながら首をひねった。ラノベを中心とする巨大な流れは、もはやだれにも止められない。春にとっては他国の問題であり、正直どうでもよかった。ラノベ政策の失敗によって日本経済が傾くようなことがあっても、京介以下〈サブヒロイン〉には金持ちの一ツ橋家がついている。いざとなったらみんなで浦安に亡命するという手もある。むしろわが国にとっては領土拡大の絶好の機会となる可能性もある。

 それにしても。ほかの〈サブ〉どもはなにをやっているんだろう。みんな協調性ゼロで行動がフリーダムなのはいまにはじまったことではないし人のことは決して言えないのだが、〈バトル〉そっちのけの恋活はフリーダムを旨とする春の目にすら目に余るほどだった。

 彼氏が欲しくないわけではない。

 あたくしだって。

 胸の奥に情念が渦巻いている。まず、嫉妬だ。なぜほかの〈サブ〉ばかりいい思いをしているのか、不平等だ、まちがっている、たいしてかわいくないくせに、といった感情。当然、かわいいあたくしは真っ先に彼氏をつくるべきであり、その権利は十二分にある。

 負の感情が自分自身を支配し、文字どおり炎と焼き焦がそうとしている。

 このような感情はついぞ経験したことがない。

 アンドロイドなので。

 だれかに情念を操作されているような気がする。

 春はいったん態度を保留とし、よじ登りを再開した。

 ひとりがんばる春ちゃんに、励ましのお便り待ってまーす。

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